金魚と病弱な少女はガラスの箱の中
一輝(14)
真っ直ぐで優しい少年
鳴海(14)
病院で生活する病弱な少女
金魚
一輝が夏祭りで掬った金魚
僕は骨折をして病院にしばらくの間入院することになった。
その間、金魚のエサやりは母さんがしてくれている。
たまたま部屋が隣りになった少女がいた。
顔を合わせることが多く仲良くなった。
少女が金魚を見たいと言うので撮ってあった写真や動画を沢山見せた。
鳴海ちゃんの部屋で金魚の写真や動画の鑑賞会をする。
鳴海ちゃんはベッドに座りながら、僕は椅子に座りながら。
鳴海「この金魚、私みたい」
一輝「え?どうして?」
鳴海「だってガラスの箱の中でしか泳げずに段々と弱っていく、病室の窓ガラスと一緒だもん」
一輝「それは・・・」
僕は何も言えなかった。
こういう時、気の利いた一言も言えない自分を嫌った。
僕はしばらくして入院生活が終わり、家に戻った。
自分の部屋に置いてある金魚の水槽を机に頬杖を付きながら眺める。
金魚にふと話しかける。
一輝「ねぇ、君はどこに行きたい?」
いやいや、金魚が喋れる訳がな・・・。
「私?」
一輝「え?今喋った!?」
「私はね、空を泳ぎたい」
一輝「え、空!?何で空なの?」
「空はどこまでも飛んで行けるから」
一輝「そっか・・・君は空へ行きたいんだね」
「うん、金魚だからすぐに死んじゃうと思うけど」
一輝「寿命が短くなっても空へ行きたいの?」
「うん」
一輝「そっか・・・でもどうやって??」
「金魚はね星達が輝く夜空を見たら飛べるようになるの」
一輝「え、ほ、本当に・・・?」
一輝は金魚の願い通り夜空に向かって水槽を傾けた。
すると換気をする為に開けていた窓へ向かって金魚が空へとすい〜っと泳いでいく。
「ありがとう、君のおかげで自由になれた、
最後に広い世界が見れて良かった・・・」
一度振り返ってそう言うと金魚は窓を超えて空へと泳いでいく。
その体は少しずつ夕陽の色に染まり、淡く滲んで消えていった。
僕が金魚を勝手に逃したと母に叱られるだろうと覚悟しながらその話をした。
けれど母は僕が嘘をつく人じゃないと分かっていると言って頭を撫でてくれた。
一輝「金魚が空に行きたいって言ったんだ、寿命が短くなってもいいから自由に泳ぎたいって」
鳴海「そっかぁ、金魚、自由になれたんだね・・・良かった・・・ねぇ、一輝君」
一輝「うん?」
鳴海「私、手術頑張るから、そしたら一緒に星を見に行ってくれる?」
一輝「もちろんだよ!」
鳴海「ありがとう」
一輝「僕、応援してるから!」
一輝は鳴海の両手をぎゅっと握る。
鳴海「うん、ありがとう」
一輝「あ!!ご、ごめん!つい手を!」
一輝は手を離すとパタパタと両腕を振った。
鳴海「ううん、いいの、一輝君あのね」
一輝「なに??」
鳴海「手術が終わったらいっぱい手繋ごうね」
一輝「え、それって・・・」
一輝の顔が真っ赤に染まる。
鳴海「ふふ、約束」
僕たちは指切りげんまんをした。
彼女の指は金魚の水槽のように冷たかった。
手術が終わった半年後。
僕たちは星を見に行った。
鳴海「綺麗だねぇ」
一輝「うん」
鳴海「あのね、一輝君」
鳴海ちゃんは一呼吸置いてから話し始めた。
一輝「なに?」
鳴海「私、また癌が転移しててもう治せないんだって」
一輝「え・・・?う、嘘だ」
鳴海ちゃんは手を組んで前に向かって伸びをする。
鳴海「本当だよ、あと二ヶ月の命だって先生に言われちゃった」
一輝「そ、そんな・・・」
鳴海「だけど後悔はしてないよ、
君と広い世界を見れたから、ありがとう」
一輝「やだよ、鳴海ちゃん死なないで・・・」
鳴海「うん、私も死にたくないよ・・・」
二人はひたむきに強く抱き締め合った。
解けなくくらいに強く。
見えないお互いの涙が幾度となく流れ星のように伝っていった。
二ヶ月後、彼女は亡くなった。
夜、星たちが輝く頃。
放心状態で街を歩く僕の前を金魚が泳いでいた。
「君に会えて良かった」
鳴海ちゃんの声だった。
僕の目から涙がボロボロ落ちた。
もう君には会えない。
でも、もしかしたらまた金魚になって泳いでいるかもしれない。
星空が輝く度に僕は君を探している。