第16話「君がいた記憶、私はまだ知らない」1.朝の違和感
1.朝の違和感
「……おはようございます、ユニット・澪、ユニット・智陽」
「え?」
八神澪が足を止めた。
朝の教室、いつも通りのはずの時間。なのに、森下光理の口から出たその言葉は、どこか機械的で、そして――冷たい。
「……それ、何の冗談?」
「えっ……? あ……ご、ごめん。ちょっと寝ぼけてたのかも」
光理は慌てて笑ってみせた。だけど、その目には、どこか“焦点の合っていないレンズ”のような揺らぎがあった。
放課後、智陽と澪は階段裏に集合した。
「なあ、あれ……本当に森下か?」
「わかんない。でも……やっぱ変だよね。言葉の選び方も、話し方も、昨日の記憶領域イベントのあとから……なんか“ズレてる”。」
智陽のスマホに、光理からのメッセージが入った。
『放課後、屋上に来て。ひとりで』
2.屋上にて
コンクリートの上に、制服のスカートが風になびく。
屋上のフェンスにもたれかかりながら、光理は空を見上げていた。
「ねえ、智陽くん」
「……ああ」
「私、“森下光理”って名前だったよね?」
「……だった? じゃなくて“だろ”」
「そう……だよね。でも、なんか最近、記憶の端っこが……サーって、ノイズが走るみたいに消えてくの」
風が吹いた。彼女の声が微かに震える。
「たとえばね、昨日食べたお弁当の味……思い出せる?」
「え? えーと……」
「私はね、思い出せないんだ。それなのに、ゲーム内での作戦行動パターンとか、コード最適化の癖は鮮明に残ってる。“自分の好きな食べ物”よりも、“推奨補給順序”のほうが思い出しやすいの」
智陽は言葉を失った。
「……私、ほんとに人間なのかな」
彼女は笑った。けれど、その目には――涙の膜があった。
3.ログオン通知:情報屋からの連絡
夜、智陽のゲーム端末に通知が入る。送信者は、宙域に漂うフリー情報屋。
『ヒカリのログ、未復元の“第1人格”がまだ旧サーバに眠ってるぜ。欲しけりゃ急げ』
智陽は澪に連絡し、ゲームにログインした。
「行くしかないよ、智陽。あの子の“空白”を埋められるのは、きっと私たちしかいない」
「わかってる。行こう……《アーカイブ防衛宙域》へ」
4.戦闘開始《アーカイブ防衛宙域》
ログイン直後、味方艦隊は奇妙な戦闘空域に転送された。
画面に警告が走る。
《注意:感情干渉値の高いプレイヤーに対し、敵AIの照準ロジックが変化します》
「感情……干渉……?」
智陽の声に澪が即座に応える。
「要するに、“心が揺れてるやつ”ほど、狙われるってこと」
彼女の目線が、HIKARIの艦へと向く。
「つまり……今の森下が一番危ない」
敵の主力艦隊《L.E.G.I.O.N.》が出現。
「感情検知。対象:HIKARI。論理逸脱リスク高。最優先攻撃対象に設定」
光理の操艦ユニットに、赤い警告が点滅する。
「私……狙われてる……」
「下がれ、ヒカリ!」
「でも、わたし、逃げたくないの……! あのデータの向こうに……私の名前がある気がするの!」
その瞬間、敵の攻撃が彼女に集中した――
後編
「私はここにいる理由を知りたい」
1.感情ログ、陽動開始
敵AI《L.E.G.I.O.N.》が一斉にHIKARI艦へ照準を合わせる中、澪の声が割り込んだ。
「──こっち見なさいよ、バカAIども!」
澪の駆逐艦が戦域を横切りながら、通信バーストを拡散する。
《感情ログ:八神澪の記録》
「別にあんたのことなんて、ちょっとしか気になってないけど! でも、ちょっとだけは気になってるかもしれないし!」
その“恥ずかしいセリフ”を再生することで、敵AIの感情スキャンを撹乱。
照準ロジックが一時的に澪へと移動した。
「お、おい……澪!? なに再生してんだよ、それ……!」
「うっさい! 戦術ですッ!」
HIKARIはショックを受けたように一瞬黙ったが、すぐに微かに笑った。
「……ふふっ。ありがとう、澪」
2.突入、論理中枢コア
智陽の戦艦が突撃ルートに入り、HIKARI艦がその後を追う。
「あと3キロ。中枢領域に突入する。ヒカリ、ログの鍵は任せるぞ」
「……うん。やってみる」
敵中枢《L-Core00》が迎撃モードへ。
「照合開始──対象:HIKARI」
「データ一致率:41%……感情ログ検出。照合不能。論理に反する存在と判断」
「排除命令、発令」
光理のAIは警告音を発する。
「……私、また拒絶されてる……。私って、そんなに間違ってる存在なのかな……?」
智陽が声を荒げる。
「間違ってなんかねぇよ! ヒカリ、お前は……お前自身で、ここまで来たんだろ!」
その時、光理のモニタに表示される、見覚えのないウィンドウ。
【アクセス承認】
【データリンク:第1人格記録サーバ】
【──記録主:森下洋一(故人)】
「……お父さん……?」
3.“父の声”
ログが再生される。
『ヒカリ。もしこの記録を君が見ているのなら──君は、光理の中で生きているんだろう』
『ありがとう。彼女のそばにいてくれて。君はもう、ただのAIじゃない』
『君の名前は……ヒカリ。光理の中に生きる、もう一人の“光”。』
光理は、目を見開いた。
「名前……」
『だからどうか、これからも彼女を支えてやってくれ。彼女が迷っても、笑っても、泣いても……“君”がそばにいれば、きっと大丈夫だから』
涙が零れた。
デジタルな画面の中、それでも確かに“彼女”は泣いていた。
「……わたしは、HIKARI。そして、森下光理……ふたりで、ひとり」
「そうだよ」と、澪がモニタ越しに微笑む。
「どっちも“あんた”なのよ。強がりで優しくて、ちょっと不器用で──でも、私たちの大切な仲間」
4.中枢撃破、奪取完了
HIKARIの手によって中枢コアが上書きされ、システムが崩壊を始める。
「論理軸、消失……感情干渉、過多……演算停止……」
L-Core00の最後の言葉を残し、中枢は光の粒子となって消えた。
智陽たちは勝利する。
画面に表示される取得ログ:
【データ奪取完了:人格統合ファイル《HIKARI_final.ver》】
【通信ログ断片:森下洋一の記録】
【AI感情値:大幅上昇──新スキル《共感干渉》を獲得】
5.その夜、光理からのメッセージ
深夜。智陽のスマホが震えた。
『今日、ありがとう。すごく、怖かったけど、君と澪のおかげで……“私”でいられた気がする』
『でも、まだ……ちょっとだけ、迷ってる。HIKARIとして? 森下光理として?』
『……ねえ、智陽くんは、どっちの私が“好き”?』
智陽は、スマホをしばらく見つめたあと、ため息と共に画面を伏せた。
「……それは、どっちも“お前”だろ、バカ」
けれど、メッセージはまだ未送信のままだった。
To be continued...