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第12話「過去のログと、もうひとつの名前」

――前編(文化祭本番、交差する距離)

 


「いらっしゃいませーっ! 艦隊司令体験ブース、こちらでーすっ!」


放課後の校舎が、いつもとまるで違う賑わいを見せていた。

晴天の文化祭初日、昇降口前の通路には人の波。

その中心に、少しだけ浮いたような艦隊部ブースの装飾があった。


 


「これが……宇宙艦隊のシミュレーター体験?」


「本物のアプリと連動してるのか!」


「衣装かわいい~! 写真いいですか!?」


 


制服風の司令官衣装に身を包んだ澪が、来場者に微笑みながら案内をしていた。

その隣で、光理はタブレットでアンケート取得中。

葵はナビゲーター風ドレスで、スムーズに端末説明をこなしている。

そして真白は整備員コスでレンチを振り回しながらノリノリで写真撮影に応じていた。


 


「……地味に盛り上がってるな」


智陽は、ブース後方で説明パネルの設置と更新を担当していた。

本当は裏方に徹するつもりだったのに――


 


「はい、次の方~! ……あ、ナビ係の天野くん、お願い!」


「えっ、俺!?」


「“説明が丁寧で優しい”って口コミ出てたよ?」


光理に軽く押し出され、智陽は来場者の親子連れに対応することになった。


 


「はい、こちらの端末が艦隊配置画面です。指でスライドすると……」


「わーすごい!」


「ねえママ、あのお兄さんすっごく優しいよ!」


 


うろたえながらも、智陽は少しずつ笑顔を浮かべる。

そんな彼を、少し離れた場所から見ていた澪は――頬をふくらませて、呟いた。


「……あんなの、ズルいよ」


 


 


【昼休み・中庭裏】


文化祭の合間の休憩時間。

校舎裏の植え込みのベンチに、澪と智陽がふたりだけで座っていた。


「……すごい人だったね。艦隊部、今年のMVP候補かも」


「うん、想像以上に盛り上がってた。正直びっくりしたよ」


少し風が吹く。

お互いの距離が、あと数十センチだけ近い。


 


「ねえ、天野くん」


「ん?」


「……君って、誰かに“別の名前”で呼ばれてたこと、ある?」


 


智陽は一瞬、息を呑んだ。


けれど、すぐに笑う。


「……中学のときは“あまのん”って呼ばれてたな。地味に黒歴史」


「……もうちょっと真剣に返してよ」


澪が小さく頬を膨らませる。


 


「でもさ」

彼女は立ち上がって、智陽の前に回り込む。


「その“名前”、私も……呼べる日が来たらいいなって、思ってる」


 


智陽は黙って、彼女を見つめた。

まるで、ゲームの中で一度見たことのある台詞を、リアルで聴いたような――そんな錯覚。


 


だけど、答えるにはまだ早い。


いや、怖かった。


 


「……まだ、俺もちゃんと呼ばれてないし。

 その時が来たら、俺のほうから言うよ。約束する」


「ふふ……楽しみにしてる」


澪は微笑んで、日差しの向こうへと戻っていった。


 


智陽の胸には、どこかくすぐったい痛みだけが残っていた。


(俺の、もうひとつの名前……“カルマ=ナイン”)


(それを口にした瞬間、今の関係が壊れてしまうかもしれない)


 


だけど、同時に。

澪の言葉は、どこかで救いだった。


(“それでも呼ぶ”って言ってくれる人が、ここにいるんだ)


 


 


【そのころ・文化祭本部・運営端末室】


「……Silent Order、フェーズ2に進行中」


光理がひとり、イベントシステムの裏側にログインしていた。


彼女の目の前に表示されていたのは、古いファイル構造。


【REBOOT-V / K-N9】

【起動条件:GAKUEN FRONTログ取得済み+Rizel接続中】


「もう、止められないね。……フレイア。

 君が誰だったのか、そろそろ世界にバレちゃうかもよ?」


 


彼女の指が、Enterキーに触れた瞬間、画面の奥が静かに脈動した。


そして──


【条件達成】

【断片ログ07 - 開封完了】


 


智陽の、過去の記録が開く。


その“名前”が、データの向こうで囁く。


《カルマ=ナイン。――次は、お前の番だ》




――後編(記録と記憶の、その狭間で)

 


【ゲーム内・特別宙域:断片領域 No.07】


視界に、無数の破片が漂っている。

かつての戦闘記録。失われたログ。

戦火に包まれた模擬艦隊、Silent Orderの断片が、宙を漂う砂のように広がっていた。


《解析開始──フレイア機密プロトコル:K-N9》

《登録名:カルマ=ナイン》

《接続ユーザー:Rizel──認証中》


 


Rizel──澪の指先が震えた。


(これは、あなた……?)


(……本当に?)


 


ログ再生が始まる。


そこには、かつてのフレイア、いや“カルマ=ナイン”の選択が刻まれていた。


 


《味方艦3機、生存信号確認。敵艦救助要請、交信圏外》

《選択肢:味方救出/敵味方双方救出(高リスク)/全撤退》


沈黙の後、カルマ=ナインは「味方救出」を選んだ。


 


その結果、助けた仲間は生き延びた。

だが──


《敵艦に残された生存者は、座標断層により消失》

《推定生存者数:1》

《登録ユーザーID:RX-00071──Rizel(旧)》


 


「……わたし?」


澪は呟いた。

彼女が最初に登録した試用アカウント。

まだ部活にも入っておらず、ただ好奇心で触った頃の――幻の名前。


(そのとき、わたし……)


(彼に、助けられなかった……?)


 


チャット欄が点滅した。


《フレイア:そのログ、見た?》


《Rizel:……見た。あなたが選んだのは、正しかった》

《フレイア:でも、君を──助けなかった》

《Rizel:それは、“わたし”じゃなかったから》

《Rizel:今の私は、あなたに助けられた側。……ずっと、そうだった》


フレイアの反応はなかった。


 


《Rizel:カルマ=ナイン》

《Rizel:あなたがかつて名乗っていた、その名前》

《Rizel:わたしは、ちゃんと受け止めたいと思う》


 


しばらくして、短く返事がきた。


《フレイア:……ありがとう》


画面の先で、智陽は静かに息をついた。


(“名前”を、受け止めてくれる誰かがいる)


(それだけで、こんなにも楽になるなんて)


 


 


【現実・文化祭終了後・夕暮れの校舎】


人の波が去った後の校舎。

飾り付けの残骸、紙くず、消えかけの照明。


智陽が後片付けを終え、荷物を持って帰ろうとしたとき――


 


「……天野くん!」


澪の声が、廊下に響いた。


彼女は制服の上から、まだ司令官のジャケットを羽織っていた。

その姿が、ほんの少しだけゲームのRizelと重なって見えた。


 


「今日、ありがとう。楽しかった。戦えて、笑えて、でも……」

「……ひとつだけ、言い残してた」


智陽が足を止める。


「わたし、君に――“カルマ=ナイン”って名前があったこと、知ってるよ」


 


一瞬、校舎が無音になった気がした。

風の音すら遠くなって。


 


「でもね、それで嫌いになるとか、怖くなるとか、そんなのじゃないの」

「むしろ……ようやく、“君を知れた”って思った」


 


智陽は何も言えずにいた。


「次は、私が“呼ぶ番”だから。……いつか、君がちゃんと名乗れたときにね」


澪は小さく笑って、手を振った。


 


「それじゃ、またね。“カルマ=ナイン”」


そう、優しく、静かに。


 


 


智陽の足元に、残光が伸びる。


彼は、ポケットの中のスマホを見た。


 


【Silent Order 記録再構築中】

【断片領域 No.08 解禁条件:君がもう一度、名前を呼ばれたとき】


 


(……もう、逃げられないかもな)


(でも――それでいい気もする)


 


ふっと笑って、彼は歩き出した。

遠く、夕焼けの先に澪の背中を見つけながら。


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