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2:遭遇

 テラス歴5600年 12月31日

 ガトレア王国 フローリア諸島 西方沖

 ガトレア王国海軍 フリゲート艦「アレス」



 地球の2.5倍ほどの大きさをもった世界「テラス」

 地球と同レベルか、一部ではそれ以上の技術力を持つ発展した世界であるがそれだけに地球と同じように国家間の争いなのが問題になっていた。

 

 ガトレア王国はテラス中央部にある太平洋ほどの大きさをもった大海「ガトラス海」の西にある4000あまりの島々によって構成された島国だ。人口は6000万人ほどだが、国民の大半が「亜人」と呼ばれる種族で占められている。

 テラスには人間以外に、獣人や魔人などの人とは少し特徴が異なる種族「亜人」が存在している。

 たとえば獣人であれば人よりも高い身体能力を持っているとか、魔人やエルフであれば人よりも長命であり魔法の扱いが秀でているなど、人間と違う部分があるが別に「亜人」だからといって意思疎通が出来ないというわけではなく普通に人間と同じ言葉を介することはできる。ただ、その「人と異なる部分」で「亜人」たちは古くから迫害を受けてきた歴史がある。

 ここ300年あまりでようやく「亜人」への迫害を規制する動きなどが出来たが、それでも人間と「亜人」の間には大きな溝が開いている。


 ガトレア王国は「亜人」の一派である「エルフ族」によって作られた国であり、その後近くにある大陸から迫害を受けてきたそれ以外の「亜人」たちが大勢移住してきた結果。現在のような亜人が人口の大半を占める国となっている。

 ガトレアはテラスの中でも先進国の一つであり、特に高い工業力は世界的に高く評価されている。同時に天然資源にも恵まれた資源国家だが、その天然資源によって近くの大国と微妙な関係になっていた。



 フローリア諸島。

 王国南部にある200あまりの島々によって構成されており、王国の中で最も大陸に近い。このフローリア諸島の近海には油田やガス田。更に魔石と呼ばれる魔導科学に不可欠な鉱石が採掘される資源地だ。

 その、資源地であるフローリア諸島の領有権を主張する国が存在した。

 ガリア帝国。

 ガトレア王国の南西に浮かぶ「ロンガリア大陸」の北部にある国でロンガリア大陸の中では最大の国土面積を擁する大国だ。未だに貴族や皇族が強大な政治的権限を持つ「絶対君主制国家」であり、国際社会からは孤立していた。

 ガトレアとトルネアの関係はもとよりそれほど良くはなかった。これは、ガリアが人間至上主義思想が強い国だからだ。人間至上主義――その名の通り、人間があらゆる種族の中で最も優れているという思想であり、とりわけ亜人種への差別が激しい。世界的に見直す声もあるのだが、現在でも国単位で人間至上主義を掲げている国は少なくなく、ガリア帝国もそのうちの一国であった。


 ガリアがフローリア諸島の領有権を主張するようになったのは30年前だ。ちょうど、海底油田などの採掘が始まった時に突如としてガリアは「フローリアは我が国固有の領土であり、ガトレアが不当に占領している」などという言いがかりをつけてきたのだ。もちろん、ガトレアはこのことを完全に否定したが、ガリアは実力でフローリア諸島を奪おうと軍を派遣したのだ。現在まで続くことになる「フローリア紛争」の始まりだった。

 現在のところ。ガトレアはフローリア諸島を守り抜いている。

 これは、ガリアが陸軍主体の国であり海軍の整備は近年になってからなのに対して、ガトレアは伝統的な海軍強国であることが大きいだろう。とはいえ、毎日のようにガリア海軍の艦艇が島周辺に出没するようになったためガトレア海軍はその対応に追われることになったのだが……。



 そんな領土問題を抱えるフローリア諸島北方沖ではガトレア海軍のフリゲート艦「アレス」が定期の哨戒任務についていた。この日は、新年を間近に控えた大晦日だが、ある意味「最前線」であるこの海域には年末年始など存在しない。定期的にガリアの艦艇が出没してはガトレアへの挑発行為を続けている。

 5年ほど前は近くの島にガリア軍が上陸したことで一週間ほどガトレアとガリアの間で戦闘が発生したこともあった。

 現在のところ、5年前も含めて過去に5回おきているガリアからの軍事侵攻は、すべてガトレア側がガリアを追い返すことで終わっているが、ガリアはまだフローリアへの野心を強く持っており、近年はついに中型の空母を導入したことでガトレア国内のガリアへの警戒レベルがより一層高まっていた。


「お、おい。空を見ろ」


 そろそろ日付が変わろうとしていた時。外で見張りをしていた乗員が空を指さして叫ぶ。彼の声を聞いた他の乗員たちもつられるように空を見て――絶句する。


「な、なんだありゃ」

「オーロラか?だけど極点以外で見られないだろ」

「ガリアの奴らが妙な兵器の実験でもしたんじゃないか?」


 この地で見ることのないオーロラに困惑する乗員たち。

 その間にも異変は続く。オーロラの輝きは更にまし、夜なのにまるで昼間のような明るさになっていく。そして、一瞬目を開けられないほどに周囲が光ったと思ったらオーロラは消えていた。





 正暦2026年(新世界歴元年) 1月1日

 日本帝国 東京州 東京市 千代田区

 総理官邸 危機管理センター



 未明におきた不可思議な現象に戸惑いを持つ国民は多かったが、多くの国民はいつものように新年の到来を初日の出などで感じていた。テレビも年末年始特番が中心に編成されており、未明におきた現象に関しては定時ニュースで少しだけ触れる程度――と、表面的にはいつもの年始と変わらない。

 だが、政府は違った。

 オーロラのような発光現象と全国で感じた有感地震後、人工衛星との通信が途絶し、また海底ケーブルを用いた各国との通信も繋がらないという問題に直面していたのだ。


「通信障害はやはり例の発光現象と関係があるということですか……」


 難しい表情で呟くスーツ姿の男性。

 彼の名は、安川真一。この国――日本帝国の第112代内閣総理大臣だ。

 年齢は46歳と、日本の総理大臣としてはかなりの若年の部類に入る。

 安川が政治家になったのは20年前。まだ、26歳という若さであったが安川家は4代続けての政治家一家であり、安川も引退した父親から地盤を引き継いだことから強固な地盤に支えられて最初の選挙から一度も落選を経験していない。

 曽祖父と祖父が総理大臣経験者。父親も外務大臣や官房長官などを歴任し、将来の総理候補などと持て囃されていたが、50歳を目前にした時に「体調不良」を要因にあげてあっさりと引退し、今は悠々自適の隠居生活を送っている。

 安川本人も、若手時代から「将来を背負える政治家」として期待されていたが、それでも40代中盤で与党の党首選挙を勝ち抜き、総理大臣に就任するとは誰も考えておらず、彼が党首選挙を勝利したときは報道関係者はもとより政界関係者も大いに驚いたという。

 一部の野党などは「これで与党のスキャンダルが叩きやすくなった」とほくそ笑んでいたらしいが、総理大臣になってからこの2年あまり、与党関係のスキャンダルらしいスキャンダルはほぼ起きていない。逆に、有力野党議員のスキャンダルが明るみになりただでさえ近年は与党に支持率でだいぶ差がさけられていた最大野党は虫の息になりかけていたほどだ。




「総理。更に気にしなければいけないことがあります」

「そうでしたね……もう一度届いている情報をお願いします」


 官房長官の菅島康弘の声に安川は更に眉を寄せながら頷く。

 実は通信障害以外にも問題が発生していた。


「現時点で判明しているのは、樺太西方――500km沖合にブリテン島があるということです。本来なら存在するはずのユーラシア大陸の大部分は一部を除いて確認されていません。現状確認されているのは朝鮮半島と満州。中華連邦とフィリピンまでです。現在、各国と連絡をとって詳細な情報を収集中ですが、大規模な地殻変動が短時間でおきたと考えるのが妥当かと思われます」


 もう一つ確認されている問題はより規模が大きい。

 なにせ、それまであったユーラシア大陸の一部が忽然と姿を消して更に本来ならばヨーロッパにあるはずのブリテン島とアイルランド島が樺太の西にあるのだ。本来ならばあり得ない状況に出席していた閣僚たちは呆気にとられた表情をしている。


「ブリテン島ということは――い、イギリスが樺太の西に出現したと?」

「そんなの普通なら起きないことだ」

「見間違いなのでは?」


 当然ながらそんな疑問の声があちこちから出てきたが、報告していた国防大臣は特に表情も変えずに「これは現在起きていることです」と返す。


「ま、まあ。イギリスが隣国ならば我が国にとって問題にはならないのでは」

「たしかにそうだ。いきなり戦争をふっかけてくるわけではないしな」


 近くにいるのがイギリスであることに騒いでいた閣僚たちは安堵したように顔を見合わせて頷きあう。

 次に席を立ったのは運輸大臣だった。


「えー。前日までに各空港を飛び立った旅客機及び貨物機の一部が出発地である空港の滑走路上に駐機しているとのことです。各機のパイロットたちは『飛行中にまばゆい光を感じたと思ったらいつのまにか空港の滑走路にいた』と報告しており、現在何が起きたのか調査を行っています」


 運輸大臣からの報告もまた異常なものだった。

 前日に飛び立ったはずの国際線の旅客機が、発光現象の後に出発地である空港の滑走路上にいたというのだ。普通ならばありえないことであり、報告を聞いた閣僚たちは「どういうことだ?」と困惑していたが、安川だけはそれよりも重要なことを尋ねた。


「つまり、今回の件で旅客機の事故は起きていないということですね?」

「現時点では墜落事故が起きた――という報告は届いていません」

「……不可解なことですが、飛行中の航空機が突如として墜落したわけではないのならば、不幸中の幸いですね」


 現代の旅客機は、高度な自動操縦装置によって運行されているが大陸の位置が大きく変わっていた場合は、それまでのデータでは目的地に到着することはできない。更に、すべての旅客機がGPSによって位置が把握されているのだがGPS衛星の殆どが日付変更と同時に機能不全を起こしていることから仮に飛行していた場合は、旅客機の位置を正確に把握することが出来なかった。

 そして、国際便の旅客機は長大な航続距離を持っているといっても永遠に飛べるわけではない。地形が大きく変わっていないのならばどこかに着陸出来たかもしれないが、今はそもそもどこに何があるのかわかっていない状況で不時着は難しかっただろう。おそらく、多くの旅客機が着陸出来ずに墜落し、多くの人命が失われたかもしれない。

 だが、どういうわけかついさっきまで飛行していた旅客機や軍用機は出発地である空港や基地に戻っていた。安川は内心「超常的な存在が介入したのかもしれない」と思っていた。というよりも、そう考えなければ今回のことを説明できなかったともいえる。


「はい……総理の仰るとおり。仮に飛行を続けていた場合は多くの旅客機は目的地にたどり着けずに墜落していた可能性が高かったと思われます」


 運輸大臣も安川の言葉を肯定する。

 困惑していた閣僚たちも「最悪の事態は起こらなかった」ということに安堵する一方で、もし、旅客機が各地で墜落していた場合のことを想像して顔を青褪めさせた。それだけの大惨事が起きていたかもしれないのだ。

 そんな張り詰めた空気の中、国防省の官僚が国防大臣の森田に駆け寄り耳元で新たな問題を伝えた。


「大臣――」

「それは本当かね?」

「は、はい……事実のようです」

「……わかった――追加の情報が来ました。佐渡付近で国籍不明の軍艦を発見。佐渡海軍基地にて乗員たちから話を聞いているようですが。どうやら彼らは――地球とは異なる世界の住民――つまりは異世界人のようです」


 国防大臣からもたらされたこの情報で閣僚たちはまた騒然となるのだった。





 同日 午後12時

 日本帝国 新潟県 佐渡

 帝国海軍 佐渡基地



 日本海最大の島――それが佐渡だ。

 アルファベットの「S」のような形をした島で、人口は約10万人。古くは金山などによって栄え、現在は金山跡や豊かな自然を目当てに全国各地から多くの観光客が訪れる。

 同時に佐渡は、軍事拠点でもある。

 そのまま北に向かえばソ連海軍太平洋艦隊の拠点であるウラジオストクがあるため、古くからロシア帝国・ソ連を監視するための要塞が築かれたことに始まり、現在ではレーダーサイトと海軍の護衛隊。そして陸軍の離島警備隊が駐屯していた。

 

「アレス」が佐渡の海軍基地についたのはこの日の朝のことだ。

 オーロラのような発光現象のあと。基地などとの通信が途絶。更に近くに島らしきものを発見したことから艦長が島の状況でも確認しようと判断したところに、同じく発光現象後の状況確認にやってきた日本海軍の哨戒機に発見された。「アレス」がいたのは日本の領海ではなかったがそれでも接続水域に近かったこともあり、日本側が話を聞くために佐渡へ向かうように要請。「アレス」艦長は突然のことに動揺しながらも、ここで抵抗して紛争の原因になりたくなかったことからそれに同意して、佐渡へと向かった。

 現在、艦長以下数人の乗員が事情聴取を基地内で受けていた。



「――なるほど。やはり、そちらの世界でも『発光現象』は起きたわけですか」

「ええ、定期の哨戒任務の最中に巻き込まれる形になりました。基地へ戻ろうとした時にちょうどこの島を見つけたわけです」

「定期の哨戒任務というと、やはりそちらも色々ときな臭い動きがあるのですか?」

「数十年にわたって。海を挟んだ大陸の国と揉めていますね。我々の基地があるフローリア諸島は天然資源に恵まられているので」

「……なるほど。世界が違っても考えることは同じということですか」

「では、そちらも?」

「ええ。現状、2つの国と対立していましたが、どうやら発光現象後に両国ともにどこかへ飛ばされたようです。巨大な大陸が幾つも分離しているとか」

「自然現象でおきたとは思えませんね」

「ええ……まさに神の手によるものかと。そちらの世界では神は実在すると信じられているのですか?」

「宗教関係者は信じ切っている者もいますが、やはり文明が発展すると――」


 というように、事情聴取というよりは雑談をしながらお互いの世界の情報を収集する――そんな感じであった。

「アレス」とガトレア本国との通信は回復しており、すでに「アレス」は基地を経由する形で日本と接触したことも伝えている。今頃、本国はあわてて外交団を派遣する準備をしているところだろう。

 もちろん、異世界の国の存在は日本政府にもしっかりと伝えられており日本側も受け入れの準備を急ピッチで進めていた。


「ところで、貴国のいた世界では我々のような存在はやはり珍しかったのですか?」


 エルフである艦長は自分たちが佐渡基地の軍人たちからチラチラと視線を向けられていることに気づいていた。

 その反応は人間主義者のような嫌悪をもったものではなく、むしろ好意的なのだがまるで珍しい動物を見つけたかのような反応をするのでかなり気になっていたのだ。


「ええ、貴方がたのような『エルフ』や『獣人』といった人種は存在しませんね。あるのは肌の色の違いだけですが――まあ、それだけでも差別や迫害というのは当然のように存在していました。ただ、主要国ならばそういった差別意識はだいぶ薄まっていますよ。もちろん一部例外もありますが」

「……なるほど。我々の世界でも『亜人』というのは色々と色眼鏡で見られることが多いのですが、こちらの方々の視線はやけに好意的なのでてっきり我々の同種がいるのかと」

「この手の『亜人』は物語やゲームの定番ですからね。日本人は――特に若い世代は結構そういったジャンルの作品は好きなので、本物の『エルフ』が見れて興奮しているだけですよ。ああ、もちろん過剰な接触は出来ないように制限していますので、ご安心ください」

「そ、そうですか……」


 日本側担当者の説明に「アレス」艦長の表情は引きつったが、これだけ好意的ならばこの国と今後いい関係を築けるかもしれないとも同時に思った。まあ、それは外交官たちの仕事であるが、少なくとも日本側の対応はかなり好意的であり事情聴取にしてもこういった雑談をしているだけだった。


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