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16:第4空母戦闘群

 新世界歴元年 1月10日

 秋田県沖 日本海

 帝国海軍 第4艦隊 第4空母戦闘群

 原子力空母「瑞龍」



 秋田県沖の日本海を北海道方面に北上する船団があった。

 原子力空母「瑞龍」を旗艦とする第4空母戦闘群だ。

 京都府は舞鶴市に司令部を置く第4艦隊に所属する第4空母戦闘群は日本海・北方方面で唯一の大型空母を擁する機動艦隊であり、北方有事の際は最優先で現地に派遣される。今回も、武力攻撃の可能性が高まったとして昨日、母港である舞鶴を出港していた。


「瑞龍」は日本で二世代目の原子力空母である「蒼龍型」の4番艦として1987年に就役した。満載排水量は9万トンを超え、艦載機を約80機搭載していた。艦載機の大半は近くの海軍基地にいたが、今回の出撃にあわせて殆どが「瑞龍」に戻っていた。

 艦載機の中には海軍の新型艦上戦闘機である17式(FJ-8)の姿もある。

 17式は4大重工の一つである扶桑重工が開発した艦上ステルス戦闘機で、マルチロール機だ。海軍航空隊の要求に答えて高い格闘戦能力と汎用性をもった戦闘機であり現在海軍では約50機ほどが納入されている。

 実戦経験はないものの、スペックに関しては歴代の帝国海軍艦上機の中でトップレベルとまで言われている。実際、アメリカ海軍との模擬戦ではF-35Cなど同じステルス機を相手に優位に立ち回っていたという。


 その他、第4空母戦闘群に所属する艦艇は、

 金剛型ミサイル巡洋艦「鳥海」

 秋月型ミサイル駆逐艦「霜月」「睦月」

 村雨型汎用駆逐艦「春雨」

 綾波型汎用駆逐艦「大波」「長波」の6隻だ。


「鳥海」は帝国海軍初のイージス巡洋艦である「金剛型」の8番艦にあたり、就役から30年あまり経っているがシステム面では最新のイージス艦と同程度にまでアップデートされていた。大きな塔型の艦橋は、ステルス性をことさら意識するようになった現代において異質で妙な威圧感を相手に与えると専らの噂だ。

 まあ、一部からは「日本は相変わらず時代遅れの軍艦しか作らない」などと言われることもあるが――少なくとも性能においては世界トップレベルの防空巡洋艦だった。


「霜月」と「睦月」は「金剛型」に引き続いて建造された「秋月型ミサイル駆逐艦」の9番艦と12番艦で、イージス巡洋艦の指揮下で防空戦などに従事している。また、イージスシステム搭載によって全体的に艦が大型化したことから対艦・対地・対潜といった幅広い任務に対応できる汎用戦闘艦でもあった。

 ただ、あくまでイージス艦の主目的は「艦隊防空」であるので、基本的に艦隊行動において――特に対潜水艦に関しては同行している汎用駆逐艦が主だって担当していた。


「春雨」「大波」「長波」の3隻は帝国海軍において「汎用駆逐艦」と分類されている駆逐艦だった。

 ミサイル駆逐艦に比べれば小型で「汎用」という文字通り対空・対艦・対潜と幅広い任務に対応できる汎用戦闘艦だ。

 イージス艦も様々な役割に従事できる汎用戦闘艦だが、あくまでその主目的は「艦隊防空」や「弾道ミサイル迎撃」であり、それらを補完する戦闘艦だった。


 本来ならば、ここに原子力潜水艦もつくのだが転移後に海底の状況がわかっていないこともあり、潜水艦の運用が全面的に中止しているため今回の作戦に潜水艦は同行していない。ただ、相手側には潜水艦がいることがわかっているので普段以上に対潜哨戒機やヘリコプターの数を増やすなどして、潜水艦に対応していた。




「国籍不明艦隊はなおも南下中。数日以内に樺太に到達するとのことです」

「潜水艦は潰したんだったな」

「はい。領海内で潜航を続けていたので警告を挟んだうえで、海防艦がやったようです」

「他に潜水艦は?」

「占守の沖合にもいたようですが、こちらは哨戒機がすでに処理しています」

「全く、海底の状況もわからないのに潜水艦を動かすとは……中々に無茶をする連中だな。いや……もしかしてこの世界に元からある国なのか?」


 参謀の報告を聞きながら考え込むのは第4空母戦闘群の指揮官である児玉源一少将。

 元は海軍航空隊に所属していた戦闘機パイロットで第三次中華戦争などで実戦を経験した。パイロット引退後は、空母の艦長や、空母航空団の司令官などを歴任して少将昇進と同時に第4空母戦闘群の指揮官となった。


「陸軍情報部が捕虜から聞き取りをしながら言語解析をしているみたいですが、難航しているようです」

「全く未知の言語ならば仕方がないだろうな。そもそも、異なる世界がいくつもあるなんてのはSF小説の中だけだと思っていたからな」

「他の国々はどうなっているんでしょうかね」

「少なくとも平和そうな国は少ないだろうな。きっと、どこもかしこも未知との遭遇で大慌てだろうさ。それが、平和的ならばまだいいが……ウチと似た状況になっていた場合はより事態は深刻かもしれないな」


 日本は2つの軍事大国と対峙していたことから、常に2正面作戦が可能な戦力を維持しているが、それは日本が世界有数の経済力を持った大国だから実現していることだ。もし、今より経済規模がもっと小さければ今のような軍事力を維持することはできない。

 そして、世界はそういった国のほうが多い。


「覚悟しておいたほうがいいかもしれないな。世界との通信が回復したら、あちこちから救援要請が入ってくるかもしれない」

「そうなったらアメリカに対処してもらいたいですね」

「無理だな。今のあの国にそんな余裕はない」


 余裕がなくなった原因は自業自得だがな、という言葉は飲み込む。

 アメリカの対応に色々と思うことはあっても日本にとっては最大の同盟国だ。

「現役将校がアメリカ軍に憤り」なんていうネタで週刊誌に載ってしまったら軍人生活そのものが終わってしまう。さすがにここでつまらないネタで軍人人生を終わらせたくはなかった。


「ともかく、今は眼の前の仕事に集中だ」

「そうですね。さっさとお引き取りしてもらわないと」





 新世界歴元年 1月11日

 日本帝国 東京市 千代田区

 総理官邸





「現在のところ、避難命令区域では住民の70%ほどが避難を完了させています。残りの30%に関しても2日以内に区域の外へ出る予定となっています」

「予想以上にスムーズですね。避難を拒んでいる住民はどれくらいですか?」

「現時点で確認できているのは数十人ほどで、政府発表を信じない陰謀論者や高齢者が殆どです。現在、警察が説得にあたっていますが、それでも応じない場合は説得を打ち切ることを視野に入れています」

「なるほど。予想以上に避難を拒む人は少ないですね。やはり、樺太という土地柄なのでしょうかね」

「恐らくそうでしょう。長らく、ソ連の脅威を間近で感じてきたのが北部樺太ですから。ですが、同様の訓練を続けている南西諸島では地形的な関係でこれほど迅速な避難は難しかったでしょう」


 北樺太の一部地域に避難命令が発令されて2日が経った。

 内閣総理大臣の安川は、山本内務大臣から住民の避難状況に関しての報告を受けていた。

 北樺太の3支庁にまたがって存在する避難命令区域に住民票を持つ30万人のうち20万人ほどが自家用車や鉄道――民間船舶や航空機などを用いて区域外に出ていた。

 住民の大半は素直に避難命令に従い。初日のうちに避難を済ませた者も多い。現時点で避難を拒んでいるのは極少数であり、警察官が説得を続けているが最終的に応じなかった場合は、拒絶者を放置する形で警察官たちも区域外へ退避することになっていた。

 避難を拒んでいる住民の半数は長く暮らした地元から離れることを拒む高齢者で、避難先の生活に不安を感じて避難を拒んでいた。残りの半数はそもそも今回の政府発表を信じない陰謀論者たちだ。

 彼らは、そもそも異世界転移事態を信じておらず一連の騒動は政府がアメリカと共に仕組んだものであると主張しており、警察官の説得には一切耳を貸してない状態だった。(そもそも、警察そのものを忌み嫌っている連中なのでこんな状況じゃなくても警察の話に一切耳を傾けなかっただろうが)

 と、このように一部では避難に応じない住民もいたが殆どの住民が迅速に避難を行ったのは、それだけ樺太北部は常にソ連の脅威が身近にあったという証拠にもなった。

 日頃からソ連が攻め込んでくることを想定した避難訓練を行うなど、自己防衛という意識が他地域に比べて非常に強いのが樺太北部だった。

 同様の避難訓練は北中国の脅威があった台湾や南西諸島などでも行われていたが、恐らく同様の件が台湾や南西諸島で起きても今回のような迅速な避難は難しかっただろう。これは、樺太は都市部に人口が集中しているが、南西諸島は多くの島に人が居住しており、台湾は本土と同様に集落が各所に分散しており、樺太のように避難誘導を迅速に行うのが難しいからだ。


(本州で似た事態が起きた場合。まず避難は間に合わないだろうな)


 北と南西は常に最前線という緊迫した状態だが、本州――特に東京を中核とした関東地方はそもそも敵の攻撃を受けるという考えすら官民問わずに持っていない地域だ。首都圏が攻撃を受ける時、それは弾道ミサイルなどであり地上部隊がやってくるのは全てが破壊された後だろう。

 もし、敵が北からではなく南方からやってきた場合。首都圏は大混乱に陥っていただろう。避難だって樺太ほどスムーズには進まない。なにせ、東京市だけで1000万人。その周辺都市を含めれば3000万人がこの国の首都圏には居住しているのだから。

 そして、最初に接触したガトレア王国が好戦的な国だった場合。首都圏攻撃は現実に起きていたかもしれない。

 本当に運がよかった、口には出さないが安川は内心そう思っていた。




 新世界歴元年 1月11日

 イギリス連合王国 ロンドン




 転移によって、情報伝達速度は一気に低下したがそれでも近隣国で起きていることに関してはある程度伝わってくる。日本の樺太に国籍不明艦隊が接近しているという情報は、隣国であるイギリスにも届いていた。


「日本に攻め込むなんて命知らずもいたものね……それで、我が国には来ていないのでしょうね?」

「現時点で我が国の周辺で不審な船舶は確認されていません。ただ、日本ほどの哨戒能力はありませんので。『確実』にいないとはいい切れませんが」

「そればかりは仕方がないわね……というか、日本が異常なのよ。あんな国土全土をカバーできるレーダー警戒網を作っている国。他には絶対ないわよ」


「あの国はおかしい」と呆れ顔で日本を評す、イギリスのエリザベス・スミス首相。

 実際、日本のレーダー警戒網は国土全域をカバーするという普通の国ではあまりしないことをしている。これは、ソ連と北中国による弾道ミサイル攻撃などを警戒した上のことだ。

 一方のイギリスのレーダー警戒網は国土全体をカバーしておらず、更にいえば周辺海域をくまなく監視できるほどの哨戒機もいなかった。これは、立地上の問題だろう。イギリスは、ソ連と直接面しておらず間にいくつもの国々がありヨーロッパ全体でソ連に警戒する体制がとれているが、一方の日本はソ連と近距離で対峙しているし、ソ連以外に北中国とも問題が抱えている。更に周辺にある国は一部を除けば自国防衛すら怪しい途上国も多いという環境だ。

 軍事にかける予算もイギリスと日本では規模が違う。

 イギリスも経済大国に名を連ねているが、それでもかつての大英帝国時代に比べればだいぶ縮小している。一方の日本はアメリカに次ぐ世界第二位の経済大国の座を半世紀以上にわたってキープしており、軍にかける予算もイギリスよりも多かった。

 イギリスはドイツやフランスにヨーロッパ駐屯のアメリカ軍などの心強い味方がいたが、日本の場合はアジアに駐屯しているアメリカ軍くらいしか頼れる味方がいなかったのも防備の差が出た要因だろう。

 実は、転移してから数日間は日本の早期警戒機を借りてイギリスは周辺海域の調査をしていたくらいには早期警戒機や哨戒機の数が不足していた。


「まあ、日本に関しては問題はないでしょう。むしろ、問題なのはアイスランドかしらね。アメリカという守護者が撤退を検討しているようだし」


 イギリスの北にあるアイスランド。

 人口40万人ほどの小さな島国は、世界的に珍しい軍を保有しない国だ。

 それでもNATOに加盟し、国内にはアメリカ空軍の基地やレーダーサイトがあるなど主に北極方面からやってくるソ連を監視する上で重要な役割を果たしていた国であった。

 そんな、アイスランドもイギリスといっしょに樺太の西方沖に移動した。

 現在も、アメリカ軍が駐屯しているが、そのアメリカ軍はアイスランドからの撤退を検討しているという。転移によってソ連という最大の仮想敵の存在が消えたのが理由で、そのことを知ったアイスランド政府は引き留めようとしているらしい。同時に、軍を創設することも検討していた。

 この地域に転移してしまったことでNATOという軍事同盟に頼ることはできない。幸いなのは、日本や中華連邦などの国々も「APTO(アジア太平洋条約機構)」という軍事同盟を締結していることだろう。


「アイスランド政府は『APTO』への加盟申請を真剣に検討しているようです」

「我が国も検討すべきかしらねぇ『APTO』への加盟。『NATO』にいる意味はほぼなくなったわけだし。まあ、それも日本が問題を片付けてからでしょうけれど――ところで、軍の創設も検討しているった話だったけど。どれくらいの規模になるのかしら」

「アイスランドの国力を考えれば全兵力3000人ほどかと」

「アイスランドの人口を考えれば規模は十分ね。国土防衛ができるかといえば難しいでしょうけれど。だからこその『APTO』なのでしょうね」


 ちなみに隣国であるイギリスがアイスランドのために軍を派遣することは難しかった。そんな人的余裕はイギリスにはないし、陸軍の主力部隊はヨーロッパに駐屯させたままなので、実は現在のところその所在がわかっていないのだ。


「ヨーロッパが見つからないと我が国の国土防衛も手薄なのよね……」



 ヨーロッパが見つかったのはその4日後のことだった。


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