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26:軽空母計画

 新世界歴元年 1月17日

 アメリカ合衆国 サンディエゴ 

 アメリカ海軍 サンディエゴ基地

 アメリカ海軍 第3空母戦闘群 空母「キティホーク」



 アメリカ西海岸に位置するカリフォルニア州の中でもメキシコとの国境付近にあるのがサンディエゴだ。人口は120万人ほどでカリフォルニア州ではロサンゼルスに次ぐ人口を抱えている。

 海軍や海兵隊を始め多くの軍事基地を抱える「基地の町」として知られ、州全体としてリベラルな世論が強いカリフォルニア州の中では比較的保守的な町として知られている。




 サンディエゴ海軍基地。

 アメリカ海軍太平洋艦隊の主要な基地の一つであり、東太平洋を管轄する第1艦隊の司令部所在地だ。サンディエゴには約70を超える艦艇が母港としておりその数は、西海岸のノーフォークや、ハワイの真珠湾に次ぐ。


 サンディエゴ海軍基地に無数にある桟橋の一つに一際大きな軍艦が停泊していた。第3空母戦闘群を率いる原子力空母「キティホーク」だ。

「キティホーク」は「ヨークタウン級原子力空母」の5番艦であり、満載排水量は10万トンほどと世界でも有数の大きさをもった軍艦である。就役からは30年ほどが経っており、つい1年ほど前までは燃料棒の交換などを含む大規模な近代化改修が施されたばかりで、実戦復帰したのもほんの2ヶ月ほど前なので塗装などを含めて全体的に真新しさを感じる外観をしていた。

 そんな「キティホーク」を旗艦とする第3空母戦闘群にコスタリカ沖へ向かうように指示があったのはつい昨日のことだ。

 国籍不明の軍隊による侵攻を受けたパナマはすでに国土の大部分を占領されている。現地に派遣されているアメリカ海兵隊や陸軍は住民の避難を優先させているため現時点で積極的な戦闘は行っていなかった。

 パナマ国民の多くはすでにコスタリカを経由してメキシコやアメリカ方面へ避難しており、隣国のコスタリカもまた国民のすべてに対して避難を呼びかけていた。


 出港準備が整い。空母「キティホーク」を旗艦とした第3空母戦闘群に所属する艦艇はゆっくりとサンディエゴ海軍基地を出港する。

 艦橋では艦隊司令のアリシア・ホウジョウ准将が他の幕僚たちと今後の打ち合わせを行っていた。


「敵は艦隊をパナマ方面に進出しているみたいね」

「はい。中型空母を旗艦とする機動艦隊で、艦載機を使ってパナマやコスタリカへ空爆を実施しているようです。地上部隊や住民にも被害は出ているようで、今回の我々の派遣も地上部隊からの要請に基づくもののようですね」


 ならもっと早くに艦隊を出す決断をすればよかったのでは、とホウジョウは内心で思ったが口に出すことはしない。

 仮に早期に艦隊を派遣したとしても、地上の状況が若干変わった程度だということに気づいていたからだ。相手は軍団規模の戦力をパナマ方面に派遣しているようで対抗するにはアメリカも軍団規模を派遣しなければいけないが、海や空での移動は前線となるコスタリカの施設では受け入れる数に制限がついてしまう。更に補給などの兵站の面を考えてもニカラグアが領内の通過を認めていない現状では海と空を使うしかないのでこちらも継戦能力という部分では大きく制限を受けてしまう。


「ちなみに、これが無人偵察機によって撮影された敵機動艦隊の陣容です」


 参謀の一人が数枚の写真を取り出す。

 空軍の高高度無人偵察機RQ-6によって撮影されたものだ。


「この一際大きいのが空母……なんというか上から見るとソ連の旧式空母みたいな見た目しているわね」


 ソ連の旧式空母。それはカタパルトが実用化できなかったソ連海軍が苦肉の策として艦首にスキージャンプ勾配を設置した「STOBAR」方式で艦載機の発艦や着艦を行う方式を採用した。

 北中国も1990年代後半にソ連の技術をベースに同様の空母を建造しているが、いずれも新たにカタパルトを搭載した空母を配備したことによって順次退役しており、現役で運用されている「STOBAR」方式の空母は北中国の空母を買い取ったアルゼンチンくらいしかなかった。


 つまり、敵は空母用のカタパルトの開発が出来ていないか、あるいは出来ていてもパナマ沖に展開している空母には設置出来なかったのだろう。

「STOBAR」方式は、スキージャンプによって通常の艦載機を発艦させる方式だが、通常のカタパルトで発艦させる「CATOBAR」方式に比べて燃料や兵装面の制限が大きいのがデメリットだと言われている。

 もっとも、「CATOBAR」に比べれば開発コストも安く済むし、射出要員を多数配置しなくてもいいという利点もある。ただ、航空機の運用効率が悪いというのは無視出来ない欠点であった。

 それでも、大国相手ではない作戦においては空母の存在というのは大きい。

 特に、現在彼らが攻めている中米はメキシコ以外でまともな空軍を運用している国はないし、地上戦力だって脆弱なものしかない。

 どの国も経済規模は小さく人口も少なく――さらに言えば、脅威といえる国は存在せずどちらかといえば麻薬絡みのマフィアや、左翼系ゲリラなどといった武装勢力との戦いをメインにしているため軍の装備も軽装備メインだ。


「これだけで敵はソ連レベル――と判断するのは危険だけれども。海兵隊が確認した戦車も東側の戦車に酷似しているという話だったし、案外異世界のソ連なのかもしれないわね」


 どちらにせよ厄介な敵なのにはかわりはないようだ。

 海に関していえば機動艦隊を排除できれば問題なさそうだが、陸続きとなっている地上では際限なく戦力を送り込まれる可能性がある。


「異世界のソ連……厄介ですね」

「ええ、厄介よ。政治体制までソ連と同じだった場合は特にね……」


 もし、中身までまんまソ連ならばアメリカは新たな冷戦状態になるかもしれない。そして、ソ連と違って直接脅威に感じる地域はアメリカと中米だけだ。日本やヨーロッパのようにソ連を警戒している国が近くにあればいいのだがそれもない。


(多分、政府は日本やイギリスを引き込もうとするでしょうね)


 イギリスや日本もアメリカにとって重要な同盟国であるのと同時に、基本的にアメリカと歩調をあわせてくれる国だ。今回も日本やイギリスを引き込めないか、と議会の一部は考えていそうだ。

 ただ、イギリスも日本もアメリカと共同歩調をとることが多いのはそれが自国の利益になると判断したからで、利益にならないと判断した時はアメリカから一歩距離をとっている。特に、日本はこのあたりかなりシビアだ。


「この戦争は長引くかもしれないわね」




 新世界歴元年 1月18日

 中華連邦共和国 香港

 大統領官邸



 中華連邦の首都である香港は、中華大陸の沖合に浮かぶ島だ。

 中華帝国時代にイギリスの租借地となり、イギリスの極東地域における拠点の一つになったが、第一次中華戦争後に首都を追われた中華民国政府がイギリス政府と交渉した結果、返還期限を大幅に前倒して中華民国に返還された。以後は、対岸の広州と共に中華連邦の首都圏が形成されている。

 香港市の人口は750万人で、狭い島の中のほとんどは都市化されている。

 中心市街地にある大統領官邸は、元々はイギリスが香港を統治するために設置されていた行政庁舎として使っていた建物をそのまま使っている。


 日本が、異世界の国によって軍事侵攻を受けたという情報は中華連邦をはじめとする国々でも衝撃をもって伝えられていた。同時に、自分たちの国は安全なのか?という声も世論から聞かれ始める。

 各国政府は現時点で自国に脅威は迫っていない、とアナウンスしているが政府発表だけで不安は完全には取り除かれておらず、テレビでは連日のようにこのことがニュースとして取り上げられていた。


「陸軍戦力を現状の半分に減らす代わりに、海軍の規模を現在の2倍に拡充――将来的には2個機動艦隊を構築する……か。これを本当に5年以内にやるつもりなのか?」

「現在の国際情勢を考えれば迅速に海軍の規模を拡充すべき――というのが国防会議の見解です」


 大統領の問いかけに、計画書を持ってきた国防大臣は表情を変えずに返答する。中華連邦政府は転移による周辺情勢を鑑みて、新たな国防計画の策定を国防省に命じていた。その、骨格となるものが出来上がったことから今回大統領に提出されたのだが、それは大統領から見れば非常に野心的なものだった。


 まず、現在常備100万人いる陸軍は半分の50万人に削減し多数配備されている旧式の戦車などは一斉に退役させ大幅な近代化を行う。それにあわせて徴兵に関しても段階的に廃止していき、最終的に志願兵のみの陸軍にすることもこの計画には盛り込まれていた。

 空軍に関しては特に大きな変更点はないがF-16の近代化や、F-35のさらなる増備などが計画に載せられている。

 陸軍についで大きな改革対象となるのが海軍だ。

 転移にともない北側も海に接することになったことから北部を管轄する艦隊の新設を1年以内に行うことが盛り込まれていた。最終的には北と南に常駐する機動艦隊を創設し、最低でも3隻の空母を配備することを目標としていた。

 現在の中華連邦海軍は南シナ海を管轄する沿岸海軍であり、主力艦艇はフリゲート艦だ。近年になって防空能力の高いイージス駆逐艦を導入するなど規模の拡大を模索しているが、隣国の北中国などに比べるとその強化速度はゆっくりとしたものだった。

 しかし、転移によって状況は一気に変わったため、外洋でも活動もできる「外洋海軍」へ発展させていく――というのが今回の国防計画における最大の目玉であり、多額の資金投入が必要なものだった。


「はっきり言っていいか?これ、財務省が認めるのか?」

「……難しいでしょうね」


 大統領の問いかけに国防大臣はスッと視線を逸らして小声で呟く。

 大量の予算を軍の再編に投入する――まず、財務省が頷かない案件だ。

 どうするんだ、と大統領がジト目で国防大臣を睨むが、国防大臣は視線を合わせないまま「ですが、必要なことです」と付け加える。


「君の言うことは理解出来る。だが……海軍の増強はあまりにも大掛かりすぎている。10年で出来るかどうかのレベルだぞ?そもそも我が国に空母を建造する技術を持った造船所なんかあったか?」


 商船と軍艦では当然ながら構造は大きく違う。

 中華連邦は商船においては近年世界的に高い業績を残している造船メーカーが幾つかあるが、日本や朝鮮に比べれば一歩劣る。更に、海軍で現在運用されている軍艦の殆どはヨーロッパか日本が開発したものを中華連邦向けに改良を施したものを使っている。一応、建造は国内の造船所で行っているが精々がフリゲート艦クラスであり、より大型の揚陸艦などを建造したことはない。


「他国への協力要請――イギリスや日本あたりにお願いするしかなさそうです」

「どっちも利益になるなら頷きそうではあるが、この場合は日本の軽空母をベースにしたほうがコストや運用面を考えたらメリットが大きいか?イギリスの中型空母を即導入してもすぐに使えるわけではないだろう?」

「海軍の中では中型空母派が比較的多いようです」

「……そいつらは今後のことをちゃんと考えているのか?」

「……どうでしょうか」

「おもちゃを強請る子供じゃないんだぞ……」



 イギリス海軍は4隻の中型空母を運用し、更に準同型艦がオーストラリアやブラジルなどでも運用されている。そして、イギリス政府はこの中型空母の他国への売り込みに熱心であり技術協力も積極的に応じると言っている。

 日本も多数の空母を保有する空母大国だが、その殆どは巨大な原子力空母で占められており、それ以外に強襲揚陸艦を発展させた軽空母がある。コストや技術面を考えると軽空母を導入したほうが安上がりでもあるし、無難でもあった。

 ただ、海軍内では中型空母の建造を推す声が多かった。

 元々空母を保有したいという野心があっただけに、この機会を逃したくなかったのだろう。しかし、予算などを考えると中型空母の配備は現実的ではない――というのが実際、国防計画を策定する会議の中で多く出ていた。


「現実的なのは軽空母機能を併せ持った多機能型強襲揚陸艦でしょうね」

「だろうな。そのほうが財務省も納得させることは出来るだろう。多機能艦なら様々な用途に使える――と説得できるからな」

「実は、朝鮮でも同様の計画が進められているようで……」

「あそこも島国になったからな。海軍の強化は最優先だろう。いくら、近くに日本がいるといってもな」


 日本は確かにこの地域でも最大の海軍を持つ。

 その日本海軍や、アメリカ海軍の第3艦隊の存在によって極東海域の制海権はほぼ西側が握っていた。それはこの世界に転移しても変わらない。引き続き強大な日本海軍はいるし、アメリカ海軍の第3艦隊は引き続き海南島やフィリピンに駐屯し続けるからだ。

 ならば、自分たちはそこまで海軍を整える必要はないのでは?といった意見は必ず出てくるだろう。確かにこれまでのことを考えれば無駄な出費のように見えるかもしれない。だが、地域情勢は転移によって大きく変わった。

 北中国やソ連という「見える脅威」は消えた一方で、異界の国という「見えない脅威」に変わっただけともいえる。現に、日本では異界の国による軍事侵攻があった。

 まだ、日本という軍備がしっかりしている国だから対応できているがこれが自国で起きた場合海軍などが整備されていなければ、そもそも事前に接近してくる国籍不明艦隊を発見することも難しいだろうう。

 機動艦隊を含めた海軍の増強はこういった不測の事態に対応するためにも必要なことだった。


 後日。軽空母を兼ねた強襲揚陸艦の建造を含む新年度の国防予算が政府によって決定された。野党からは強襲揚陸艦建造に批判の声はあったが、政府は地域情勢が変わったからこそ、軽空母を兼ねた揚陸艦の建造は必要であるという説明に終始、この政府の説明に世論は概ね好意的な反応を示したことから野党はそれ以上厳しく追及することはできなかった。


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