フィンゼル街での出逢い・後
――――数歩離れた場所に居るリューネが【伝心】を飛ばす。
[異形よ!]
律儀に魔力の線を太くして伝えてきた。
しかし、なるほど。
リューネには”異形だと見抜く”力があるのか。
目前の白い外套を羽織っているやつは人族にしか見えない。【魔力視】を発動し、リューネより多い魔力に眉を顰める。
【異能】もあって魔力も多い。
だが人狼一体と同じ程度の魔力だ。
そこまで気負う必要は無いだろう。
周囲の人々がオレ達を見ている。
街に入った時から見られているのは気づいていた。
当然だ。
四十五人もの子供が一つの集団として歩いているのだから。
しかも一人一人、裸足だ。
服は洗って綺麗だが、異常な光景ではある。
好奇心、または不信感を揺さぶられ見られてもおかしくない。
だが、目前の男からの視線は解せない。
見下す目には、確かな敵意が有る。
恨みを買うようことは街に入って一度もしていない。
ならば過去に何かあったのか。
「……ゴミ、何者だ」
問いには答えず、嘲笑する。
「ハッ! 見上げられているのに見下されてる気分だぜ、
クソ貴族様が」
周りに響くように言い放つ男。
なぜ、オレのことを貴族だと知ってるのか。
疑問はあるが、今は気にしていられない。
今にも飛びかからんと目をギラつかせてる男の前で、悠長に考え事をするのは愚の骨頂。
真意を探る。
焔を纏わせている右手を向けながら問い掛ける。
「――――敵か?」
答えなど要らぬと、
男は右腰に差している剣を左手で抜く。
右手には氷を纏う大盾。
構えを見て気づく――――騎士だと。
仕掛けるのどちらかと、焔を滾らせる。
一歩前に出て、氷の翼を広げる。
皆を護るために広げた翼を見て、男の顔が歪む。
気に食わないものを見たように。
月光に照らされ、銀に光る剣が微かに動き――――魔力を焔に込めた。
「静まりなさい」
後ろから凛とした声と共に、頭へ暖かい手を置かれた。
即座に焔へ込めた魔力が拡散させる。
「街中で無闇に魔法を使うのは戦争の始まりです。速やかに魔法を消しなさい。もし消さないのなら、教会にこの子達を泊まらせません」
【紅蓮拳】解除、【魔力視】解除。
目前の男が顔を歪ませ、右後ろに立っているアニンネを睨んでいる。
後ろの女は臆さず、ピシャリと言葉を続ける。
「よく出来ました。それでは、ゼノグレイブも剣を納めてください。突如としてジークに剣を向けたのには何か理由があるのでしょう。ですが今は納めてください。何故ならば此処は街の中、人々に危害を加える可能性がある以上、ワタシは見過ごせません」
男は暫しオレとアニンネを交互に睨み、構えをとく。
剣を右腰に納め、大盾に纏わせていた氷を消す。
「えぇ、それでは。またお会いしましょうゼノグレイブ。ワタシはこの子達を教会の案内しますので、今はお話出来ません」
後ろで一礼し、アニンネは笑みを男に見せる。
男……ゼノグレイブは「けっ」と苛立った様に声を発す。
そして、背を見せ一度オレを睨んでから大きく足を開いて歩いていった。
静寂が流れ、アニンネが言う。
「行きますよ、ジーク」
男の後ろ姿を睨んで、静かに返事をする。
「……あぁ」
歩き、裏路地に入る。
数人がオレを不安そうに見ていた。
仕方なく不安そうにしているやつに【伝心】で[オレが護る]と伝えておく。
裏路地にはオレ達を見定めるような視線を向ける者達が何人も居た。
しかし手を出して来ない。
アニンネを見て、誰もが目をそらす。
あの女はいったい何をしたんだ。
心当たりはあるが、それしてもだ。
[ジーク君]
突如としてガゼルの声が頭に響く。
目配せすらなく【伝心】を使うとは、やはり才能の塊か。
【伝心】を発動をして返事をする。
[どうした]
[さっきの人、騎士だった]
その事か。
[あぁ、構えがそうだったな]
[気づいてたんだ]
[騎士を見る機会は幾らかあったからな]
伊達に貴族じゃなかった。
誕生祭が開かれた王城では何十人も騎士が居たからな。
[貴族だったのは薄々気づいてたけど……、あの人とは何かあったの?]
あれだけ大声で言われたら貴族だったとバレるか。
ふざけたやつだ、人様の過去を掘り起こしやがって。
[初対面だ、顔にも見覚えがない]
[……どうしてだろ]
[さてな]
テメェだな、そう言われた。
敵意のある声で思わず【紅蓮拳】を放った。
おかしなことばかりだな。
アイツはなんだったんだ。
ゼノグレイブと、アニンネは名前を呼んでいた。
有名なやつなんだろうか、本当にわからないことだらけでムカつくな。
[……そろそろ着いたみたいだね]
ガゼルに伝えられ、横長い建物を見る。
四角い建物で、真っ白だ。
他の建物と比べて目立つが、街並みにとけている。
[心真教会、か]
[ボクは初めて名前を聞いたけど、有名なの?]
あまり有名では無いかもしれない。
”白神教会”、”黒神教会”の二つが目立って心真教会を知らない者は多いだろう。
だが、心真教会の教祖の名は有名だ。。
なにせ、
[覚えておけ、ガゼル。心真教会の教祖は――――]
――――英雄の子だ。
教会の中へ、最後に入る。
中には横長い椅子が数え切れないほど並んでいて、椅子の方向には祭壇らしきものがある。
古臭い内装だ。
あまり人が来ないのは聞かなくてもわかる。
アニンネが皆と向き合い、響く高い声を届けてくる。
「此処は心真教会、真なる心と向き合う場所です。此処には神は居ません。祈ることなどせず、自らと向き合うのです」
神など居ないと提唱する心真教会は、神は居ると提唱する他の教会から忌み嫌われている。
しかし、オレが住んでいた場所にも心真教会は有った。
民からは人気があるんだろう。
アニンネの前に居るイーグスが手を挙げて大きな声を出す。
「はい!!」
「……イーグス、どうしたんですか?」
穏やかな顔を見せるアニンネに、イーグスはそもそもの話といった感じに大きな声を出す。
「かみってなんですか!!!」
……流石イーグスさん、もはや意味がわからない。
どこの街、村だって神の存在はあるはずなんだがなぁ。
ほんとイーグスさんは何処から来たんだろうか。まじ謎。
穏やかに顔を固まらせているアニンネは、言葉をしばらく発しなかった。
助け舟を出してやる。
[イーグス、今は静かにしてろ]
「わぁ! ジークの声……、うん! 静かにします!」
目配せしてくるイーグスに軽く頷いておく。
アニンネは表情を変えず、気を取り直したように話し出す。
「そうですか……はい、では。貴方達には此処で住んでいただきます。心配せずとも此処に人は来ません」
なんでこの教会建ってんだよ。
金はどっから来るんだ。
「ですが、貴方達が住むにあたって三つだけ条件があります」
……うん?
コイツ無償でって言ったよな。
いまさら何言ってんだ。
しかも三つもかよ、がめついやつ。
「一つは此処の掃除です、毎日綺麗にしてください」
まぁ、それは仕方ない。
汚いところで住みたくないからな。
何人かのまぁ、という感じで頷いている。
「二つ目。食材は用意しますので、貴方達で料理をしてください」
ふむ、妥当だな。
問題は無い。
森でもそうしてきたから、皆もできるだろう。
「最後に……、この街は危険が潜むので――――ワタシに勝つまで教会から出ることを許しません」
…………なに?
穏やかな顔のアニンネを見る。
聞き間違いか?
オレは口を開く。
「……すまん、もう一度言ってくれ」
「ワタシが参りましたと言うまで、此処から出ることを許しません」
…………何言ってんだこいつ。
だが、待てよ。
アニンネの体格は細身だが、背筋が真っ直ぐとなっており確かに強者の風格がある。
もしかしてアニンネは、武術が使えるのか?
質問する。
「魔法は有りか?」
「存分にどうぞ。ですが此処を汚したらちゃんと自分で掃除をしてください」
あぁ、うん、まぁ。
「…………アニンネは、強いのか?」
「何を持って強いとするのかは不明ですが、ワタシの心は世界で一番強いです」
あ、そう。
よし、今からやるか。
「手合わせいいか?」
「わかりました、貴方達は下がりなさい」
隅に避ける皆を一瞥し、アニンネを見る。
腰を動かさず、左足を後ろに右足を前へ。
右手を前に出し、左手を顔の前に添えた。
なるほど、様になっている。
武術を使えるんだろうな。
「なんか凄い格好いい!!」
イーグスが叫んでいる。
たしかに格好いいかもしれない。
オレも見よう見真似でやってみる。
右手を前に、左手を顔の前へ。
案外、様になってるかもしれない。
「わぁ! ジークも格好いいのできるんだ! 凄い!」
褒められた。嬉しい。
「……見様見真似にしては形にハマってますね」
めっちゃ褒められるやん。
お前ら、嬉しいじゃねぇか。
「合図はどうする?」
「好きにどうぞ。もう始まっていると思っても良いですよ」
あ、まじか。
これ勝ったな。
右手から魔力を放出し、アニンネの後ろまで届かせる。
数秒、操作に時間がかかったが――終わりだ。
「おい、もう勝負はついてるぞ」
「…………はい?」
気づいていないアニンネに、指を向ける。
アニンネはゆっくりと頭を動かし、氷の剣を見た。
「悪いが恩人の首を切る趣味は無いんだ、降参してくれ」
「………………………………参りました」
遠隔で氷の剣を拡散させる。
イーグスが微妙な顔で言った。
「……なんか違う」
勝てば良いんだ。
アニンネが強敵を見るようにオレへ視線を向けて呟く。
「なるほど、構えをとったのは見せかけで意表を突く為ですか」
そして、笑みを深ませ言ってきた。
「――――では、ジークは教会から出ていってください」
ムカついてんじゃねぇか。
この後、何とか謝ってしばらく住ませてもらえることになった。
――――フィンゼル街・裏路地。
食材を運ぶ為、アニンネの隣を歩く。
皆は教会で待っている。
あれからアニンネに勝負を仕掛ける者はいなかった。
勝ったら追い出されるからな。
「ジーク、聞きますがその口元に有る布は何を隠しているんですか」
「イーグスと同じで火傷を隠すモノだ。人によっては不快になるからな」
嘘は言ってない。
【奴隷紋】は火傷痕だからな。
「教会の中では外しなさい」
「それはダメだ、皆があの時の記憶を思い出すからな」
「……なるほど、そういうことにします」
やっぱり、嘘だとわかっているのか。
だが【奴隷紋】を押されているとは思わないだろうな。
「並ならぬ事情があるのは見て取れますので、深くは聞かないことにします。ですが、貴方達が自分から言える勇気を持てたら必ず言ってください。ワタシが全力で障害をなぎ払います」
……良い奴だな。
いい加減、真実を定かにするか。
「いつか皆が勇気を持てたら、その時は頼む――――英雄の子アニンネ」
返答は静かなモノだった。
何かを堪えるように、口はゆっくりと動いたんだ。
「……えぇ、任せてください」
否定はなく、その一言が答えだと教えてくれた。
宣言通り、アニンネは障害を薙ぎ払ってくれるだろう。
かつて奴隷制度撤廃を提唱した英雄の子供。
二十三年前に英雄から産まれた子の名はアニンネ。
英雄が亡くなった八年前に、心真教を広め始める。
英雄に救われた者は多く、様々な人が支援した。
英雄の子は幼少の頃より神の存在を信じていたという。
なのになぜ、神を否定する教会を設立したのか。
真相は誰にもわからない。
しかし、説を唱えることは出来た。
英雄を救えない神など要らないからじゃないか、と。
誰にも、真実はわからない。
奴隷と多く関わっていたオレは、アニンネという人物をよく知っていた。
名前を聞いて、即座に勘づいた。
だからこそ、わからない。
なぜ、アニンネはこの街に居るんだろうか。
――――フィンゼル街・心真教会。
皆が目を輝かせる。
目の前には積み上げられた肉と野菜の数々。
イーグスとラーグは涎を垂らしながら食材を見ている。
はしたない奴らだ。
リューネとハクキは野菜を手に取り、新鮮な物だと頷く。
ガゼルとヤトが肉を見て、どのように調理するか話し合っている。
セレス・カイゼルはオレの横にさも当たり前のように立っていた。なんだろう、近いんで離れて貰っていいですか?
長い薄紅色の髪をオレの右肩に当てながら聞いてくる。
「ジーク様は……、大人の女性が好きなのですか?」
「知るか」
「わたくしはジーク様が好きです」
「質問などしていない」
鬱陶しい。
「何か用か」
「ジーク様の横に居たくて……」
オレの何がお前を奮い立たせるんだと問い質したい。
まともな答えが帰ってきそうにないので何も言わないことにする。
「それにしても、ゼノグレイブという冒険者はどうしてジーク様が貴族だと知っているんでしょうか」
「……さてな」
本当に心当たりがない。
「三年ほど前に天才児としてジーク様は有名でしたが、容姿が表沙汰になっていないですわね。つまり、ジーク様のことを知る者など数少ない筈です」
……確かに一時期天才児として名を馳せていたが。
顔を合わせた者など、同じ”十大貴族”と王、騎士ぐらいだ。
貴族で異形などは聞いたことがない。
となると、騎士の可能性が出てくるが……それは無い。
オレは”一度見た顔を忘れない”のだから。
「そうだな」
「ますます謎ですわ」
思案げな顔をするセレスを見る。
右頬がくっつきそうな距離だ。
なぜこんなにも近い。
「離れろ」
「…………謎ですわね」
聞こえてないフリすんな。
鬱陶しいのでオレから離れる。
「ああぁ……っ!?」
どっから出したかわからない高い声を無視し、教会の扉まで歩く。
扉の前に居るアニンネが穏やかな顔を見せてくる。
「お出かけならご飯を食べてからにしてください。もしも今から教会を出るなら今日はご飯を無しにします」
投げられた言葉に暫し考え、別にいいかと結論を出す。
【伝心】を発動し、リューネに伝える。
[今日はお前が護れ。オレは外で情報収集してくる]
[……いきなりすんな。てかなんの情報収集よ]
睨まれる。怖い。
[アフォが、この街についてだろうが]
[馬鹿が、子供がどうやって情報収集なんか出来んのよ]
[オレならば可能だ]
[…………わかったわよ。別にアンタに言われなくても、みんなは護るわ]
それもそうか。
【伝心】を解除し、アニンネの横を通り過ぎる。
「お金もなく何処で食べるつもりですか」
「金がなくとも食事はできる」
「……食い逃げですか」
何故だ。
食い逃げするような顔にでも見えるってか。
ふざけやがって。
「食い逃げなどするか」
「なら良いです。呉々も欲に屈していけませんよ」
「……あぁ」
「返事が遅いですね。つまり欲に屈するということですか」
なんだこいつ煩いな。
そう思いながら、無視して扉を開いた。
――――フィンゼル街・路地裏。
整備されてないごたついた道を歩く。
夜だというのに外で寝ている者たちを見る。
浮浪者だというのはわかるが、痩せこけたやつは居ない。
王国では孤児に浮浪者が数え切れないほどいたが、全員が痩せこけていた。
一つ頷く。
おそらく金目当てでアニンネを襲った者も何人かいるはずだ。
そしてアニンネにボコボコにされて怯えていた。
だが、アニンネのことだ。
浮浪者に飯でもやってるんだろう。
”そうだ”。
直感に告げられ確信に変わる。
なんでも知っている直感だな、本当に。
しかし、ジジイとの約束である酒を何処で買うか教えてくれないのだ。
なんというか自分のことは自分でやれ、そう言ってる気がする。
直感に頼らず、酒場を探すかと歩みを進めると。
”右だ”。
そう告げられた。
なにかの聞き間違いだろうか。
直感が道案内とか初めての経験だぞ。
”左だ”。
どっちやねん。
もしかして順番に行けと言うことか?
”真っ直ぐだ”。
待てと思いつつ足を速める。
月に照らされた道を進めば、右と左に別れている。
右に曲がり、真っ直ぐ行くと、左に別れており左に進む。
真っ直ぐ歩くと整地に出る。
”右、左”。
どっちやねん。
右を向くと、少し進んだ先で左に細い道があった。
足を速めて、細い道に入っていく。
――――そして走って来た女とぶつかった。
左に曲がった瞬間にぶつかってきたので避けられず、そのままオレは地面に倒れる。
「おにゃあ!!」
女は奇声を上げながら一緒に倒れ、すぐに奇声を上げながら立ち上がった。
「うやぁ!! めんごにゃ!!」
謝ってきた女を地面から立ち上がりながら冷静に見る。
月に照らされた銀の獣耳、慌ただしく手と同時に動く尻尾。紛れもなく獣族だ。
銀色の髪を揺らし、目に涙を溜めている。
服は……、店の制服か?
黒い前掛けに白い上着、黒い下着。
何処かで働いてるようだな。
直感が告げる。
”酒場だ”と。
…………なるほど、目の前で頭を下げてるやつは酒場で働いているのか。
「めんごにゃ! うち急いでて前見てなかったんだにゃ! このとおりにゃ! 実は今回で人とぶつかるの十七回目にゃ!」
ぶつかり過ぎて敬意。
「……もういい、それよりも酒を売っているところを教えろ」
女は顔を上げ、キラキラと目を輝かせる。
「酒場ならうちの…………」
ゆっくりと顔を下に向けてきてオレを見た。
キラキラしていた目が一瞬で冷めた目になる。
そしてポツリと零した
「…………子供やんけ」
ふざけた女だ。
オレが子供だとわかって目の色変えやがった。
もしかして、ぶつかって客を捕まえる悪質な商売か?
だとしたらシバくか。
「子供だからなんだ。金なら有るぞ」
金貨を取り出す。
またしても目の色を変える。キラキラと。
「ほにゃぁ! 子供なんて関係ないにゃぁ!!
うちの店【ミレイの宴場】にどうぞにゃぁ!!」
子供やんけ、とか言ってたがな。
「案内しろ」
「かしこまりニャアアア!!!」
うるせぇなぁ。
どんだけ嬉しいんだよ。
目を輝かせ、背中を向ける女。
……何処に急いでたんだよ。
絶対こいつ人にぶつかって営業するやつ。
いつかシバこう。
ウキウキと歩き出した女の後ろで一つ決意した。
――――フィンゼル街・【ミレイの宴場】。
狭い道を抜けた先に小さな建物が有り、今はその建物の中に居る。
外に看板などなく、建物の中は寂れていた。
店主らしき男が台の向こう側で硝子の入れ物を綺麗な布で拭いて、椅子に座っている男と話している。
椅子に座っている男は酒らしきものを飲んで楽しそうだ。
「――――んで言ってやったんだ! 『テメェにはまだ早いんだよ。俺様みたいに”黄金級”の冒険者になってからにしろ』って! どうよ”ガイ”! 俺様はそんこと言えるぐらいえれぇやつになったんだぜ! 」
……黄金級、か。
冒険者で一番高い地位だ。
一つの街に一人いれば、その街は安泰だと聞いた。
銀髪の獣族が振り向いてくる。
「此処が【ミレイの宴場】ニャア!!」
【魔力視】を発動し、この場に居る者の魔力を見た。
その瞬間、殺気が飛んできた。
「――――テメェ、何見てんだよ」
【魔力視】が気付かれる。
椅子に座っていた男が見ない間に立ち上がり、オレに剣を向けていた。
……コイツ、ゼノグレイブというやつか。
同じ魔力なので気づけた。
あっちも気付いたのか、鋭い眼光を飛ばしてくる。
「……クソ貴族様じゃねぇか」
「ゼノ、知り合いであるか?」
「知り合いにすらなりたくねぇよ、クソ貴族様となんかよ」
「……ふむ」
店主らしき人物と話すゼノグレイブを見て、銀髪の獣族が首を傾げ聞いてくる。
「お客様はゼノと知り合いかにゃ?」
「さてな、街中で戦いそうになったことを知り合いと言うならそうなんだろう」
「…………何があったし」
たまに語尾ににゃをつけないな。
なんの為ににゃをつけてんだこいつ。
伝説の生き物である猫にでも憧れてんのか。
「おい”ネコ”、そいつから離れろ。
奴隷に売り飛ばされるぞ」
名前まで猫か。
この銀髪の獣族はもはや猫になる為に産まれたんじゃないか。
……しかし、奴隷に売り飛ばされる、か。
なるほど、ゼノグレイブというやつが貴族のことを嫌いなのは理解出来た。
だが、
「そこのゴミ、なぜオレが貴族だと思うんだ」
貴族と決めつけられている理由がわからない。
確信を持って、オレのことをクソ貴族と呼んでいる。
なにか理由でもあるのか。
金髪金目のゼノグレイブは剣を向けながら、不可思議なことを言ってくる。
「ハッ、俺様にはわかんだよ――――この嗅覚でな」
金髪の男を見る。
白き外套の頭巾を外しているのでしっかりと顔が見える。
見た感じ、ただの人族だ。
無情髭を生やし、鋭い金の目。
あぁ、いや。
金色の目はおかしいな。
良く考えればあの目はなんだ。
【夢想世界】のオリアスが銀色の目をしているので、あまりおかしいとは思えなかったが。
よく考えれば不思議な目の色だ。
そして嗅覚。鼻の形は普通だ。
となると、【異能】の力か。
「訳がわからんな。オレは何もしてないというのに、なぜ敵意を向けられなければいけないんだ。訳を聞かせろ、ゴミ」
言い終わると金髪の男は眼光を更に鋭くし腰を落とす。
問答無用で今にも襲ってきそうだ。
念の為、【思考加速】をいつでも発動できるようにしとく。
一触即発の空気で、黒髪の店主は静かに入れ物を置き、重い口を開く
「……ふむ、ゼノもそこの少年も落ち着いてくれ。此処は己の店である」
ゼノと呼ばれた男が、オレを睨みながらもゆっくりと椅子を座る。
戦わない、ということか。
少しだけ警戒を解き、オレは金髪の横まで歩いていく。
睨まれるが無視をし、隣の椅子に座る。
「…………テメェ、他のところ座れや。そもそもガキが酒なんか飲むな」
ごもっともだ。
そもそもオレは酒を飲まない。
「知り合いの魔物に酒を買う為でここへ来たんだ。ゴミにとやかく言われる筋合いは無い」
「……クソが」
隣の金髪が正論に口を慎み……、数秒なにかを考え「は?」と声に出す。
仕方なくもう一度同じことを言ってやる。
「知り合いの魔物に酒を買う為でここへ来たんだ。ゴミにとやかく言われる筋合いは無い」
「いやそれは聞いた。知り合いの魔物ってのは……」
……確かに訳わからんな。
なんだ知り合いの魔物って。
クロとジジイに出会わければオレも同じことを言っていた自信が有る。
「世話になった魔物だ」
「…………クソ貴族様の考えることはサッパリだ」
けっ、と声を出し、酒を飲む金髪。
何にイラついてんだか。
金髪について考えるのをやめ。
黒髪の店主と目を合わせ、金貨を台に置く。
「これで上等な酒をくれ」
「……ふむ、金貨一枚か。大金だな」
下から銅貨、小銀貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨。
大銀貨十枚の金貨。
銀貨一枚で1日生活出来ると考えたら、金貨は大金だ。
店主は台の下から大銀貨を取り出した。
九枚の大銀貨をオレの前に置き、金貨を一枚取る。
大銀貨一枚分の酒を出すということか。
大銀貨九枚を取り、下着に入れる。
店主は何も言わず無愛想な顔で、奥の棚から一本の酒瓶を取ってオレの前に置く。
「大銀貨一枚、ユレイス村の地酒だ」
「……ふむ」
酒瓶を手に取り、よく分からんと内心で呟く。
まぁ上等な酒なんだろう。
「では頂く」
「あぁ、良ければ感想を貰えると嬉しい」
「わかった、また来る……ところでなにか食べ物はあるか?」
「むっ、つまむ物なら有るぞ」
実はお腹が空いてる。
思えば朝から何も食べておらず、朝食べたものは……無駄にしてしまったからな。
店主がささっと硝子の皿と、干し肉を用意する。
大銀貨一枚を渡すと、銀貨九枚と小銀貨七枚が帰ってくる。
小銀貨三枚の干し肉を無言で手に持ち、噛みちぎる。
仄かな塩味と肉の旨味に食が進む。
美味いな。
「…………テメェ本当にクソ貴族様か」
金髪が聞いてきたので、干し肉を飲み込んで答えてやる。
「元な」
「……………………チッ」
舌打ちをして興味無さそうにする金髪を無視する。
あてが外れた、という感じだ。
「オレからクソ貴族様の匂いがしたのか」
「……そうだよ、悪ぃか」
貴族の匂いがわかる【異能】か。
さて、どんな【異能】なのかサッパリだな。
「残念だったな、元クソ貴族様で」
「……クソが、テメェは何処の貴族だったんだ」
聞かれ、考える。
十大貴族だったと言ってしまえば、ややこしい事になりそうだ。
じっくりと言葉を選び、口を開く。
「クソ親共のことなど思い出したくもない。強いて言えば、クソの貴族だった」
真実だ。
あのクソ親共のことなど思い出したくもない。
そして、オレは紛れもなくクソ親から産まれた貴族の子供だった。
金髪の男は目を丸くし、ポカンと口を開ける。
オレの言った意味を理解し、吹き出した。
「それは傑作だァ! テメェみてぇなやつも居るんだな!」
金髪の男から向けられる視線が友好的なものとなる。
凄い変わりようだ。
オレが口にしたことを嘘と疑わないんだろうか。
……いや、これは違う。
こいつ、確信している。
オレが嘘を言ってない、ということを。
「…………オレはジークだ」
テメェと呼ばれ続けるのも嫌なので、名前を言っておく。
金髪の男は敵意のない笑みを見せ口を大きく開く。
「くくっ、ジークっつうのか。悪かったな、いきなり殺そうとして」
当たり前のように殺そうとしたことを言いやがった。
やはりそうだったのか、凄まじい敵意だったからな。
「別にいい、誤解がとけたのなら」
少し気にしてるがな。
「おいおい元貴族とは思えねぇ寛大さだなぁ! くくっ、気に入った。なんかあったら言えやジーク、この俺様が手ぇ貸してやる」
お詫びのつもりだろうな。
手を貸すのは。
どうやら律儀な男みたいだ。
襲われたことは水に流して、こちらも友好的に接してやるか。
「その時は頼む、ゼノグレイブ……だったか」
「そうだ! フィンゼル一の冒険者ゼノグレイブとは俺様のことよ!」
元来、明るい性格のやつなんだろう。
しかし貴族のこととなれば敵意に溢れる。
味方であれば頼もしく、敵であれば恐ろしいやつか。
ふぅ、敵に回したくないな。
どうやら身体強化の魔法も使えるみたいで、魔力を形にして身体に纏っている。
恐ろしいことに身体へ魔力を巡らせているので、魔力の消費は一切ない。
理解出来た、ラーグが身体強化の魔法を使った時に魔力が減ってなかったのが。
なるほど、じっくり見たので何となく使い方は分かりそうだ。今度やってみるか。
「冒険者、か。オレでもなれるのか?」
「あん? なんだジーク、冒険者になりてぇのか」
まぁ、金を稼ぐ手段はいくら有っても良いからな。
しかしオレには冒険者の知識が一切ない。
魔法のことと、奴隷のことは文献で漁ってたが。
冒険者についてはサッパリだ。
ゼノグレイブが酒を呷って、木樽を台の上に置く。
「冒険者は十五歳からだぜおい」
その言葉で冒険者を諦め、干し肉を齧る。
目前の店主が入れ物を拭き、笑みを浮かべて言う。
「最年少の冒険者は十三歳であるがな」
……ん?
どういうことだ。
店主に先を促すように見ると、ゼノグレイブが話す。
「くくっ、そりゃ俺様だ。けどもうあの手段は使えねぇぜ」
「……そうなのか、どんな手段だ」
「それはおめぇ、手配書に載ってる魔物をガンガン討伐しまくるんだ。”冒険者組合”は手配書に載ってる魔物が倒されると、本来なら魔物を倒した冒険者からほんの少し手数料をとんだよ。けどよぉ、そこで一般人の俺様が手配書の魔物を倒すと手数料なんか取れなくて冒険者組合にとっちゃ儲け損って訳だ。あとは『冒険者になってもいいぞ』とでも言えば、特例で認められるってことよ。我ながら天才的な発想だったぜ」
……ふむ、なるほど。
オレも同じことをやりたいが、ゼノグレイブ曰くもうその手段は使えないので無理か。
なら他の方法でも良いか。
少し考えてみよう。
「理解した、一度だけの特例だからもうその手段は使えないんだな」
「あぁ〜、もう一般人が手配書の魔物を討伐しても冒険者組合は金を払わないことになったんだ。そう、俺様の所為でな!」
やってくれたな。
まぁいいが。
手段ならいくらでもあるだろ。
干し肉を食べ終え、立ち上がる。
「なんだ、もう行くのか」
「食う物食ったしな。それに約束もある」
酒瓶を手に持って、ゼノグレイブに背を向ける。
「またなジーク、それといきなり殺気ぶつけて悪かったな」
「……またな」
店主に目配せし、扉を開けて出ていく。
そういえば、あの銀髪いつの間にか居なかったな。
またぶつかり営業でもしに行ったのか。
いつかシバく。
――――ガルーラ森林。
約束した場所まで歩く。
門番の奴には朝に戻ると言っておいた。
バサリバサリと大きな翼を広げながら、オレの前にジジイは着地する。
[なんじゃいこんな時間に]
初めて近くで見たが、オレと同じくらいの大きさなんだな。
身体以上に大きい茶色い顔。
身体と翼は黒い体毛。
なんだこの魔物。
「お前はなんの魔物だ」
思わず呟く。
[わっちはゴブリンの突然変異じゃよ]
なるほど、突然変異か…………なんだそれ。
[ごく稀に魔物の中で生まれるんじゃい、ワレェらが連れとるスライムもそうじゃろうのう]
……よく分からないが、クロは突然変異なのか。
まぁいい、借りを返すか。
手に持っている酒瓶をジジイの前に置く。
「よくわからんが、酒だ。ユレイス村の地酒というものらしい」
そう言うと、いつも違う声色を【伝心】で伝えてくる。
[……ほう、ユレイス村の地酒のう]
有名な酒なんだろうか。
ジジイは目前に置かれた酒瓶に右の翼を伸ばしてくる。
よく見れば翼の中に人と同じような手がある。
ふむ、不気味だ。
酒瓶を翼に隠された手で取り、酒瓶の蓋を開けて大きな顔に酒瓶を近づける。
[二十五度じゃな。割るものはないかの?]
わる?
瓶を割るのか?
「殴れば良いだろうが」
[……ひょひょっ、中々面白いことを言うのぅ]
何がだ。
[まあええわい、折角の地酒じゃ。そのまま飲むことにするわい]
飲むために買ったから飲め。
そう思うオレの前で、ジジイは酒を浮かせた。
酒瓶の中身が飲み口から出ている。
目を疑う。
瞬きをしてもう一度見る。
酒瓶から酒が出てきてジジイの大きな口に入っていく。
「…………酒を、操作してるのか?」
そうだ、酒瓶の中身の酒を操作してるんだ。
どうやって、操作してんだ。
風の魔法を使っている訳ではない。
何をしているんだこいつは。
[――――ぷはぁああ!! 染みわたるわぁい!!]
【伝心】で何やらか伝えてくるが、顔に一切の変化が無い。動かず不気味にオレを見ているだけだ。
そんなことはどうでもいいと、オレは聞く。
「おいジジイ、どうやって酒を操作したんだ?」
[なんじゃい、今はわっちに酒の美味しさを噛み締めさせぇ]
クソジジイが。
が、まぁいい。
後で聞こう。
どの道、今日は外で寝るつもりだったしな。
木の傍に寄り、座り込む。
[しっかし美味い酒じゃ。渋みが程よく後に残り、えぐみがなく仄かな甘みが次に次へと酒を進ませるわい。つまり、うまぁぁぁあああい!!!!]
一々伝えてくんな。
【魔力視】を発動し、ジジイの右の手を観察する。
…………謎だ。
全ての物に魔力は宿る。
当然、酒にも魔力は宿っている。
ジジイは身体の魔力を操作せず、酒を浮かしている。
酒の魔力に動きはない。
なんだ、この事象は。
[……よう見るのう、気になって酒に集中できんわい。仕方なしに教えちゃる。こりゃわっちの【異能】じゃ]
……………………は?
「待て、お前は確かに異形っぽいが魔物だろうが」
[……さっき言ったがわっちは突然変異の魔物じゃ。おそらくじゃが、突然変異の魔物は【異能】が使えるんじゃろう]
納得はできないが理解した。
つまりジジイも、自分が【異能】を使える理由を知らないんだ。
「……そうか」
[ちなみにじゃが、わっちの【異能】は”体長以下の物なら操作できる”じゃ]
体長……、つまりオレも操作できるってことか。
「厄介だな」
[そうでもないぞい、わっちは弱いからのゥ]
どうだか。
しかし今日はもう体力の限界だな。
色々なことがあり過ぎて疲れた。
「寝る」
[突然じゃの]
「なにかあったら起こせ」
[……やれやれじゃの]
酒を浮かして飲むジジイの姿を最後に目を閉じる。
リューネに情報収集すると言ったが、結局出来なかったな。あと、ガゼルも【夢想世界】に連れて行けてない。
まぁいいかと、意識が落とす――。
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十二時に予約投稿するつもりでしたが、執筆が間に合わない時があるので不定期更新します!




