彼は絶対に勝つと言った
第5作目の投稿です。
1千年をかけて結ばれる2人の恋愛物語です。
是非是非、お楽しみください。
「税務調査の予告通知か―― 」
鈴木税理士事務所でアルバイトの事務をしていた時だった。
すぐに神崎信は、大学の講義の中で教授がよく言うことを想い出した。
「君達が目指す税理士にせよ公認会計士にせよ、実力の差が出るのは、監督官庁への対応だ。法律に明記されていない部分は、いわゆる「解釈」になる。
そこで、違法な脱税になるのか適法な節税なるのか、別れる。現代の戦いだ。理論的に、そして監督官庁の立場も考えてうまく検査の対応するんだ」
この異世界の税務調査官はクラウドでスーパーコンピューターのAIとつながる端末を持っている。
AIは、これまで国家が行った検査の何万件にも及ぶ記録のケーススタディをしていた。
そして、それぞれの税務調査官自身も、能力が高く経験に裏付けられたプロ集団だと言われていた。
「税務調査って、申告漏れや所得隠しとかの疑いをかけられたのですね。どこのお店ですか? 」
「バー・ともしび、だよ。確かに、このところ短期間に売上げが急激に伸びているのだけれど、正当な理由があるから全く問題はないな。2日後か、常套手段だな、考える時間を与えないということか」
しばらく鈴木税理士は何か考えているようだったが、彼に言った。
「神崎君、2日後の水曜日午後2時だけど、少し込み入った話になる可能もあるから、記録要員として来てくれますか。君に経験してほしいんだ」
彼はちょうど、その時間に講義があることを覚えていた。
しかし、出席をとらない講義だった。
(後で中村にノートを見せてもらえばいい)
「ちょうど、開いていますから出勤します。」
税理士の正式なアシスタントになったような気がして、少し誇らしかった。
「あの店でどのくらいの売上げがあって疑いをかけられたのですか。」
「君に記録してもらうのだから、ほんとのことを教えよう。ずっと月に2・300万ぐらいだったのが、ここ数年の間に約10倍、2・3千万になった。あの店にお金を振り込んだ会社のどれかに、
たぶん税務調査が入ったのだろう、その記録を見て、勘のいい税務調査官が調べなければいけないと思ったのだろうな。」
「普通の常識では有り得ない売上げの伸びじゃないですか。どこかの会社が利益をかくすため、架空契約の支払いをでっちあげてトンネルに使っているとか、最悪の場合は違法な取引だったりして!! 」
「さすが私のC大の後輩だ。優秀だな。ははは」
翌日、最終講義が終わり、彼が席に座ってノートを整理していると林がそばに来て、話しかけてきた。
「自動販売機のコーヒーばかり飲まないで、たまには、○△ールのコーヒーを飲みませんか」
キャンパス内には○△ールがあった。
「‥‥‥‥ほんとうにいいのですか。僕と一緒に座ると『あの2人付き合ってる』なんて、うわさになっちゃいますよ」
「そうなることが神崎君はいやなのですか」
「いやいや、大変光栄です」
「私の方こそ光栄です。もっと自分に自信を持ってください。あなたは、外見だけじゃなく中身も兼ね備えた人なんです」
(えっ!! そんなに思ってくれてるんだ)
喫茶店で向かいの席が空いていたので、そこに座った。
お似合いの2人が急に現われて、一瞬店内は静寂したが、またざわめいた。
「神崎くん、新宿の税理士事務所のバイトはどうですか。」
彼は林に、鈴木税理士事務所での仕事の状況のことを話し始めた。
「バー・ともしび」にお使いに行って、久美さんという人に会ったこと。
明日、そこに税務調査が入り、税理士補助として、税務調査の立ち会いをすることを話した。
林がなぜか、「バー・ともしび」の店の中を思い出して、楽しんでいるような表情を見せた。
彼は、どうしても聞いてみたくなった。
「そんなことはないと思いますけど…、林さんは「バー・ともしび」に行ったことはないのですよね? 」
一瞬、彼女の大きな美しい目に困惑の色が、浮かんだ。
そして、話をそらした。
「神崎さんの話しの感じだと、久美さんは、男の人なのに女の心をもった特殊な人なのね。そういう事情は別にして、どんな人だと思いましたか? 」
「優しく暖かい、とてもいい人だと思いました」
「そうですか、神崎さんがそう感じるなら、きっとそういう方ですね」
林も心から同意するような、大変うれしそうな感じだった。
そして今度も、久美さんの顔を思い出しているような表情だった。
(まあいいや。しつこく聞くことはできない)
「明日の税務調査の立ち会い、がんばってくださいね。」
「いや、たかが記録要員ですから、がんばることはないですよ。今ふっと、不思議なことを思い出しました。久美さんが水晶占いをしてくれて、僕がしばらくしたら恐ろしい試練を迎えると言われました」
「普通の人だったら破滅するくらいだそうです。林さんは、オカルトを信じるほうですか。」
それを聞いて、彼がびっくりするくらい、林が強い口調で聞いた。
「ほかに、久美さんは何か言っていませんでしたか? 」
「必ず乗り越えることができると言っていました。すばらしい宝物を手に入れることができるとも言っていました」
林の顔が一転して、安堵のほっとした表情に変わった。
「神崎さん、約束してください。あなたの未来に恐ろしい試練が訪れたとしても、決して諦めず、最後に勝利するまで戦うと。あなたなら必ず勝てます」
美しい大きな目で彼を凝視して、林が言った。
「久美さんの予言の的中率が100%、ほんとうに恐ろしい試練がやって来るような感じですね。わかりました。勝利するまで絶対に諦めません。今の林さんの言葉、忘れないような気がします」
その後、彼はコーヒーを一口飲んで、心の中の考えをまとめた。
そして、ゆっくりと自信のある口調で言った。
かって英雄が兵士達に語りかけたのと同じだった。
「絶 対 に 負 け ま せ ん」
「ところで、神崎さん。アイスコーヒーには角砂糖は入れないのですよ。その横にシロップが置いてあるじゃないですか。」
(そうか、さっきからいやにざらざらした舌触りだと思った。田舎者だから、アイスコーヒーにはシロップを入れることを知らなかった。カッコ良いことを言ったのに台無し)
林が暖かく、優しく微笑んでいた。
お読みいただき心から感謝致します。
今までとは少し違った物語ですので、おもしろいかとても心配です。
※更新頻度
週1回、日曜日午前中です。不定期に午後や土曜日に更新させていただきます。
作者のはげみとさせていただきますので、もしよろしければ、ブックマークをお願い致します。
一生懸命、書き続けます。