夢の始まり・前
拙い文章ですが、楽しんでもらえたら幸いです。
オレの名前は”ジーク”。
十歳。
貴族の出て立ちだ。
姓はあったが無くなった。
嘗て、世界にたった一人の王が認めた10人。
その10人の子孫であった。
事実上、今でもそうなのだがとある事情でなんの関係もない奴隷となった。いや、奴隷未満である。
10人の子孫は貴族と呼ばれ。
オレの親は当然貴族で、そんな親はとんでもないクソ親だったのだ。
クソ親だが世間の目がある時は”どこまでも優しい貴族様”と見られていた。外面が良すぎるのだろう。立派な仮面を被っているクソ親だ。
”奴隷制度撤廃”
30年ほど前に世界に広まった揺るぎない正義。
とある英雄が提唱した偉業。
だがどうだ、未だに隠れて奴隷を増やしている奴が居る。
奴隷商人、オレの親はそんな奴らと関わりがある。
五歳の時、オレは誕生日の祝いだと言われ家の地下室を初めて目にした。
そこに広がっていたのは顔に【奴隷紋】を刻まれた者達。
誰もが傷ついてどんよりとした瞳。
オレの親を見た瞬間に恐怖をあらわにする。
そして親共はどういうことか頬を赤くし全裸になっていく。
何が起きているか分からず戸惑うオレの横を、歪んだ表情の兄が通り過ぎる。
そして恐怖で歪んだ顔をしている者達を兄と親共は短剣で刺していく。殺さないようにじっくりといたぶっていくクソども。
当時、天才と言われていたオレはその光景を只々見ていた。
そして事が終わり、一人になった時――――吐いた。
胃の中にある物を全て吐き、喉を焼かれながらも決心した。
奴隷達を、全員逃がそうと。
それから五年後にオレは奴隷達を、総勢21人を逃がした。
天才過ぎるオレにかかれば余裕だったぜ。
嘘、めっちゃ努力した。
元々天才魔法使いと自分で言っていたが、本当にそうなっちまった。才能って怖い。
ともあれ、オレは奴隷達を完全に逃がして家へ帰った。
後悔してる、クソ親共を殺す為に家へ帰ったことを。
奴隷達と逃げるのが最善手だった、どう考えても。
でもクソ親共を『お前らの奴隷達全員逃がしたからwwねぇ悔しい?wどんな気持ちぃぃ?wwwww』って煽りながら殺したかったんだ……っ!
そう、そんなことを考えてたから兄と出会った。
偶然、家に寄ったとのことだ。
それと嫌な予感もしたらしい。
超天才魔法少年ジーク君はついでに兄も殺しておくか、そんな軽い気持ちで兄に全力の魔法を放った。
オレは火の魔法が得意なので特大の溶岩を兄の上に落とし、目を疑った。
特大の溶岩が兄を通り抜けたのだ。
何が起きてるか分からずに居ると、オレの後頭部が鈍器のような何かで殴られた。
為す術なく地面に倒れ、痛みに耐えながらも兄の声を聞いた。
――――人生で一度目の敗北である。
なんでも、開発中の”魔力透過”道具で兄はなんともなかったようです。なんじゃそりゃウケるって心の中でそんとき笑ってたのはオレだけの秘密。自分がやらてるのに笑ってるって完全に異常者だもんね。異常者には見られたくないので内緒ですはーと、オレきもい〜。
さておき、兄は両親の前にオレを放り出し。
クソ親共はオレを奴隷商人に売った。
そこから三日後が、現在である。
「……」
牢屋の中。
両手両足に”魔封じ”の腕輪と足輪が嵌められている。
銀色の鉄製っぽい腕輪は偶にキラキラ光ってて超綺麗〜、ほんとお洒落〜。
足輪も鉄製でもう最高にお洒落〜。
なわけねぇだろ。
魔封じの道具とは。
複雑に言えば、特殊な”魔法陣”が刻まれている道具で。
簡単に言えば魔法が使えなくなると言われている道具だ。
超天才魔法少年ジーク君なら魔封じの道具があっても魔法が使える。
魔封じの魔法陣は、身体から魔力を外に放出すると魔力が拡散する効果がある。お強いですね。さてさて天才魔法少年ジーク君はどうするのか。
身体の内側で魔法を使えば良いのだ。
具体的に言えば身体爆発みたいな魔法を。
全ての魔封じぶっ壊して治癒魔法使えば問題ない。
そんな上手くいくとは思えないが、やるだけの価値はある。
あと、時間はかかるけど確実な方法がある。
実を言うと、口の中で生成される魔力は拡散されない。
なので口の中で風魔法か氷魔法を発動して魔封じの腕輪を壊せばいい。
だがオレは風と氷の魔法が苦手なので当分できない。
だけど努力はできる、幾らでも。
あぁ、こんなこと今はいいや。
今は交友を深めようと思うんだ。
脱獄するなら人数が多い方が良いし。
オレが居る牢屋にはオレを含め三人居る。
オレを除けば二人。
双子らしき人物だ。オレより先にいた先輩だ。
おそらくこの双子、一歳か二歳は年上だな。
珍しい白髪に赤い目。
一人は鋭い目で地面を見つめ涙を流し、もう一人は鋭い目で天井を見つめ涙を流している。
よォ兄弟達ちょいとオレと話さないか?……と言える訳もなく、ずっと無言だ。
このまま時は流れるのだろうか。
まぁいいか、たまに小声で『かぁさん』とか口にして泣いてる奴なんか可哀想……じゃなくてひ弱な奴なんか脱獄で役に立たないだろ。
「おいクソども、飯だ」
監視の奴が牢屋の前に立って声を掛けてきたので、目を瞑って寝た。
――二日過ぎた。
牢屋生活五日目なのでそろそろ玄人を名乗っていいかもしれい。牢屋玄人のジーク。ちょっといい感じだな。
牢屋玄人のジークことオレは結局交友の欠片もなく二日を過ごした。
だってずっと泣いてるもの。
話しかけづらいし、五日も無言が続いてるから地味にこの状態が居心地良くなってきた。
三食ご飯はあるし、硬い石の床で寝れるしめっちゃ快適。
噛みごたえがある炭みたいなパンに泥水のような水が三食。
小便大便はすぐそこにある大きな穴にぽいっ。
監視の奴らも臭いのは嫌なのか、しっかり消臭効果のある魔法陣が穴の底にあり無臭だ。
快適快適〜。快適快適〜。快適快適〜。
黙れオレ。
何が快適なんや。
飯はクソ不味いし小便する時は双子があっち向いて、柵の向こうに居る金髪の女も目を逸らすしめっちゃ居心地悪いわ。
はぁ、早く脱獄したいなぁ。
さすが天才なだけあって少しずつ口の中で魔法を作れるようになった。
泥水を飲む時に氷魔法を使って冷たい泥水にできるようになり、硬いパンを食べる時は風魔法で切れるように。
素晴らしい進化だ、やはり天才は罪なのかな。
ほら、他の人が出来ないことを簡単にやってしまう。
「……ただの努力だけどな」
五日ぶりに話した。一人で。
幸い双子は気づいておらず、柵の向こうに居る金髪女も気づいてない。
てかあの金髪女も泣きすぎ、ブチャイクな顔してんなぁ。
心の中で一個決意出来ました。
それは人前で泣かないことです。だって不細工な顔見せたくない。
まぁ、ここに来た時めちゃくちゃ泣いたんだけどね。
それも五分ぐらい……。
思い返し自己嫌悪を抱き、暗闇の遠くを見る。
明かりはないが既に目は暗闇に慣れた。
天才だからだろう。
暗闇の先には牢屋が見える。
全員がオレと同じぐらいの歳、だと思う。
家の地下室に居た奴隷達は五十歳も居れば十五歳も居た。
だが…………そうだ。
よく考えれば十五歳以下は居なかったな。
ここから見える奴隷未満達は皆が十五歳以下だと思う。
つまるところ、閉じ込める場所は十五歳以下と十五歳以上で分けられてるのか?……そんな気がするな。
「……ぅぅ゛」
「……か、あ……さ、ん」
「ぃゃ、だ……」
「――あぅ――」
「―ぇ――ぁぁ―」
「―ぅ―ゃ――」
――――。
地獄か此処は。
今更、気づいてしまった。
此処は、助けがない地獄だと。
――――十日目。
希望、口の中で使える魔法が少々使い物になるようになったので精神に異常きたしてない。
信じれるか、ここに居るヤツらずっと泣いてんだぜ。
何があったか大体わかるが、少しは前を向けと思う。
監視が届けたパンを齧りながらそんなことを考える。
性格悪いのかなオレ。
だって泣いてパンをかじってる双子を見て『馬鹿な奴らだな、過去を忘れて今を見れば少しは楽になるのに』ってめちゃくちゃ上から目線で思ってるもん。
実際そうだろ。
大好きだったか知らねぇけど、お前ら売られたんだよって話だ。
金の為に。
オレは自分が売られる瞬間を目の前でハッキリ見た。
値段は金貨三枚。
たしか一日生活できる金が銀貨一枚。
下から銅貨、小銀貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨。
銅貨十枚で小銀貨一枚、小銀貨十枚で銀貨一枚……。
えーっと……つまりオレは300日生活できる値段か。
やっすいな。
奴隷商人の阿呆が。
少なく見積もってもオレの値段は大金貨一千枚はくだらないはず。十万日生活できる金。今はそれで妥当だが。将来は一千万枚は当たり前だな。
奴隷商人の阿呆さに溜息一つ。
商才ないだろ、辞めちまえ奴隷商人なんか。
……んで奴隷なんか無くなっちまえ。
左頬を撫で――クソがと心中で呟く。
痛みを思い出す。
情けなく蹲った忌まわしき十日前。
人生で一番目の汚点は兄に負けたことで、二番目の汚点があの痛みで泣いたことだな。
あ、鬱になりました。
なんかもう嫌になったので寝ます。
目をつぶり、しばらくして遠くから叫び声。
「――――ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛゛ア゛イ゛タ゛゛イ゛゛ァ゛゛ァ゛ア゛ア゛ア゛゛゛」
「――ギャハハハハハハ」
クソが。
胸が熱くなり、ぜってぇ抜け出すと何度も自分に言い聞かせた。
――――十七日目。
パンの半分を口の中で切り裂く、泥水を氷で冷やす。
パンのもう半分を口の中で火を使い温める。
燃えたところで水を出現させ消す。
口の中が傷だらけになったので治癒する。
痛いし熱いし冷たい。
治癒魔法も少しずつ上達したが、すぐには治らず痛みは残ったまま。
これでいい。
何もかもが上手くいってる。
周囲の環境以外は……。
「……」
「……」
「……」
周りの三人は呻き声を出さなくなったが涙はまだ流してる。
だが、悔しそうに唇噛んでいるのをチラホラ見かける。
声を出しても誰も助けてくれないと考えたんだろう。
だが自分には何も出来ないと諦め、それでも生きている……そんな表情だ。
今なら声をかけても問題ないかもしれない。
一つ声でも掛けますか。
十七日目にてオレはようやく交友を深める気になった。
「――――おい、ゴミ共」
「「ひっ!?」」
……ん?なぜコイツらは驚いているんだ。
しかも後ろに下がりやがった。
訳がわからねぇ、おいオレを化け物みたく見るんじゃねぇ。
「……」
「「……」」
「……シャー」
双子は男同士で抱き合ってオレから距離をとり、柵越しでこちらを睨んでいる金髪女は警戒しだす。両手を前に出して猫のように威嚇すんじゃねぇ。お前は別に”獣族”じゃないだろ。阿呆か。
しばらく睨み合いが続いて、話にならないと悟ったためオレは下を向く。
見てなくてもわかる。
双子と金髪女が安心したのを。
何故か嫌われている現状について深く問い質したいが、話しかけたところで同じことを繰り返すだけ。
もう交友とかどうでもいいや。
一人で脱獄しよ。まぁ当然、コイツらも一応助けてやるがあとのことは知らん。好きに生きろって感じで放っとこう。
……身体がジメジメする。
風呂入ってないもんな。
三人の不躾者のことは一先ず置いて、自分の身体を見る。
此処に連れられた時と同様に、高価な子供服だがボロボロの一張羅。
奴隷を逃がす時に色々と苦労したから、泥塗れでもあるし草まみれでもある。あの時は水水しい草だったが今は既に枯れている。
可哀想な植物だぜ、オレについて来なければ今は太陽の下だと言うのに。ったく。
などと訳をわからないことを考えながら治癒魔法を続けていると、ようやく先程のパンを燃やしてしまった時に感じた痛みが消えた。
治癒魔法の効果が遅いな。
まだまだって訳か。
もしかしたら治癒魔法は苦手なのかもしれない。
天才唯一の弱点か。
仕方ない、天才にも欠点はあるさ。
黄昏ていると、遠くから足音がやってくる。
おかしいな、食事を貰う以外で監視の奴らが来るのは珍しい。
阿呆らしくなにか忘れもんでもしたのか?。
チラリと足音の方に目線を向け、すぐに地面へ視線を戻す。
一瞬見た光景を頭の中で必死に記憶し、何があったか冷静に探す。
――ふとましい体系の不細工、右足を重心、左足は右足に比べ細い、左手の先は地面の方、右肩の上に大きな布、右手は鉄の棒を持ちながらも、右肩に乗っている大きな布を支える。
あぁ、新しい奴隷未満か。
デブが右肩に乗せている大きな布の中身は子供だ。
眠らせた子供を布に入れて運んでいるのだ。
オレもそうされた。
もっとも天才であるオレは……まぁいいか今は。
それよりも、これから子供は牢屋に入れられ――【奴隷紋】を押される。
【奴隷紋】の位置はどこでもいい。
オレは『目が気に食わねぇ』と言われて左頬に【奴隷紋】を押し付けられた。あの眼帯野郎いつか殺す。
……おそらく【奴隷紋】の位置は気まぐれで決まってしまう。
今、行動を起こすべきかと考えた。
計画はこうだ。
兼ねてより考えていた身体爆発魔法でも使って、牢屋を魔法で壊し、監視のやつを殺して脱獄する。
素晴らしい計画だな。
あぁ、だがわかってる。
あまりにも運任せで滅茶苦茶な計画だってことを。
「――――くそが……」
無力を呟く。
何も出来ない自分を呪って、時間に身を任せる。
きっとオレは英雄なんて、なれないだろう。
「ア゛゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛や゛め゛う゛ぅ゛ぅ゛う゛――――――――」
聞くに絶えない悲鳴の中で、愉悦を含んだ笑い声を聞いた。
――――二十五日目。
形になった。
今ならば魔封じの道具を壊せるはずだ。
氷の刃を口からだし、一つ一つ壊していくつもりだ。
思った通りに狙えるのかがわからないので、風の魔法でやるのはやめた。手がスパーンと切れたらいくらなんでも治癒魔法で治せない。
その点、氷の魔法だったら骨で止まるだろう……たぶん。
自信はある。否、自信を持たなければ無理な計画なので何がなんでも自信はあると言い聞かせる。
行動を起こすのは夜のパンが届いて体内時計で三時間後が良い。
時計がないので時間感覚は適当だ。
夜は監視の目が少ない気がするからこそで、脱獄の確実性が高まると思う。
だが問題は、此処に居る奴らをどう逃がすかだ。
考える限り手段がない。
一度脱獄して仲間を集め助ける、そんな手段も考えた。
しかし、仲間を集めるなんてのは難しい。
そんなことができるのなら、家の奴隷を逃がしてる時にやってる。
オレみたいな天才なガキが『オレの家に奴隷が居るので助けてください』と頼んだところで『クソガキ、テメェ何言ってやがんだ?あの当主様がそんなことする訳ねぇだろ』って言われます。実体験おつ。
ともあれ現状コイツらを逃がすのは無理だ。
……そういえば、あれからあんまり人と話してないな。
「……クシュンッ」
考え事をしていると双子の一人がくしゃみをした。
見る。
「ひぃ」
ビビられ、すぐに目を逸らす。
確かにくっそ汚いパンと泥水のような水なので身体に悪い。おまけに最近は少し寒くなってきたので風邪もひきやすい。だが移さないでくれよと思う。
ちなみにビビられるのには慣れた。
もう反応しないことに決めてる。
なぜビビるのか考えても分からないことを考え続けるのは時間の無駄。
有意義に時間を過ごしたい。
さて、寝ようっと。
おやすみ、ビビり散らかす双子とついでに何故か睨んでくる金髪女。
「……寝ちゃった」
「あぁ……」
「どうして睨んでくるのかな……?」
「……わからんな」
…………睨んでねぇわ。
――――四十日目。
三度目の食事を出され、推定三時間後。
――――カツカツと音が響き渡る。
……二人だ。
暗くどんよりとした空間に響く足音は二つ。
初めての出来事だ。
一つは重い足音、聞き覚えがある足音で。
もう一つは、忘れもしない足音だ。
オレの左頬に【奴隷紋】を押し付けた男だ。
ゆっくりと顔が見える。
あの眼帯野郎だ。
真っ黒な髪の下には右目を隠すよう不気味な髑髏の刺繍が入った眼帯、腰に有る見覚えのない細い剣。
あの時のままだ。
もう一人はいつやらかのデブ野郎。
ニタリと笑みを貼り付け、舐めまわすように目をあちこち動かしている。
以前と同様にデブの右肩には布で包まれたやつがいる。
そして、右手には鉄の棒。
――――向かってくる。
「……っ」
柵越しに金髪女が声にならない悲鳴を出す。
眼帯の男が牢屋の鍵を持ち、牢屋の扉に差してカシャリと捻る。
開いた、金髪女が居る牢屋が。
「――――よぉ、かわい子ちゃん。元気してたか〜?」
「……死ね」
……驚いた、金髪女が堂々とオレの言葉を代弁した。
いいぞもっと言え、と言いたいところだが金髪女が死ぬ可能性があるのでやめとけと心の中で言う。
眼帯の男は金髪女の言葉を気にする素振りを見せない。
不気味なほどスカした表情だ。
「カカッ、相変わらず気のつえーかわい子ちゃんだ。このまま一年前のことをゆっくり思い返しながら仲良くなりてぇが、オレ様とて暇じゃねぇんだ。――――さっさとやるぞ”ディバ”」
唐突に声を低くして、後ろに立っているデブ野郎を見る。
ディバと呼ばれた太った男が、気味の悪い笑みを浮かべながら牢屋の中に入ってくる。
そして遠慮なく、ドサリと持っていた布を金髪女の前に落とす。
ゴツリ、音が鳴り――――どこかのんびりとした声を耳に入れる。
「――――イテテ、ん? ここ……どこだろ。真っ暗〜見えな〜い。誰か――うぶっ」
布の中にいる人物が喋っている最中のデブ……ディバは布の真ん中を右足の先で蹴った。
ディバの顔は奇妙な笑みから、いつの間にか真っ赤な怒り顔となっている。
「貴様ァァアアア!!誰がっ!喋れとっ!!言ったアァァアア!!!!!」
「いっ、ま、ぐっ……!」
鈍い音の後に少し遅れて呻き声。
あのディバとかいう奴、本気で蹴っている。
狂っている、アイツは殺すと決めた。
「……ディバ、オレ様は無駄な時間が一番嫌いだ」
眼帯男の低い声にディバはビクリと動きを止める。
「聞くが――――オレ様はテメェがガキを蹴っている時、無駄な時間を過ごしてねぇのか?」
「うっ、す、すいやせん。こ、コイツが生意気だったもんで……」
「二度も言わせるな、さっさとやれ」
金髪女と話す時と言葉遣いが違う。
なにか理由はあるのか……。
「う、うっす」
ディバが大きく身体を動かし、屈んでから右手に持っていた鉄の棒を石の床に置く。
体型に見合わず手早い動きで布を剥がしていき、ついにその姿が見えた。
何処か夜を思わす蒼き瞳に、産まれて初めて見た蒼き髪。
中性的な顔付きは性別が判断出来ない。
不思議で、何処か安心させる顔をしている。
「……こりゃ売れるな。ディバ、手を出すな」
「は、はい」
確かに、芸術的な髪と瞳に顔だ。
クソ親共が好きそうな顔だ。
しかしと、起き上がった蒼髪の姿を見て結論を出す。
身体付きからして……男だな。
「よし、オレ様にやらせろ」
「え? あ、うぃっす……」
名残惜しそうにディバは眼帯男と場所を変える。
眼帯男は屈んで鉄の棒を拾う。
「カカッ、その綺麗な顔に傷をつけるのは少しだけ心が痛むぜ。だがオレ様を恨むなよ嬢ちゃん。こっちも仕事なんだ」
気怠げに鉄の棒へ魔力を流す眼帯男を見つめる蒼髪。
「ところで嬢ちゃん、名前は無かったよな?」
「うん」
「よし、オレ様が付けてやろう」
口角を上げ、残忍に笑う。
目を逸らしたくなった。
理解したのだ、今から起こる惨劇を。
少し前の、消してしまいたい過去が重なる。
「『奴隷だ、カカカカッ!!』」
眼帯男は鉄の棒を――――左頬に押し付けた。
「――――あぅ゛」
蒼髪の小さな悲鳴と共に、痛みが蘇る。
叫び、泣き。
身体の奥底が塗り替えられる。
心の底から痛みに逃げ出したいと。
弱さに嘆いた。
「――――あぁ?」
一つ、間抜けな声。
何処から発せられたのかはさして時間はかからない。
呆けた顔をしている眼帯男からだ。
なぜ、間抜けな声を発したのか。
「――――」
……声を、押し殺してるヤツが居る。
誰もが痛みを声として発していた。
泣いて、嘆く。
その様を見て笑う奴に恐怖抱いた者もいるだろう。
憤怒の限り殺したいと思ったやつも居たはずだ。
オレは口を右手で隠した。
笑ってしまったのだ。
五年ぶりに笑った。
こんなヤツがいるのか、と。
「こ、このがきゃぁ! 笑うなぁ!!」
ディバの叫びに、蒼髪が更に笑う。
ニタリと、不細工な笑みで。
この地獄を照らす、たった一つの笑顔だと笑っちまった。
ゆっくりと、蒼髪の左頬から鉄の棒が離れる。
「…………こりゃ驚いた。――――――」
聞き取れない声で何かを呟き、眼帯男は蒼髪に背を向ける。
スタスタと何事も無かったかのように歩き出し、ディバに何かを……鍵らしきものを投げる。
慌てて受け取ったディバの耳元で声を発し、眼帯男は来た道を引き返していく。
残されたディバは呆けた顔から、不機嫌な顔となる。
そしてドコドコと歩き、未だに笑っている蒼髪の前で重みのある足を止める。
「ぅぅぅぃぃぃ゛」
気持ち悪い声を発して地面に落ちている布を持ち、蒼髪をこれでもかと睨んで牢屋から出ていき扉に鍵を差す。
「いぃぃぃぃぃぃい゛゛」
おそらく怒っている声を出し去っていくディバ。
ようわからんやつだ。
さて、と立ち上がる。
双子がビクリとするが今はどうでもいい。
金髪女は身を固くしてオレを睨む、が本当にどうでもいいと思える。
不細工な笑顔でオレを見る蒼髪。
まじまじと見れば吸い込まれそうな蒼い目をしている。
本当に不思議な奴だと、笑う。
ギョッとする金髪女を横目に、オレは蒼髪に話しかける。
「なんで、泣かないんだ」
不細工なまま答えを出す。
「……がま、ん、して、る」
気になっちまう。
「なんで、我慢するんだ」
――――強さの根源が。
かくして、オレの……オレ達の魔法の言葉が生まれる。
「……だっ、て――――”ムカつく”ん、だもん」
「……は?」
「”ムカつく”、じゃん、か。よわ、いじぶ、んに、泣く、じぶん、に。だか、ら、なかな、かった、の。おかしい、かな?」
――――意味を理解して、吹き出した。
「――――ぷっ、ぶはぁっ!あははははっ!ふひひひ、あひゃはははは!ひぃっ、ふぅふぅぶふぉっ!ひゃひゃはははひー、なんだこいつ!最高過ぎんだろ!あははははっは!」
腹を抱えて笑った。
初めてだった、こんなに笑えたのは。
泣くのは”ムカつく”から泣かない。
そして、弱いのが”ムカつく”からコイツは強いんだ。
単純過ぎてオレじゃ絶対に気づかないこと。
だけど、そうだ。
単純で良いのか。
そうすればコイツみたいに強くなれるのか。
体格的にもオレの方が強い。
魔法の腕なんか比べるまでもない。
けれどオレは、コイツに負けちまう。絶対にだ。
勝てる未来さえ見えない。
こんな面白いやつに。
「くくっ、オレは、ぶっ、はぁはぁ……ジークだ。よろしくな」
「え、うん、よろし、く……あ、ぼくな、まえない、よ」
痛いんだろう。
辛いんだろう。
でもずっと笑顔だ。
――――とんでもねぇ負けず嫌いだから。
家にある無駄に広い書斎で、様々な本を見てきたオレはコイツにピッタリな名前を思いついた。
「はぁ、ひぃ、ふぅ……よし……ふっ、くくくっ」
「だい、じょう、ぶ……?」
止めどなく笑うオレを心配する客観的に見て、一番辛いやつ。
自分の方が辛い筈なのに人の心配するってどんだけだよ。
でも、それでこそだ。
コイツには王の名前が似合う。
「あぁ、ふっ、お前よりかは大丈夫だ」
「よかっ、た、つらそ、う、だった、ね?」
「辛かったぞ。お前が面白すぎて」
「ぼく……っ?」
痛みに耐えながらも話続けるコイツに、オレは名前を付ける。
名付け親はオレだ。
決意が固くなった。
必ず此処から脱獄する。
そんで、先の光景を見てみたい。
「そうだ、お前が面白かったんだ――――」
――――”イーグス”。
【創世記・原本】
嘗て、魔物蠢く大地が広がっていた。
其処に一人の若者が降り立つ。
名をイーグスという。
彼は後に――――世界の王となった。




