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05.アンバーとディルクと、スライムと

ブクマ・評価・いいね、ありがとうございます。



「‥‥‥‥‥‥聞こえていた?」

「ええ。どうも貴方は、心の声を隠していなかったようでしたので」

「どうしてすぐに教えてくれなかったんだ」

「つい面白くて‥‥‥」

「‥‥‥」

「おや、怒ってます?」

「僕と一緒に暮らすのが嫌だと言われたら、どうしてくれるんだ‥‥‥」


 すごく嬉しくて、幸せな気持ちだったのに。




―――――――――――――――――――――――――――

 



「え、ちょ、ちょっと待って、ディルク。それってオレが‥‥‥?」

「違う。俺のせいだ」

「ディルクの?‥‥‥え、最初から?」

「いや‥‥‥」

「じゃあ、いつから?」


 微精霊が喧嘩しないでと忙しなく動く。徐々に暗くなる空は、青と橙が美しかった。地上に蠢くモノがなければ、もっと良かった。


「アンバー、この話はまた後だ。逢魔が刻になった。集中しろ。お前さんが怪我でもしたら、うちのギルド員たちが心配する」

「‥‥‥ズルい言い方だな」


 でもそれが本当だって、ディルクの煙が言ってるからな。


「‥‥‥ああ」


 黒い毒のスライム、ブラックスライムが複数体で現れた。麦藁色の妖精から聞いていた場所ではなかったが、既に増えていた。魔物に遭遇しやすい時間に、わざわざ向こうから出て来てくれるとは。まさか街の近くまで来ているとは思わなかったが。

 まあまあ稼げて練習にもなる。アンバーに打って付けの魔物だ。


「お前さんは、まずは一体。その短剣(ダガー)を使って倒すんだ」

 

 アンバーは、魔法鞄から出したコーディのお下がりの短剣を手にしていた。利き手は右だ。

 ディルクの煙が、他のブラックスライムたちの上に雲のように凝縮され、ズンと重くなった。ブラックスライムは上から押さえつけられるようで動けない。一体だけ逃れて来た。いや、わざと逃されたのだ。


「直接触れるな。そして速やかに離れろ。お前さんには〘ギフト〙があるが、周りはそれを知らない」

「う、うん」


 アンバーの【状態異常無効】があれば、うっかり魔物に触れても毒が無効化されて死ぬことはない。ただ、ギルドカードはそれをシークレットにしたので、他人に知られないよう自衛できるに越したことはない。


「‥‥‥」


 あれ? でもオレって、刃物とかってカッターとかハサミとか彫刻刀とか、あとは包丁くらいしか持ったことないんじゃね?


「怖いか?」

「怖いよ!当たり前だろ!」

「そいつを逃せば、また増えて、被害者が出るかもしれないと思ってもか?」

「‥‥‥!」


 わかってる。ディルクは、この世界の常識を教えてくれている。


「ああ、もう!」


 こいつ、どうしてブラックスライムなんかになったんだよ!妖精の手伝いをする働き者のスライムもいるのに!


 アンバーが短剣を向けると、ブラックスライムが飛びかかって来た。短剣を持っていれば勝手に刺さりそうだった。‥‥‥待つか?


「待つな!弾けたスライムと毒液を浴びたいか!?」

「え、無理」


 スンと冷静になり、躱してから、地にベタンと落ちた毒々しいブラックスライムを、やや上方向から刺した‥‥‥つもりだった。


「「あ」」


 つんっと短剣の先で突付いたようになってしまった。アンバーの力が足りなかったわけではない。距離感が掴めなかったのだ。


「‥‥‥ん?」


 何故か、アンバーの【状態異常無効】が、何も魔法付与されていない短剣に伝わったようで、ブラックスライムから毒が消えた。無色透明のスライムが弾かれてコロコロと転がる。


「「‥‥‥」」


 やっべ、倒せなかった。


「アンバー‥‥‥」

「はい」

「短剣は、向いていないな」

「はい」

「あのスライムは捕獲するぞ。この辺にはいない色だ」

「はい‥‥‥え?捕獲?」


 プルプルした無色透明のスライムが、起き上がってこちらを見ている‥‥‥ような気がする。


「これは‥‥‥仲間にしますか、的な?」

「仲間って、お前さん‥‥‥」


 ディルクが魔法鞄(マジックバッグ)から、虫籠を取り出した。ギルドに戻ったら、このスライムをムッチョ&モッチョに鑑定してもらうのだ。


「手で捕まえても大丈夫かな?」

「無害で逃げないようだしな。ほら」


 虫籠を受け取ると、ディルクは残ったブラックスライムの方へ行ってしまった。アンバーは、無色透明のスライムに向かって手招きした。


「おいで〜」


 スライムはその場でプルプルするだけだ。溶けないならば死んではいない。じわじわとアンバーが近付いても逃げなかった。


「んー‥‥‥。プルプルはいいけど、ベタッとしてたら嫌だなぁ」

「‥‥‥」


 遅い。虫籠に入れるだけだぞ‥‥‥。


 他のブラックスライムたちは跡形もなく、小さな黒い魔石が複数転がっていた。アンバーがモタモタしている間にディルクが倒していた。

 ディルクは日中もアンバーを背負いながら毒蜘蛛を何匹か倒していた。それらの魔石と、拾い集めた物を纏めてアンバーに渡す。


「‥‥‥わ、黒い魔石がいっぱいだ」


 アンバーはそれを、麦藁色の妖精からもらった魔石入りの革袋に入れた。


「稼がせてやるって言ったろ?これを換金すればいい。確か、スライムの魔石の二十倍はする」

「あ、アレンに借りたお金を返せる?」

「ああ、余裕だ」

「やった!」

「だが、いきなり全部は目立つからダメだ。俺が倒したとバレバレだ。少しずつ売れ。アレンはまだ王都に向かっている途中だろうから、どうせすぐには返せないだろ?」

「わかった」


 嬉しさでキュッと勢いでスライムを掴むと、ムニッとモチッとした。


「あ、ベタッとしてない!ひんやりとして気持ちいい!」


 ずっとムニムニ触っていたら、早くしろという視線に気が付いて、渋々とスライムを虫籠に入れた。

 まさか、紐を首にかけて虫籠を持って歩く日が来るとは思わなかった。前世では父親が虫が苦手だったから、子供の頃に昆虫採集になど行かなかった。


 アンバーはポケットの懐中時計を見た。


「六時過ぎてる。腹減ったな」

「よし帰るか。‥‥‥そうだ、アンバー。夜には屋台に串焼きが出てるぞ」

「串焼き?食べる!」


 夕食までそれを少し腹に入れておく。


「それを食いながら、今日の夕食は何かを考えて歩くときっと楽しいぞ」

「そうだね。でも、先にさっきの続きを話しながら歩きます」

「‥‥‥くっ、覚えていたか」


 アンバーが不機嫌そうな顔をしながら右手を差し出す。街まで手を繋ごうと言った言葉はまだ続いているらしい。




 少し離れていた微精霊たちが再び集まり始める。灯りのない暗い道を、白い小さな淡い光がフヨフヨ。街に入るまでには草地に帰るだろう。


「それで?オレの心の声が聞こえるって、いつから?」

「お前さんが昨日、冒険を終えて代表室に帰って来ただろう」


 観念したように、ディルクが話し始めた。


 疲れてディルクの胸に倒れ込んだアンバーをソファーに運んだ時に、額にキスをしたと言う。

 あの時のディルクは自分の気持ちに混乱して、しばらくアンバーの顔が見られなかった。


 額にキスと聞いて、爆睡していて知らなかったアンバーは複雑な顔をする。確かにあの後、ディルクと目が合わなかった。それが理由だったのだ。


「おデコにキスしてから?」

「お前さんの心の声が聞こえるようになった。コーディとはまた違う。あいつの場合は、こちらが何もしなくても精霊の‥‥‥愛し子などには聞こえてしまうが、お前さんの場合は、俺にしか聞こえない」


 良かったー!皆に聞こえていたら恥ずかしかった。あ、これもディルクに聞こえてるんだっけ?


「そうだ、悪いな」


 あれ、ちょっと便利‥‥‥。


「便利、か。お前さんは、俺の〘ギフト〙が何かを知っても変わらなかったな。寧ろ、信頼してくれた」


 それがどれだけ嬉しかったか。


「俺のこの能力で、息が詰まると離れていく者が多い」


 アンバーは、ディルクが〘ギフト〙の能力によって辛い思いもしていたのだと知った。きっと恋人だっていたはずだから、これまで色々あったのだろう。


 離れていても聞こえるの?


「いや、同じ空間や俺の煙の中だけだ。‥‥‥お前さん、心の声だけで話すつもりか?」

「なんか面白くなっちゃって。風邪ひいて声が出なくなってもディルクがいれば安心だな」


 目を丸くしたディルクの、心の声が聞けたらいいのにと思った。


「俺の心の声なんて聞いたら、きっと嫌いになる」

「そんなにエグい事ばかり考えてるの?」

「何だ、エグい事って」


 街の灯りが見えると、微精霊たちは離れて行った。アンバーは繋いでいた手を離した。ギルドマスターが駆け出し冒険者と手を繋いで歩いているのを、他の冒険者に見られたら、立場がない。


「俺のことはどう思われてもいい。お前さんの方が面倒な奴らに目を付けられるのではないかと、俺はそれが心配なんだ」

「オレも、別に気にしない」


 オレたち両想いってことでいいんだよね?


「ああ」


 クスッとディルクが笑った。その顔が好きだと思ったら、今度は真っ赤になった。カワイイ。


「頼むからやめてくれ」

「ぷっ」




 ディルクを好きかもしれないと思った直後に、アンバーはディルクに抱きしめられた。

 驚くアンバーの耳元で、「俺も‥‥‥お前さんが好きかもしれない」と心地良い声で囁かれて、嬉しさで舞い上がりそうだったのに、「ん?()()?」と、ディルクの言葉に引っかかった。


 まさか、心の声が聞こえていたとは‥‥‥。




 買ってもらった串焼きは、鶏もも肉で塩味だ。少し焦げ目があり鶏皮がカリカリとしていて、美味い。


「アンバー。一緒に住むのが窮屈に感じたら、いつでも自由になれ。言ったろう?‥‥‥お前さんが嫌だと思うまで、居ていいと」

「言った。オレの自由にしていいんだよね?」

「ああ、冒険者は自由であるべきだ」


 賑やかな屋台と酒場が並ぶ通りの中に、ギルドが見えた。たくさんの視線を感じる。ギルマスの隣の細い奴は誰だ?‥‥‥そう思われてるかもしれない。


 もっとよく見ろ。

 どうだ?

 美青年だろ。

 そして覚えてくれ。

 オレは、冒険者のアンバーだ。


 ディルクがフッと笑った。


 まずは、ディルクの隣に立っても鼻で笑われないように、皆に認めてもらわないとな。


 それから、


「ディルクはオレのだからなっ」

「‥‥‥嬉しいが、声に出てるぞ」

「‥‥‥」


 いやん。

 

 



 

「ギルマス、お疲れ様です(仕事が溜まって非常に困っています)」

「「‥‥‥」」

 

 夜になっても乱れのないオールバックの髪がキマっている。受付のコーディの心の声を聞いて、ディルクは「悪いな」と、苦笑いで階段を上って行った。

 後で代表室で夕食の約束をしている。アンバーはアンバーで、ディルクに教えられた通りにするだけだ。


「コーディくん、オレはまた後で来るからね」

「そうですか。では、後ほど(まさか、姉様が休憩中でいないから、後で来るのではないだろうな?)」


 黒縁眼鏡が光っている。どうにかコーディの目が見えないかと、アンバーは体を左右に傾けてみた。本当にどうなって‥‥‥。


「どうされましたか?アンバー様(挙動不審な小僧め‥‥‥!)」

「こ‥‥‥。あ、あのさ、(ダブル)マッチョに魔物の鑑定してもらうんだ」

「‥‥‥‥‥‥ムッチョとモッチョですね(ぷーっ!(ダブル)マッチョって!)」


 あ、ウケた。





「戻られましたか、アンバー殿」

「ただいまー」


 清掃中のムッチョが迎えてくれた。


 先客の赤髪の冒険者が魔物の解体を頼んでいたようで、広間は少し血の臭いが残っている。これにも慣れなくてはいけないが、少しの間こっそり口呼吸をした。

 アンバーはカウンター席に座って待つことにした。ちゃんと生きているか、虫籠の中を覗いてみる。プルプルしているから、たぶん大丈夫だ。


「で、いくらになる?」

「金貨八枚といったところですかな」

「ん、まあ、妥当だな。金貨一枚分は銀貨にしてくれるか?」

「承知しました」


 モッチョから受け取った金貨七枚を胸ポケットに、銀貨十枚を平たい革の財布に入れて魔法鞄に突っ込んだ。金貨七枚は、受付でギルドカードと渡して預けるのだろう。

 ギルドカードは、銀行のキャッシュカード、いやデビットカードみたいだなと思う。高額支払いが必要な店や宿の一部ではギルドカードで支払いができる所があるのだ。


「‥‥‥アレンの、今のパーティーに水魔法使いがいただろう?」

「おお、男爵家の四男でしたかな?」

「従者と一緒に裸で縛られて、川の上流から小舟で流れてきたらしい」

「おやおや」


 また、アレンの話だ。水魔法使いって、ちょっとインテリ風な感じのあのお兄さんだよな?


 白魔法使いのフェリクスがアンバーに付き添ってくれていたが、その近くをウロウロしていたのでよく覚えている。

 フェリクスに水をもらった時にも物陰にいたので、お兄さんが水を出してくれてるの?と声をかけたら逃げてしまった。


「白魔法使いのフェリクス殿に、ご執心でしたなぁ」


 何だ、あいつフェリクスのストーカーだったのかよ。魔法で水を出してくれた親切なインテリ風だと思ってたのに。感謝して損した。


「では、何か問題起こして、アレンを怒らせて追い出されたのかもしれないな」


 ミディアムロングの髪を掻き上げる。


「じゃあな」


 わぁ、いかにも冒険者って感じだ。物語の俺様キャラっぽい。


 赤髪の冒険者はアンバーをチラと見るが、大きな足音でそのまま後ろを通り過ぎ、何も言わずに出て行った。



 モッチョがこちらへ来て、双子が揃った。


「「さあアンバー殿、そちらの虫籠の中の鑑定ですかな?」」

「うん、スライムが入ってるんだ。ディルクが見てもらえって」

「「ほう、ギルマスが。‥‥‥では、アンバー殿、中の厨房へ」」

「厨房?」


 先程の解体した鰐肉の端っこがあるそうだ。


岩漿(マグマ)鰐は少々辛いですが、それがクセになりますからな」

「カリッと焼けば、良い酒のつまみになりますぞ」


 ムッチョが特大フライパンで鰐肉を焼き始めた。端っこと言ったのに、随分な塊肉だったのを細切りにしていた。岩漿鰐とはそれだけ大きいのだろうか。

 それにしても立派な厨房だ。ここの広間は以前はだったのだろう。モッチョは大小の椅子を用意してアンバーを座らせると、向かい合わせに自分も座る。とても香ばしい匂いがしてきて、串焼きを食べたのにアンバーのお腹が鳴りそうだ。

 

「ほう、やはり無色透明のスライムでしたな」

「やりましたな、アンバー殿」


 フライパンから鰐肉のカリカリ焼きを皿に移すムッチョも、鑑定が終わったスライムを見て、キレイな若葉色の瞳を輝かせた。


「珍しいの?」

「「レア中のレアですぞ」」

「え、本当?」


 やった!‥‥‥ってことは、次のD級にもなれる?


 鑑定が終わったら、受付に持って行けとも言われている。モチッとした手触りが良いから売りたくないな、と思っていたら「好きにしろ」と言われた。Wマッチョの鑑定があれば、見せるだけでも良いのだそうだ。


「空気や水も澄んだ秘境でないと出現しないと云われておりますな」

「うわお」


 これ、街の近くで捕ったって、誰も信じないぞ。


 Wマッチョがアンバーを厨房に連れて来た理由がわかった。


「秘境で捕まえたって言えばいいの?」

「レアともなれば、どこで捕まえたと聞かれる事はそうないでしょう」


 それは昔からの冒険者同士での暗黙のルールで、無理に聞き出すことはマナー違反なのだそうだ。


「「もしも愚か者が現れましたら、その時は私共にお任せくだされ」」


 白いタンクトップの頼もしい大胸筋が、ピクピクと踊り出した。何だか、安心して眺めていられる。


「「アンバー殿は、このスライムをどうするので?」」

「え?」


 両手に乗せたままの無色透明のスライムをじっと見た。ムニッとモチッとしてひんやり冷たい。気持ちいい。


「こうして触るだけだけど?」

「「‥‥‥」」


 あれ?ダメなのかな?


「ここが住みにくそうなら、秘境っぽい場所を探して逃がそうかな」

「「ほおぅ‥‥‥なるほど」」

 

 さて、お腹空いたし、そろそろ受付に行こう。コーディくんの攻略法を早く見つけないとね。

 

 鰐肉のカリカリ焼きを受け取ると、魔法鞄に入れた。これを食べて、ディルクと初めてのエールを飲みたい。エールが食品収納庫(マジックボックス)に入っていればの話だが。

 昼にジェイクが持って来たジャガイモをいくつか茹でていたようで、夕食用に三個ほど分けてもらった。これで作りたいものがある。


「ムッチョくん、モッチョくん、どうもありがとう」

「「なんのなんの」」

「また明日ね」

「「お疲れ様でした」」

 

 アンバーが軽やかに広間を出た。





 登録名 アンバー 十七歳

 【煙水晶スモーキークォーツ】のD級冒険者


 魔力色・魔法属性

 黄(地・知)・黒(美・陰)・白(治・浄)・青(水・風)


 〘ギフト〙 有 【自己管理】





 あ、そうか。シークレットにしたから〘ギフト〙が一つ消えてるんだっけ。


 それよりも、D級冒険者になれたぞ。


「アンバー様、昇級おめでとうございます」

「おめでとうございます(まさかレアを捕まえるとは‥‥‥)」


 受付にはケイトが休憩から戻って来ていた。やはり姉様を待っていたのか?とコーディから聞こえてきたが、スルーした。違います。偶然です。


「ありがとう。ケイトちゃん、コーディくん。でもオレ、もらった短剣(ダガー)が上手く使えなかった。ディルクが向いてないなって」

「‥‥‥そうですか(実戦と努力が足りてないだけだろう。二日目で何を言ってるんだか)」

「‥‥‥ゔっ」

「ひゃうっ!ア、アンバー様、今日はゆっくりお休みください」

「う、うん、また明日ね」

「「お疲れ様でした」(ああ、姉様は優しいな‥‥‥)」



 コーディの言う通りで、アンバーのようなど素人が二日目で武器を使いこなせるわけがない。D級になれたのはディルクがいたからだし、実際スライムすら倒せていないのだ。短剣はやはり向いていない気がするが、もう少し努力をしなくては。


「コーディくんの心の声は、姉様(ケイトちゃん)に関わること以外はアドバイスと思って聞いてみるべきかもな」

 

 

 二階に上って代表室をノックすると「入れ」と聞こえた。扉からひょこっと顔を出す。


 D級に昇級したよー。


「やったな」


 心の声で報告してきたアンバーに、ディルクは笑った。


「声を聞かせてくれ」


 驚くほど甘やかな声でディルクが言ったので、アンバーは心のままに「お腹空いた」と答えてしまった。我ながら色気のない返事をしたもんだなと、頬が赤くなる。


「ははっ。確かにそうだな」


 ディルクのデスクを見ればまだ終わりそうもない。午後はアンバーに付き合ってくれたからだ。


「ね、キッチン使っていい?オレが食事の用意してくるよ」

「‥‥‥頼んでいいか?食品収納庫の中の物は好きに使っていい。ジェイクが持って来たスパゲッティも入ってる」

「わかった」



 鍵を開けると真っ暗で、室内灯をつけた。ディルクの煙は薄くなっていた。ダイニングの椅子に魔法鞄と虫籠を置いて、茹でたジャガイモ三個を出してキッチンに置く。


「そう言えば、このスライムってなにか食べるのかな?」


 ディルクが持ち帰っていいと言ったのは、無色透明のスライムが無害だからだ。虫籠から出してテーブルに置いてみた。ただプルプルとするだけだ。


「水菓子みたいだ。‥‥‥美味いのかな?」


 スライムのプルプルが小刻みになったような気がする。


「うーん、空気も水も澄んだ秘境にいるってことは、キッチンの水は飲めないのかな?後でディルクに相談しよう」


 スライムを虫籠に戻した。触るとひんやり冷たいのが本当に気持ちがいい。


 アンバーは手を洗い、チョッピングボードとキッチンナイフを見つけて、ジャガイモを皮ごと櫛形に切った。

 このスライム型のジャガイモは、間違いなく麦藁色の妖精が作ったものだ。買い取った料理店のジェイクはそれを知らない。ちょっと小さいおじさんが作った新品種と思っているはずだ。


「フライパンは‥‥‥あ、あった。これ、オリーブオイルかな?」


 クンクンと嗅いで、たぶんそうだろうと判断した。塩とコショウはわかる。魔石式コンロの火をつけた。ジェイクが使っているのを見ておいて良かったが、前世のガスコンロと使い方はそう変わらない。オリーブオイルを入れて、カットしたジャガイモを熱したフライパンで焼き始めた。

 食品収納庫にジェイクが持ってきたキノコのクリームスパゲッティがあった。大皿にしっかり二人分ある。代表室で食べるので、持ちやすい深型の皿を用意して一人分ずつ分けて入れた。ミニトマトと茹でたブロッコリーもあったので、ジャガイモのフライパンにブロッコリーを一緒に入れて焼き目をつけたら塩コショウで味付けした。

 スパゲッティの皿に、出来上がったポテトとブロッコリー、ミニトマトを添えて、ワンプレートディナーの完成だ。


「うん、美味そう」


 冷めてしまうので皿を食品収納庫に入れて、キッチンの洗い物には一気に洗浄魔法を使ってみた。


 わ、すっごい。魔法って便利だな。


 油もキレイに落ちた。風で乾かしてみるが、やはり乾かない部分があり、結局は布巾で拭いた。


「うん、全部ラクしようと思わない方がいいな」


 布巾をかけて、キッチンがキレイになったのを確認すると、食品収納庫から料理の皿とグラスの冷茶を出す。冷茶なら魔法鞄に入れられるが、料理の皿は入らない。アンバーの灰色のボディバッグは入口が小さい。持ち手付きの大きなトレーか、キャスター付きのワゴンが欲しいと思った。仕方ない。手で運んでから、もう一度鍵をかけに戻るしかない。


「あれ?」 


 薄っすらあったディルクの煙はもうなくなっていた。また頼んだ方が良いのだろうか。


 代表室へ行くとディルクが階段まで出て来てくれたので、料理の皿を渡し、アンバーは三階の部屋の鍵を閉めてから、ディルクが待つソファーの向かいに座った。コースターの上に冷茶のグラスを置く。


「この皮付きポテトは、もしかしてお前さんが?」

「うん、茹でたのをもらったから、切ってフライパンで塩コショウで焼いただけ」


 あの人によく作ってもらったのを、ちょっと思い出したんだよね。


「‥‥‥」


 あの人とは、誰だ?


 ディルクは気になったが、今はアンバーが用意してくれた食事に集中する。食べやすくワンプレートにしてくれた心遣いが嬉しかった。



「ジェイクのスパゲッティって絶品だね」

「ああ、お前さんのポテトも美味い」

「良かった。手の込んだ料理はできないけど、軽食なら作れるからな」

「では、また頼めるか?」

「うん」


 

 食べ終えた皿を重ねて、アンバーは部屋に戻る。ディルクの煙が部屋にないけど、忙しいから無理かなと思ったら、ディルクに聞こえてしまった。


「ごめん、忙しいのに」

「いや、部屋を出る時あまり濃くしていなかったからな。すっかり忘れていた」


 ディルクはアンバーを部屋まで送り、煙で満たしてくれた。


「もしオレが寝てても、帰ったら起こしてくれよ?」

「ああ、わかった」


 アンバーの髪を撫でてから、ディルクは仕事に戻った。




「便利だと思ってたけど、全て聞こえちゃうのも大変なんだな」


 アンバーは今のところは困ることはないが、ディルクは優しいから忙しくてもアンバーの心の声を聞いて動いてくれる。


 必要ないことは聞き流していいって、オレが言わないとダメだな。


 後で話し合おう。今夜は、鰐肉のカリカリ焼きをつまみにちょっとだけエールを飲みたい。エールは食品収納庫で確認済みだ。ジョッキで入っていた。

 寝る前には、乳白色の妖精からもらったカモミールで、ディルクに香草茶(ハーブティー)を入れてもらおう。


「ふんふんふーん♪」


 アンバーは食器を洗ってから、先にシャワーを浴びることにした。自室のクローゼットから着替えを用意して脱衣所へ行くと、室内履きが置いてあった。アンバーの足にピッタリの革のサンダルだった。誰かが用意してくれたようだ。

 そして、シャワー室の中には洗髪液(シャンプー)の隣に香油があった。これはたぶん、髪を切ってくれたケイトが用意したのだろう。


 この香油って洗い流さないでいいんだよね?


 甘過ぎないジャスミンの香りだった。乾かした後も、鉄紺の髪にはしっかりと潤いと艶が残った。嬉しい。また明日、お礼を言わなければ。


 部屋着もコーディのお下がりだが、少し大きい濃灰の上下があったのでそれを着た。サンダルはペタンコで履きやすい。体もスッキリとして気分良く、アンバーは自室のベッドに座った。

 ディルクは仕事の後もギルド員とのミーティングがあるのでまだ帰らない。

 ステータス画面を出して今日の確認をしたら、少しだけ眠ることにした。

読んでいただきありがとうございます。

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