ストレス解消が必要なのは異世界でも変わらない
第5作目の投稿です。
1千年をかけて結ばれる2人の恋愛物語です。
是非是非、お楽しみください。
ここは異世界ではあったが、完全に現実世界と違っているわけではなかった。
バブルという、特殊な時代を経験したある国の現実世界を基本にした異世界だった。
だから、全く変わらない部分もある。
人間の欲望、果てしない欲望に振り回される毎日があった。
「13番台、13番台打ち止めです。おめでとうございました」
多くの玉が流れる大音声、パチンコ屋のホールの中にはたばこの煙が充満している。
たばこの煙が吸い過ぎると体に悪いということが、世の中で強く言われ始めるのはこの先の話。
彼が大学に入った当時、この異世界の首都、最大の都市近郊で私鉄はまだ郊外に線路を延ばしていた。
そして、できたての駅の近辺には必ずパチンコ屋が複数あった。
郊外から首都中心へ、多くのサラリーマンが鉄道を利用して朝通勤し、夜自分達の町に帰ってきた。
彼らは常に信じられないくらいの大きなストレスをかかえ、なんとか跳ね返していた。
そして、心を正常に保つために必ず必要なことがあった。
丸い鉄の玉が絶え間なく打ち出され、板上に打たれている釘をつたってゆらゆら時間をかけて落ちていく。
ほとんどそのまま下の穴に吸い込まれる。
誰も気がつかないが、鉄の玉が吸い込まれるのと同時に所持金も少なくなっている。
なにしろ、お客にとって、玉をたくさんはき出させることがゲームに勝つことだった。
多くの玉はさまざまな商品に代えることができる。
特殊景品にして現金化もできる。
絶妙に釘が打たれていて、途中の穴やチューリップといわれる役物に入って申し訳程度の玉が補充される。
お金を使うばかりだけど、滅多に入らない真ん中の大役物に入ったら多くの玉が出ることが保証される。
その瞬間から特別な音とビジュアルが心をとても興奮させる。
このごろは、大役物を備えた通常台以外にスロットを中心としたものが多くなってきた。
いわゆるスリー7、
役物に玉が入るとスロットが回り、7が3つ揃い、長い時間ゾーンが開く。
その中に確実に玉が入り、たくさんの玉をはき出させることを究極的な目的に、画面が常に射幸心をあおる。
店内に流れているのは、少し前までは軍艦マーチだった。
しかし今は、なかなか選曲もしっかりしていて、センスのいい曲が流れ、店のアナウンスがまたあおる。
「じゃんじゃんばりばり、じゃんじゃんばりばり、どんどん、どんどんどんどん、本日の大サービスの出玉に御期待ください。まだまだ、まだまだ、お遊びいただける時間は十分にあります」
「神崎、もう僕はもう帰るよ。勝てるわけないよ」
「あっ、もう9時ぐらいか」
大学に入ってからすぐ友達になった中村と一緒だった。
ほぼ地元と言ってもいい都会の県出身。
なぜかとても気があった。
感受性が非常に高い彼は、中村が非常に穏やかで優しい性格であることを認識していた。
「僕は、まだやるよ」
「神崎、もう止めたら、おまえ、パチンコをやっている時、顔が変わるよ。狂っているように見えることがある、怖いよ」
「うんうん」
パチンコ台から注意をそらして、少し、中村の言うことを聞いていたが、すぐにパチンコ台に注意が戻った。
「神崎、残りいくら持っている、自信があるのはわかるのだけど、神崎でもたまには負けることもあるから、せめて電車代は残せよ。所持金0円にしてしまうと、平気で3駅ぐらい歩くんだから」
まだ、切符を現金で買って通る改札が主流だった。
「ありがとう、でもね、東京にまだ慣れていないから、結構、歩くのも楽しいよ」
「じゃあ、帰るね、遅くなると親が心配するから」
「わかった。じゃあ明日大学で。今日、絶対勝つから、明日昼飯おごるよ」
「おう、楽しみにしているよ」
たまに、負けてお金を全部使ってしまう場合もある。
その時は線路沿いにずっと歩く。下宿の最寄り駅に着く頃には11時を回っている。
彼の下宿は、多摩丘陵の小高い山の頂上にあった。
自分の部屋の窓からは向こうの山に上に立てられている団地の多くの明かりが見えた。
非常用に食パンかカップラーメンがあるから、
それを食べて、暗い夜の中で深夜ラジオのDJが話す、遠く向こうの空間から聞こえてくる言葉を聞く。
そして、いつのまにか寝落ちしてしまう毎日だった。
「にいちゃん、いつも来てくれるね、ありがとう。大学生、どこの大学だい? 」
ふいにそう言われて、神崎信は我に返った。
「C大ですけど」
心臓がものすごくどきどきした。
パチンコ屋の店員なのに、骨太の筋肉質ながっしりした体、太い首に乗った四角い顔に強い闘気をまとっていた。
いわゆる「怖い顔」が右上から、のぞき込んでいた。
何か、今にも刃で切り裂かれるのではないかと思ったくらいだった。
瞬間的に思考停止したけど、生来の観察力でよく見たら、目に優しさが浮かんでいたことを発見した。
そして、ようやく安心した。
「すごい大学じゃないか、こんな夜遅くまでパチンコなんかやっていいのかい。にいちゃんみたいな特別な人は、よく勉強して、大学出たら、世の中のためにがんばってもらわなくちゃ」
「すごい大学じゃないから、僕は特別な人ではないですよ。このまま、C大を出て田舎に帰って、平々凡々な普通のサラリーマンになって、疲れ果てボロボロになって退職するだけですよ」
「そう思うかい。まだ若いし、自分のことは一番わからないのだな。おじさんはね、東京で何十年も暮らして来ていて、地方から出てきた、にいちゃんみたいな若者をもう何年も見ているのだけど、にいちゃんは違うよ」
「どこが違うのでしょうか。そこらへんに掃いて捨てるほどいますよ」
「不思議に思っているのだけど、にいちゃんは、どの台が出てくるのか見切っているね。おじさんは中学しか出ていないけど、パチンコを調整する釘師としては、東京で一番有名な男だよ」
「なんとなく分析しているだけですよ」
「そうかい。そうすると、おじさんが50年以上積み上げてきた経験と技術を、にいちゃんは、ほんのわずかな期間で取得してしまったんだ―― でも、世の中にはもっと素敵なことがあるよ」
「なんですか」
「恋することだよ。愛することと言った方が良いのかな。この年になって、おじさんに残ったのは、おくさんに対する愛だけなんだ」
(この顔で、こんなこと言うのかな。でも、僕のことを心配して言ってくれたのかもしれない)
お読みいただき心から感謝致します。
今までとは少し違った物語ですので、おもしろいかとても心配です。
※更新頻度
週1回、日曜日午前中です。不定期に午後や土曜日に更新させていただきます。
作者のはげみとさせていただきますので、もしよろしければ、ブックマークをお願い致します。
一生懸命、書き続けます。