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我々は『イドルス』

「・・・誰?」


振り返った先には、先程までいなかったはずの人間が立っていた。

町中で通り過ぎても頭の中に残らないような、可も不可もつけられない容姿の女性。


「私?私は・・・猫ですにゃ」

「ね、ねこ?どう見ても人間だけど・・・・」

「これは姿を借りているだけですにゃ。どこかには同じ姿の人間がいるはずですにゃ」

「・・・なるほど、それで何をしに?」

「ふふ、今日は挨拶に来ただけですにゃ。我々はアナタを見ているという警告の意味も含んでいますがにゃ」


猫、と名乗った女性はニッコリと口を開いたまま笑う。

コードネームのようなものだろうか。


「我々って、何人もいるの?」

「ふむ、そうですにゃ・・・ではここらで自己紹介といきますかにゃ」


影は飛び上がって、私のデスクの上に着地する。

無造作に散らばっている書類のいくつかがくしゃりと音をたてる。


「異形と幻想の有象無象、我々は『イドルス』と申しますにゃ」

「イドルス・・・」

「この名を記憶の片隅にでも置いてもらえれば幸いですにゃ。我々はアナタをいつでも監視していますからにゃ」


いざとなれば『枝』くらいは守れるように立ち位置を変える。

じっと見つめてくる黒と黃の眼が、ゆっくりと私を追って動く。


「私に何かするつもりなの?」

「いいえ、まだなにもする気はありませんにゃ」


猫はそう微笑んで告げる。

私はその言葉を聞いて、よりいっそう警戒を強める。

『何もしません』

そう言って、実際になにもしないやつはどこにもいない。



「我々はある同じ目的を持って、そして異なる手段を以て行動しますのにゃ。すなわち、群れであって仲間ではないということですにゃ」

「目的・・・?」

「にゃはは、それはまだ教えられませんにゃ。ですが、いづれ我々と相まみえることもあるはずですにゃ。その時にきっと・・」


猫はそこまで言うと、私の目を見てニヤリと笑った。

今度はその顔に獰猛さを隠そうとせず、小さくも鋭い牙がキラリと目に入った。


「おっと、そろそろ時間のようですにゃ。そうですよにゃ?それではまたいつかですにゃ、コンダクター」


猫はそう告げると、机から飛び上がる。

そしてそのまま窓のさしに器用に跳び移る。


「待って!」

「待てと言われて待つものはいないですにゃ」


そのまま黒猫は窓から飛び降り、私は慌てて外ヘ身を乗り出す。しかし、そこにはすでに猫の姿は無かった。

まるで本当に消えてしまったかのように。

・・ここはホテルの七階。本当に無事だろうか?


「イドルス・・・」


私は静かにそう呟くと、窓から吹き込んでくる風がカサカサという音とともに部屋の隅へ向かう。

何者か、目的は。すべてわからなかった。

徹底して情報を喋ろうとしない、まるで決められていることを喋りに来ただけのような。

正体不明だが、こういう類は現実でも創作でも生き残っているものだ。

おそらく、彼女の言う通りにまた出会うことになるだろう。



ケースの中に恭しく鎮座している枝を持ち上げる。

なんてことはない、道端の棒きれのような、細い、けれど手に握るとしっかりとした感触が返ってくる。


自分の、枝の能力について。

この力でできること。仕組みの理解ではなく直感から、できるとわかること。


耳を済ませると、形容のしがたい、陽光のように暖かい音楽が頭の中に反芻しては消える。

『枝』と自分が共鳴していく感覚。

自分の五感、特に聴覚が研ぎ澄まされていく。

風の揺れる音が心地よい。

揺らされる散らばった書類の一枚一枚の所在さえ、その音が聞こえる限り、目を瞑っても感じ取れる。


目を開く。

ぼんやりと『枝』との共鳴した感覚が残っているが、それも薄まって次第にフェードアウトしていく。



「・・・とりあえずは言われたとおりにしよう」


部屋の隅に落ちた書類の一枚を拾い上げる。

書類というよりも、紹介状とかのソレに近い大きさの紙切れは意外にも下敷き並みには頑丈そうだ。



『中央政府本部にてお待ちいたします。中央政府音臨対策本部長官 海塚有沙』




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