災厄を打ち破る
第5作目の投稿です。
1千年をかけて結ばれる2人の恋愛物語です。
是非是非、お楽しみください。
店の若者の1人がマスターに聞いた。
「追いかけますか? 」
マスターが言った。
それまで穏やかで温厚な表情だった顔が、極めて険しい顔になっていた。
「あのような卑怯者には、世の中の厳しさを教える必要があります。ここに戻って来てもらいなさい」
それからリンに言った。
「お嬢様、誠に申し訳ありません。失礼ですが、お嬢様はあの男と全くの他人というわけではありませんね、あの男からの電話を受けていらっしゃいました」
その通りだったので、リンは否定できず無言のままだった。
「どういう御関係かはわかりませんが。あの男がここに戻ってくるまでしばらく、この店でお待ちいただくしかありません」
リンが口を開いた。
「あの男は大学の同級生です。ここに戻った後、あの男はどうなりますか」
マスターが真剣な表情で話した。
「この店は、現実の世界で既に勝者である皆様が、麻雀ゲームで真剣な戦いをなされる場所です。あの扉の奥のバーチャル室のさらに奥に特別な部屋があります。4ヘッドのことを知っていらっしゃいますか? 」
「知りません。私はこの国の出身ではないのです」
「超多忙な4ヘッドの皆様が、びったりお揃いになることはありません。それで、お揃いになるまで代わりにメンバーに入ることをお願いするのです」
「まさか、代りのメンバーを太田さんに‥‥ 」
「はい。当然結果は既にわかっていますが、強制的にその戦いに参加してもらうおうと思います。あの男は戦いに負け、五百万どころかその何倍もの教授料を一生支払うことになり、苦しむでしょう」
リンが自分の国から異国にあるC大に進学することになったのは、実はほんとうに偶然だった。
生まれる前に、母親の元から去っていった父親はこの国の人だった。
父親がどういう人か、住んでいる場所や名前する知らなかった。
ただ彼女は、この国に住みたいと思い、働き場所が新宿になることはあらかじめ決まっていた。
次に家賃や生活費の安い八王子に住むことを決めて、住む所を選んでいる途中、白いC大のキャンパスを見つけて、その美しさに不思議な魅力を感じた。
この国に長く住んでいる知り合いに、伝統がある一流大学であることを教えてもらい、前から大変興味があったこの国の経営を学びたいと思った。
私立で学費が心配だったか、留学生の負担を軽減する独自の奨学金制度があることがわかって決心した。
しかし、それでも、生活費を稼がなくてはならなかった。
そして何もかも知らないこの国で、その手段は限られていた。
お金を稼ぐための仕事がきつくて、大学にいるときはいつもひどく疲れていたが、友達もできて楽しい毎日だった。
ある時、運命の女神が彼女に手を伸ばした。
「リン、リン、こんな所で何を見ているの。ゆっくり歩いているとぶつかるよ」
「ごめんなさい。あのベンチで座っている男の子、特別な感じがしない」
「あっち、こっちに男の子がいっぱい座っているじゃない。誰のこと」
「ひとりでポツンと座っている男の子よ」
「あ、あのイケメンね。でもこわい顔ね」
偶然に、キャンパスの坂道でベンチに座っている神崎を初めて見た。
その時から、なぜか長い年月を経て、その顔を再び見ることができたようで、とても気になった。
「大変失礼ですよ。‥‥‥‥林、林明美です。神崎信司さん」
(リン・ミンメイとは言えなかった)
とうとう、ベンチに座っている彼に初めて話かけた自分の決断が実を結んで、毎日話せるようになった。
なぜかはわからないが、リンは彼のことを既によく知っていた。
ほんとうの彼は、誰よりも明るい性格と、ほんとうの勇気をもっていた。
欠点は、自分を苦しめるくらい理想が高すぎるということだった。
貧乏留学生で、チャイニーズパブでぎりぎりの仕事をして生活費を稼いでいることが負い目だった。
いつかは彼に話そうと思っていた。なんとなく彼は受け止めてくれてうまくいくような気がしていた。
ところが全く準備していなかったのに、太田によって、リンの真実が彼に突きつけた。
「僕はあなたのことが大好きです」
「私は嫌いです。大嫌いです」
小さな子供の頃からの癖だった。
彼女は自分の本心が現われる顔を隠すため、下を向いた。
予想どおり、リンのほんとうの姿がわかっても、彼の心は変わらなかった。
しかし、いきなり直面させられた予期しない状況に混乱した。
その結果、どうしていいのかわからず素直になれなかった。
太田からひどいことをされた。
けれど、日本でC大に入って、彼との大切な思い出に重なる同級生の今後の人生が絶望的になる。
(私には楽しい思い出ですら残されないのか)
とてもとても辛かった。
太田は、あの店から走り出て逃げた。
後ろを振り返ることは全くしなかった。
走り続けて、夜の新宿の雑踏の中に紛れたことがわずかに太田の心を落ち着かせた。
しかし、人として大きな罪悪感が太田を押しつぶそうとしていた。
(2人の未来を奪ってしまっただけではなく、あの子を店に置いてきてしまった。どうなってしまうのだろうか。)
途中で誰かとぶつかってしまった。
「太田さん。どうなされました? 」
数時間前に名刺を渡された○武鉄道の人事担当役員高羽だった。
「落ち着いて落ち着いて、あそこのベンチに座って、お話を聞かせていただけませんか」
いきなり目の前に現われた相談相手にうながされて並んでベンチに座った。
全ての事情を聞いた後、高羽が冷静な口調で聞いた。
「大丈夫です。大丈夫です。いくら4ヘッドとかいっても大したことないですよ。ところで、あなたの友人か誰かで、麻雀ゲームがとても強い方がいらっしゃったじゃないですか―― 」
「はい。1人います」
「その方に助けを求めたらどうですか」
「‥‥‥‥ 」
「それ以外、あなたの未来を守る手段はありません。そして、うまくいく可能性はかなり高いです」
「‥‥‥‥ 」
神崎信には、残り数日になった大学生活しかない、かけがいのない時だった。
しかし、リンと別れが彼の大きなストレスとなり疲れ果てていた。
まだ9時を少し回っただけなのに、彼は横になって熟睡する一歩手前の状態だった。
「神崎さん。電話ですよ。」
おばあさんの「取り次ぎ電話」の声で起こさ、階段下にある電話台のところに降りていった。
「もしもし、神崎です」
「‥‥‥‥ 」
「神崎ですが、どちら様でしょうか」
「‥‥‥‥」
お読みいただき心から感謝致します。
今までとは少し違った物語ですので、おもしろいかとても心配です。
※更新頻度
週1回、日曜日午前中です。不定期に午後や土曜日に更新させていただきます。
作者のはげみとさせていただきますので、もしよろしければ、ブックマークをお願い致します。
一生懸命、書き続けます。




