01.アンバーとディルク
Tadaです。
三作目の新連載です。
どうぞよろしくお願い致します。
「冒険者登録に金貨一枚、ギルドカード発行料が銀貨五枚だ」
それから、購入したばかりの魔法鞄を持ち主登録して、このギルド所属の証となる魔石付きのピンバッジの取り付けに、銀貨五枚。
「ピンバッジ本体は、今なら冒険者登録応援期間で、なんと無料だ。良かったな」
冒険者ギルド【煙水晶】の受付で支払うのは、合わせて金貨二枚だ。
「‥‥‥どうも」
受付カウンターに煙が広がる。このギルドでは、煙草を吸いながら受付の仕事が出来るらしい。
まあ、匂いは香草のようで悪くないし、ただ吸っているのではなく、何かしらの魔力を感じるから、この男の能力が煙に関係するものなのだろう。
魔力を抑えている気がする。受付が元高ランク冒険者なのはお約束なので、別におかしくはない。
男の癖のある髪も瞳の色もギルドの名と同じ、煙水晶のような灰褐色だ。背が高くて逞しい体は、自分とは正反対だった。
「はい、金貨二枚ね」
「‥‥‥」
濃紺のローブから白く細い右手が出てきて、男は目を瞠った。
「‥‥‥お前さんの登録名は?」
「アンバー」
「アンバー?」
煙草を持つ方の手で、ローブのフードを少し捲られた。アンバーの鉄紺の伸びた前髪から見えた瞳の色で、受付の男は納得する。
「‥‥‥勝手に触るなよ」
「なるほど、確かに琥珀だな」
無精髭の受付の男は、アンバーのフードから手を離すと、煙草を咥えてギルドカードにアンバーの名前を登録した。
「歳は?」
「十七」
どうせ、そうは見えないって言うんだろうな。別に何歳に思われてもいいけど、冒険者って十三歳以上であればなれるんだよな?
「十七歳だな」
「あ、うん」
もっと追求されるかと思ったアンバーは、肩透かしを食らった。
「戻りましたぁ」
「おう」
カウンター奥から胡桃色の癖のあるショートボブの女性が、煙草男と交代して受付に立った。大きな丸眼鏡が印象的だ。角度のせいか、眼鏡のレンズが光って彼女の目が見えない。
「受付のケイトです。‥‥‥アンバー様ですね。ようこそ冒険者ギルド【煙水晶】へ。まだ登録中でしたか?」
「ピンバッチと認証機もまだだ。アンバー、こっちへ来い。ケイト、応接室を使うぞ」
「はい、代表」
‥‥‥‥‥‥ん?
「アンタ、ギルマスだったの?」
「ん?‥‥‥ああ、言ってなかったか」
ケイトが小さく溜息を吐いた。どうせなんの説明もしていないままだろうと判断する。
「アンバー様。応接室でギルマスがあなたの魔法鞄にこのギルドの冒険者の証になるピンバッジを付けますので、終わりましたらまた受付に戻ってきていただけますか?」
「わかった。お姉さんは親切だね。どうもありがとう」
ケイトは少し驚いた顔をしたが「どういたしまして」と微笑んだ。
「最初から、あの可愛らしいお姉さんだったら良かったのに」
「‥‥‥何だ、好みか?」
「まあ、アンタよりは好印象だな」
「ははっ」
背が高く体格の良いこの男が、まさかギルドマスターだとは。顔など知らないし、正直言って、アンバーはまだこの街のこともよく知らない。
買いに行った魔法道具屋には、黒・茶・紺・灰色の魔法鞄しかなかった。近くのギルドが【煙水晶】なので、ピンバッジが目立たなくなる色の魔法鞄を敢えて置いているようだった。
どうしてか店主に聞くと、ギルド所属の証は本来は目立たせるための物ではないらしい。決まりはないが、初心者は他のギルドや先輩から虐められないよう派手にしない方が身のためだ、ということだ。
アンバーが買ったのは、一番安い灰色のシンプルなボディバッグだ。まだ未使用で体にフィットするため、大きいサイズのローブの下に斜め掛けしている。
応接室に入ると、扉は完全には閉められなかった。静音効果の魔法道具があるので、外には何かを話しているくらいにしか聞こえないのだそうだ。
座るよう言われた位置から、扉の隙間で受付のケイトが見える。初心者を怖がらせないためだろう。
「俺は、ギルドマスターのディルクだ」
「どうも」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「脱げ」
「変態」
「馬鹿か。ローブを脱げ。魔法鞄はその中だろう?」
「‥‥‥」
アンバーは立ち上がって、ローブの袖から腕を引っ込めて中でゴソゴソと動いた。すると下からズルッとボディバッグが床に落ちた。ローブが大きいからこそ出来るやり方で、ディルクはその様子に呆れた。
「そこまでするか‥‥‥。脱げない理由でもあるのか?」
「‥‥‥」
「お前さんがどんな服を着ていようが、俺は気にしないが‥‥‥」
たぶん、な。
アンバーはムッとしたが、冷静に考えれば、応接室にまで案内されておいて、代表の前でフードを被ったままローブを脱がないのは、信用していないと言っているのと同じで、失礼だなと思った。アンバーは渋々といった顔でローブを脱いだ。
アンバーの服は、白い簡素な薄い生地のワンピースだった。艷やかな鉄紺の髪は、前髪が目に掛かるほど伸びてしまっていて、襟足も鎖骨のあたりまであった。体は細く肌は白いため、琥珀の大きな瞳が異様に目立っていた。
まるで細身の猫のようだ。それにしてもこれが服か? ‥‥‥酷いものだ。これではまるで、男娼か奴隷じゃないか。
ディルクの中でフツフツと怒りが湧く。アンバーが着ているローブはアレンの物だ。彼がローブを渡す理由がわかるし、自分でもきっとそうしていただろう。
「‥‥‥なぜ、先に服を買わなかった?」
「‥‥‥」
ここに来るまでに買ったのは、初心者用の魔法鞄と中古のブーツだけだった。この濃紺のローブは借り物だ。
ボディバッグをローテーブルに置くと、不機嫌そうにソファーに座った。
「ダンマリか?‥‥‥なぁ、アンバー。お前さんは三日間どこで何をしていた?」
「チッ」
「舌打ちとは態度が悪いな。ほら、これに魔力を流せ」
ディルクから煙水晶が付いたピンバッジを渡されたので、アンバーは右手で握って魔力を流してみた。上手くいったようだ。
これを、ギルマスのディルクがボディバッグに付け固定したら、アンバーにしか使用できない魔法鞄になる。
「さあ、これでお前さんだけの魔法鞄になった」
「‥‥‥!」
アンバーは灰色のボディバッグを受け取ると、さっそくワンピースの上から斜め掛けにした。まだ入れる物が何もないが、楽しみになった。
「アレンのパーティーと別れた後はどうしていた?このギルドに行くよう言われていたはずだ」
「‥‥‥」
魔法鞄が使えるようになった嬉しい気分のままではいさせてくれないらしい。アンバーは脱いだローブを再び着たが、フードまでは被らなかった。
アレンとは、アンバーを保護したA級冒険者だ。金髪碧眼の、無駄にキラキラとした眩しい青年だった。
アンバーを連れてアレンたちがこのガレイルの街に入ると、彼らは領主に呼ばれいると聞かされた。二つの舌打ちが聞こえた気がしたが、顔見知りの門衛にアンバーを預け、そこで別れた。
「一昨日と昨日、アレンは仲間と別行動をしてまで、ここに何度か様子を見に来ていた。それでもお前が来ないから、諦めて仲間と合流して今日から王都に行っている」
「‥‥‥知ってる」
ディルクは目を丸くして、それから指を組んでアンバーを覗き込むように見た。
「アレンの仲間が、王都に行く予定を話しているのを聞いてたから、知ってる」
灰褐色の瞳は、煙水晶そのものに見える。無精髭の顔だがよく見るとなかなか整った顔をしていて、今は少し怒っている。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
ディルクは目を閉じて、深呼吸したようだ。
「つまり、お前さんは、わざわざ今日を選んで来たと?」
「‥‥‥あの人、苦手なんだよ」
よく観察したことにより、ディルクが咥えている煙草からは灰が落ちていないことに気が付いた。
「ね、その煙草って、もしかして魔法道具?」
「‥‥‥‥‥‥よく気が付いたな」
「ある程度までしか煙らないし、灰が全く落ちない」
ディルクが煙草を手に取りフーッと煙を吐くと、応接室の煙の濃度と、纏う魔力が上がった。再び煙草を咥えると、腕を組んでニヤッとする。
「確かに灰は落ちないが、この煙は俺が使う魔力量と俺の意志で自由に濃さが変えられる」
「ふぅん、不思議だな。靄の中にいるみたいだ」
「怖くないのか?」
「うん」
「‥‥‥そうか」
嫌な感じはしないし、体に害があるものではないとわかる。
「アンバー、これは【真偽】だ。お前さんが嘘を言えば、この煙が動くぞ」
「‥‥‥!」
つまり、嘘をついても無駄だということだ。
「まあ、だからダンマリなのが正解だ」
「‥‥‥それ、教えちゃダメなやつじゃね?」
呆れたアンバーに、ディルクは「その通り」と大笑いした。
ディルクは受付のケイトに、認証機はもう少し話を聞いてからにする事と、誰も応接室に入れるなと言った。厨房の食品収納庫から二人分のコーヒーとサンドイッチを用意すると、今度こそ応接室の扉を閉めた。
今朝は何も食べていなくて空腹だったアンバーは、サンドイッチに目を輝かせて、コーヒーの香りに口角を上げた。
食べ始めたアンバーが落ち着くまで、コーヒーを飲みながらディルクは黙って待った。
食品収納庫に作り置きしたサンドイッチもコーヒーを淹れたのもディルクで、アンバーが美味そうに食べる姿に、気を良くしていた。
腹が満たされると気持ちも落ち着くもので、アンバーは、秘めたもの全てを吐き出してしまいたくなった。
これでは食べ物に釣られたようになるが、頑なに誰にも頼らず生きていくつもりはなかった。
誰にも信じてもらえないような話でも、彼の煙が真実だと証明してくれる。
アンバーは飲み終わったマグカップを置くと、深呼吸をして、覚悟を決めた瞳でディルクに話し始めた。
「死んだはずなのに別の体で生きてて、でもオレはオレが誰なのかも知らないし、他に行く所もないし、前は女だったのに今は男だし、異世界だし、魔法が使えるし、アレンってキラキラしたイケメンは人の話を聞かないし、 僕のお姫様 とか言ってキモいし」
「おーおー、ちょっと待て」
ディルクが両手を広げ、アンバーの話を止めた。
「待て」
「‥‥‥」
オレは犬じゃないと言ったところで、もう餌付けされているのは事実だ。言う通りに待つことにした。
「お前さんが嘘をついてないってわかったから、頼む。一つずつ質問するから、な?」
「うん」
「それから、もっと食べるか?」
「えっ?‥‥‥いや、でも、えっと、もう腹いっぱい‥‥‥」
アンバーの周りの煙が動いて模様のようになった。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥甘い物が、食べたい‥‥‥かな」
フッと笑って立ち上がったディルクに頭を撫でられた。「待ってろ」と部屋を出て行くと、一人応接室に残されたアンバーの顔は、色々と恥ずかしくて真っ赤になっていた。
戻ったディルクが持ってきたのは、コーヒーのおかわりと、ナッツ入りのクッキー、濃厚なチョコレートのパウンドケーキだった。尻尾があったら振ってそうなほどアンバーは喜んで、ディルクの質問に食べながら答えた。
「まず、お前さんが死んだはずと言ったのは?」
「前世の自分」
「‥‥‥今の自分が誰なのか、わからない?」
「気が付いたら窓のない部屋のベッドにいた」
他にもアンバーと同じように白い服を着た子供たちが数人いた。外が騒がしくて「何の騒ぎ?」と聞いたら、「生き返った!」と青い顔で驚かれた。部屋の扉には鍵がかけられていた。
「監禁されてたっぽいんだけど、喉が乾いてたし腹も減ったし、他の子たちも随分と痩せていたから、何だかイラッとして扉を壊しちゃった」
ディルクが監禁のところで顔を顰めたが、「そうか」と言った。
「アレンから少し聞いただろうが‥‥‥そこは、人身売買組織の一室だ。騎士団からの協力要請で、そこにはアレンたちが行っていた。他の子供たちは、美しかったり珍しい種族ではなかったか?」
「あー‥‥‥確かに」
美人が多く、獣人や、耳が尖った子供もいたような気がした。
「お前さん以外は、生まれた国や親元に返されたり、教会や孤児院に保護された」
「オレはもう子供じゃないし、教会には行きたくないって言った。アレンもそれでいいって」
アレンがアンバーを連れて来た理由はそれか?
「女だったのは、前世か?」
「そうだよ。もう少しで二十歳だった」
「はたち?」
「歳だよ。死んだのが二十歳になる前だったんだ‥‥‥」
今のアンバーの方が少しだけ若いが、そう変わらない年齢だ。前世では二十歳が成人だったようで、この世界は十六歳が成人だと知った時は 自由と酒 がまず頭に浮かんだらしい。
「体が男になっていて、驚いたろうな?」
「驚くどころか完全にパニックだったよ。だって、有るはずの胸は無いし、股には付いてるんだからな」
「‥‥‥そ、そうだな」
最初は、アンバーを身勝手な男だと思っていた。
だが、こうして彼の話を聞けば、想像を遥かに超えた同情すべきものだった。ここに来るまで、今の話を誰にも言えなかったのだから。
「保護されてさ。高そうな小瓶の回復薬を飲んで、水と食料をもらって、少しだけ眠って、朝になって周りを見たらさ。‥‥‥ああ、夢じゃない。自分は、異世界に転生したんだって、受け入れた」
きっかけは、今のこの体が死にかけていたか、一度死んだのか、別の魂が入ったからなのか。
「前世には魔法なんてなかったんだよ。扉を壊したのがオレの魔法だったって、一緒に監禁されていた子に後で言われて知った。あ、オレさ、自分のステータスだけ見れて、状態異常も無効化できるみたいなんだけど、これって〘ギフト〙か何かかな?」
「なんだとっ?!」
間違いなく神からの〘ギフト〙だ。この世界の限られた者と異世界転生者・転移者は、もれなく〘ギフト〙が与えられると云われている。
「それ‥‥‥誰かに言ったか?」
「言ってないよ。でもアレンには、たぶん気付かれてるかも」
「そうだとしても仕方がない。それが‥‥‥アレンの〘ギフト〙だ」
「あのキラキラ?眩しくて目が潰れるかと思った」
「お前さんが言うキラキラは、魔力の高い者にしか見えない。俺には煙があるからアレンのキラキラをそれなりに抑えられる」
「‥‥‥いいなぁ、煙」
心の底から言っているようだ。気持ちはわかるが、アレンの光は神々しくて美しいと、同じ冒険者でも憧れる者が殆どだというのに‥‥‥。
「あ、もしかして、ギルマスの煙も〘ギフト〙?」
「‥‥‥まあな。それで、お前さんはアレンが苦手なんだったな?キラキラ以外でも苦手なのか?」
「オレのこと、男だと知っても女扱いするんだよ。後ろから お姫様 って囁いたり、別れ際なんて 僕のお姫様 って。引くわ」
引くな。
アレンは普段、そんな言葉を口にする男ではない。だが、アンバーは嘘を言っていない。つまり、ディルクも知らないアレンが存在するということで‥‥‥。
「アレンの〘ギフト〙は【神の目】だ。魂の色が視えるらしい。お前さんの前世の魂が今のその体にあるなら、アレンにはそれが視えて、お前さんを女と認識してるのかもしれないな」
「うわぁ‥‥‥」
アンバーが教会へ行きたくないのは 転生者 と知られて囲われるのを恐れてだろうし、アレンを避けるのも、アンバーの本能からだろう。
「それで、三日間もどこにいたって?」
「アレンからは、この大きいローブと、ギルドの登録料と当面の生活費で金貨三枚と銀貨二十枚を借りたから、この街に潜んでたよ。自分のステータス見たら認識阻害が出来るってわかったから、安宿を探して、食堂で一番安い料理食べながら、人の話を聞いて少しでもこの世界の情報を得たりしてた」
「‥‥‥逞しいな」
「そうか?あと、この世界に似たような小説‥‥‥物語がたくさんあって、読んだことがあるから、何となくこうすれば良いかな?って過ごしてた。宿では何というか、 オレ か ボク かで悩んだり、男っぽく見えるよう練習したり、この体にも、慣れたかったし‥‥‥」
後半はゴニョゴニョと声が小さくなった。その点については、ディルクも触れないでいるのが優しさだと思って聞き流した。だが、そのうち困って相談される気がしてならない。
「アレンのことだ。ローブも金も、本当はくれると言ったんじゃないか?」
「ああ、言ってた。けど、ちゃんと返すよ。靴は小さかったし破れてたから、中古でも丈夫そうなブーツを見つけて買った。それから、服よりも魔法鞄が欲しかった。冒険者になって稼いだら服は買えるし、なるべく早く借りた金も返したい。このローブは服を買うまで使わせてもらうけど」
「お前さんは、まずしっかり食って体力も筋力もつけろ。そうすれば、背も伸びて年相応に見えるまでになるし、遠出も出来るようになる」
「うぅ、確かに‥‥‥」
「服は、受付のケイトに相談してみろ。しばらく俺の所に来るか?このギルドの三階に住居がある」
「えっ?」
ディルクは言ってから後悔した。つい最近まで女だった記憶があるアンバーが、いきなり初対面の男と同居するのに戸惑うのは当然だ。それに、煙の能力を知れば、同居したいなどと思わないだろう。
息が詰まる。今までそんな言葉を、何度言われたことか‥‥‥。
「あー‥‥‥いや、悪い。普通に嫌だよな。無理なら飯だけ食いに来てもいい」
「別に嫌じゃない。すっごく助かる!」
ディルクは目を瞠って、「そうか」と言って目を逸らした。煙が動いていないことへの安堵と気恥ずかしさに、「なら、次は認証機とギルドカードだ」と、応接室の扉を全開にした。後ろに付いて来たアンバーは何だか嬉しそうに見えた。
受付では、ケイトが心配そうにして待っていたが、フードを被っていないアンバーの顔が見られたことで、喜んでいるようだった。
服の相談をすると、「弟のお古で良ければ、サイズが合いそうなのがあるので、明日持ってきます!」と、変に興奮していた。髪も明日切ってくれることになった。
アンバーが認証機に手を置いて魔力を流す。ケイトには色々と見られてしまうが、特に隠すことでもないかと思っていた。
「いや、ちょっと、〘ギフト〙二つとか、有り得ませんて‥‥‥」
引かれた。
ディルクが、今はまだ黙ってろ、とばかりにケイトに圧をかける。眼鏡っ娘が泣きそうだ。可哀想なことをした。
認証機に差し込まれた新品のギルドカードに、アンバーのデータが記録された。受け取ると、カードの表面に 冒険者 アンバー とあった。
「こ、これが、本物のギルドカード‥‥‥!」
アンバーは頬を上気させて興奮した。異世界でギルドカードを持った瞬間だ。
透明な五ミリくらいの厚いガラスのようなカードだが、もちろん簡単には割れない。認証機にカードを差し込んで、上の台に手を乗せる度に、冒険者のデータが上書きされる。カードの裏面を見ると、今のアンバーの簡略化されたデータかあった。
登録名 アンバー 十七歳
【煙水晶】のF級冒険者
魔力色・魔法属性
黄(地・知)・黒(美・陰)・白(治・浄)・青(水・風)
〘ギフト〙 有 【状態異常無効】【自己管理】
この【自己管理】が、自分のステータスが見られることなのだろう。他人のステータスも見られたら便利だが、チート過ぎるのもトラブルを呼ぶから良くないと、前世の記憶が教えてくれる。自己管理くらいがちょうどいい。
「ギルドカード裏のデータは、認証機では見られるが、カード自体には部分的にシークレットに出来る」
「そっか」
そうしないと、提示を求められたら個人情報ダダ漏れになるもんね。
「ギルドカードについてや、他にも知りたい事があれば俺が後で話すし、ケイトに聞け。俺はそろそろ上で仕事に戻るからな」
「あ、ありがとう。ギルマス」
ディルクは少し笑ってアンバーの頭を撫でると、奥の階段を上って行った。代表室は二階にあるそうだ。
ケイトに、ディルクの住居で世話になることを話したら、「ふぉう」と変な声を出した。ちょっと変わった娘さんかもしれない。
たぶん長い付き合いになるので、これから彼女をもっと観察してみよう。趣味はあった方がいいからな。
「さて、と。ケイトちゃんって呼んでもいい?」
「はい、お好きにお呼びください」
「E級になるには何をしたらいい?」
「昇級条件は、回復草二十本・毒消し草二十本・スライム二十匹です。魔物は倒すと魔石が落ちます。その魔石を持って来てください。素材になりそうな魔物の部位も買い取りますよ」
「スライムは?」
「死んだら溶けちゃうから無理ですね」
アンバーの灰色のボディバッグは初心者用の魔法鞄なので、そうたくさんは入らないから、部位ならば小さくて稼げる魔物を狙うしかない。魔石を集めよう。
「武器がないから、しばらくは魔法で何とかしなきゃな」
「武器ですか‥‥‥。それもちょっと弟に聞いてみましょう」
「ケイトちゃんの弟は、冒険者なの?」
「元・冒険者です。私と同じ、このギルドの受付ですよ。今日は残念ながら休みなんです」
「へぇ」
姉弟で受付とは仲が良さそうだ。明日会えるのか。
「ところで、ギルドっていつもこんなに静かなの?」
冒険者がいないのだ。アンバーのイメージでは、ギルドの酒場では冒険者が昼からエールを飲んで「うぇ~い!」だ。向こうに広間とカウンターテーブルがあるが、酒場でも食堂でもない。
「たぶん、うちのギルドが特殊なんですよ。ギルマスに聞いたら、きっと話してくれます」
困ったように笑うので、ケイトにはこれ以上聞くのを止めて、さっそく外に出ることにした。
「冒険者登録応援期間にご登録いただいた冒険者の方には、ピンバッジ本体無料の他に初回特典もあります。こちらは、薬草の絵と効能まで書かれた分布図です。更に裏側は、低級の魔物の生息地図になっています。そしてなんと、ガレイルの街の魔法道具職人が作った、ガレイルのペンも差し上げます!」
おおお、至れり尽くせりだ。
「ありがとう。いってきます」
「いってらっしゃいませ、アンバー様」
アレンがこっそり上等な回復薬を飲ませてくれたとはいえ、そんなに体力もないし、夕方までにはギルドに帰るつもりだ。
ギルドの中は認識阻害が無効化されるのが来た時に確認できているので、出るとすぐに路地に入り、自分に認識阻害魔法をかけた。
通りの店には外にまでテーブルと椅子があって、冒険者や夜勤明けの者たちがエールを飲みながら食事をしていた。ギルドに食堂など必要ないくらい、小さな店が何軒も並んでいた。屋台もある。食べ歩きも楽しいだろう。
「だが贅沢はお預けだ。服はもらえそうだし、まずは借りた金を返すために地道に稼ぐんだからな」
受付でもらった地図を確認して、一番近くに薬草がある草地に向かうため、アンバーは冒険者としての第一歩を踏み出した。
読んでいただきありがとうございます。
評価・いいね、ブクマ登録して頂けましたら、とても嬉しいです。