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15:中米の異変

 新世界歴元年 1月5日

 中央アメリカ パナマ共和国 東部



 パナマ運河で知られる中米の国・パナマ共和国。

 国土の真ん中付近にパナマ運河が貫き、長らく間接的にアメリカの支配下に置かれていたこともある。不安定な国が多い中米の中では比較的政治が安定しているが、一方で南米からアメリカ方面へ流れる麻薬密売ルートの只中にあることから治安に関しては他の中南米の国と同じく不安定だ。

 今回の転移によって、パナマは南米ではなく違う大陸と接することになった。ただ、パナマ政府は別大陸の存在は認知しながらもその調査を行うことはしなかった。これは単純にパナマの軍事力では他大陸を調査できるだけの人員を用意することができなかったからだ。

 かつては、パナマ運河に米軍が駐屯していたがそれも20年ほど前にほぼ全ての部隊が撤収している。もし、米軍がこの地にあるならば米軍が大陸の調査に出ていたかもしれない。

 どちらにせよ、今のパナマにとっての問題は南米の代わりに繋がった大陸ではない。転移によってパナマ運河が完全閉鎖されていることだ。パナマ運河の通行料が経済の柱ともいえる同国にとって運河閉鎖が長期化されるのは問題だった。安全が確認さえとれれば運河は再開通するが、その安全を確認するのはパナマ政府ではなく米軍だった。



 パナマ東部のジャングル地帯を貫く細い道路を戦車を先頭にした軍用車両の集団が走行していた。

 戦車はドイツのレオパルト戦車に酷似した外観をしていた。その後ろに並ぶ装甲車など外観もドイツ製の装甲車によく似ていた。

 彼らは、パナマと繋がった異世界の大陸からやってきた。

 ベルカ連邦陸軍西部総軍第37装甲師団第574装甲偵察大隊――これが彼らの所属先である。

 ベルカ連邦は、複数の列強が植民地や領土を奪い合う異世界「ユーリス」にあった列強の一国だ。列強としての歴史は短いが、それでも列強の中でも頭ひとつ抜けた軍事力をもった軍事大国であり、近年は多くの国々を植民地として確保し、他の列強とは激しく対立していた。

 ベルカ連邦があるこの大陸――ユーシア大陸はユーラシア大陸の半分ほどの大きさをしていてベルカ連邦はその大陸の6割を支配していた。突然の転移にベルカ上層部も若干混乱はしたものの、すぐに北西部で別大陸と接していることがわかると、すぐに大陸を調査するために部隊を送ることを決めた。

 それが、第574装甲偵察大隊であった。



「くそっ!かれこれ2時間走らせてもジャングルしか見えねぇ」


 装甲車から顔を出して周囲を見渡していた兵士がうんざりしたように舌打ちをする。異大陸に入って2時間で集落らしいものすらほぼ見えないのだから無理もないだろう。

 といっても、ほとんど道と言えない道をゆっくりと進んでいるので実は距離はあまり稼げていなかったのだが、景色が変わらないので自分たちがどこを進んでいるのかすら兵士たちはわかっていなかった。

 彼らの任務はこの繋がった陸地に何があるのかの確認だ。

 仮に集落などがあるならば文化レベルも推定することができる。


「偵察機の画像を見る限り都市まではまだ距離がありそうだな。都市に関してはかなり発展しているようだが」

「こんなジャングルを放置しているってことは国としては大した規模ではなさそうだな。簡単に占領できそうだ」

「この国の軍隊と対峙してからそのセリフを言うべきだな」

「そういうお前は相変わらず慎重すぎるな。もう少し大胆にやったほうがいいんじゃないのか?」

「大胆に行き過ぎて死ぬくらいなら慎重にやるさ」


 と、このように変わらない景色にうんざりしているのか軽口を言い合う兵士たち。一応、周囲の警戒は行っているが見る者が見れば、外へ意識を向けていないのはわかってしまうだろう。

 まあ、この場に彼らを見張るような兵士は存在しないのだが。

 都市部以外は基本的に人の目はないし、人口も都市部に集中している。というのも、パナマ東部は気候はあまり良くないし、更に危険な動植物も多いさらに言えばここらへんは自然保護区に指定されているので普段から人気がほぼないのだ。そんな、ジャングルの中を戦車は突き進むのだった。



 新世界歴元年 1月6日

 アメリカ合衆国 ワシントンD.C.

 ホワイトハウス



「衛星が使えないというのも不便だな。何もかもが手探りだ」


 転移から1週間あまり。未だにユーラシアなどの情報はアメリカには届いていない。衛星が健在ならば瞬時に他大陸の情報がわかったのだが、残念ながらその衛星は大半が使い物にならない。

 現在急ピッチで新規衛星の打ち上げのための準備が行われているが、ロケットの組み立てはできても衛星本体の準備にはそれなりの時間がかかる。ただ、運良く今月に打ち上げ予定の偵察衛星があったため、そちらの準備を急ピッチで進めていて早くても1週間以内に最初の衛星が打ち上げられる予定になっていた。

 1基でも衛星が上がればこの世界のことを若干だが知ることはできるだろう。そして、超大国たるアメリカならばすぐに後続を打ち上げることも可能だ。半年もあればこの世界の全容は把握できる――というのがCIAやNSAの共通の見解であった。


「それで、日本と接触した『ガトレア王国』というのはどういった国なんだね?日本から一応情報を提供してもらったんだろう」


 ガトレア王国に関する情報を日本はアメリカ・イギリス・オーストラリアなどに提供していた。その情報を国務長官のアメリア・クラークが大統領に報告しに来ていたのだ。

 クラーク国務長官は元々外交官だったが、外交官として非常に優秀だったこともあって、40歳という若い彼女をローベンスは国務長官に指名していた。現在のところこの指名は的確なものだった、とローベンスは考えている。


「簡単な情報くらいですが、ガトレア王国はちょうど日本のマーシャル諸島と我が国のハワイ諸島の中間に出現した立憲君主制国家のようです。国民の大半が『亜人種』によって構成されており、そのうちの半数が『エルフ』と呼ばれる長命種です」

「随分とファンタジーな国のようだな?」

「とはいえ、技術力は地球とほぼ変わりありません。日本曰く、一部分野は地球以上の技術力がある可能性もあるとか」

「ほう……それはまた興味深い話だな」


 ガトレア王国がアメリカなどよりも優れているのは電子情報技術――特にAIなどの分野を得意としており、兵器や民生品などに高性能なAIが多く活用されていた。


「それで、ガトレアとの交渉はいつからできるんだ?」

「ガトレア側からはしばらく情報を精査する時間がほしいという話が出ているので、今月中は難しいかもしれません」

「そうか……まあ、我々もガトレアに関する情報収集活動に専念すればいいか。特に軍事力を含めて色々と探らないといけないところは多いからな」


 ローベンスはガトレア王国を警戒していた。

 全く情報のない異世界の国というのもあるが、日本やイギリスと関係を深められ両国から距離を置かれることを一番懸念していた。日本やイギリスの存在は今後この世界で生きていく上で必要なものだ。国内ではまだ日本などを敵視する輩はいるが、日本は今やアメリカ経済にとって欠かせることのできない国だ。なにせ、アメリカで作られている製品の部品の多くは日本から輸入しているものなのだ。

 アメリカの産業を守るためにも日本との関係は今後も重要視していきたい。

 イギリスに関しても同様だ。日本ほどの重要度はないにしても、やはり現在でもイギリスは無視できる国ではなかった。


「さて次は……国連か。まだ、混乱しているようだな」

「途上国を中心に本国と連絡できない国は多いですから……各国の国連大使は先進国の国連大使に泣きついていますが、先進国も先進国で未だに所在がわからない国は多いので他国のことを気にしている余裕はないようです」

「それはそうだろうな。今は、どこも自国のことで手一杯なんだがからな」

「事務総長から会談の要請が届いていますが……」

「後にしてほしいんだがな。今、会談をしたところで何も決まらんだろう。それとも、アレか我が国の力をあてにしているのか?」

「可能性は高そうです」

「こういうときに限って我が国の力を頼ろうとするのはやめてほしいんだがねぇ……」


 第二次世界大戦後に国際連盟の代わりに設立された国際連合。

 国際連盟でできなかった、世界の恒久平和を目指す国際機関――などと謳っているがその実態は第二次世界大戦の連合国に参加した国々を中核にして発足した組織にすぎず、相次ぐ国際紛争に対して主導的な役割を果たしたことも少ない。

 まあ、これは仕方がないだろう。常任理事国に常に対立しているアメリカとソ連がいるのだから。紛争があって話し合いを開いてもアメリカとソ連の意見対立で議論は進まないのだ。

 国連のトップたる事務総長は各国の首相や閣僚経験者が選出されることが多いが、その事務総長が米ソの対立を止められるかといえばそれは難しい話だった。かつては、率先して両国の対立を止めようとした事務総長もいたが国連の事務総長が出張って、対立を辞める両国ではないので最終的に殆どの事務総長は苦言は呈しても積極的に両国の対立を仲介するような動きを見せることはなくなった。

 今代の事務総長は就任当初は国連改革など積極的に情報発信していたようだが、それも就任1年ほどで殆ど発信しなくなった。理想と現実の差があまりにも離れすぎていることに彼は気づいたのだろう――と言われている。


「あの事務総長も就任当初の勢いが全くなくなったな」

「仕方がありませんよ。所詮はお飾りの役職ですから」

「君も言うね……まあ、かつて積極的に紛争解決に乗り出した事務総長は紛争地帯から戻ってこなかったからな」


 この件は、最近まで暗殺が疑われていたが実際は単なるヒューマンエラーの積み重ねによる不幸な事故だったことがわかっている。ただ、以後の事務総長は積極的に自ら紛争地帯に足を踏み入れることはなくなった。

 仮に彼らが紛争地帯に直接足を運んで。当事者たちの仲介をしたところでそれで終わるほど紛争というのは単純なものではないのだが。


「ところで、パナマの先――南米の代わりに出現した大陸に関して何かわかったことはないのか?」


 ローベンスは執務室にいたもう一人の人物に声をかける。

 大統領と国務長官の会話に一切参加しなかったその人物は、情報担当の大統領補佐官だった。


「いえ、現時点では詳細なところはわかっていません。わかっているのはユーラシアの半分ほどの大きさをもった大陸である――ということくらいですね。ただ、最近になってパナマで不審な集団の目撃情報があります。もしかしたら、何らかの勢力がその大陸からパナマ方面に流れている可能性もあります」

「このことをパナマ政府には?」

「国務省経由で伝えてはいますが、向こうはパナマ運河のことで頭がいっぱいのようです」

「ああ……今回の件でパナマ運河は閉鎖されているからな。彼らとすればさっさと再開させたいところなんだろうが。ウチの国の船会社は再開したところであまり使わんだろうな」

「貿易が完全にストップしてますからね……」


 転移による混乱で世界の貿易活動は完全にストップしている。

 生き残っているのは同じ大陸内での陸路を使ったもののみだ。

 なにせ、転移によって海の状況がまるで異なり、更には大陸間の距離も以前よりも長くなったのだ。今までの航続距離では明らかに足りないケースも出ているし、そもそもその海域が安全なのかもわからないことからどの船会社も利益を得たいとは考えているが一方で大きなリスクを背負うことを避けようとしている。

 アメリカ政府としても安全な航路などが見つかるまではなるべく民間船舶の運行を控えるように呼びかけているため、仮に早期にパナマ運河が開通したところで使う船はほぼ軍艦くらいに限定してしまっていた。


「しかし、パナマに現れた不審な集団か……好戦的な連中じゃなければいいんだがな」

「パナマの軍事力では仮に攻撃を受けた場合。対応は難しいでしょうね」

「パナマだけじゃない。メキシコ以外の中米はどこも無理だな。唯一張り合えるのはニカラグアくらいか……?あそこはウチに対抗するために不必要に軍を整えているからなぁ」


 メキシコ以外はそもそも軍備を整えるだけの経済的余裕がある国が少ないのが中米だ。貧しいからこそ、多くを稼げると信じて彼らはアメリカを目指す。それがここ数十年あまりアメリカ全体で社会問題ともなっている不法移民問題だった。

 ただ、こうなったのも歴代アメリカ政権の政策によるものだった。

 中南米は「アメリカの裏庭」と揶揄されるほどにアメリカの影響力が強い地域であり、かつては「植民地」などとも批判されていた。中南米の多くの国はアメリカ向けの農業を主要産業としていたわけだが、経済は一向に上向かない。それどころか一部の支配層だけに富が独占されるという状況がずっと続いていた。

 それに不満をもった勢力と、ソ連などの支援によって革命思想に目覚めた者たちが繋がった結果。あちこちで社会主義運動が活発化する。自分の足元で共産主義の国家ができることを恐れたアメリカはこれらの活動に徹底的に介入を行ったが、却ってそれが現地住民の不満に油を注ぐ形になった。

 結果的に1960年~70年代にかけて中南米では次々と社会主義政権が誕生して反米路線を掲げることになる。アメリカもその対抗策として軍部への支援などを積極的に行った結果――中南米の多くの国で内戦がおこり、国はどんどん疲弊していく状態となった。

 中南米にできた社会主義政権はその後、大半が姿を消したが現在でもなおニカラグアやキューバでは残っている。この頃になると、アメリカも国際社会はもちろんのこと国内での批判の声を無視できなくなり、1980年代以後は積極的な介入を行わなくなった。まあ、これは武力介入をするたびに金がかかるが、その割にたいした結果が出ないことをアメリカ政府がようやく察したから辞めた――ともいえるが。

 ただし、社会主義路線を辞めて国が落ち着いたかといえばそうではない。

 長く続いた内戦によってどの国も疲弊していた。更に政治家や官僚の間での汚職も蔓延し、更にその間にマフィアの勢力が拡大した国なども出てきた。国にいても稼げないことから各国の住民は働き先を求めてアメリカへ流入し、更に混乱している各国は警察機能も万全に働いていないため薬物などの通り道にもなってしまった。

 結果的に過去のアメリカの政策によって現在のアメリカは苦しむことになっているのだ。もちろん、全てがアメリカの自業自得――というわけではないが、日本などからは「アメリカが関わるとろくなことにならない」と現在でも思われているのは事実だった。



 ローベンスの下へ「パナマが攻撃されている」という報告が届くのはその5日後のことだ。


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