彼女はほんとうの気持ちを隠した
第5作目の投稿です。
1千年をかけて結ばれる2人の恋愛物語です。
是非是非、お楽しみください。
彼らから少し遠い席に太田は座って、その瞬間を見ていた。
史上最大の意地悪をしかけた彼は、もう酔いがすっかり覚めて高揚感さえあった。
(お膳立てをしただけだからな!! ほんとうに悲劇の場面がくるのか確信がもてなかったが、あの2人はこんな所でもお互いに呼び合うな)
「今の時代、境遇が大きく違う2人が結ばれるのはとても難しいから仕方がないよ。それに、秘密は必ずばれるものだ。」
太田はそうつぶやいて、心の中の大きな罪悪感を無理矢理消そうとした。
「ウィスキーをお代わり、ロックでいいから。」対面で座っている女の子にお願いした。
2人の女の子は、井上さんと中村の目に座った。
神崎信の前の席だけが空いていた。
女の子の1人が気にして彼に言った。
「少しお待ちください。ポールダンスが終わった後、ミンメイがすぐに来ますから」
急に店内の照明が落ち、真っ暗になった。
その後、店内に大歓声と拍手が起きた。
舞台への入場口が鮮やかなライトに照らされていた。
そしてそこには、必要最低限の衣装しか着ていない、極めて美しい若い娘がいた。
大きくて美しい目は、青色のアイラインで強調されていた。
数秒にすぎない時間だった。
けれども、彼の心の中では永遠の長さに感じた。
その娘も彼の方を見て、その場で凍り付いていた。
大きな美しい目で彼に無言で話していた。
「なんでいるの。」
と無言で驚きおびえた表情を見せた。
次の瞬間、娘は歩き出したが、ポールの前を素通りして、彼の席の前に座った。
ポールダンスは別の女の子が出て来て始めた。
彼の前に座った時には、おびえた表情がほとんど消えて、決意を固めた厳しい顔をしていた。
彼女がきらいな、きらきら目立つラメで、ほぼ裸の必要最低限の部分だけを隠していた。
「お客様、今日はなんでこのお店に来られたのですか。なんで広い新宿の数多い店の中から―― 」
(他人のふりを望んでいる。僕を責めているのか)
「僕は大学4年生です。今日は、同級生の友達どうしでお別れ会をしに新宿に来ました。最初は麻雀をやって、次は普通の飲み屋さんで飲みました。このお店に来ることは予定していませんでした。
偶然、偶然です。ほんとうです。」
林が続けた。
「私は中国人の留学生です。名前は、リン(林)、リンミンメイ(林明美)です。学費や生活費を稼がなくてはいけないので、ここでアルバイトしています。日本の学生さん、どう思われますか」
「僕も含めて日本人の大学生は、学費や生活費を親に出してもらっている人が多いです。立派だと思います。」
「普通の大学生のアルバイトでは、生活費や学費をまかなえません。全然足りないのです。この店では多くの中国人留学生が働いていますが、
いかがわしいことは一切していません。それでも、毎晩、知らない日本の男の人達にお酒を注いで、心にもない追従笑いをして、それにこんな格好をしてみだらに踊り、お客様を楽しませるのが仕事です」
そして、彼女はさらに大きな声を出して彼に聞いた。
「あなたの恋人がこういうことをしていたら、どう思いますか―― 」
「全然問題ありません。その人が勉強を続けるため、大学の外でがんばっていることに全然気づけませんでした。ほんとうに申し訳ないと思います」
「あなたの恋人が中国人だったら、どう思いますか。発展途上国の外国人の女の子ですよ。あなたのご両親は認めてくださいますか。それに、私の父親は、母親と私をぞうきんのように捨てた日本人です」
「日本人の父親があなた達にしたことは、僕が代わって心の底からおわびします。それに、あなたのような立派な留学生を見ていると、中国が日本を追い越す日がきてもおかしくありません。
生まれがどこの国であろうと関係ありません。親が認めてくれなければ、認めてくれるまで故郷には帰りません。この東京にいます」
「あなたを知ってから、ずっとずっと毎日考えました。私の母親が、私が日本人と結ばれることを許してくれるか自信が全くありません。あなたは、私達を捨てた日本人なんです!! 」
「僕のことをよく知っていただければ、必ず許していだだけると思いまず。」
「‥‥‥‥ 」
2人は目を合わせたまま、永遠に長い沈黙が続いた。
彼の目には、リンの美しく大きな目に、涙がいっぱいたまっているのがよく見えた。
(神様、僕を今すぐ殺してください。これ以上は無理です)
神崎信は、これ以上今の時間が続くのなら、もう死んでしまいたいと思った。
ようやく沈黙を破ったのは、リンが無理矢理絞り出した言葉だった。
かすれた精一杯出した言葉だった。
「世界一素敵なあなたにようやく巡り会えました。でも、もうお別れです―― 」
「僕はあなたのことが大好きです」
「私は嫌いです。大嫌いです」
彼女が店内に響く、信じられないほどの大声で言った。
大きな美しい目を、彼に絶対見せないように、真下を向いていた。
その時、愉快な声にあふれていた部屋中が沈黙し凍りついた、店内が一瞬静寂に包まれた。
神崎信は、横の席であっけにとられている井上さんと中村をそのままにして、出口に向かってふらふら歩き始めた。
あの中年の女の人が心配して近づいてきた。
「お客様、うちの子が大変失礼なことを、申し訳ありませんでした」
「いえ、リンさんは全く悪くありません。僕が強引に言い寄っただけです。これ、リンさんへの迷惑料です。渡してあげてください」
自分の財布から、今日持ってきた自分の全財産の5万円を出して、中年の女の人に無理矢理渡した。
井上さんと中村が大変心配して後を追ってきた。
「神崎、大丈夫か、ここの料金は僕が払うから」
井上さんが言ってくれた。
「これ、帰りの電車費、神崎はいつも残さないから。新宿から八王子までは歩いて帰れないだろ」
中村が1万円、ポケットに入れてきた。
「いっしょに帰ろうか」
「いや、1人にしてあげよう」
2人の会話を聞いた後、それからは、どうやって新宿駅まで行って、電車に乗ったのか全く憶えていない‥‥‥‥
お読みいただき心から感謝致します。
今までとは少し違った物語ですので、おもしろいかとても心配です。
※更新頻度
週1回、日曜日午前中です。不定期に午後や土曜日に更新させていただきます。
作者のはげみとさせていただきますので、もしよろしければ、ブックマークをお願い致します。
一生懸命、書き続けます。




