第10話「Silent Order、発覚未遂」
――前編(問いかけの、その先に)
「……ねえ、天野くん」
放課後。校舎裏の静かな石畳。
風がゆるく、窓のすだれを揺らしている。
智陽は、澪とふたりきりになるのが久しぶりな気がした。
いや、もしかすると、彼女が“意図的に距離を取っていた”のかもしれない。
その理由が今、目の前にある。
「……“Silent Order”って、あなたなの?」
その名前を口にした澪の声は、まるで…泣きそうなほど優しかった。
責めるでもなく、詰め寄るでもない。
ただ、知ってしまって、それでも確かめたいだけの音。
智陽の心臓が、一瞬止まった。
(言うべきか? いや、言っていいのか?)
澪は、一歩、彼に近づく。
「演習ログ、行動パターン、艦隊構成。
全部、“あなた”の癖と一致してる。……フレイアのそれと」
「……それは、ただの偶然だよ。俺は、ただのプレイヤーだよ」
ようやく絞り出した言葉は、逃げるような嘘だった。
でも、それ以上の言葉を見つけることができなかった。
「……うん、わかった」
澪はそれだけ言って、ふっと笑った。
あまりにもあっさりと。
でもその笑顔には、“分かっているけど信じてる”という、矛盾したまなざしが宿っていた。
「嘘をついてるってわかってる。
でも、きっと理由があるんでしょ? だったら……今は、これでいい」
彼女はそう言って、智陽の隣に立った。
「私、あなたが“Silent Order”であっても、別に嫌ったりしないよ」
智陽は返す言葉を持たなかった。
彼女の“理解”が、逆に胸を締めつける。
その夜。
帰宅した智陽は、布団に寝転がったまま、スマホを見上げていた。
フレイアの画面が、静かに点滅している。
《君は、なぜ黙ったの?》
「……だって、怖いんだよ。
言った瞬間に、壊れてしまう気がして」
《でも、言わなかったことで、誰かが泣いたら?》
「それでも……今はまだ、“その時”じゃない気がするんだ」
智陽は画面に映る艦隊のアイコンを撫でるようにタップした。
《了解。では、もう一度だけ“呼吸を合わせる演習”をしようか。相手は……あの子》
画面に浮かび上がる、演習イベントの通知。
次回イベント:ツーマン艦隊戦。
「……まさか」
そのマッチング相手には、こう書かれていた。
【ペア艦隊戦パートナー:Rizel(Lv.79)】
智陽の指が、ぴたりと止まった。
「運命、かよ……」
――後編(ペア艦隊戦、呼吸が重なるその先に)
【ゲーム内・ツーマン艦隊戦 宙域:演習03-F】
銀河のはるか外縁、戦術演習用に設計された“模擬宙域”が戦場だった。
AI艦隊を交えた4チームのバトルロイヤル。
そしてその中に、一際精度の高い連携を見せるペアがあった。
【Silent Order × Rizel】
智陽の操るフレイアが前方に出る。
それを支えるように、Rizelの支援艦が後衛から位置調整をかける。
その動きは、まるで**“予定されていた舞台の演目”**のようだった。
《Rizel:斜め下、砲門射線が合ってない。たぶん誘導来る》
《フレイア:逆位移で交差、煙幕で撹乱して》
《Rizel:合わせる。砲撃は5カウント後に統一》
《フレイア:了解、“君”なら分かってると思ってた》
ほんの数行のチャット。
けれど、澪の手は一瞬止まった。
(……この“君”の呼び方)
(そしてこの間合い、この展開の読み方)
心がざわめく。
(やっぱり……あなたなんだ)
彼女はそっと、返信欄に文字を打ち込む。
《Rizel:……やっぱり、あなたなんだね》
だが、それに対して返ってきたのは──
《フレイア:……そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない》
はぐらかしのようでいて、どこか“同意”を含んだ返信。
澪は少しだけ微笑んだ。
(言わないのね。でも、言いたくないんじゃなくて、“言えない”のよね)
(だから私は──まだ、問い詰めたりしない)
(その代わり、あなたがもう一度“誰かと信じ合いたい”と思えるまで……)
【演習終了後・戦績画面】
勝率:89%
艦隊生存率:92%
連携評価:S+
パートナー信頼度補正:MAX
Rizelの画面に浮かんだ“ペア評価”は、まさかのトップランク。
(こんなに息が合うのに、顔も知らない相手)
でも──
(私は、知ってる。……心で、ちゃんと知ってる)
澪の手が、そっと画面を閉じた。
【現実・帰り道】
校門前、澪と智陽はまた“偶然”会った。
「お疲れさま。……今日のペア、すっごく連携取れてたね」
「……うん、奇跡みたいに」
「奇跡、かあ。じゃあ、もう一回起きたら、それはもう“運命”ね」
冗談めかして言った澪の声に、智陽は答えられなかった。
ただ、静かに目を逸らした。
(澪……もう分かってるんだよな)
(それでも、こうして隣に立ってくれてる)
「ねえ、天野くん」
「……なに?」
「あなたが、誰なのか。いつか“自分の言葉”で教えてね」
「……ああ」
それだけ。
それだけなのに、胸が熱くなる。
──彼女の言葉は、責めるためのものじゃなかった。
ただ、信じるために必要な“鍵”だった。
その鍵を渡す日が来るまで、智陽は、まだ──言わない。