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9:米軍の撤退

 新世界歴元年 1月6日

 朝鮮連邦共和国 ソウル

 青瓦台



 現実と異なり朝鮮半島全域が単一国家「朝鮮連邦共和国(朝鮮連邦)」によって統治されていた。朝鮮半島は一時期、日本の保護国となっていた時期があるが太平洋戦争前後に実質的に独立している。

 なお、日本の影響下に入る前は長く中華帝国の影響下に置かれていた。

 現在の、朝鮮連邦はアジアを代表する工業国の一つにまで成長している。特に南部には多くの工業地帯があり、一方の北部は鉱物資源が豊富であり各所に鉱山などが点在している。

 実質的に独立してからは日本やアメリカと共同歩調をとっており「西側陣営」に所属していた。もっとも、国内には日本やアメリカに強く反発している勢力もいるので国内は決して一枚岩ではない。

 中華戦争のときは、朝鮮もまた西側連合軍の軍事拠点になっていたため北中国北東部から人民解放軍が南下するなど国土の一部が戦場となった。日本を主体とした連合軍によってこの南下は防がれたが、転移前まで国境となっている川の周辺部は国連によって「非武装地帯」とされ、朝鮮連邦と北中国の緩衝地帯となっていた。

 南中国と同じく極東における西側陣営の「防波堤」でもあったため、国内には10万人規模のアメリカ軍が駐屯しており、朝鮮連邦事態も先進国の多くでは廃止されている徴兵制を維持されていた。

 だが、それも今回の転移によって大きく変わろうとしていた。



「米軍は段階的に引上げか。まあ、妥当なところだろうな――しかし、見つかったと思ったらすぐに軍を引き上げる通告とは、米国は相変わらずこちらの事情というのを汲んでくれないな」


 思わずそんなボヤきが口から出てくるのは大統領のソンだ。

 日本からアメリカが見つかったという連絡が入ったのは3日前。その後すぐにアメリカから「駐屯軍の大部分を引き上げさせる」という通達が届いたのだ。恐らく、アメリカ政府は朝鮮の状況を確認する前から通達を出せるような状態にしていたのだろう。

 かつては「世界の警察」を自認し、あちこちに軍事介入を繰り返してきたアメリカだが、近年は景気の悪化や軍事費の増大など様々な理由により、積極的な軍事介入をしなくなった。1代前の大統領のときは「駐屯部隊の費用は各国で負担しろ」などと言ってきて、同盟国との関係が非常に悪くなったという時もあったほどだ。

 アメリカ軍が段階的に引上げるというのはソンとしても理解はしている。

 北中国という厄介者が消えたし、そもそも島になった朝鮮に10万人もの海外の軍隊が駐屯し続けるのは無駄でしかない。しかも、費用の大半は朝鮮連邦が払っているのだからむしろ撤退してくれたほうが、それにかかる予算を大きく削減することができるので「いいこと」ではあるだろう。

 ただ、国が見つかってすぐに出すものではない――とも思ってしまう。


「完全撤収をしなかったのは日本への対応のためでしょうか?」

「それもあるだろうが、一番はこの地域での影響力を保持するためだろうな。今回撤退が決まっているのも陸軍だけで空軍はそのままのようだからな」


 日本はアメリカにとって極東での一番の同盟国である。

 ただし、同時にアメリカにとって日本の軍事力は無視することの出来ないものでもあった。未だに、アメリカ内部には「日本脅威論」は根強い。一部にはソ連と協力してでも日本を押さえつけるべき――という意見まであったほどだ。しかし、アメリカ政府はそれをはねのけた。

「強いアメリカ」を自負し、同盟国相手にも高圧的な態度をとっていた先代大統領の時代ですら、アメリカは日本に対して強気の姿勢を見せることはなかった。

 わざわざ、日本と敵対する道を選ぶ必要はない――それがアメリカ政府の見解だった。恐らく、それはこの世界に来ても変わらないのだろう。物量でいえばアメリカが圧倒的だが、日本の海軍と空軍は世界屈指の練度を持つ。

 工業力だってアメリカに少し及ばないだけで、世界的に見れば日本はトップクラスの物量を持つ。そして、恐らく仮に日本とアメリカが対立した場合多くの国は日本側にたつだろう。


「まあ、仮にアメリカが日本と敵対するのならば、我が国は日本側にたつがね」

「それを知ったら色々と騒ぎになりそうですね」

「我が国はアメリカ嫌いも日本嫌いもそれなりにいるからな……だが、アメリカよりも日本と繋がったほうが我々へのメリットは大きい」

「そうですね……アメリカと違って日本は基本的にこちらの内政に口を出すことはありませんし」

「他国の内政に口を出しすぎているアメリカが異常とも言えるがね」

「『世界の警察』ですからね。あの国は」



 朝鮮半島は日本の保護国であったのと同時にアメリカも強い影響力をもっていた。特に、第二次世界大戦後は顕著であろう。日本は朝鮮に対して近代化のお膳立てはしたがそれ以上の国家体制に対しては特に何も言わなかった。それは内政干渉になると、当時の日本政府が判断したからだ。

 一方でアメリカは朝鮮のそれまでの体制は「時代遅れ」だと批判し。半ば強引に民主主義・資本主義国家へ作り替えようとした。それが、大韓帝国の崩壊であり朝鮮連邦共和国の誕生の裏側にある。もちろん、朝鮮国内ではこの強引なアメリカの手法に反発を覚える者も多かったが、それで北中国など共産主義者に近づかれるのは困る日本がなんとかそういった者たちを説得し最終的には大きな混乱なく、朝鮮半島は全土が朝鮮という連邦国家によって統治されていくことになった。

 同様のことは、南中国――当時の中華民国でも行われたのだがこちらは指導者の蒋介石が徹底的に抵抗し、更に共産中国との接近も匂わせたことでアメリカが諦めたようだ。まあ、コレに関しては日本がアメリカ側を必死に説得したのも大きいだろう。

 アメリカという国はどこか独善的なところがあり、1940年代後半の極東はそのアメリカの一面が現れた場所だった。ちなみに、中華民国は最高指導者である蒋介石が死亡すると、国民党政権への反発が国内各地で広がったことで1972年に連邦国家である「中華連邦共和国」へと体制が変わった。

 実はこれが日本の狙いだった――などと、今では囁かれている。

 実際、日本の情報機関は1940年代から民主化へ向けての足場を固めていたという資料が後に出てきている程度に日本はゆっくりと南中国の民主化を進めようとしていたらしい。実は、アメリカの横槍が入るまで朝鮮でも同じことをするつもりだったのだがこちらはアメリカが強硬だったこともあり上手くいかなかったのだ。


 ともかくとして、朝鮮政府としてはアメリカ軍の削減はそれほど衝撃的なことではなかった。これが、転移前――まだ北中国と対峙している状況で言われていたら結果は違ってはいただろう。

 だが、最も厄介な敵であった北中国はもういない。

 それだけでも、政府にとっては安心感があった。日本も南中国も朝鮮にとって脅威になるような国ではないのだから。




 新世界歴元年 1月7日

 中華連邦共和国 香港

 大統領官邸



 もう一つ、アメリカから軍の撤退を仄めかされている国があった。

 朝鮮の海を挟んだ隣国である中華連邦共和国――通称「南中国」だ。

 分断中国の南側であり、華南地域の7割と海南島を国土にしている。

 1975年までは「中華民国」という国号で、国民党による一党独裁体制であったが、当時の指導者である「総統」が死去した後に国内で国民党一極支配を批判する動きが広がったことから、大規模な改革が実施され複数政党制と連邦制を定めた新憲法が発布されたことに伴い国名は「中華連邦共和国」へと改称されていた。


 そんな、中華連邦にはアジア最大の約25万人のアメリカ軍が駐屯していた。その理由は、転移によって文字通り分裂した北の存在だ。

 北中国――中華人民共和国と、中華連邦は80年以上にわたって対立し戦争状態にある。現在は国連の監視によって非武装地帯が設けられ、実質的に休戦状態だが、定期的に国境沿いで小競り合いが起きていた。特に、近年は北中国は急激に軍拡を進めていることもあって中華情勢は一気に緊迫したものとなっており、中華連邦に駐屯するアメリカ軍の規模も拡大傾向にあった。

 そんな、北中国は今回の転移によって消失した。

 中華連邦にとっては最大の脅威が消えたことを意味する。

 北中国という脅威の消失で、アメリカとしても大軍を中華連邦に駐屯させておく理由はなくなった。そのため、アメリカ政府は中華連邦の存在が確認された段階ですぐに部隊の一部を撤収させる可能性があることを中華連邦政府へ伝えていた。


「朝鮮からは大半の部隊を引き上げるようだが、我が国に駐屯部隊は陸軍だけが撤退か」

「海軍と空軍はそのままのようですね。日本を警戒しているからでしょうか?」

「それもあるだろうが、恐らく日本と接触した『ガトレア』をより警戒しているのではないか?だからこそ、すぐに動ける艦隊と海兵隊はそのままなのだろう。それに、完全撤収すればこの地域でのアメリカの軍事的影響力は一切なくなる。それもアメリカとしては避けたかったのだろうな」


 アメリカ政府の思惑をそのように推察する中華連邦大統領の林。

 そして、彼の推測はほぼ当たっていた。アメリカは極東地域での軍備の撤収はしたかったが、同時にこの地域の軍事的影響力も保持し続けたかった。なので陸上の脅威が消えたことを理由に陸軍は引き上げるが、空軍・海軍・海兵隊に関してはほぼ現有戦力を残す形で引き続き中華方面に駐屯し続けることにしたのだ。

 これならば、中華連邦側も特に反対しないだろうと考えて。


「世論の反応はどうなるだろうな」

「アメリカ軍はあまり世論からよく思われていませんからね……完全撤収を求める声が出てきてもおかしくはないかと」

「扇動する連中は確実に出てくるだろうな」


 政府とすれば粛々と受け入れるつもりだが、問題は世論だった。

 米兵絡みの事件が時折起きるのと、北中国による工作活動が長年続けられている影響で世論の対米感情は実のところあまり良くはない。

 特に近年のアメリカの内向きな姿勢は国内で大きな不満となっており「戦争が起きても助けてくれないのでは?」という懸念を持つ者が増えてきたのだ。

 これは、アメリカ政府の対応ミスとしか言いようがない。

 まあ、外に目を向けるほどの余裕が今のアメリカにはないのは事実なのだろうが。対立している北中国やソ連にとっては離反工作を行う絶好のチャンスとなっていたのだ。


「まあ、今すぐに陸軍が撤収を始めることはないようだし。米軍の穴埋めを考えなければならんなぁ……」

「すでに、軍部の一部からは機動艦隊創設の声があがっているようです」

「相変わらず気が早いな。まあ、確かに北部に関しては外洋と接するようになったからな。だが、いきなり空母を作ったところで護衛の戦闘艦が足らんだろう。いくら、米軍関連予算を削減できるからといって金のかかる空母や水上戦闘艦を建造できるだけの予算にはならんぞ」


 転移によって北中国との国境はそのまま海岸となった。

 その沖合には無数の島々も確認できるが中華連邦海軍は沿岸海軍規模なので島の全てを把握できるだけの能力はなかった。海軍などの一部からは「このままでは自分たちだけ新領土確保に乗り遅れる」という声も上がっていたほどだが、軍艦なんてものはそんな簡単にできるものではない。

 幸いなことに周辺諸国とは早々に島の帰属に関する取り決めが行われており少なくとも周辺の国が中華連邦周辺に浮かぶ島に対して領有権を主張することはない。例外があるとすれば、未だに確認されていない北方海域に未知の大陸があった場合だが、アメリカと日本が哨戒機を飛ばして確認したところ少なくとも近隣に人が住んでるような大陸と島は発見されなかった。


「機動艦隊含めた海軍の増強はもう少し時間をかけたほうがいい。幸い近くにあるのは友好国ばかり。未知の国が攻め込んでこない限りは当分は平和なんだからな」


 などと楽観的な考えをしていた大統領。

 しかし、その数日後。日本の北方沖に国籍不明艦隊が出現したという情報が届き、軍部からの突き上げや世論からの海軍増強の声に抗うことができず軽空母やフリゲート艦の増強を来年度予算に組み込むことを表明することになるのだった。


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