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24:樺太紛争4

 帝国海軍 大泊警備府 第512護衛隊

 護衛艦「釧路」



 同じ頃。現場に向かっていた軍艦がいた。

 大泊警備府第512護衛隊に所属する護衛艦「釧路」は、近隣の奥端基地を母港としており、今回の戦争では主に沿岸部などで対潜監視任務にあたっていたが、今回は空軍と陸軍の攻撃によって壊滅した敵艦隊の乗員を救助するために近くの海域に待機していたのだ。

「釧路」以外には海防艦「色丹」が同様の任務にあたっていた。


「釧路」は長良型護衛艦の1隻であり、基準排水量は3400トン。満載排水量は4700トンほどの中型の水上戦闘艦だ。

 護衛艦とは他国海軍でいうところのフリゲート艦相当の艦艇であり帝国海軍では海防艦と共に沿岸防衛用の艦艇として地方の海軍基地に配備されていた。主砲は国産開発された60口径100mm単装速射砲が1基。80式垂直発射装置(VLS)が24セル艦首に設置されており、94式個艦防空ミサイルと、アスロック対潜ミサイルがVLSに装填されており、艦中央部には88式対艦誘導弾の4連装発射機が横たわっている。

 就役は2003年で、外観はステルス性を意識した背の低く艦橋から煙突そして航空機格納庫までが一体化した上部構造物を持っている。機関方式はガスタービンとディーゼルのハイブリッドであるCODAG方式であり、従来のガスタービン推進に比べて速力は落ちる一方で燃費面が優れていた。

 長良型は帝国海軍向け以外にも輸出型が作られ東南アジアや南米といった途上国が多く採用していることでも知られている。


「艦長。ヘリが現場海域で何隻かの救命ボートを見つけたとのことです」

「よし、すぐに救助へ向かう。『色丹』にも打電しろ」


 副長からの報告を聞いた艦長の椎名中佐はすぐに救助へ向かうように指示を飛ばす。いくら、日本を攻撃した敵であっても、そこに救える命があるのならば救助に向かう――それが帝国海軍の伝統だった。


「副長。現場の指揮を頼むぞ」

「はい。意思疎通に苦労しそうですが、なんとかやってみます」


 マリス連邦の言語の解析はまだ続けられていたが、なんとか多少の日常会話などが収録された冊子が現地の海軍と陸軍の部隊に配布されていた。副長はそれを取り出しながら頷いて、ボートへ乗り込んでいった。



「ボートが近づいてきます!」


 漂流してから1時間ほど。外を見ていた水兵の一人がボートが近づいてくると叫んだ。この日の樺太近海はこの時期としては珍しく穏やかで波はほとんどなく、空もよく晴れていた。なので、こちらに近づいてくるボートがよく見えた。


「友軍か?」

「いえ……どうやら違うようです」


 はじめは友軍が助けにやってきたのかと思ったがボートが近づいてくるに従ってどうやらそれは違うようだとわかった。ボートに掲げられている旗が自国のものではなかったからだ。


「我々は日本帝国海軍だ。貴君らを害する気はない」


 救命ボートに近づいてきたボートに乗っていた責任者らしい軍服の男が拙いながらもマリス語でそういった。この時点で、初めてルックフォードは自分たちが戦っている国の名前を知った。


「私は、マリス連邦海軍中将のルックフォードだ。部下たちの命は本当に補償してくれるのだろうな?」

「国際法に則って対応することを約束しよう――捕虜という待遇になるが」

「そればかりは仕方がないな……わかった素直に応じよう」


 少なくともここですぐに攻撃をしてくるわけではないだけでもいい、とルックフォードはあっさりと頷いた。

 程なくすると、彼らの前に1隻の軍艦が近づいてきた。

 それは、マリス連邦海軍の駆逐艦と同程度の大きさをしていた。更にそれに続く形でもう一回り小さな軍艦も姿を見せた。


「あれは貴国の駆逐艦かね?」

「護衛艦――そちらの言葉でいうならばフリゲートにあたる」

「あ、あれがフリゲートだと?随分と大きいな」


 駆逐艦だと思っていた船はフリゲートだった。

 マリス連邦でもフリゲートはあり主に地方艦隊に配備されているが、そのフリゲートは排水量2000トン未満のものだ。眼の前に現れたフリゲートはどうみても5000トン近くはあった。

 船一つとってみても自分たちとの違いルックフォードはただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。




 新世界歴元年 1月16日

 日本帝国 千島列島 占守島



 戦いは、千島列島北部――占守島でも起きていた。

 マリス連邦は別働隊として、樺太の本隊以外に1個連隊を占守島占領のために向かわせていたのだ。

 占守島は千島列島最北部にある島で、転移前は占守海峡によってソ連領カムチャツカ半島と対峙していた。過去の日ソ戦争では一時的にソ連に占領されたこともある島だ。

 占守島には帝国陸軍の離島警備隊の一つである「千島警備隊」約800人が駐屯していた。また、お隣の幌筵島には千島列島を管轄する第26歩兵旅団隷下の1個歩兵連隊がやはり駐屯しており千島列島北部の防衛を担当していた。

 占守島は約1500人が居住しており集落は島の南側にある。北部は軍用地とされており一般人の立ち入りは制限されていた。現在、占守島やお隣の幌筵島に暮らしていた住民たちは全員避難している。樺太北部と同様に千島列島北部にも政府より避難命令が発令されたためだ。住民のすべては、国や軍が用意した客船や輸送船に乗り込む形で南千島や北海道東部で避難生活を送っていた。



 この日の深夜、占守島北部の海岸にマリス連邦陸軍第301連隊が上陸した。沖合には護衛の駆逐艦が数隻展開しており、上陸部隊を支援するように島に向けて艦砲射撃を行っているが、そこに日本軍はいない。

 千島警備隊の偵察小隊は海岸から少し離れた場所に陣取り、ドローンを使って相手の配置などを確認していた。警備隊の主力は海岸から少し離れた内陸部に分散して展開しており、敵を待ち構えていた。

 千島警備隊はゲリラ戦の専門部隊だ。少数の部隊で多数の敵軍を消耗させて本土などからの応援部隊が来るまで戦線を維持させる――というのが彼らの主要な任務であるため、真正面から敵と対峙する必要はない。

 装備も、ゲリラ戦を重視したものを中心であり戦車などは配備されていないが、この日は幌筵島の1個戦車小隊が派遣されていた。

 マリス軍は降り積もった雪の中を進むのを少し苦労しながら陣形を整えて前進するが、自分たちから少し離れた上空にドローンが飛んでいることには気づいていなかった。これは、マリス連邦があった世界にはまだドローンという概念がほぼないせいだった。なので、上空から自分たちの姿を監視されているという警戒感が一切なかったのだ。

 彼らの多くは「こんな島、1日もあれば占領できる」と楽観視していた。

 だが、彼らの余裕はすぐに崩れることになる。

 暫く進むと、1台の戦車の足下が突如爆発した。

 千島警備隊が仕掛けた対戦車地雷を踏んだのだ。マリス軍は前進を停止し周囲を警戒したが、周囲には身を隠すような場所は見当たらず兵士たちはホッと安堵しながら先を進もうとした直後、もう1台の戦車が爆発した。

 今度は地雷ではなく、どこかから放たれた対戦車ミサイルだった。


「敵がどこかに隠れているはずだ!すぐに見つけ出せ!」


 このままでは一歩進むごとに攻撃を受けると感じた小隊長が兵士たちに命じる。たしかに、千島警備隊は彼らの近くに潜伏していたが彼らは攻撃をするとすぐにその場から離れていた。神出鬼没のゲリラ戦――それが千島警備隊が長年行っている戦い方。

 占守島に限って言えば、彼らは帝国陸軍の精鋭である第1空挺師団でさえ手玉にとることができる。それだけ、彼らはこの島の地理をすべてその頭の中に叩き込まれていた。


「敵さんはこの極寒の中での戦闘に慣れていない。今はまだ元気だが、1日もすれば寒さと定期的な襲撃で精神面も疲弊していく。注意が散漫になった時がチャンスだ。それまではじっくり耐えるさ……それが、我々の仕事なんだからな」


 第3小隊を率いる久保少尉はマリス兵の様子を確認しながら呟く。

 国境の最前線を守るため千島警備隊には、レンジャー訓練を受けた者など厳しい基準を突破した精鋭たちが主だって配属されていた。久保少尉も元々は沖縄に駐屯している第2空挺旅団から2年前に転属した。

 温暖な沖縄から、極寒の占守島への異動は気候に苦しめられたがそれも1年もいれば適応できる。それでも、猛吹雪のときの演習などは生きた心地がしなかったが。幸いこの数日間は天気も安定していた。

 ただし、それはあくまで「普段」の占守島からしたら安定しているという意味合い。気温は非常に低いし、時折吹き付ける暴風と相まって対策をとっていなければ容易に体力と精神力を持っていかれる――そんな極限の環境なのはかわりなかった。


「小隊長。あの駆逐艦はどうするんですか?」


 部下の一人が、地上に向かって艦砲射撃を行っている駆逐艦のことを尋ねた。艦砲射撃が着弾しているところは無人の雪原地帯で、重要な施設があるわけではないが、友軍の近くに着弾する可能性は否定出来ない。


「それは、海軍さんが排除してくれる。今頃、護衛艦と海防艦が出てきている頃だろう」

「なるほど、なら海のことは気にしなくて済みそうですね」


 そう言って部下は海の方角に視線を向けた。





 占守島沖

 帝国海軍 大泊警備府 北千島防備隊 第510護衛隊

 海防艦「国後」



 占守島に隣接している幌筵島を母港としている大泊警備府第510護衛隊は、海防艦「国後」「歯舞」と護衛艦「夕張」の3隻によって構成されている小規模な艦隊だ。


「艦長。『夕張』からです」


 艦長の迫田少佐は副長から電文を受け取る。

 そこには、護衛隊司令の名義で占守沖に展開する敵駆逐艦に対して誘導弾で攻撃を行うと書かれていた。

「国後」には艦中央部に88式艦対艦誘導弾の4連装発射機が2基設置されている。88式は、射程200キロほどの対艦ミサイルであり2発で大型空母を行動不能にできるだけの炸薬が弾頭に搭載されていた。

 すでに、新型の12式によって更新が始まっているが巡洋艦などへの配備が優先されているので護衛艦や海防艦の多くはまだ88式をメインの対艦ミサイルとして使用し続けていた。


「これより、敵駆逐艦に対して誘導弾攻撃を行う。総員準備!」


 艦長の一声によりCICは一気に慌ただしくなる。

 特に、ミサイルの発射などを担当する砲術員たちは慌ただしく眼の前の端末を操作している。以前は何でもかんでも人力で行っていたものだが、近年はすべての艦がシステム化されたので、ほとんど戦闘情報システムがやってくれる。それでも、最終的な判断を下すのは人間だ。


「諸元入力完了。発射準備完了しました!」

「誘導弾発射!」


 艦中央部の発射機から2発の88式対艦誘導弾が発射された。




 マリス連邦海軍 第2駆逐隊

 駆逐艦「ホルス」



 マリス連邦海軍第2駆逐隊は、占守島に上陸する陸軍の支援のため先程から艦砲射撃を行っていた。


「うーん……手応えがなさすぎるな」


 双眼鏡で島を確認していた駆逐艦「ホルス」の艦長はそう言って首をかしげる。


「あの島は本当に有人島なのか?」

「はい。空母艦載機による偵察によってこの島と近くにある島には集落があるのが確認されています」

「それでも1個連隊を投入する必要はないだろう?」


 この島と隣の島に戦力を分散しても十分に占領できそうだ――というのが艦長が思ったことだ。


「それは……上の判断ですし」


 艦長のボヤキに、答えた航海長の大尉はそう答えるしか無かった。


「まあ、早くこんな島は占領して。本隊の様子を確かめなければな……」


 第2駆逐隊は元々第2機動艦隊に所属していたのだが占守島攻略支援のために本隊から離れて行動していた。つい数時間前までは普通に通信が出来ていたのだが数時間前から一切の連絡がとれなくなっていたのだ。

 実はその頃には第2機動艦隊は日本軍の攻撃によって大半が沈んでいたのだが、通信が使えない彼らには知る術はほぼなかった。なので、占守島の占領を見届けたらすぐに状況を確認するために艦隊と合流したかった。


「それで、どれくらいで占領できそうなんだ?1個連隊も投入してるんだ。今日中に確保してくれれば有り難いんだがな」

「陸軍の話による、2・3日以内と言っています」

「随分とゆっくりだな。反撃でも受けているのか?」

「散発的な攻撃を受けているらしいですね。ただ、ここ30分ほど地上との無線が不安定で詳細な情報はわかっていません」

「……ここでも無線の不具合か」


 整備をちゃんとしているのか?ボヤきたくなるのをこらえる艦長。

 ここで、通信妨害だと思わなかったのは定期的にレーダーや無線の不調が起きているためだった。もし、この場面で異変に気づいていればこれからの状況は変わっていたかもしれない。


「艦長。大変です!何かが高速で近づいてきます!」


 外で見張りをしていた若い水兵が慌てたように環境に転がりこんできた。あまりに急いで環境に来たのか水兵は肩で息をしている。


「何かとはなんだ?もう少し落ち着け」

「す、すみません……西の方角から高速ななにか――おそらくミサイルが近づいています」


 それを早くいえ、と艦長は内心で思いながら状況を確認するためにCICに直通する艦内電話の受話器をとった。


「副長。レーダーになにか異変はみつけたか?」

『?いえ、特に異常はなにかありましたか』


 艦内電話をとったのはCICに詰めていた副長だった。

「外の水兵が高速で飛行する物体を確認した。ミサイルの可能性があるがレーダーには何も映っていないんだな?」

『はい。特に異常は見られません』

「……わかった。ともかく迎撃準備を急いでくれ。ミサイルかもしれない」

『り、了解しました』


 受話器をおいた艦長は自身の目で異変を確認しようと双眼鏡で報告のあった方角へ視線を向けてすべてを察した。


「CIC。すぐに迎撃準備を整えろ!レーダーの死角をついてミサイルが功績で接近している!」

『り、了解!し、しかしレーダーに映らない目標では防空ミサイルの性能はかなり制限されますが……』

「それでも構わん!時間がない!」


 双眼鏡越しで見えていたミサイルは今では肉眼でも確認出来る距離に接近していた。そして、ようやくここにきてレーダーにも飛翔体を捉えることができた。甲板に設置されていた個艦防空ミサイルの発射機から数発のミサイルが発射される。

 この対空ミサイルの射程は20kmほど。地球でいえば最初期に配備されたシースパローとほぼ同程度の性能を有する。その頃レーダーでは更に多数のミサイルが接近するのを捉えられたが、ホルスが搭載しているイルミネーターが追尾できるのは1発の対空目標だけだ。あとは、CIWSで対処するしかない。

「ホルス」が発射したミサイルはなんとか一つの目標を破壊したが、続いてやってきたミサイルはもう対空ミサイルを発射しても対処出来ない距離にまで接近していた。それまで艦砲射撃していた砲や、CIWSが迎撃のために射撃を開始するが超音速に迫る速度で接近するミサイルを撃墜することは出来ない。


「総員衝撃に備えろ!来るぞ!」


 艦長が艦内放送を入れたと同時にミサイルは「ホルス」の艦首付近に命中した。


「被害報告!」

「艦首付近に命中!弾薬庫で火災発生!」

「浸水も起きています!」


 艦橋からも艦首から大規模な火災が発生しているのはわかった。

 窓越しでもあるにもかかわらず、熱さを感じて思わず後ろへ下がってしまうくらいの熱を感じるほどの火災だ。報告の通り、この時弾薬庫付近で火災が発生しており砲弾にも引火しようとしていた。


「総員退艦!このままではばく――」


 艦長が退艦を呼びかけるのと弾薬庫で大爆発が起きたのは同時だった。


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