脱獄・前
――――起床。
目覚めは最悪な気分だ。
起き上がった身体を両手でペタペタと触る。
身体が在る。
「……斬られた」
呟き、此処は何処だと周りを見渡す。
暗い世界だ。
そう、これは初めて牢屋に連れて来られたような世界だ。
目が慣れる。
ここ牢屋だ。
つまり、なんだ。
今のは夢だった訳か……、そんなはずないか。
近くで寝転がっているイーグスを見る。
静かに寝息を立てている。
「――――なにしてんの、アンタ」
声の方に目線を向ける。
金髪の女が居た。
「……誰だお前」
「リューネよ、忘れんな馬鹿」
「あぁ、そんなやつ居たな。てっきり死んだかと思ったんだが」
「勝手に殺すな!」
元気なアフォを見る。
生きているな。
死んでもなお、こんなに元気な奴もいないだろう。
コイツは寝ているイーグスに膝枕をしていた。
その時に、あの世界に行かなかったのか。
「……昨日、お前は寝ているイーグスに触れたな?」
「は? 別にそんなこと」
「膝枕してただろうが、顔真っ赤にして」
「真っ赤にしてない! てかそれは一昨日よ!」
……ん?、そうか。
一昨日か、少し時間の感覚がズレているな。
たしかに一昨日だが、あの世界の所為で感覚が狂ったな。
「その時に異変はなかったか」
「…………何が言いたいのよ」
「いいから言えアフォ」
「アホ言うな! なんもなかったわよ馬鹿! 馬鹿!」
なぜ二回も言う。
まぁいい、何も無かったか……。
あの男、オリアスはオレを斬る前に何かを言っていた。
記憶を掘り起こす。
『もし寝ているイーグスを触った者が居たとして【夢想世界】に来た場合、違う魔力が混ざり苦しみ悶え死ぬのは目に見える。ジークのように魔力を操作する術を知らないとね』
魔力を操作。
確かに天才であるオレは今も尚、魔力をぐるぐると回しているが。
もしや、それか。
「おい、魔力の操作をできるか?」
アフォはオレの問い掛けに目を丸くした後、訝しげに睨む。
「……さっきから何が言いたいのよ。魔力なんか操作出来るはずないでしょ。この魔封じの枷が有るんだから」
少し、話が噛み合ってないな。
「アフォが、
オレは身体の中に有る魔力を操作できるのかと聞いているんだ」
再び目を丸くした後、アフォは真剣な顔で目を瞑った。
……なぜ目を瞑った。
理解出来ない行動に眉を顰めたのを自分でわかる。
「…………おいアフォ、何を――」
「――っさいわね! 今集中してんのよ!!」
目を瞑りながら怒られ、なんだコイツはと今度はオレが目を丸くした。
集中などせずとも魔力なんか操作できるだろ、待て。
まさか、出来ないのか?
……ありうる。
オレは天才だからできるだけであって、凡人は出来ないのか。
少し、衝撃を受けながらことが終わるまで待つことにする。
しばらくし、アフォは目を開けた。
聞く。
「できるのか」
「……できたわよ」
今できたのか、オレが五歳の頃からしてたモノを。
やばいな、不安になってきた。
こいつらを連れてどう脱出をしたら良いんだ。
「……で、何よ。こんなことしてなんの意味があるのよ」
「ん? あぁ、魔力が溜めれるだけだが?」
「何よ、そんなの大して役に……………………え?」
「だから、魔力を溜めれるだけだ。それがどうした」
どうするべきか。
一人二人なら戦力になるやつが居るだろうと考えていたが……、待て。まだ希望を捨ててはいけない。
双子の弟ガゼルは希望を持てないが、双子の兄ラーグは剣が使えるとか言っていたな。
よし、使える。
どっかのアフォと違って。
オレが蔑みの視線をアフォの向けると、真剣な顔でオレを見ていた。
「……ずっと前から思ってたけど、アンタなんなの」
理解できない。
唯の天才魔法使い(笑)と一度自己紹介をしたはずなんだが。
もう忘れたのか。
仕方ない。
「オレは唯のジーク。唯一無二のジークと――」
「――それはもう良いわよ!!」
本当に朝から元気がある奴だな。
もっとも牢屋だから朝か分からないんだがな。
ハハハ、牢屋冗句。
などとふざけていると、真面目な声色でアフォを話し出す。
「……この牢屋にやってきた時、アンタは獣の様な目で周囲を威圧していたし」
誰がやねん。それ気の所為です。
「【奴隷紋】を押し付けられた時は獣のように唸っていた」
何それ怖い。
心当たりがないこと言われ続ける。
黙って聞くことにする。
「ガゼルとラーグが話しかけようとした時なんか、無言で睨んでいたし」
だから睨んでないの。
それ見てるだけなの。
「たぶんみんな、アンタは人を殺したやつだと思ってる」
……殺してはないが、兄を殺そうとしたな。
その所為で捕まったんだが。
「……で、その子が来て」
イーグスを見るアフォ。
心配そうに、それでいて安心している顔だ。
なんだその顔、どうやってできるんだ。
見ていたらアフォはキッとオレを睨む。なんだよ。
「アンタは、人が変わったように周りへ話振るようになって、普通は知らない【魔女の森】のこととか知ってたり……今の魔力の操作も知ってたし――――普通じゃない」
絶句。
コイツ、【魔女の森】に住んでいた自分のことを普通じゃないって言いやがった。
不便な目を向ける。大変だなこいつも。
あぁ、勝手に強く生きてくれ。
「なによ」
「いやいいんだ、強く生きてくれ」
「ほんと”ムカつく”わね」
……ふっ。
心の中で笑ってしまうぐらい笑えた。
強く生きてんだな、コイツも。
”ムカつく”、か。
三日前の夜、イーグスの言葉を思い出す。
『――――”ムカつく”、じゃん、か。よわ、いじぶ、んに、泣く、じぶん、に。だか、ら、なかな、かった、の。おかしい、かな?』
思い出し、少し離れた場所に柵越しで座っているリューネは少し誇らしげに笑っている。
言えた、からだろう。
「……感化されたのか?」
「は? ……っ!? うっさいわね!」
当たりか。
だが良い、三日前の朝まで泣いてたやつが”ムカつく”の一言で顔から涙を消したのだから。
強くなってる。心が。
双子にしてもそうだ、泣かなくなった。
あぁ、ようやく頭が現実に戻ったような気分だ。
「折れるなよ」
一言発し、オレは立ち上がる。
しばらく身体は、立ち上がる、座る、寝転がる、としか動かしてなかった。
このままじゃ脱獄する時に走れないかもしれない。
軽く牢屋の中で走ることにする。
「…………なにしてんの」
アフォがアホなことを言う。
走っているだろうが。
円を書くように走り、次は逆に円を書くように走る。
疲れた。
汗が出てくる。
こんなもんか、走れるだけマシだ。
「……おいアフォ、走れ」
「はぁ? なんでよ、意味わかんないわ」
……意味すらわかってないだとっ!?
アフォだアフォだとばかり思っていたが心のどこかで信じていたのだ、【魔女の森】に住んでいたこともあって頭は回るだろうと。
だがこいつはホンモノのアホだったんだ。
「見下すな!」
アフォが叫ぶ。叫ぶ。
「なんで走らなきゃいけないのよ!」
溜息一つ。もう一つ。
「……アンタどうやったらそんなうざくなれるのよ」
待っても答えに辿りつかないため、言ってやる。
「――――脱獄するからだろうが、アフォ」
――四十三日目、昼食後。
今日も今日とてクソ不味い水を飲み干す。
ガゼル、ラーグ、イーグスが仲良く話している。
リューネは時々、オレを見ながら泥水を飲んでいた。
何か言いたげな顔だな。まぁ、気にしないが。
「――へぇ〜、ガゼルくんはやくしのお母さんが居たんだね〜」
「うん。イーグス君のお母さんはどんな人だったの?」
「ぼくのお母さんかぁ〜、どんな人だろ?」
「「っ」」
なにやら双子が驚いている。
あぁ、母親がいないことに驚いているのか。
アフォも目を大きくして驚いていやがる。
そこまで驚くことじゃないな。
夢の経験のお陰か、大抵のことでは驚かない自信がある。
「え、えっと、見たことないの……?」
まぁ知らないようだから見たことないだろうな。
「うーん、見たことはあるかなぁ」
あるんかい。
「あ、なんかね。紙の中に居たの」
……………………は?
――――――――――――は?
リューネを見る、よくわかってない感じだ。
確かに、紙の中に居たの、という情報から推測するのは難しいだろうな。
双子も理解していない顔だ。
知るはずもないだろう。
【ザーラスの遺産】の存在を。
遥か昔、世界が混沌に包まれていた時代。
たった一人だけ異質な若者が居た。
その若者の名がザーラスだ。
ザーラスは闘争が支配する世界でただ一人、魔具を作っていた。
ザーラスが作った魔具を【ザーラスの遺産】という。
歴史に埋もれた偉人なので、大多数の人が知らないだろう。
オレとて、クソ兄貴の存在がなければ知らなかった。
何を隠そう、クソ兄貴は【ザーラスの遺産】について研究していたのだ。
クソ兄貴が集めた様々な文献を隠れて見ていた。
一度、クソ兄貴が一枚の文献を落としたことが始まりだった。
【ザーラスの遺産】には。
人が空を飛べる魔具。
魔力を数値化する魔具。
装着すると魔力を勝手に消費し火が吹き続ける魔具。
だとか、様々な魔具がある。
その中で一つ、興味をひいたモノがあった。
見た光景を紙に写し出す魔具だ。
なぜ興味をひいたのか。
理由は一つ。
その【ザーラスの遺産】は137個作られたからだ。
つまり誰かが持っている可能性が高いのだ。
ちなみに実在するのは確認済みで、クソ兄貴が一つ持っている。
何処から持ってきたのかは知らない。
興味もないし、話しかけたくもなかったから。
つまり、イーグスの紙の中に居た、というのは【ザーラスの遺産】で紙に写し出されたものだろう。
確実性を高める為、質問する。
「イーグス、それは薄っぺらい紙だったか?」
突如会話に参加したオレにイーグスは戸惑いなく頷き、口を開く。
「うん、薄っぺらくてペラペラ〜ってしてるのだよ」
「そうか、綺麗に描かれてた絵だったか?」
「絵? ……じゃなかった気がするかも?」
「なら、紙の端と絵の間に隙間が空いていたか?」
「あ、そうそう! なんか白紙のところがあったよ!」
確定だ。
間違いなく【ザーラスの遺産】、”カムラ”だ。
素晴らしい、欲しい。
「よし、その紙を写した道具はイーグスの家に有るか?」
「道具? …………うーん、ないかな」
…………ええええええええええええ!
やだーほしいぃしい!!
「…………」
「どうしたのジーク、凄く悲しそうだね。悩みがあったらなんでも聞くよ!」
どん、と胸を叩くイーグスをみやり薄く笑みを返しておいた。
「……あぁ、さんきゅー。気にしないでくれ」
「そっか!」
「なんでもないわりには凄い顔だ…………」
「きっと何かあったんだろう、深く気にするな」
ガゼルとラーグが何か言っているが耳には入らなかった。
ふぅ、欲しかったなぁ……。
――――四十三日目、夜食後。
話し疲れたのか、イーグスはパンを食べてすぐに寝た。
一日観察して、オリアスの言ったことは本当だったと信じた。
オレを斬る前に言っていたことだ。
『イーグスは、【夢想世界】での出来事を現実で覚えてない』
見た限りでは覚えてなさそうだった。
純粋な性格のイーグスであれば、昨日は本当に驚いたよ!ぐらいは言うだろうしな。
後は、そう。
――――雰囲気が違う。
【夢想世界】のイーグスは元気がない。
無理をしているような、辛いような感じがする。
人は一日に七時間か九時間は睡眠を摂る。
大体、三分の一。
そしてイーグスは、オリアスの言葉通りなら。
――――現実世界での出来事を【夢想世界】で覚えいる。
五年前から【夢想世界】に行くようになったと聞いた。
五歳から十歳の間を【夢想世界】で過ごしているのだとしたら、【夢想世界】でイーグスの精神の年齢は十一歳から十二歳か。
なるほど、あちらのイーグスは少し落ち着いてる訳だ。
一人納得していると視線を感じた。
リューネだ。
オレは壁を背に、ガゼルとラーグを見る。
ガゼルがウトウトとし、ラーグが穏やかにガゼルを見ている。
いつもそうだ、ラーグはガゼルが寝入るまで寝ない。
ガゼルが寝て、しばらくして寝るのだ。
兄の勤めか、自分で決めたことかはいつか聞こう。
今日はラーグに話が有るので、ガゼルが寝るまで待つつもりだ。
数分が経ち、ガゼルは寝た。
なんともまぁ、気持ちよさそうな顔で寝ている。
弟の姿に笑みをこぼす兄。
兄というより良き父親みたいだな。
「……仲が良いな」
穏やかな顔をしていたラーグは、オレの突然の話しかけにピクリと肩が揺れ、信じられないモノ見るような顔でオレを見る。
そこまでの反応される心当たりはないが、話が進まないので話の主導権を握る。
「ラーグ――――”勇敢な神鳥を守って死にゆく鹿”の名」
「……っ」
とある童話【照らす神鳥】の登場人物である神鳥ガゼルと、何も持たない鹿ラーグ。
神が遣わした鳥であるガゼルは、虐められている鹿ガゼルを助けて共に旅をすることとなる。道中、様々なことが有るが今は割愛する。
最後の場面で神鳥は魔神が遣わした狼、魔狼フェンリルと戦う。魔狼は神鳥より遥かに大きく、大地と同じ大きさだった。
到底、敵うはずがない。
されど勇敢なる神鳥は果敢にも戦い、あと少しの所で傷を負う。身動きが取れず動けない神鳥、魔狼の尖爪が襲う。
そうして、
勇敢な神鳥を守って死にゆく鹿。
神鳥は最後の力で神の光を魔狼へ。
かくして、神鳥は世界を照らし続ける。
オレはこの物語が嫌いだ。
「なぁ、何も持たない鹿よ」
「…………なんだ」
苦虫を噛み潰したように顔を歪めるラーグに問う。
「――――共に生きたいと思わないか?」
「なにを……」
言っている、か。
オレは観察していた。
この四十三日を無駄にはしていない。
隙あれば仲間を作りたかった。
だが――――死んでしまう仲間は要らない。
オレが欲しいのは、生きたいと願う仲間だ。
「……物語の続きを教えてやる」
「は?」
「神鳥は世界に光をもたらした後、姿を消した」
「……いや、神鳥は世界を照らし続け――」
遮る。
「嘘だ、それとなく話を作っているだけだ。聞くがラーグ、お前は世界を照らし続ける鳥を見たことが有るか?」
「……いや、ないが」
たかが童話だ。
だが、その童話の通りに誇りある生き方をしようとしている男が居る。
このラーグという男は、何があってもガゼルを守る覚悟はある。
命を賭してでも。
なら、前提を覆そう。
「姿を消した神鳥は神の元に居た」
「……それはなぜだ」
「当然、世界を照らしてやった報酬を貰うためだ」
「ふっ、がめついな」
あぁ、なんともオレ好みの神鳥だ。
「先ず神鳥は何も持たない鹿を生き返らせろと言った」
「…………」
「なぜ生き返らせるのかと神は問う、神鳥は答える『救われて死なれたら気持ち悪い』と」
「なるほどな」
オレの趣旨がわかったらしい。
だが、新しい童話を続けさせてもらう。
「神は言う、命は一つだ。無くなればもう元に戻らないと」
「……むっ」
予想が覆された顔だ、ざまぁみろ。
この話は今考えたわけじゃない。
五歳から十歳まで、此処に来るまでに考えた話なのだから。
「神鳥は『そうか、なら過去に戻せ』と言った」
「……は、はは」
「神はこれを承諾、かくして神鳥は過去の自分に戻った」
「な、んだ、それは、くくっ」
あぁおかしな話。
自分で作っておきながら笑える話で、最高の物語だ。
「神鳥は虐められている鹿を見つけた」
「あぁ、それで」
「神鳥は叫んだ『立て』と『戦え』と」
「……そうか」
全てを理解したと、何も持たない鳥は続きを語り出す。
「おれは叫ぶ『生きたい』と、虐めをしていた奴らに体当たりをする。奴らは見た目倒しで大したことがなかった…………くくっ、最高に愉快な話だ」
あぁ、そうだ。
それでいい。
笑え、生きてることを実感しろ。
「あぁ、続きはわかるか?」
「そうだな、一緒に旅をして神鳥と勇敢な鹿は絆を深めていく。そして――――魔狼フェンリルを倒す」
わかってるじゃないか。
オレは童話【照らす神鳥】が嫌いだ。
何故ならば一番勇敢な鹿が死ぬのだから。
ならばと、神鳥と鹿が生き残る童話を自分で書いた。
そして見て、ようやく納得したんだ。
「……勇敢な鹿よ、その先を言ってみろ」
「ぬっ、先だと……」
まだ、其処は見えないか。
「何か忘れてないか、ほら。よく思い出してみろ」
「……待て、まさか有効なのか?」
「当然だ、過去に戻って魔狼を倒したのだから」
「くくくっ、最高だな。その話は」
まだわかっていないのか。
「その話は、じゃないんだ。これは勇敢な神鳥と勇敢な鹿の話だ」
「……あぁ、そうだな。そうだ、これはおれとガゼルの話だった」
理解した。
これでいい。
――――何度も言おう。
オレは四十三日も観察をしていた。
この双子を知っている。
まだ観察出来ていないことはこれから知ろう。
けれど、ラーグでさえ知らないことを一つ知っていると確実に言える。
それは視界の端で笑うガゼルのことだ。
ラーグが苦しそうにうなされる時、密かに目を開けて心配するガゼルをオレは知っている。
ラーグが寝るまで、寝たフリをしているガゼルのことも知っている。
笑う兄の横で密かに笑う弟がいた――――。




