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10:海での睨み合い

 新世界歴元年 1月5日

 ユーラシア大陸 東方沖

 ソビエト連邦海軍 空母「アドミラル・グルシコフ」



 ユーラシア大陸東方――かつては太平洋があり、日本などの島国があった海域は転移によって別物になった。大小様々な島は存在するのは変わらないがそれらの島々の多くは今のところ無人島である。

 ユーラシア大陸東方にある、2つの超大国――ソビエト連邦と中華人民共和国――は、誰にも邪魔をされないということで島々を自国領にすべくそれぞれ艦隊を出撃させていた。


「アドミラル・グルシコフ」はソ連海軍太平洋艦隊に所属する空母だ。

 ソ連海軍には現在5隻の空母があり、そのうち日本と対峙する太平洋艦隊には2隻が配備されていた。グルシコフはその中では新しい部類であるが、それでも就役してから30年ほど経っている。

 グルシコフは満載排水量6万トンの中型空母で、ソ連海軍で初めて蒸気カタパルトを搭載していた。それまでのソ連の空母は蒸気カタパルトを実用化することができず、苦肉の策として艦首部分にスキージャンプのような勾配を設けて艦載機を発艦させていた。

 ただ、この場合。艦載機に搭載できる燃料と兵装に大きな制限がかけられ作戦行動に大きく支障が出ることになった。その後、なんとか国産の蒸気カタパルトの開発に成功したのが1990年代になってからで、ちょうど建造途中であったグルシコフに設置したのだ。

 グルシコフは約40機の艦載機を搭載でき、更に対艦巡航ミサイルや対空ミサイルなども搭載するという空母としてはかなり重武装になっている。

 これはソ連海軍の伝統であり、そもそも「空母」ではなくソ連海軍では「重航空巡洋艦」という扱いになっている。これはモントルー条約によってトルコ内の海峡を「空母」は通過できないため、それを避けるための措置であると言われている。


 かつては、グルシコフを含む2隻の空母を擁したソ連太平洋艦隊は日米両国にとっての最大の仮想敵であった。しかし、1980年代からソ連経済は大幅に悪化したことに伴い海軍の整備ができなくなった。その合間を縫うように台頭したのが北中国――中華人民共和国――だ。

 こちらは、ソ連と違って1980年代から急速に経済成長を続けており、それにあわせて軍備を大幅に増強していた。海軍に関しても黄海と南シナ海・東シナ海にしか面していないにもかかわらず空母や巡洋艦などをこの20年あまりで多数増備し、アメリカ・日本に並び立つ規模にまで増強したことで日本やアメリカからは洋上ではソ連以上の脅威と見られていた。

 ソ連海軍にとっては面白くない話だが、予算の都合で海軍の整備が遅れているのは事実だ。近年になってようやくフリゲート艦などが新しく建造されるようになったが、それでも主力艦の多くは就役から30年――一部は40年以上の「骨董品」が未だに現役で運用されていた。老朽艦ばかりなのでそれに伴う故障で運用できないなど、ソ連海軍の現状はあまり明るくはない。


「艦長。目的の島は中国の連中がすでに占領しているようです」


 狙っていた島には既に人民解放軍がいた。

 中国に比較的近い位置にあった島なので人民解放軍が先にいるのは仕方がない、と艦長は淡々とした気分で報告を聞いていた。


「ならば引き返す。人民解放軍と無理にやり合う必要はないからな」

「……了解しました」


 北中国の存在はソ連にとって目障りなものだった。

 元々、中国共産党はソ連共産党の支援によって力をつけてきたからだ。だからこそ、建国当初の両国関係は非常に良好だった。だが、それも1960年代に入ると北中国の最高指導者がある野心を見せることで急速に悪化する。

 それでも、日本とアメリカという共通の敵がいるから手を結べるところは結ぶというかなり複雑な関係を長く続けてきたのだ。だが、転移によって最大の脅威ともいえるアメリカも日本も消えた時点でソ連にとって最大の脅威は北中国になった。

 陸の戦いならば、北中国に遅れを取るつもりはないが海は別だ。


(こんな老朽艦隊では、人民解放軍の相手にはならんからな。無駄な戦いで消耗するのは悪手だ)


 艦長は内心そう思いながら深い溜め息を吐いた。



 

 人民解放海軍 空母「山東」



 ソ連艦隊から少し離れたところにある島の沖合には人民解放海軍東海艦隊に所属する空母「山東」を旗艦とした機動艦隊と揚陸艦隊がいた。

 空母「山東」は10年前に就役した人民解放軍2隻目の空母であり、人民解放軍で初めて蒸気カタパルトなどを設置した排水量6万トンの中型空母だ。ソ連やアメリカなどで工作員が空母の設計資料を入手して、それをベースに建造した空母なので外観などはソ連空母をベースにしている。

 随伴する戦闘艦はいずれも就役から10年ほどの新型艦であり、西側のイージス・システムに匹敵する防空システムを搭載した防空巡洋艦や防空駆逐艦に、高い汎用戦闘力を持ったフリゲート艦などがいて、ソ連太平洋艦隊の機動艦隊よりも軍艦のスペック自体は上だった。



「ソ連艦隊離れていきます」

「老いぼれ共は怖気づいて逃げ帰ったか。これでこの地域の制海権は我々のものだな」


 ソ連艦隊が距離をとったことに、艦隊司令官の少将は面白くなさそうに鼻を鳴らす。転移前は様々な制約で日本やアメリカ艦隊と直接対決することはなかったが、自分たちはすでに日本やアメリカ海軍すら超えていると考えている少将にとって、ソ連の太平洋艦隊は敵とは思っていない。

 実際に、ソ連艦隊はいそいそと自分たちから距離をとっている。

 それは、戦っても自分たちに勝てないとわかっているからに他ならない、と少将は内心嗤う。同時に、ソ連を潰せるチャンスなのにそれをしない現指導部に不満を感じていた。


(どうせならば、早い内にソ連を叩いたほうがいいだろうにな。上層部は随分と弱腰だ)


 極東に配置されているソ連軍の規模はあまり大きくはない。

 これは、極東よりもヨーロッパ方面を現在のソ連は重視しているせいだ。広大な領土を持つソ連は世界最大級の陸軍を保持しているものの、広大な領土にその戦力を分散配置しているのが現状だ。

 いくら、交通網が近年になって整えられたといっても国土の端から端まで部隊を移動させるのには時間がかかる。それを突いてソ連の一部を占領してしまえばいいと少将は思っていた。

 少将と同じことを考える解放軍の幹部は多い。

 彼らは、最高指導部に一応従っているフリはしているが自分たちが最高指導部に成り代わるという野心も同時に持っていた。


(まあ、事を起こすのは新大陸を制圧してから――新大陸を制圧すれば指導部の連中も我々の意見は無視できんだろう)


 解放軍の幹部は、現在共産党指導部にある提案を行っていた。

 それは、ユーラシアの南方に位置する大陸への進出だ。

 偵察機などの調査によって、恐らくは近代文明の国家があることはわかっている。今回、ユーラシア周辺の島々を占領しているのは、新大陸進出への前線拠点にするためだった。

 共産党指導部も新大陸進出には乗り気だった。

 日本やアメリカの動向を気にはしているが、共産党指導部の中にも領土拡大の野心を持つ者は多く、慎重派で知られる国家主席ですら今回の件は2つ返事で了承していた。

 その、新大陸への進出は陸軍の準備が出来次第行うことになっており、早くとも1月下旬には新大陸に大規模な派兵を行う予定だ。新大陸の攻略が順調に進めば解放軍の発言力も高くなり、ソ連やインドに対してもより強気な対応をとることができる――と、武闘派の解放軍幹部たちは考えていた。

 まあ、現実はそこまでうまく彼らの思惑通りに事が進むとは思えないが少なくとも少将の頭の中では「確実」に起きることのようだ。



「山東」が所属する東海艦隊は、人民解放海軍で初めて設置された艦隊だ。

 主に中華連邦と日本を仮想敵としており、台湾周辺への軍事作戦にも頻繁に駆り出されては、南西方面を担当している日本海軍第3艦隊や第7艦隊と対峙してきた。規模でいえば東海艦隊は第3艦隊の7割ほどの規模がある。空母は3隻所属し、その他巡洋艦や駆逐艦など約60隻の戦闘艦で構成されており、台湾や沖縄への上陸戦に備えた強襲揚陸艦も4隻集中配備されていた。

 結局、転移前までその戦力が台湾や沖縄方面に向けられることはなかったが、武闘派たちは数年以内に澎湖諸島や八重山諸島などへ大規模な上陸作戦を行うつもりだった。そんなことをすれば、日本との全面戦争になりかねないが武闘派たちは今の戦力ならば日本相手にも十分に戦え、尖閣諸島や澎湖諸島を占領することは可能だと考えていた。

 日本側もそんな人民解放軍の動きを警戒してか、第3艦隊や第7艦隊の戦力を増強しており最新のイージス艦や強襲揚陸艦などを第3艦隊に優先的に配備したり澎湖諸島や八重山諸島に駐屯する海兵隊の人員を増強するなどの対策に出ていたほどだ。

 仮に、沖縄や台湾周辺で北中国と日本の衝突が起きた場合。一時的に北中国が離島の一部を占領することはできたとしても、アメリカの第3艦隊が支援に入った日本が最終的に全ての島を奪還し、報復攻撃で沿岸部の主要都市にある工業地帯が破壊され、北中国経済に甚大な被害を与えることが予想されており、少なくとも共産党指導部はそのような負けに等しい軍事作戦を承認することはなかっただろう。

 ただ、武闘派軍人たちが最高指導部に従うかどうかは不明だ。

 なにせ、一部はすでに最高指導部を無視し独自の行動を起こしては、日本との間で問題を起こしていたからだ。そういった軍人たちは厳しい処分を受けていたが武闘派軍人たちの多くは日本との戦力差は縮まっており、台湾を奪還することも更に沖縄を占領し、太平洋方面の橋頭堡を築くことも可能だと本気で信じ切っていた。

 もし、今回のような「転移」という騒動が起きなければ、近い将来極東の地で第四次世界大戦の火蓋が切って落とされたかもしれない。恐らくそれは地球を破滅へもたらす戦争になっていたかもしれない。


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