表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

07.お父さんとお兄さんと、鉄のメンタル

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



 お父さんが勇者で、

 お兄さんは魔法使いね。

 私?

 魔王に連れ去られたお姫様よ。

 え?魔王?

 あ、いいのいいの。

 もう助けられた設定だから。



 「勇者様、魔王を滅ぼし、助けてくださいまして、

 ありがとうございます!」



 はい、

 なんやかんやでお城に戻りました、と。

 ‥‥‥ちょっとお兄さん、

 笑ってないで魔法使いの出番よ。

 ほら、魔法をかけて。

 違う違う、私に魔法をかけて。

 お姫様はドレスがボロボロなの、

 知らんけど。



 「まあ、魔法使いさん、

 ドレスを元通りにしてくれてありがとう!」



 なあに?

 赤い?腕?

 ああ、ただの虫刺されよ。

 えっ?

 お兄さん、かゆみ止め持ってるの?

 でかっ!大容量?

 いつも持ち歩いてるの?

 えっと‥‥‥じゃあ、お願いします。

 あの、どうもありがとう。

 


 「もうすぐ勇者様がいらっしゃるわ!

 一緒にダンスを踊ってくださるかしら?」



 ‥‥‥‥‥‥お父さんは?

 トイレ?

 勇者はトイレとか行かないでしょ?



 「ごめんごめん、

 勇者もトイレには行くと思うよ?」

 「‥‥‥」

 「手は洗いましたか?」

 「ちゃんと洗ったよ」

 「‥‥‥」

 「なぁ、この子は何を怒ってるのかな?」

 「勇者がダンスのお誘いをする場面なんです。

 娘さん、待ってるんですよ」

 「あ、そうか」

 「‥‥‥」

 「どうか、僕と踊っていただけませんか?」

 「ええ、喜んでっ!」

 「さあ、お手をどうぞ。

 ほら、怒らないで、笑って?」


 かわいい、僕のお姫様。







「‥‥‥‥‥‥なーんだ、お父さんかぁ」


 子供の頃の夢を見た。今日はしっかりと覚えている。あれは、あの人が初めて家に遊びに来た日で、三人で学芸会の練習をした。


 起き上がり懐中時計を見れば、午前七時を過ぎていた。


「うわ、しっかりと寝ちゃったな!」


 ペタンコの室内履きを履いて、キッチンにいるであろうディルクに夢の話をしようと、扉の取っ手に手をかけた。


 あれ? 待って?

 ルーフバルコニーからの‥‥‥記憶がないぞ?



  

 扉の向こうに気配はするが、なかなか出て来ない。

こちらは早起きして、待ちくたびれた。早く顔が見たいのに。


「起きてるなら顔を洗ったらどうだ、アンバー?」

「ひゃいいっ!」


 部屋から飛び出して、洗面台まで走っていった。顔は涙目で真っ赤だった。室内履きが片方脱げて転がっている。


 うん、なかなか面白いものが見られたな。




「えっと‥‥‥おはよう、ディルク」

「おはよう、アンバー」


 コーヒーの香り。ディルクの煙は、薄っすらと朝の日差しを和らげる。朝食は、近くのパン屋が差し入れてくれたロールパンサンドだ。


「今日は時間があるから、昨日の続きを‥‥‥」

「んぐっ」


 アンバーが、ポテトサラダのロールパンサンドを喉に詰まらせそうになった。


「大丈夫か?」


 つ、続きって、キ、キ‥‥‥?


「昨日の()()続きをしようか?」

「‥‥‥」


 このくらいでやめておくか。嫌われたくないからな。


「怒るな、わざとだ。キスの続きもしたいが、お前さんと離れ難くなるからな」

「う、うん」 

「‥‥‥」

 

 ああ、ダメだな。そんな可愛い顔をされると‥‥‥。いや、落ち着け、落ち着け。


 ディルクはコーヒーを飲んだ。


「‥‥‥今日の予定は、考えているのか?」

「近くを街歩きするよ。それと、ケイトちゃんに香油のお礼を言って、(ダブル)マッチョ‥‥‥じゃなかった、ムッチョくんかモッチョくんがいたら話をしたいなぁ、と」


 Wマッチョ! 


 ディルクは、ちょっとしたツボに嵌まった。


「‥‥‥?」

「‥‥‥そ、そうか。室内履きは、その二人がお前さんの足に合わせて作ったんだ」

「え、すごっ! じゃあ、二人にもお礼を言わなきゃな」

「ああ、きっと喜ぶ。街歩きでは、認識阻害魔法は使わないんだな?」

「うん、もちろん」


 昨日、そう決めたんだ。


「大丈夫。変なのに絡まれたら、オレはディルクの恋人だぞって言うよ」

「それ役に立つのか? 絡まれる前に避ければいいだろう」

「えー」


 俺の名より、元・勇者アレンのお気に入りだって言った方が、効果がありそうな気がするが‥‥‥。


 ディルクは、敢えて言わなかった。


「あ、そうそう。アレンだけど‥‥‥」

「‥‥‥アレンが、どうした?」

「もしかしてアレンも、ケイトちゃんやコーディくんと同じで、先祖に妖精がいたんじゃない?」

「‥‥‥は?そんな話、聞いたことは一度も‥‥‥」


 * * *


「オレのこと、男だと知っても女扱いするんだよ。後ろから お姫様 って囁いたり、別れ際なんて ()()お姫様 って。引くわ」

 

 * * * 


「まさか、心の声か?」

「そう。オレにお姫様って、話している時には言わないんだよ。アレンがオレの後ろにいる時だけ」

「アレンは普段、そんな言葉を口にするような男ではないから、おかしいと思ったんだ。だがお前さんは嘘を言っていないから、それならば、きっと俺の知らないアレンが存在するのだと思うようにした」

「あ、そうだったんだ」




 お姫様? 今、お姫様って言ったの?


 助けに来てくれた金髪碧眼のヒーローは、驚くほど眩しいけど、優しくて、格好良い。‥‥‥そう思っていたのは、その言葉を聞くまでだった。


 何言ってんの、この人。

 今の私は男なのに、お姫様って‥‥‥。

 私のこと、何も知らないくせに。


 眩し過ぎて目が痛いと、あからさまに避けたりもしたが、アレンは出来るだけアンバーの近くにいたし、アンバーが嫌がったらフェリクスがアレンの代わりに側にいた。

 だから、仲間の女性たちから、アンバーは嫌われた。


 生意気。

 何様?

 わざと気を引いてるの?

 モテるのね、男娼に戻れば?

 ほら、アチラの騎士様、抱きたいって顔してるわよ?




 あ、嫌なこと思い出しちゃった。


「その嫌なことが何か、後で聞かせてもらうぞ?」

「うわ、オレの馬鹿」


 時々は聞き流してほしいんだけどな。


「時々は、な。‥‥‥で、お前さんはそれがアレンの心の声だったと?」

「そう。今思えば、()()()に周りは何も反応してなかった」

「では、普段は心の声が出ないように、感情を抑えてるのか」

「聞こえたのはオレと‥‥‥たぶんフェリクス。アレンとオレを見て微笑んでいたから」

「ああ、それなら間違いないかもな。白魔法使いフェリクスも、精霊の愛し子だ」

「そうなんだ、あの人も‥‥‥」


 アンバーが嬉しそうな顔をして、二個目のロールパンサンドを手に取った。


 あの人、か。


 * * * 


 あの人によく作ってもらったのを、ちょっと思い出したんだよね。


 * * * 


「‥‥‥」

「ん、これ、スモークチキンだ!」


 ねえ、この街、美味い店が多くない?


「‥‥‥」


 あれ? 聞き流された?


「アンバー、昨日の皮付きポテトの()()()と、フェリクスは関係ないのか?」

「‥‥‥ディルク」

「あ、いや、別に‥‥‥嫉妬しているとかでは」

「すっごいな!オレまだ夢の話をしてないのに!」

「ん?‥‥‥夢の、話?」


 アンバーはコーヒーを飲んで、「ごちそうさまでした!」と言った。


「ディルクも食べちゃってよ。片付けたら、話を聞いてくれる?」

「‥‥‥わかった」


 もう一つのスモークチキンのロールパンサンドは、確かに今までで一番美味かった。パンに粒マスタードが塗られていて、オニオンスライスとレタスも入っている。

 あのパン屋は、新作を店に出す前に、ギルド員の分まで必ず持って来る。要は、売れるかどうか味を見てくれ、と言っているのだ。

 このロールパンサンドは必ず店に出してくれ。そう店主に伝えるよう、マッチョな双子に言わなくては。





 アンバーは、ディルクからもらったメモ用紙に書き込んだものを、テーブルの上に広げていた。自分でも整理をしながら説明したかったらしい。

 ディルクには読めない異世界の文字だ。読めないが、アンバーの話を聞いて、頭を抱えていた。


「まあ、本人たちに確認できていないけど。‥‥‥大丈夫?ディルク」

「‥‥‥お前さんこそ、大丈夫なのか?」

「うーん」


 本当にそうなら、いろいろとスッキリするんだけどなぁ‥‥‥。


「って、感じかな」

「お前さんは、そう考えるのか‥‥‥」


 アンバーを助ける時に、アレンは物凄い形相だったと騎士団長は言っていた。何か繋がりがあって、アンバーはそれだけ大事な存在なのか?と、アレンが王都から戻ったら訊くつもりだった。


 元・勇者アレンが、アンバーの前世の父親で、白魔法使いフェリクスが、その父親の恋人‥‥‥、か。






 (オレ)の前世は、女性だった。


 私のお母さんは、私を産んで三日後に亡くなったらしい。男手ひとつで育てられ、ずっとお父さんと二人で生活していた。お父さんの帰りが遅い日は、住まいのマンションの近所の人たちに助けてもらっていた。


 小学四年生の時に、知らない男性が遊びに来た。彼は、お父さんの大学時代の後輩だった。お父さんもイケメンと評判だったが、その男性は芸能人やモデルさんのようにキレイな人だった。その日からよく遊びに来るようになったが、私にも優しくて、お父さんの代わりにご飯も作ってくれた。彼のことは、()()()()と呼んでいた。


 中学生だったある日、いつもは朝まで起きない私が、ふと夜中に目が覚めて、見てしまった。大好きなお父さんと、泊まっていたお兄さんが、愛し合っている姿を。

 

 気持ち悪い。


 私はまだ子供だったし、同性同士の愛を理解できなかった。何となくお父さんとも距離ができて、お兄さんを避けるようになった。見られていたと知らないお父さんは、「思春期かな?」と困ったように笑うだけだった。


 高校生になって、腐女子の友人からBLゲームや小説を半ば強制的に見せられた私は、「マジか」と衝撃を受けた。


 お兄さんは、もう何年も変わらずに、お父さんが遅い日はご飯を作りに来てくれていた。私の気持ちを察していたのか、何も言わずに微笑んで、いつも静かに見守ってくれていた。


 知りもせず、気持ち悪いと避けたことが、申し訳なく思った。


 ちゃんと二人の気持ちを聞いて話し合って、考えよう。再婚する家庭は多くある。同性婚はできないのだから、せめて、二人を恋人として、娘である私だけは認めてあげなくては。


 決意をしたその日に、お父さんが事故で亡くなった。





「オレには親戚がいなかった。お父さんは念のために遺言を残していて、お兄さんを未成年後見人に指定していたんだ。働きながら、学生のオレを支えるのは大変だったと思う。オレは休みの日にお兄さんに家事を教えてもらって、自分がやれることはしようと思った」


 お兄さんは、なるべく外では目立たないようにしていた。オレが年頃の娘だったから、変な目で見られないよう気にしてくれてたんだと思う。


「‥‥‥そうか」

「近所の仲良しのおばちゃんたちには、あの人はお父さんの恋人で、私の()()()()()だよって話してたんだ。だから大丈夫、気にしなくていいよって言ったら、お兄さん泣いちゃって‥‥‥」

「ああ」


 でも、二人で夕食の買い物に行った駐車場で、一緒に事故に遭った。アクセルとブレーキの踏み間違いだったか、車が急に突っ込んできた。


「オレさ、ママ兄さんの目の前で、先に死んじゃったんだ。‥‥‥泣いてたよ。また泣かせちゃった。可哀想なことしたな‥‥‥」

「アンバー」


 ディルクは、包み込むようにアンバーの手を握った。温かい。アンバーは、自分の手が冷えていたことに気がついた。

 

「‥‥‥ねぇ、ディルク。アレンとフェリクスが、本当にお父さんとママ兄さんだったとしたら、目覚めてすぐのオレを見つけてくれたんだよね。すっごくない?」

「ああ、凄いな」


 アレンかフェリクスの何らかの能力で、前世の自分たちの娘が転生したのを知ったのかもしれないな。

 それにしても、やっと出会えたのに、なぜ彼らは王都へ向かったのだろう。俺にアンバーを託してまで。


「わ、もう十一時。まだ話したいのになぁ」


 アンバーはテーブルの上のメモ用紙を纏めて、魔法鞄に入れた。


「まだ少しなら時間はある。もう一杯コーヒー飲むか?ペパーミントをブレンドした紅茶もあるが」

「紅茶がいい」

「わかった。その間に聞くから話してくれ」

「え?大丈夫?苦〜い紅茶にならない?」

「‥‥‥‥‥‥俺が動揺するような話だけ、後にしてくれないか?」

「うん」


 ディルクはポットに水を入れ、魔石式コンロで湯を沸かし始めた。アンバーはテーブルを背にして、椅子に跨るように座り、背凭れに掴まって顎を乗せた。ディルクの後ろ姿に話しかける。


「昨日のさ、岩漿(マグマ)鰐を持ち込んだ人だけど、赤い髪の人」

「ああ、ルーファスか」

「俺様キャラ?」

「‥‥‥‥‥‥もう一度言ってくれ」

「俺様キャラ?」

()()()と言うものがイマイチわからないが、俺様って偉そうなってことか? 見た目は派手だがそんなことはないぞ」

「‥‥‥そうなんだ」


 ルーファスの何にガッカリしたのか、もう興味がなくなったらしい。


「‥‥‥いいのか? ルーファスは今はB級冒険者だが、元・勇者パーティーのメンバーだぞ?」

「え、そうなの?」


 もう、早く言ってよ。アンバーがそんな顔をしたので、ディルクは苦笑いした。


「アレンやフェリクスと共に魔王を倒した後、このギルドに来てな。パーティーは解散して、冒険者登録をした。アレンはフェリクスとほぼ一緒に行動したが、ルーファスはソロだ」

「うんうん、ソロはイメージ通りだ」


 今度は嬉しそうな顔をした。恋人が謎すぎる。


 ルーファスは堅実で、あまり無駄遣いせずに貯えているらしい。岩漿(マグマ)鰐を売った金貨を財布ではなくポケットに入れていたから、やはり受付で預け入れたのだろう。


「アレンはルーファスならずっと同じパーティーにいても良さそうだったが、ルーファスが断ったらしい。アレンの周りには常に人が寄るから、面倒なのだろう」

「うん、わかるなぁ、それ」




 無色透明のスライムは、虫籠のままディルクに預けることにした。部屋に置いても大丈夫だろうが、「まだ一匹でお留守番はきっと寂しいから」と、連れて歩こうとするアンバーを止めた。新人冒険者がレアをぶら下げて歩くのはとても危ない。


「絡まれたくないなら、置いていけ」

「えー」


 昼食は、アンバーは外で食べることにした。ディルクはサンドイッチを食べるようだが、そろそろ和食が恋しくなってきた。


「それじゃ、いってきます」

「ああ、楽しめよ」

「うん」


 二階の代表室の前で、ディルクに頭を撫でられた。オレは子供じゃないぞ、と心の声が聞こえたはずだが、聞き流されたらしい。




 受付に、偉そうでお怒りの中年男性がコーディに詰め寄っていた。面倒事のようだが、ケイトがいない。

 事務室の扉が少し開いていて、お姉様方に手招きをされた。アンバーに避難するようにとのご指示だ。従わねば。スルリと入室した。


「こんにちは、お姉さんたち。お誘いありがとう。ベスさん、ミーナさん」

「あらっ」

「まあっ」


 さっそくテーブルにお茶とお菓子が用意された。


「アンバーくん、ここで少しお待ちなさいね」

「こっちへいらっしゃい。怒鳴り込んできた貴族の糞餓‥‥‥お客様の騒ぎが収まるまで、お茶でもいかが?」


 今、糞餓鬼(クソガキ)って言おうとした?


 最年長の細身の事務員ベスは、なかなかスパイシーな女性のようだ。ふくよかなミーナはおっとりしていて、性格は違っても二人は仲が良い。

 ディルクと紅茶を飲んだばかりだが、ベスが用意してくれたお茶は焙じ茶に似た香りと色で、喜んで頂いた。お菓子は素朴なクッキーだ。ミーナに「手作り?」と聞いた。


「娘が焼いたのよ」

「すっごい、サクサク。バターの香りがして美味しいなぁ」

「うふふ、伝えておくわ」

「このお茶も好き」

「紅茶を炒ったものよ。茶葉を分けてあげましょう。ギルマスとお飲みなさい」

「ありがとう!」


 二人はそろそろ昼休憩だが、もう少しだけ仕事をしてからにするらしい。のんびりティータイムを楽しむアンバーを時折見て微笑みながら、手はしっかり動いていた。タイミングを見てアンバーも二人に話しかける。


「ケイトちゃんはお休みなの?」

「午後からだけど、その時はいつも出勤前に買い出しに行っているのよ」

「コーディくん一人で大丈夫かな?」

「あの子はメンタル強いから大丈夫よ」

「へぇ‥‥‥」


 こっそり覗いてみようっと。





「‥‥‥先程も申し上げました通り、冒険者には貴族も平民も関係ありません。大人同士の、しかも個人的なことで親が出て来るなど、もはや恥でしかないと、わかっていらっしゃるのであれば、伺いましょう(馬鹿息子の親も、やはり馬鹿だったか。姉様がいなくて本当に良かった)」

「ぐっ‥‥‥」


 日に焼けた水魔法使いネイトが黙った。薄笑いの暇な冒険者たちが集まりつつある。後ろにいる従者も同じように日に焼けて、主とその親である雇用主、コーディの遣り取りを忙しなく見ている。


「む、息子は、A級冒険者アレンのパーティーから急に追い出され、身ぐるみ剥がされた状態で手足を縛られ、小舟に乗せられた!これは殺人未遂に値する!」

「それならば、まずはアレン様と話し合うべきでしょう。パーティー内のトラブルを、私共でどうにかしろと仰るのですか?(そろそろ事務員の方々の休憩時間だな。ああ、鬱陶しい‥‥‥)」

「キミのような若造では話にならない。ギルマスとの面会を希望する」

「それでは、まず面会のお約束からお願いします。個人的なトラブルにギルマスが関わるならば、仲介・相談料をいただく場合もありますのでご了承ください。ギルマスの【真偽】の煙の中で、お二人には()()()()()お話ししていただくことになります。嘘が通用しないのはご存知かと思われますが‥‥‥(もうくだらなくて欠伸が出そうだ。早々に帰って欲しいところだな)」

「「ひっ‥‥‥!」」

「な、どうした?」


 男爵が、小さな悲鳴をあげた息子とその従者に視線を向ける。


「もしもガレイル中で噂されている通り、パーティーの白魔法使いフェリクス様へのストーカー行為をなさっていたのがネイト様であるとするならば‥‥‥(もう二度とフェリクス様に近付くな)」

「‥‥‥なんだと?」

「いえ、ギルマスは、元・勇者アレン様やフェリクス様とは付き合いの長い友人であると、ご承知おき願います(姉様やフェリクス様を煩わせたくない。ギルマスに、【煙水晶(スモーキークォーツ)】から追放されてしまえばいい)」

「「「‥‥‥」」」


 それからコーディは、先程の縛られて小舟に乗せられた話で、使われたのは真白の紐だったと聞いていると言った。男爵は「真白の紐?」と目を丸くした。


「それはつまり、息子たちに邪な心がなければ、簡単に解けたと?」

「真白の紐をご存知でしたか。紐を解いたのは、川遊びをしていた子供だったそうですね(フェリクス様が魔力を込めて、馬鹿共のためにわざわざ用意したと思うと、本当に腹が立つな。もう帰れよ)」


 ネイトと従者の顔色が悪くなってきて、男爵は眉根を寄せた。そろそろ良さそうだと、コーディの黒縁メガネが光る。


「では、お約束ですが、申し訳ございませんが本日は難しいかと‥‥‥(帰れ)」

「いや、‥‥‥‥‥‥少し頭を冷やし、出直すことにする。確認したいこともあるのでな」

「「‥‥‥っ」」

「承知致しました(ふん、息子ほど馬鹿ではなさそうだな)」




 ‥‥‥あれは、やっべぇな。


 アンバーに対する言葉や心の声は、まだマシな方だった。ひやかしの冒険者たちもドン引きだった。心の声が聞こえない者たちには、普段のコーディは大人しく見える。彼が男爵を追い払えるとは思わなかったのだろう。


 事務室の扉を少し開けて覗いていたアンバーは、そっと閉めた。


「コーディくん、一人で追い払っちゃったよ」

「うふふ、心配ないでしょう?」

「ケイトちゃんがいたら、もっと速やかに(力技で)追い払えたでしょうけど。さあ、では休憩にしましょうか、ミーナ」

「そうね」


 ミーナとベスにお礼を言って、アンバーは事務室を出た。




 やっと静かになった受付で、コーディは少し疲れたのか、深い溜息を吐くと、肩を押さえて腕を回した。


「コーディくん、お疲れさま」

「‥‥‥アンバー様(まだ居たのか)」

「うっ」


 居たよ、ごめんよ。安全な場所でしっかり見てましたよ。


「姉でしたら、まだ出勤前ですが?(そろそろ来るかもしれないが)」

「ううん、いい。ケイトちゃんには後で言うよ。コーディくんが、シャワー室に髪の香油を置いてくれたんでしょ?ありがとう」


 アンバーの鉄紺の髪を見た。姉のケイトが選んだ香油は、彼の真っ直ぐな髪に合ったようだ。


「‥‥‥いえ、私は、大したことは何も‥‥‥(姉様から頼まれたからで、貴様のためではないからな。姉様のお願いは絶対だ)」

「ありがとう、コーディくん。オレ、これからちょっと街歩きしてくる」


 D級冒険者アンバーは、手を振って、ギルドの扉の向こうに消えて行った。


「‥‥‥」


 今日もあの美青年は、コーディが成人する前の少年の頃に好んで着ていたお下がりを、彼なりに上手く着こなしていた。濃紺の上下で、ボトルネック。サイズもピッタリだ。

 彼は十七歳だというのに、成長期に栄養が足りなかったせいか、細くて小さい。整った容姿のせいもあり、儚げな少女にも見える。

 ギルマスのディルクはアンバーに対して過保護だと感じたが、気持ちはわからないでもないのだ。何とも言えない危うさがある。姉が気にするのも、多少は仕方がないと思う。()()は。

 自分まで過保護になる必要はない。彼もそれを望んでいないような気がするのだ。



「コーディ、お待たせー」

「姉様、お疲れ様です(ん?香辛料(スパイス)と、獣の匂いがする)」

「ふふっ、八角猪に遭遇したわ。魔法布にはもちろん、ギルド裏口にも入らない大物よ」


 姉はそれを、担ぎ上げるか持ち上げて運んで来たのだろう。今では街の人もその姿に見慣れたが、なぜ彼女は冒険者をやめて受付になったとか、勿体ないとか、最初は騒がれたものだ。

 最近は、買い出しついでに狩りに行くようにしている。自分に出来ることがあって嬉しいと言っていた。姉は、ギルドの床やカウンターをよく破壊するので、申し訳ないと思っていたらしい。解体した肉は、ギルドで売っても食べても好きにしてほしいとギルマスに伝えている。

 

「では、今からダ‥‥‥ムッチョさんとモッチョさんにお願いするのですか?(くっ、(ダブル)マッチョを思い出してしまったではないか‥‥‥!)」

「ええ、もう外に人が集まって待っているの。楽しみにしてくれているし、外である程度まで解体してもらうわ。横道にまではみ出してしまっているから」

「‥‥‥それは、相当な大物ですね(さすが姉様)」


 横道なら、街歩きをすると言っていた彼も通りそうな気がするが、見たら驚くのではないだろうか。


 ‥‥‥まあ、どうでもいいことだ。





「うっっわ! でっかい猪が落ちてる!」

読んでいただきありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ