18:パナマ侵攻
新世界歴元年 1月8日
パナマ共和国 パナマシティ
中央アメリカのパナマも、国籍不明の武装勢力による攻撃を受けていた。
パナマを攻撃していたのは、マリス連邦と同じ「ユーリス」と呼ばれる世界に存在する列強国の一つベルカ連邦だった。
ベルカ連邦がパナマに投入した戦力は2個師団。
しかし、ギリシャと異なりパナマは自国を守れるだけの軍事力はない。
パナマ国防軍の総兵力は1万人ほどであり、武装も限定的なもので戦車や航空機も存在しない。そのため、全く抵抗できずにベルカ軍は大きな抵抗を受けずに首都のパナマシティまで進軍できていた。
当然、パナマ政府もこのまま黙っていたわけではない。
すぐに、アメリカに対して軍事的支援を要請しており、アメリカもそれに応じて海兵隊1個遠征旅団をパナマへ向かわせていたし、即応体制をとっていた陸軍の2個旅団も行動を始めていた。ただ、陸上での移動は途中のニカラグアが領内でのアメリカ軍の通過を認めなかったため陸路での移動が不可能になり、空あるいは海からの移動に限られてしまった。
一応、パナマ運河にはアメリカ海兵隊の部隊が駐屯しており、現在はパナマ救援のために活動していた。とはいっても、その規模は1個連隊程度でしかない。
かつては、多くの部隊が駐屯していたのだが国際情勢の変化などもありパナマ運河に駐屯させている部隊を10年ほど前に大幅に減らしたのだ。かつては海軍の艦隊もパナマにいたほどだが、こちらもすでに撤退していた。
進軍してきている敵軍は2個師団規模なので、これだけではパナマシティを防衛するのは不可能である。彼らに与えられた任務は敵戦力の偵察及び、住民が避難する時間を稼ぐことだった。
すでに、住民の半数は街の外へ避難しているが、まだ半数以上の住民が残っているため彼らの多くが街の外に出るまでゲリラ戦を仕掛けて相手に出血を強いつつ時間を稼ぐというのが彼ら海兵隊に課せられた任務だった。
「なかなかヘビーな依頼内容じゃねぇか」
「仕方ないだろう?他に方法がないんだから」
「わかってるよ。しかし、敵さん。随分と容赦ねぇな」
兵士たちの近くにあったビルがミサイル攻撃を受けて崩れる。
そのビルは政府施設や軍事関係が入居しているビルではなくごく普通のオフィスビルだったのだが、相手はどうも無差別に邪魔なものを破壊しているようだ。
「目についた建物を破壊している感じだな。そこに誰かがいるかもしれないなんて誰も考えちゃいねぇ」
「連中にとってみれば等しく敵なんだろうさ。俺等が中東でテロリスト相手にやっていることと変わらんよ」
「そして、住民全体から恨まれるんだろ?嫌な仕事だぜ」
「軍人というのはそういうものだ諦めろ」
「へいへい」
「それよりも仕事をしろ。正面、敵戦車」
「ジャベリンがいくらあっても足りねぇな」
口では愚痴をいいながらもトリガーを引く指に躊躇はない。
発射されたミサイルは数キロ離れた戦車に命中し、その行動を停止させる。
「よし、陣地転換だ」
「了解。まるでゲリラになった気分だぜ……」
「だからこそ、相手に与える動揺は大きくなる。敵がどこにいるかわからんからな。連中が破壊すればするほど、こちらは動きやすくなる」
「無人機を持ち出してきたら逆に狩られる側になるけどな」
そう言って空を指差す兵士。
そこには、ラジコン飛行機のようなドローンが飛んでいた。友軍のものではない恐らく敵のものだろう。
「ドローンを持ち出しているってことは技術力はこっちと大差なさそうか。厄介だな」
「しかも、こっちの居場所気づいているぜ。どうする?」
「撃ち落とすしか無いだろ」
「了解」
ドローンは確かに便利だが、同時に脆い存在でもある。
特に安価な偵察用ドローンというのは市販品に少し手を加えただけなので防弾性があまりない。機関銃で容易に撃ち落とすことができる。なので、姿を消しつつあった対空機関砲が陽の目を見るようになったのだが。
アメリカ陸軍も廃止予定だった自走対空機関砲を新たに開発することにしたくらいだ。
ドローンを撃ち落とした兵士たちは再び瓦礫の物陰に隠れながら別の場所へ移動を開始した。その数分後、ベルカの兵士たちが彼らが居た場所にやってくるがその時にはすでに二人は別の場所で身を隠していた。
最終的に海兵隊は2日間。ベルカ軍を足止めすることに成功。
一通りの住民が避難したのを確認して、パナマシティから撤収した。
撤収時にはパナマ運河にかかる橋を爆破するなど、最後までベルカに対して嫌がらせをしてからの撤退だった。
パナマ共和国 パナマシティ郊外
ベルカ連邦軍 前線司令部
パナマシティから20キロほどのところにベルカ軍の前線司令部は築かれていた。偵察情報からパナマの軍事力はほぼないと判断したことから始まったパナマ攻略だが、アメリカ軍という想定外の難敵の出現によって計画は当初のものにくらべてかなり遅れていた。
「敵の抵抗は予想以上だな。偵察情報によれば敵の軍事力はさしたるものではなかったはずだが」
「恐らくは近隣から応援で来た部隊なのではないでしょうか」
「それだけの国が近くにあるのならば厄介ではあるな――それで?上はどのくらいまでやるつもりなんだ」
「できるだけ占領地を増やせ、としか」
「相変わらずいい加減だな……現場判断に任せるといえば聞こえはいいが要はなにかあった時の責任を全部こちらに押し付けるための方弁じゃないか」
呆れ顔で作戦を考えたであろう参謀本部を批判するのはベルカ陸軍第16装甲歩兵師団の師団長である少将だ。
彼は今回の作戦に関してあまり乗り気ではなかった。
理由は、偵察時間が少ないことだ。本当ならばもっと時間をかけてこの地域の情報を集めるべきなのに、今回の偵察は本当に簡単なもので終わっていた。実際に、部隊は想像以上の抵抗を受けている。もし、もっとちゃんと偵察していれば敵戦力の詳細もわかっていたはずだ。
(その上で『早く攻略しろ』とせっついてくる。本当に嫌になる)
内心で愚痴る程度には師団長も機嫌が悪かった。
結局のところ、彼らがパナマシティを占領するのに3日の時間を要することになった。アメリカ軍の足止めによって市民の多くが運河の対岸へ避難することができ、更にアメリカ海兵隊と陸軍の2個師団がパナマ国内へ展開できるだけの時間を稼ぐことに成功した。
新世界歴元年 1月11日
アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
ホワイトハウス
「パナマでの時間稼ぎは予想以上の成果です。ただ、これ以上の時間稼ぎは弾薬と食料の面から難しいため、海兵隊にはすでにパナマシティからの撤退を命じています」
「第1次防衛線はパナマ・コスタリカ国境だったな。間に合うのか?」
「微妙なところです。地上ルートを使えれば問題はないのですが……」
「ニカラグアの現体制が頷くわけがないな……」
キューバと共にアメリカの周辺部で生き残る社会主義国家。
それがニカラグアである。
元々は、他の中米諸国と同じように親米の独裁政権が権力を握っていたのだが、反発した左派勢力によるクーデターによって政権は崩壊。以後は、キューバと同様の反米社会主義国家として独立を続けていた。
ソ連の軍事顧問団が駐屯し、ソ連の支援を受けている影響で軍事力の小さい国が多い中米の中では際立った軍事力を持ち、ソ連の旧式兵器メインだが機甲部隊まで存在しており、隣国のコスタリカなどからはかなり警戒されていたほどだ。実際、コスタリカとは国境を問題を抱えていた。
だが、いくらニカラグアが機甲部隊を持っているからといって現在パナマを侵略している軍隊がニカラグアまでやってきた場合、多少の抵抗はできても兵站が無いに等しいのですぐに壊滅してしまうだろう。
むしろ、そのほうがアメリカとすればやりやすいくらいだ。
なので、ニカラグアの現政権が生き残る道は無条件に米軍の通行を認める以外になかった。
「――それで、これが敵に関する報告書か。随分と薄いな」
「何分、情報がまったくない国なので……政治体制すら全くわかりません」
衛星があればもう少しわかるのですが、とため息を吐く補佐官。
「それか、異界の国と交流があればわかったかもしれないな」
「現状は日本だけですからね。日本経由で聞いてみましょうか?」
「そうだな。現状、それしかなさそうだ」




