22:樺太紛争2
新世界歴元年 1月15日
日本帝国 樺太州 奥端支庁 北浜村
日本帝国陸軍 第25歩兵師団 第25戦車連隊 第4中隊
第25戦車連隊は、第25歩兵師団隷下の機甲部隊だ。
基本的に、歩兵師団隷下の機甲部隊は大隊規模が多いのだが北海道や樺太に駐屯している一部は連隊規模まで拡充されていた。
第25戦車連隊もそんな拡充された機甲部隊の一つだった。
第4中隊は90式戦車を装備した機甲部隊であり、マリス連邦の上陸地点から20kmほど内陸に入ったところに展開していた。この位置が帝国陸軍が構築した防衛線の最も外側にあたる場所だった。
第4中隊に配備されている90式戦車は1990年から配備された第3世代型主力戦車だ。
ソ連の新型戦車に対抗する形で四葉重工業によって製造された90式戦車は帝国陸軍の戦闘車両で初めて「システム化」が行われており、中隊・小隊単位で情報共有を行え、海軍における共同交戦能力と同程度のことが可能となった。その他、新型の複合装甲や自動装填装置を搭載した44口径120mm滑空砲など多くの新技術が投入された戦車で、帝国陸軍では1500両ほどが配備されており、東南アジアを中心に諸外国にも輸出されていた。
重量は60トンほどで、同世代の他国戦車に比べれば軽量化されている。
ただ、より軽量の10式が帝国陸軍では全国的に配備されており、90式は北海道・樺太・九州・台湾など主に機甲師団が配備されている地域に集中配備されていた。
「車長。なんか20式が前線に展開しているって噂聞いたんですけど。本当なんですかね?」
「どうやら本当らしい。2機が持ってきたみたいだぞ」
敵を待ち構えている戦車の中ではそんな会話が交わされていた。
2機とは兵士たちの間で使われている「第2機甲師団」の略称だ。
そして、彼らが話している「20式」というのは、ソ連の新型戦車「T-18」に対抗して開発された最新鋭戦車のことであった。
20式戦車は90式と同じく四葉重工業によって製造されており、新開発された50口径140mm滑空砲を装備した重量70トンほどの大型戦車で、現在のところ30両ほどが配備されており、そのすべてがソ連との最前線に展開している樺太の第2機甲師団に配備されていた。
今回の防衛作戦では、新型戦車の実戦データを取得するために中隊規模の20式戦車が投入されていた。
「140mm滑空砲でしたっけ?巡洋艦級の主砲を搭載した戦車なんて眼の前に出てきたら絶望しかないですね」
「新型の複合装甲の防御性能は相当に高いらしいからな。この90式では対処はできんだろうなぁ」
敵として出てこなくてよかったよ、と車長は苦笑する。
90式戦車は登場してから30年ほど経っている。近代化でシステム面などはアップデートされているし、戦車そのものが未だに第3世代が主力中の主力として使われていることから現在でも一線級で運用出来るが、20式はその中々訪れなかった第4世代型だった。
ソ連が開発したという「T-18」は20式相当の能力を持っていると言われている。もし、T-18を主体にした機甲部隊が樺太に上陸すれば既存の戦車では対処不能になるかもしれないとまで言われているほどだ。その分、調達コストはかかるようで量産できていないようだが。
「さて……雑談はここまでだな。そろそろ敵部隊の第一陣がここにやってくるようだ」
車長は取り付けられたモニターを見つめる。
モニターにはちょうど、イギリスのチーフテン戦車のような外観をした戦車が映し出されていた。
『正面!敵戦車!』
上陸して2キロほど進んだMT-10(オリガ)の車内で無線が響く。
目を凝らしてみると、確かに眼の前に数両の戦車らしき車両が見えた。
残念ながら射程外のため撃つ事はできないが、それは相手側も同じだろうと誰もが思っていた。その瞬間だった。
先頭を行く小隊長車が爆発した。
「なっ!?」
眼の前で起きたことにライト軍曹は驚愕する。
それが、敵戦車による攻撃によっておきたものだと気づくのに数秒の時間がかかった。その合間にも向こうからは的確な砲撃が繰り出され、次々と味方の戦車が行動不能になる。
それはあまりに一方的な蹂躙だった。
「し、車長。何が起きているんですか!」
「わ、わからんが。味方のほとんどは行動不能になったようだ」
「列強屈指の防御力を持つオリガが一方的に……そんなのありえない……」
オリガの強みはその防御性能の高さだった。
独自設計の装甲による防御性能は列強の主力戦車の中でもトップレベルという評価がつくくらいだ。だからこそ、これまで多くの植民地獲得競争でマリス連邦は優位に戦いを進めてこれた。
難点は、機動性の低さと重量だが厚い装甲による生存性の高さがオリガの最大の強みであった。
しかし、その圧倒的な防御性能を持っていたはずのオリガ戦車は敵戦車の攻撃によって殆ど一撃で行動不能になっていた。その現実を部下である伍長は受け入れることができなかった。
ライトでさえ眼の前で起きていることはとても信じられなかった。
だが、そうして呆けている間にも友軍の戦車は続々と戦闘不能になっていた。
「こ、後退する!一度、後退して体制を立て直すぞ」
「は、はい!」
自分たちも危ないと考えたライトはすぐに戦車を後退させることにした。
他にも数両の戦車が同様に後退を始めていた。だが、日本帝国は彼らの後退を許すほどお人好しではなく、空の戦車キラーを戦線に投入していた。
AH-64E――アパッチガーディアン――とも呼ばれるアメリカ製の戦闘ヘリコプターを帝国陸軍は140機ほど運用していた。
帝国陸軍が運用しているのは扶桑重工業によってライセンス生産された帝国陸軍仕様のAH-64EJだ。
基本的なスペックは従来のAH-64Eと同じだが、強襲揚陸艦での運用など洋上での任務を行うことが多いことから防錆加工が施されていたり、対艦ミサイルの運用能力が増強されているなど、日本独自の設計も行われている。
樺太には第2航空旅団隷下の第201戦闘飛行大隊にAH-64EJが配備されていた。
戦車乗りにとって戦闘ヘリコプターは最大の脅威といえる。
殆どの戦車は対空ミサイルを搭載していないので上空からの対戦車ミサイルは避けようがないのだ。だからこそ、多くの陸軍は携帯式対空ミサイルを装備した歩兵などと一緒に戦車を動かしていた。近年は、携帯式対空ミサイルの性能向上したことから、かつてのように一方的に戦車が攻撃ヘリコプターの餌食になるケースは減っているが、かわりに無人航空機を用いた対戦車攻撃が重視されるようになっているので、戦車にとっては引き続き空の敵は難敵であり続けた。
マリス連邦軍の主力戦車MT-10(オリガ)は対空ミサイルを装備していた。携帯式対空ミサイルを砲塔の横に備え付けられたランチャーに収容しているもので接近してくる対空脅威に対しての牽制などに使われる。
だが、対空ミサイルの射程は5キロほどのためよほど接近してくる攻撃ヘリコプター以外には有効とは言えなかった。そして、帝国陸軍のAH-64EJはその射程外からヘルファイア対戦車ミサイルを発射していた。
後退していた戦車は次々と、ヘルファイアの餌食となって行動不能となった。その中にはまっさきに後退を始めたライト軍曹車長の戦車も含まれていた。
日本帝国 樺太州 北浜村
日本帝国陸軍 第25歩兵師団 第25機動砲兵大隊
戦車や攻撃ヘリが相手を蹂躙している場所から40kmほど内陸に帝国陸軍の砲兵陣地があった。砲兵陣地には第25歩兵師団隷下の第25機動砲兵大隊が展開していた。
機動砲兵部隊というのは、自走榴弾砲によって編成された砲兵部隊であり主に樺太・北海道・九州方面に駐屯する師団砲兵や、ある意味各方面軍隷下の砲兵旅団などに編成されている。
主力となるのは93式155mm自走榴弾砲と、92式203mm自走榴弾砲だ。どちらも車体部分は共通の設計が行われており90式戦車の車体部をベースにしていた。どちらも、自動装填装置を搭載しておりこれによって素早い砲撃が可能となっていた。
第25機動砲兵大隊にはあわせて20両が配備されていた。
「大隊長。まもなく敵部隊が射程範囲に入るようです」
「いよいよだな。敵とはいえこれからのことを考えると少し同情してしまうよ」
これから行われるのはある種の蹂躙だ。
数々の戦場を経験している大隊長であっても、この先の展開を考えると相手に同情してしまう。だが、そうしなければ国を守ることはできない。大隊長はその覚悟があるから今も軍人をしていた。
「後方の第701砲兵連隊も準備はできているようです」
砲兵陣地は幾つかあり、その中で最も離れたところには第7砲兵旅団隷下の多連装ロケット砲部隊が展開していた。
第7砲兵旅団は樺太方面軍隷下の砲兵部隊であり主に多連装ロケット砲や対艦誘導弾部隊が所属していた。第701砲兵連隊も長射程の多連装ロケット砲を装備している部隊だ。
MLRSという名がつけられているアメリカ製の多連装ロケット砲はこういった広範囲を殲滅する時には莫大な威力を発揮するのだ。帝国陸軍の場合は平原での殲滅戦というよりは、海岸に上陸してくる敵部隊に対して使うことを想定して多連装ロケット砲を導入していた。まさに、今回のようなケースが当てはまり、多連装ロケット砲部隊にとっては今回が初めて実戦だった。
「目標。射程範囲に入りました」
「砲撃開始!」
大隊長の号令の下、自走榴弾砲は定められた地点へ向けて砲撃を開始した。
北浜演習場
マリス連邦陸軍 第2師団 第22連隊 第5中隊
慣れない雪の中の進軍は兵士たちの体力を早々に奪っていた。
装甲車やトラックに乗り込んでいるとはいえ雪の中の運転に慣れている兵士はほぼおらず中には雪にはまり込んで動けない装甲車やトラックも出てくる。そのたびに乗っていた兵士たちが雪を掻き出さなければならない。まず、それで彼らは体力を奪われる。
更に、兵士たちが最も苦しんだのはその寒さだ。マイナス10度を下回る中での作戦は、多くの兵士たちにとって初めて経験することだった。一応、防寒着などを着込んではいるが身を刺す寒さは体力はもちろんのこと精神力まで削っていた。
はじめは、軽口を言い合える程度に余裕があった兵士たちだが。数時間もすれば徐々に口数も少なくなる。
「こんな島占領してどうするんだよ……こんな寒いところに人が住んでるわけない。住んでいても原始人みたいな連中に決まってる」
そんな愚痴をこぼしている若い兵士は上陸時は「ついに始まった!」と人一倍テンションを上げていた者だったが、予想以上の寒さによって最初のころの元気はすでになくなっていた。
周囲の兵士たちはそんな愚痴をこぼす若い兵士に一瞥すらしない。
突っ込む気力が彼らもないのだ。彼らが乗っているのは普段使用している兵員輸送用のトラックの荷台だ。幌はかけられているが暖房なんてものは当然ながらなく、外気が直接トラックの中に流れ込んでいた。
敵なんてどうでもいいから、さっさと島を占領して国に帰りたい。
口には出さないがこの場にいる兵士たちの一致した気持ちだった。
「ん?」
「どうかしたか?」
「……何か音が聞こえた気がしたんだが」
「音?俺には聞こえなかったが」
「そうか……なら気の――」
言葉は最後まで続かなかった。彼らに乗っていた車両の頭上で榴弾が炸裂したからだ。これによって、トラックは榴弾の集中砲火を受けることになり爆発。荷台に乗っていた兵士たちは何が起きたかわからないまま、永遠の眠りにつくこととなった。