警察車両ワゴン車 車内
「まあ地元商店街のイベントなんだから、同じ学校の生徒くらいいるわな、そりゃ」
警察車両のワゴン車内。
花織の後輩にあたる子の事情聴取を終えて自宅まで送り届けたあと、百目鬼が呟いた。
誠は数メートル先にある一軒家を眺めた。お嬢様学校の生徒だけあって、件の子の家もなかなかの豪邸だ。
「メアド交換しちゃったー」
後部座席で花織がスマホを操作する。
別の警察車両での事情聴取を終えてこちらに来た。同乗している女性警察官が、社交辞令的にうなずいている。
「かわいい妹ゲット」
「妹、ポケモン扱いか」
百目鬼がフロントガラスの外を眺めてボソッと返す。
「あの仮装の連中が書き込みの犯人だとすると、高校生と限定したわりに中学生との区別はつけてないというか」
誠は呟いた。
発車させてもいいか、うしろを向いて女性二人の様子を伺う。
「女子高生と女子中学生の区別はあんま付かんだろ。男なら大違いだが」
百目鬼が言う。
「ぜんぜん違いますよ。声とかお胸の感じとか」
前席シートに手をかけて花織が言う。
胸って。どう反応していいか困って、誠は後部座席の女性警察官を横目で見た。
とくに花織の発言を止める気はないらしい。平然と手を組み座っている。
「薄着だととくに分かります。中学生の子の胸って、固そうな感じなんです。高校生は柔らかそうな感じ」
花織独特の見方で説明する。誠は返事はとくに返さずギアをパーキングからドライブにした。
「花織さんも、まっすぐ自宅でいいね?」
ウインカーを出して誠はそう問いかけた。
「バームブラックまだ買ってないんですけど」
花織が後部座席から身を乗り出す。
「露店、なかったでしょ。今日のところは帰りなさい」
「なんでなかったんだろ」
花織が唇を尖らせる。
発車させると、後部座席のシートにやや乱暴に腰を下ろす音が聞こえた。
「リストにはたしかに三日間とあったんですよね?」
「何かの都合で変更したんじゃないの?」
運転しながら誠は答えた。
「あれっ」
花織が後部座席で声を上げる。
「あの親子連れが持ってる小箱、十万石のパッケージじゃないですか?」
え、と誠は声を漏らしてしまったが、運転中なので見るわけにもいかない。
百目鬼が身体を横にかたむけて窓の外を見た。
「お姉さま、あれ十万石のパッケージに見えません?」
花織がかたわらの女性警察官に尋ねる。
「えと」と女性警察官が答えた。外を見渡しているのだろうか。
「ごめんなさい。ちょっと分からない」
女性警察官が答える。
百目鬼が体勢をもとに戻した。やはりよく分からなかったのか。
「ていうかお姉さまいい匂い。なにつけてるんですか?」
後部座席から衣擦れの音と鼻を鳴らす音が聞こえる。
「え……なにも」
「シャンプーの匂い? それとも洗剤? メーカーどこですか? すっごいいい匂い」
「え、ちょっと。なんか恥ずかしい」
女性警察官の戸惑う声がする。
うしろで唐突に何してんだか。誠はハンドルを握りながら眉をよせた。
夕方すぎ。
いったん刑事課に戻り誠が待機していると、百目鬼が頭を掻きながら入室した。
「どんな様子でした? ピエロとニコニコマーク」
「痴漢の前科ありのフリーターが二名、疑いかけられたことのある会社員が一名、女の子のあとつけて補導されたことのある大学生が一名」
百目鬼が不機嫌そうに溜め息をついて自身のデスクに歩みよる。
ドッカと荒々しい仕草で席についた。
「補導って」
「中学、高校と一回ずつ、部活帰りの女の子を執拗につけ回してケータイから通報されたんだと」
筋金入りだなと誠は思った。
「仮装が似かよってたのは、ネット通販の安いやつ選んだからたまたまだとよ。一人で来たんで仲間とかじゃないし、逃げたやつがいたかどうかは分からんとさ」
百目鬼がデスクの上のタブレットを手にとり、起動させる。
「じゃ、やはり書き込みしたのは」
「どいつも、あの書き込みはしてないんだと」
百目鬼が答える。
「いまサイバー課に裏とらせてる」
そう続けた。
「書き込みがあったこと自体は知ってて、いくつかは見てたんだと。んでヤベェぞって書いたら、“でもこういう書き込みされてたら、女子高生は恐怖で抵抗しないかもな” って書いたやつがいたって」
百目鬼がタブレットを操作する。
「とたんにヤれそう、イケると思っちまって、もうあの商店街に行くことしか頭になかったと」
誠は軽く眉をよせた。
「まあ、馬鹿だな」
百目鬼がタブレットをスクロールする。
とりあえず彼らの逮捕以降の書き込みがないかさがしてみるのだろうか。エックスに入り検索する。
「ただ、ここに戻る途中で考えたんだけどよ。書き込みしたのが本当に別のやつだとしたら、あの騒ぎで私服警官があちこちにいるのがバレたよなって」
百目鬼が言う。
誠は目を見開いた。つい腰を浮かすようにして身を乗り出してしまう。
「真犯人に利用された?!」
「……って可能性も、もしかして考えといたほうがいいかとか」
出入口のドアがノックされた。
女性警察官が顔を出す。
「あの、ツイッターに変なリプがあったって相談に来てる女性が」
「エックスです、お姉さま」
ドアの陰から聞き慣れたソプラノの声が聞こえる。
花織の声だ。
「あっ、ごめんなさい。エックス」
女性警察官が横を向き訂正する。
誠は右手を上げた。
「……たぶん僕らが担当してるやつです。被害者用の事情聴取室に通してあげてください」




