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11:北樺太

 新世界歴元年 1月7日

 日本帝国 樺太州 奥端支庁



 現実世界と異なり、樺太は全域が日本領であった。

 樺太全土が日本領になったのは1958年に勃発した日ソ戦争の結果である。

 当時の樺太は南部が日本。北部はソ連領であり島国である日本にとっては唯一陸上国境が存在する場所であった。東西冷戦が始まると西側陣営に所属することになった日本と東側陣営の盟主であるソ連の関係は急速に悪化していた。ただ。ソ連政府は衛星国となった東欧に集中しており、極東にはほとんど視線は向かなかった。

 このことを利用してなのか、ソ連の極東軍管区の一部が政府の許可をとらず独断で軍を南樺太へ侵攻――これが日ソ戦争の引き金となった。

 日本はソ連からの侵攻に備えてはいたが、それでも1958年10月におきた侵攻は当時の日本軍にとっても日本政府にとっても予想外の攻撃であり結果的に南樺太の北部は一日あまりでソ連軍に占領されてしまった。

 もちろん、日本もこのまま手をこまねいているわけではない。

 すぐに、樺太駐屯部隊や北海道の部隊を再編成しながら樺太中部の主要歳である敷香と恵須取を結ぶ線に防衛線を築いた。また、海軍もすぐに陸軍支援のために大湊の第5艦隊を派遣し、更に舞鶴の第4艦隊や横須賀の第1艦隊なども動員してソ連海軍が満足な行動が出来ないように海上封鎖を実施した。この海上封鎖によってソ連の太平洋艦隊は身動きがとれなくなり、後々日本側に戦況が傾くきっかけになった。


 ソ連は千島列島にも軍を進めており北部の新知島までが占領した。しかし、南部への侵攻は日本軍の粘り強い防衛線のまえに遅々として進まなかった。このとき、日本政府にはアメリカやイギリスなどから「参戦の用意は出来ている」という打診はきたが日本政府は「自力で解決する」としてこれらの打診を断っている。


 前線は一週間ほど停滞するが、日本側から追加戦力が投入されると逆に日本側が反撃に出てどんどんソ連軍を北部へと押し返した。戦車の性能においては日本陸軍よりもソ連陸軍が上回っていたが、日本軍は海や空からの的確な地上支援が行われた結果強力なソ連の機甲部隊を撃破した。ソ連側も戦闘機などを飛ばしたが制空権はすぐに日本側が確保することになった。

 南部の制海権も日本が握っており、ソ連としては中々厳しい状況に追い込まれていた。このときになってモスクワも極東の異変に気づいたようだが遠く離れた極東へ介入するにも時間がかかり、その間にもソ連軍は日本軍に徐々に押し込まれていき戦いの場は北樺太に移ることになった。


 北樺太へ逆侵攻した日本軍は各所でソ連軍を撃破。

 また、占領された千島列島北部にも海兵隊が次々と強襲上陸を決めてソ連軍を撃破し9日目で千島列島北部はすべてが奪還され、北樺太も2週間ほどでほぼ全域が占領された。このときになってようやくモスクワは戦争を主導した極東軍管区の幹部を粛清。日本側と停戦交渉をすることになるが、先にソ連が仕掛けてきたこともあってか北樺太は日本に割譲されることになった。

 ソ連が北樺太を日本に割譲したのはソ連政府の視線がヨーロッパに向いておりこれ以上極東で厄介事を増やしたくないのと、戦争の引き金をひいた極東軍管区に対しての懲罰的な意味合いもあったという。


 また、この日ソ戦争によって第三次世界大戦の引き金が引かれるのではという憶測も飛び交ったほどだが。幸運なことながらこの日ソ戦争によって第三次世界大戦の引き金が引かれることはなかった。ただ、その後の東西関係はキューバ危機などを含めて非常に危機的な状況になったのは事実である。


 北樺太のロシア系住民は4割がロシアへ送還されたが、残りの6割は日本国籍を取得することを選んだ。当時の北樺太はそれほど大規模な開発はされていなかった。一方で南樺太は豊原や大泊などの主要都市では都市化が進み人口が急増していた。このこともロシア系住民が日本国民になることを選んだ一因だと言われている。

 その後の北樺太は豊富な天然ガスや原油などの天然資源に恵まれていることがわかり日本政府によって大規模に開発されることになる。このことはソ連にとっても想定外だったらしく、ソ連内には樺太奪還の声も強く上がったようだがソ連政府は結局転移するまで樺太の武力による奪還を行うことはなかった。

 しかし、日本は引き続きソ連の侵攻を警戒し樺太は対ソ連の最前線地帯として約10万人の軍人が転移後の現在にいたるまで常駐していた。



 樺太最北部にあるのが「奥端支庁」だ。

 人口は約20万人で、その殆どが北東部にある「奥端」に集中している。

 奥端は人口10万人ほどの都市で、国内では「石油産業の街」として知られていた。これは、北樺太北部の沖合にある海底油田やガス田の前線基地となっていることもあり、住民の半数以上が石油関連施設で勤務していることからつけられたものだ。




 新世界歴元年 1月7日

 日本帝国 樺太州 奥端支庁 北西沖100km

 マリス連邦海軍 潜水艦「ジ・アス」



 樺太の北端から北西に100kmほど沖合の海中に、1隻の潜水艦が潜航していた。

 マリス連邦海軍第1潜水艦隊に所属している潜水艦「ジ・アス」だ。


「上は相当荒れているみたいだな」

「そうですね、波も風もとんでもないですし、なによりかなり冷え込んでいるみたいです。この状態で外に出たら凍えますよ」

「外が落ち着かない限り海兵隊は動かせないか……」


 海中に大きな影響はないが「ジ・アス」がいる海域は昨日から低気圧の影響で荒れていた。雪まじりの暴風と大しけ。更にマイナス20度を下回る外気温は、外で活動するのはとても出来ないような環境だった。

「ジ・アス」には1個分隊規模の海兵隊員も乗艦していた。

 彼らは、この近くにある島へ偵察上陸する予定があるのだが、外の天気が落ち着かなければ彼らを上陸させることは出来ない。肝心の天気がいつ回復するかは全くわかっていない。あまり、長引くようでは一旦本国へ引き返すことも検討しなければならない。なにせ、燃料と食料が潤沢に用意されているわけではないからだ。


 彼らの所属するマリス連邦は樺太から7000km離れた場所にある。

「ユーリス」と呼ばれる「地球」とも「テラス」とも異なる世界にあった国で複数の島々と大陸にある植民地などで形成されていた。

「ユーリス」は複数の「列強」と呼ばれる超大国が、植民地を巡る争いを数十年の間続けており、マリス連邦も「列強」の一角に名を連ねていた。

 マリス連邦は「列強」の中でも特に強力な海軍を保有しており、その海軍によっていくつもの大陸に植民地を形成していた。

 さて、植民地というのは地球において一般的にはあまりいいイメージはもたれない。これは、植民地で行われた高圧的な統治体制のイメージが一般的に強く持たれているからだ。

 ただ「ユーリス」における植民地はいうなれば「保護国」のようなものだ。

 大国の庇護に入って国土を守ってもらう代わりの対価として安価な値段で農作物や鉱物資源などを輸出するというもので、植民地の統治に関しては基本的に現地政府に任せられていた。当然、その現地政府には「列強」の官僚も送り込まれているが、現地政府の実権は現地人が握っていた。

 さて、マリス連邦も日本などと同じく「転移」に巻き込まれた国であり、それによっていくつかの植民地の所在がわからなくなっていた。その、植民地探索の最中に偶然発見したのが樺太だ。

 現地住民などがいる可能性なども考えられたが、彼らがいた世界は「列強」が植民地を奪い合う混沌としたものだ。仮に現地住民がいたとしてもマリス政府にとっては気にすることではなかった。

 しかも、海底油田やガス田と思われるプラットフォームも沖合で発見されていることから、この島の周辺は天然資源に恵まれていることもわかっている。所在不明となっている植民地の中には天然資源が豊富な地域もあったことから連邦政府はその穴埋めに、樺太を占領する計画をたてており、「ジ・アス」と海兵隊員はそのための偵察をするために、樺太近海に進出していた。


「外は大荒れのようですね」


 司令区画に海兵隊の指揮官である少尉が顔を見せる。

 その顔色はあまり良くはないが、これは潜水艦の環境に長くいたことによる精神的・肉体的疲労が顔に出ているからだ。屈強な海兵隊員にとってみれば排水量2000トンにも満たない潜水艦の内部は窮屈に感じるのだろう。

 潜水艦の乗員たちは基本的に小柄な者たちが多いが、そんな彼らでも住環境が悪いことは身を持って経験している。


「しばらくはここで足止めだな。少尉たちには悪いが」

「いえ……自然のことですから」

「それよりも、防寒装備は大丈夫か?」

「一応、事前に準備しているものがありますが。外の様子を見る限り足りないかもしれませんね。民家など、体を休める場所が近くにあればいいのですが……」


 彼らが上陸を予定しているのは樺太北西部の海岸だ。

 すでに、付近に街らしき集落があるのは確認済みでその集落からやや離れたところにゴムボートで乗り付けるのが現時点での計画だった。ただ、外の荒れ具合を考えるとより集落に近い場所へ変更することも少尉は検討していた。ただ、それだと人目につく確率が高くなるという問題もあった。

 人が生活しているということは、軍隊も駐屯している可能性がある。

 偵察隊の任務は大規模上陸が可能な土地を探すことなので、なるべく人目を避けた部分に上陸したかった。

 マリス連邦の気候は非常に穏やかだ。冬は冷え込むこともあるし、雪も降るが大荒れすることはない。なので、冬の樺太というのは彼らにとっては地獄のような環境であった。


「正直言ってこんな過酷な気候の中でよく暮らしているものだよ」

「やはり、沖合にある採掘施設が関係しているのでしょうか」

「恐らくそうだろう。油はこちらにとっても重要なのだろうな」

「しかし、異世界ですか……未だに信じられません」

「それは、私も同じだよ。だが、こうして地形がまるっきり変わっていることを考えると信じるしか無いだろうな」


 そんな、異界の土地に攻め込もうとしているのだから自分たちは「蛮族」に思われるかもしれないな、と艦長は内心苦笑する。

 その後、天候を回復するのを待ったが結局、天候が落ち着いたのは2日後のことだった。


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