02.アンバーとディルクと、乳白色
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ギルドカードには異世界転生者の文字はなかった。
目の前のステータス画面を確認する。なんと画面の文字は日本語になっているのだ。自分しか見ることが出来ない画面だが、もしもアレンの【神の目】の力で見られてしまっても、日本語ならば大丈夫かもしれない。アレンが日本人の転生者でなければの話だが。
「うーん。こうやってステータス画面を見ると、やっぱりゲームっぽい感じがするなぁ。ここはゲームの世界なのかなぁ。乙女ゲームとかだったりして」
だとしたら、この青年は、あの場所で死ぬはずだったキャラなのかもしれない。
草地の薬草に手を伸ばす。先にケイトに聞いておくべきだったが、次のD級になるにも薬草が必要かもしれないので、多めに摘んでおいた方が良いだろう。ここは畑か?と思ったくらい回復草と毒消し草が群生しているので、問題なさそうだ。
「‥‥‥待てよ? ひょっとしたらBLゲームや小説だったりすることもあるよな?」
薬草を摘む手が止まった。
「ギルマスに相談したい事は、メモしておこうっと」
特典でもらったこのガレイルのペンは素晴らしい。少しの魔力を入れたら、中の魔石の屑石がインクとなるのだ。屑石が減ったら街の魔法道具屋で補充すれば、ペン本体が壊れない限りずっと使える。なんて環境に良い。
しかし、インクに自分の魔力が入るので、悪戯書きなどしたら一発でバレるし、ペンを事件現場に落とさないよう気をつける必要がある。紐のようなものでボディバッグに繋げて、ペンを落とさないようにしたい。
「カッコ悪いかな?透明な糸とかだったら目立たなくて良いかも。魔力で作れないかな?」
良い場所に腰掛岩を見つけたので、休憩も兼ねて、そこに座ってイメージしながら、「糸よ出ろ〜」と魔力を両手の人差し指に集中させた。
「‥‥‥お?おおおっ?」
指と指の間にピンと糸のようなものが張れた。左右にゆっくり広げると糸が伸びる。指に巻き付けては伸ばし、一メートルくらいになったらカットをイメージすると、プツンと切れた。糸はそのまま残って消えなかった。
手に乗せると手の色にはならず、その下の草色になり、空に向けたら空色になった。周りに合わせて同化する糸だ。糸を見たいと思ったら、少しだけキラキラした。
「私‥‥‥じゃなかった、オレすげぇ。後で結ぼうっと」
周りに誰もいないのを確認すると、濃紺のローブをたくし上げて、そそっとボディバッグに糸を入れた。このローブにはファスナー付きの胸ポケットがあるので、今日のところは何度も出し入れする地図とペンはそこに入れた。
薬草を摘み終わると、地図に印を付けた。この場所は歩いてみた中で最も良い場所な気がする。この腰掛岩も、考え事やステータス画面を見たり地図を広げたり、一息入れるには最高だ。誰も来ないのが不思議なくらいだ。
「‥‥‥」
いや、そんなことあるか?
頭の中には次に向かうスライム生息地があるが、アンバーの体力では今日はもう無理な気がするし、ここを離れて、少し早いがギルドに戻ることにした。
「‥‥‥よし。何か、この辺りに小さいのがフワフワしてるけど、タンポポの綿毛みたいなモノってことにしようっと」
『うーん、無理があるわね?』
「‥‥‥」
『だって微精霊だもの』
「‥‥‥さて、帰るか」
『あらあら、ちゃんと聞こえているでしょう?』
立ち上がろうとしたら、白くて大きな何かに後ろからフワッと包まれた。花の香りがする。とても大きいお姉さんのようだ。三メートルくらいはあるかもしれないが、重くも苦しくもない。どうしようかな、と考える。
「‥‥‥」
『‥‥‥』
「さて、帰るか」
『ええっ?』
大きいお姉さんだが綿のように軽いので、おんぶしながら歩き出した。
『‥‥‥まあ、どうしましょう。初めての反応だわ』
「今日の晩ごはん何かなー?たぶんギルマスが食べさせてくれるっぽい言い方だったなー」
『‥‥‥ん?あら?離れられないわ?あら?あら?』
アンバーは、大きいお姉さんのヒラヒラした裾をしっかりと掴んでいた。
「ギルドで買い取ってくれるかな?」
『えっ、妖精を売るの?』
なるほど。大きいお姉さんは妖精らしい。おんぶしたら重くなる妖怪じゃなくて良かった。
『ああ、そんな、困ったわ。可愛い子だから、あの腰掛岩を譲ってあげたのに‥‥‥』
‥‥‥あ、そうだったんだ。
「それは、どうもありがとう」
『まあ、やっと返事してくれたわ』
さっきの腰掛岩まで戻って、妖精のお姉さんをそっと下ろした。本当なら見上げるほど大きいのに、アンバーの高さに合わせて屈んで座ってくれた。全てが優しい乳白色で、瞳は閉じたままの美しい女性だ。
「美しい妖精のお姉さん。オレに何か用?」
『ふふっ。先程、綺麗な糸を作り出していたでしょう?とてもキラキラと美しくて興味があったの』
魔力で糸を出さなければ、見守るだけで姿を見せるつもりはなかったようだ。次からは、他の場所でも気をつけなければ。
アンバーは、同じように魔力で糸を出して見せた。微精霊も集まってきてフワフワしている。
『ああ、やはり綺麗ね。美しいわ』
「これを使うとしたら、お姉さんならどうする?」
『そうね、もし使うとしたら、服や装飾品を作ってもいいわね。糸として人間の店に売るつもりなの?』
「いや、売ろうとは考えてないよ」
『精霊は美しい物が好きだから、この糸のままでも欲しがるわ』
そんなに魔力を使うわけではないので、先程より長く三メートルくらい糸を巻いてカットした。
「妖精のお姉さん、腰掛岩を譲ってくれたお礼にどうぞ」
『まあ、どうもありがとう!』
乳白色の妖精はフワッと舞い上がって、微精霊と共に嬉しそうにアンバーの周りを回った。たくさんの薬草と白い花が一気に育って咲いた。
うわお。冒険者になって初日に、近くの草地で幻想的なものを見てしまった‥‥‥。
再び妖精に後ろから包まれ、それから頭を撫でられた。
『可愛い子。これからも、ここへ来たらこの腰掛岩にお座りなさいな』
「ありがとう」
『嬉しい気持ちにしてくれたお礼に、これをあげるわね』
妖精は、ストールのようにしていた乳白色の布を手に取ると、形を変えた。
『そのローブは光の坊やの物でしょう?可愛い子にはちょっと大き過ぎるし、似合わないわ』
脱ぐように言われて困ったが、仕方がない。ポケットの地図とペンを出してから、ローブを脱いでボディバッグも置くと、あっという間に乳白色のローブを着せられていた。サイズは袖丈までピッタリだ。
待って、乳白色って目立ち過ぎない?
「‥‥‥えっと」
『ああ、そうね。残念だけど、私の色は可愛い子には目立つわね』
考え込む妖精のお姉さんの側に微精霊が集まってきた。何やら相談している。そろそろ帰りたい。
『そうね、そうしましょう』
お姉さんの手には、けっこうな大きさの煙水晶があった。どこから出て来て、それをどうするのか?と見ていたら、パァンと砕けて粉のようになった。わぁ、勿体ない‥‥‥と思っていたら、その粉がアンバーに向かって広がった。
『さあ、これでいいわ。可愛い子、もうお帰りなさい』
後で聞いた話だが、あの草地には腰掛岩などないらしい。
夕方になると他の冒険者も戻って来ていて、数人が受付に並んでいた。見かけない顔のアンバーに視線が集まったが、今は気にしていられない。
奥の広間のカウンターの中に、先程には居なかったタンクトップにエプロン姿のマッチョなギルド員がいた。同じ人間が二人に見えるのは、疲れているからだろう。広間は素材になる魔物の部位の査定と買い取りをする場所のようだ。
挨拶は‥‥‥明日にさせてもらおう。
「なぁ、数日前の人身売買組織の一斉捕縛に、アレンたちが行ったろ?」
後ろの冒険者の会話にアレンの名が出たので耳を欹てる。
「ああ、騎士団の協力要請な」
「アレンが向かった組織の拠点の一つは、貴族の別荘だったらしいぞ」
「マジかよ。そんなのよく見つけたな?」
あの地下室、貴族の別荘だったんだ。
「それでな‥‥‥」
少し声が小さくなった。
「騎士団が調べ終わって引き上げた後で、誰も居ない別荘が跡形もなく吹っ飛んだらしい」
「‥‥‥何だそれ、事故か?」
「‥‥‥いや、たぶん」
アレンじゃね? 元・勇者様だし。
「アンバー様、どうぞ」
順番が回ってきた。
「ケイトちゃん、ただいま」
「お帰りなさいませ。‥‥‥‥随分とお疲れのようです。代表室は二階にありますので、ギルマスに声をかけて少し休まれては‥‥‥?」
「うん、そうする。すっごく疲れた。ケイトちゃん、回復草と毒消し草を預けてもいい?」
「もちろんです。では、お預かりしますね」
フラフラと階段を上ると、廊下の奥に代表室があった。ノックをする前に扉が開く。アンバーの姿に、ディルクは目を丸くした。
あ、今は、煙草は咥えていないんだな‥‥‥。
「ただいまぁ」
「‥‥‥おかえり」
妖精と別れた後に、急に体力の限界がきた。ヘロヘロだったが、途中で偶然にも上・回復草を見つけた。周りを見てもこの一株しかないようなので、葉を一枚だけもらい、口に入れて噛んだ。微精霊たちがもっと口に入れろとばかりに上・回復草を揺らすが、たった一株しかないし勿体ないので遠慮した。それでも、何とかギルドまで無事に戻って来れたのだ。
「どうだった?初めての冒険は」
「‥‥‥うーん。腹減ったのに、腹いっぱいな感じ?」
「どっちだ」
笑ったディルクの顔になぜか安心して、その胸に顔を埋めるようにアンバーが倒れ込む。
「‥‥‥っ」
「‥‥‥」
「アンバー?」
「‥‥‥」
返事はないが、息遣いは聞こえる。立ったまま眠ってしまった。ディルクは溜息を吐いて、アンバーをそっと抱き上げた。
「‥‥‥軽いな。もっと食わせないと」
アンバーのローブが別の物になっている。この上質なローブからは、魔力とは別の力を感じる。
「後でちゃんと何があったか聞かせてくれよ」
代表室のソファーに寝かせて、泥のように眠るアンバーの髪に触れる。艷やかな鉄紺の前髪から露わになった白い額に、唇を寄せた。
デスクに戻ったディルクは、途中だった依頼書の仕分けを始める。相変わらずA級冒険者アレンは人気で、依頼料が高額でもアレンのパーティーを指定してくる貴族や商人が後を絶たない。
そのアレンを避ける奴もいるが。
ソファーで口を開けて寝ているアンバーの危機感のなさに呆れた。仕分けが済んだ依頼書に手を伸ばそうとして、ピタリと止まった。
‥‥‥‥‥‥ん?
「ちょっと待て‥‥‥俺は、さっき何をした?」
再びアンバーの白い額を見てしまえば、激しい心臓の鼓動。
顔が、燃えるように熱い。
なぜ、あんなことをしたのか。自分で自分がわからなくて、ディルクは灰褐色の髪を掻き乱した。
―――――――――――――――――――――――――――
「‥‥‥遅かったね。どうしたんだ?」
「ええ、ちょっと。不要なモノを流‥‥‥、片付けに」
「川に?」
「‥‥‥わかっているなら訊かないでください」
「キミがしなくても‥‥‥僕が」
「いいえ、私のこの数ヶ月のストレスを、小舟で流しただけですから」
「ひん剥いたのも、ストレスで?」
「趣味でも変態でもありませんよ。もしも小舟が沈んだら、遺族に服だけでも返して差し上げようかと」
「キミは、恐ろしい男だ」
「ふふっ。でも、そんなところを気に入って、一緒にいるのでしょう?」
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揺れている。
車の助手席で眠ってしまったか。
「‥‥‥お父さん、今どこ?」
「誰がお父さんだ」
近くに仏頂面の男の顔があり、ギョッとした。
「ぅわっ、ギルマス?!」
「こら、暴れるな。すぐ下ろしてやるから」
横抱きに運ばれていたところだった。ギルドの階段だと気付いて、危ないので言う通りにした。三階の廊下でアンバーは下ろされた。
「お前さんが代表室に来てすぐに倒れ込んだから、しばらくソファーで寝かせてたんだが、ちっとも起きないから部屋に運ぶところだった」
「‥‥‥ご、ごめん」
恥ずかしい。寝惚けて「お父さん」と呼んでしまった。
「‥‥‥」
三階は完全に住居のみで、ディルクが扉の鍵を開けた。真っ暗な部屋に室内灯がついた。八畳くらいはありそうなダイニングキッチンだ。
「悪いが、朝のままだ。掃除は時々コーディがしてくれる」
コーディ?‥‥‥恋人かな?
ディルクがポットの蓋を取ろうとして、床に落とした。アンバーが拾って渡す。
「オレ、本当にここに住んでもいいの?」
「‥‥‥お前さんが嫌だと思うまで、居ていい」
ディルクは落とした蓋を水洗いして、ポットに水を入れると、魔石式のコンロで湯を沸かし始めた。
朝のままと言ったのは、流しにある洗っていない食器のことのようだ。ギルマスは忙しいから、もっと酷い汚部屋を想像していた。
「トイレはそこ、隣が洗面所とシャワー室、部屋はこっちだ」
「‥‥‥」
気のせいか、起きてから全く目が合わない。初日に代表室のソファーで爆睡する新人冒険者に呆れてしまったか。
狭いから期待するなよと言われてから案内された部屋は、ベッド・サイドテーブル・備え付けのクローゼットがあるだけの、四畳半くらいの寝室だった。
ベッドにはかわいい青の小花柄のカバーがかけられていた。どうして花柄なのかは触れなかった。ディルクではなく、コーディという人が選んだのかもしれないからだ。
「このくらいの部屋が落ち着くよ」
「‥‥‥そうか。普段はダイニングキッチンを好きに使え。無駄に広いルーフバルコニーは職員も利用するが、テーブルとベンチもある。夜は一人では出るなよ。ほら、鍵だ」
古そうな鍵を投げ渡された。
「‥‥‥っと」
「落とすなよ」
「だったら投げるなよ」
これは、真鍮のウォード錠というやつだ。煙水晶が付いているので、ただの鍵ではなさそうだ。
「空っぽだから、魔力を流し入れろ。お前さんだけの鍵になる」
「‥‥‥あ、ありがとう!」
一応は信用してくれている、ということだろうか?
「そろそろ湯が沸くから、茶を飲んで一息入れたら、食事にするか」
「手伝うことある?」
生活魔法レベルの洗浄魔法なら、ステータス画面を見た時にあったし、前世で簡単な自炊していたから多少の家事ならば出来る。ディルクは少し驚いた顔でアンバーを見た。
「‥‥‥では、そこの食器洗いを頼めるか?」
「任せろ」
ふん、やっとこっち見たな。
食品収納庫から、しっかりとした料理が、まあ出るわ出るわ。
生ハムとチーズのサラダは大きなボウルで、ベーコンのトマトソーススパゲッティとポテトグラタンも大皿だった。全部美味いが、腹はもう限界だ。
「もう食べられない‥‥‥このサラダは残していい?」
「ああ、思ったよりよく食べたな。残りは朝食にバゲットサンドにするから問題ない」
「それ、とっても美味そう‥‥‥」
昼前に食べたサンドイッチはディルクが作ったそうだ。食えれば何でもいいとか言いそうな感じなのに、食にこだわりがあるのか。
「それにしても、食品収納庫には随分とたくさん料理があるんだな。全部をギルマスが作ってないよな?」
「近くの食堂からもらってる。今日はスパゲッティとグラタンだ。美味かったろ?お前さんが冒険に行っている間に店主や女将らが持って来たんだ」
このギルドには酒場と食堂がないので、近隣の飲食店は冒険者が流れて、活気がある。
ギルドは、冒険者によって持ち込まれた魔物の肉や食材を買い取って、大型食品収納庫に入れておく。在庫状況を掲示板に貼り出し、街の人々や冒険者に格安で売る。
広い解体場を提供したり、欲しい食材探しを引き受けたり、料理を分けてもらったり、近隣の店とは持ちつ持たれつの関係だ。
「へぇ‥‥‥そっか。オレ、いい街に来たんだな」
「‥‥‥そう思うなら、アレンに感謝しろよ」
「う、うん」
別にアレンが嫌いなのではない。あの距離感が苦手なだけだ。眩しく慈しむような瞳は【神の目】だからなのか。最初からそんな感じでアンバーを見ていた。
アレンの経歴はスゴイ。
二十代前半のあの若さで、元・騎士で元・勇者だった。
国王に、魔王を倒した褒美は何か良いかと聞かれ、「自由になること」と答えたそうだ。「王女と結婚したい」と言うと思っていた王国は、それはそれは大騒ぎだったそうな。
と、パーティーの白魔法使いのお兄さんが言っていた。名前は‥‥‥そう、フェリクスだ。アレンがアンバーから離れた時にちょっとしたトラブルがあり、それからは必ず側にいてくれて、物静かだが、親切で優しい人だった。
「‥‥‥もしも、アレンのパーティーに誘われたら、お前さんはどうする?」
ディルクはいつの間にか煙草を咥えていた。濃くはなく薄っすらとダイニングに煙が広がる。不思議な煙だ。前世のタバコとは全く違う。魔力と香草とディルクの匂いに包まれる。やはり魔法道具なんだなと、頬杖をついて見ていたアンバーは、ディルクの問いに答えた。
「そりゃ、もちろん断るよ。でもきっと誘われない。だってオレ、仲間の女の子たちに嫌われているからな」
アレンに惚れてる女は多い。だからこそ、アレンは仲間の誰とでも出来るだけ平等に接するし、優しいが、特定の恋人は作らないように見せていた。トラブルになりそうな気配がすると、アレンはいきなりパーティーを解散する。
ただ、あの白魔法使いのフェリクスだけは、良い距離感のようなので付き合いは長い。
「パーティーを解散するから、仲間になってくれと言われたら?」
「目が潰れるのでお断りします」
「お前さんから見るアレンが、途轍もない発光体なのがよくわかった」
アレンを眩しいと感じるのは魔力が多い証拠だ。普通の人間には オーラがスゴイ超絶イケメン なのだから。
アンバーの魔力量は相当なのだろう。〘ギフト〙の【自己管理】が気になるところだ。
「ねぇ、この食器も洗っちゃうよ。食器洗い乾燥機のイメージだけど、温かい風で乾かすってのが難しいんだよなー。練習しないと」
「洗うだけで十分だ。今日はもう無理するな」
「うん」
十時になるので、ディルクは一階へ行ってギルド員たちとミーティングだ。十一時になったらギルドを閉める。ここに住むディルクの役目だ。
「シャワーが済んだら先に寝ていていいぞ」
「んー‥‥‥、待ってちゃダメ?」
「‥‥‥話なら、明日も聞く」
咥えていた煙草を手に取って煙をふうっと吐くと、濃くなった。ディルクの魔力でいっぱいになる。
「ここは安全だ。ゆっくりシャワーを浴びるといい。脱衣所に着替えが置いてある」
「‥‥‥わかったよ」
ディルクの魔力は心地良いけど、そんなに眠くないんだけどな。
大きな手が伸びてきて、アンバーの鉄紺の髪をやや乱暴に掻き乱す。
「ベッドに入るだけでもいい。今日の出来事を思い出して、明日の冒険を考えていたら、そのうち眠くなるかもしれない」
「‥‥‥ん、そうだね。そうする」
納得したようなので、ディルクは扉を出ると鍵をかけた。普段はここまでしないが、二階の廊下を自分の煙で満たすことも忘れなかった。
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