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勇気は必要な時に出てこない

第5作目の投稿です。

1千年をかけて結ばれる2人の恋愛物語です。

是非是非、お楽しみください。

 2人はそれから、北側にも回ってみた。


 今度は丹沢山系や箱根山系が見えて、緑がとても綺麗だった。


「小田急線の中では眠ってしまい、車窓からは見られませんでしたが、今の季節の緑はほんとうに綺麗ですね」


「ほんとうに綺麗です。今の季節の日本の自然は生き生きとしています」


 その時、神崎信かんざきしんに強いインスピレーションが走った。


 緑色の景色の中からある山が目に入った瞬間だった。


「あの山からは特別な気を感じます。はるか昔に、何かがなされたはずです」


 それを聞いて、林が大爆笑した。


「ここの説明板に、豊臣秀吉が小田原城を大軍勢で包囲した時、あの山、石橋山に一夜城を築城して、籠城している北条氏に心理攻撃をかけたと書いてあります。


緑の山々がたくさん見えているのに、その中から石橋山だけを選んで特別な気を感じるなんて、そんな人は滅多にいませんよ。神崎さんは特別ですね」


 今日初めて小田原城の天守閣に上った。


(初めて見た眺望の中から、歴史上重要な戦略地点にすぐ気がつくなんて!! )


 第6感の働きに、彼は自分でも大変驚いた。




 それから2人は、城趾公園を気ままに歩いた。


 すると、おなかがすいていたのでお昼が近いことがわかった。


「なにか、お昼を食べませんか。」


 すると、林が大変恐縮した顔をした。


「ごめんなさい。こんな時は女の子がお弁当を作ってきて、男の子に食べませんかと見せるのが普通ですよね。」


「全然問題ありません。林さんもアルバイトで疲れているのだから、気にしないでください。」


 林がにっこりした。

 そしてすぐに、少し怒った顔を作った。


「そんなに、私が作ったお弁当に期待してないのですか。」


「いえ、いえ、ほんとうに期待しています。いつか必ずごちそうしてください。」


「わかりました。それでは、今日はおそばにしませんか。私は日本食がとても好きです」


 ちょうど、城趾公園の中におそばを売っている店があった。


 献立表を見ていると林が言った。


「私は『かけそば』を―― 」


「ほんとうに『かけそば』でいいのですか。僕が御馳走しますから『天ぷらそば』とか、少しでも豪華にしてください。今日は僕がお誘いしたのですから」


「ありがとうございます。でも、私は日本のそばの味が大変好きなのです。他の食材がのれば、それはそれですばらしいのですが、素朴なそばの味を単独で味わいたいのです」


「わかりました」


 彼もかけそばを注文した。




 お昼を済まして、午後も散策した。


 ちょうど散策にいい季節で、天気も快晴、多くの観光客が小田原城を訪れていた。

 

 歩いている最中ずっと、たわいもない、くだらない話を続けた。


 家族連れとすれ違うと、男の子でも女の子でも、連れられている全ての子供がほんとうに可愛く見えた。


「神崎さんは子供好きですね。さっきから、すれ違う子供ばかり見ていますよ」


 自分自身、こんなに子供好きだったなんて初めて気がついた。


「どうしたんでしょうか。今まで子供のことをかわいいなんて思ったことは一度もありませんでした。でも今日は気持ちが穏やかで、平和で、きっと林さんと一緒にいるからでしょう」


 かなり歩いた時、林が彼に不思議なことを聞いた。


「神崎さんは子供のころ、テストで悪い点とったことがありますか。進学校の出身なんですよね」


「もちろん、十点とかありますよ。回答を書く欄の順番を最初と最後以外、真ん中を全部間違えてしまいました」


「テストが返されて、直ぐに家に持ち帰って親に見せることはできましたか? 」


「できませんでした。僕の全てが否定されるような気かして怖かったので、しばらくは誰にも言えず秘密にしておきました」


「最後はどうなったのですか? 」


「父親にばれました。父親が本を読む姿をあまり見たことがなかったので、本棚のある本に挟んで隠したのですが、実はその本が父親の唯一のお気に入りで、何回も何回も繰り返して読んでいたのです」


「お父様はなんておっしゃいましたか」


「父親は怒りませんでした。ただ一言、『これから、たくさん失敗するかもしれないけど、正々堂々としてそれから次のことを考えてね』と笑いながら」


 彼の記憶の中で一番おもしろい思い出だったので、林も笑ってくれるかなと思った。


 しかしなぜか、林の顔が一瞬(こわ)ばった後、無理矢理笑ったような気がした。


 時間はあっという間に過ぎた。


 最高に幸せな時間は、人間の前をあっという間に過ぎる。




 帰りに小田急線に乗った時には、6時を過ぎていた。


 夕食も食べていくことも考えたけど、相当遅くなってしまう。


 小田原駅でパンと飲み物を買って電車の中で食べることにした。


「今日は小田急線ですけど、K王線の中で毎日やっていますから」


「林さんのアルバイトは新宿で? 」


「はい。夜勤です。夜勤のウェイトレスです。今日は非番なんです」


「大変ですね」


 小田急が都心に向かって走り、だんだん暗くなった。


 家が多くなり、街並みが続き、東京が近づいてきた。


 お菓子を食べながら、林に聞いた。


「住んでいるところは八王子ですか? 」

 林がいたずらそうな表情で、意外なことを言った。


「八王子です。あまり綺麗な部屋ではありませんけど、今日、泊まりますか? 」


(どうしよう―― )


 結局、何も答えることができなかった。

 彼は後で、大変、後悔することになる。


 そうこうしている間に、新百合ヶ丘で乗り換え多摩線に乗って多摩センター駅に着いた。


 もう、8時近くになっていた。


 八王子は広くて、夜になると意外に人が歩いていない道も多いから、女の子を一人で帰らせるのは危ないと思った。


 財布から5千円を出して言った。


「これでタクシーに乗ってください。帰りは小田急線の中で寝なくて、林さんの横でしっかり起きていられました。今日は有り難うございました。」


 こう言ってしまった後、彼は自分を責めた。

(ここぞという時に、)


 林が真剣な顔で、大きく美しい目で彼を見つめて言った。


「この次は、もっと勇気を出しください」


(えっ、えっ…… )




 その後、勇気が必要なタイミングは全く巡ってこなかった。


 しかし、彼にとって林と毎日会えることが最高のエネルギーになっていた。


 そして、3年生が終わるまでに5科目の合格が必要な税理士試験の内、特に難しい簿記論と財務諸表論の2科目に合格することができた。

お読みいただき心から感謝致します。

今までとは少し違った物語ですので、おもしろいかとても心配です。


※更新頻度

週1回、日曜日午前中です。不定期に午後や土曜日に更新させていただきます。

作者のはげみとさせていただきますので、もしよろしければ、ブックマークをお願い致します。

一生懸命、書き続けます。





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