朝石駅前アーケード商店街 屋内駐車場
「ダメ」
黒猫の尻尾をピョコピョコ上下させる花織に、速攻で誠はそう返した。
「何言ってんの。そんなの許可できるわけないでしょ。今すぐ帰りなさい」
「バームブラックまだ買ってないんですけど」
花織が言う。
「……さっさと買って帰って」
「十万石の露店、なんか見つからないんですよね、今年は」
花織が商店街の方向を見る。
「毎年同じ場所じゃないの?」
「同じ場所です。富士崎っていうデパートのまえ」
誠は百目鬼のほうを見た。
百目鬼が助手席のドアを開け、タブレットを取り出す。しばらくスクロールした。
「露店の許可取った店のリストには入ってんな。二十九日の前々夜祭から三日間」
「いつもの場所付近では見つからないんですよね」
花織が首をかしげる。
「露店が出たらすぐ買おうと思って、きのうみんなで張ってたんですけど」
そういえば花織の友人たちのキャピキャピ責めにあったのはデパート前だったと誠は思い出した。
「許可リストに露店の場所までは載っけてないな」
百目鬼がタブレット画面を見てつぶやく。
「じゃ、そういうことで。ご苦労さまです」
花織が頭にチョンと手をくっつける感じで敬礼のマネをする。プリーツスカートをひるがえしてきびすを返した。
「だから、どこ行くの」
誠は語気を強めて引き留めた。
「囮捜査です」
「そんなの日本では認めてないの! 認めてたとしても未成年の学生がやることじゃないでしょ!」
「だってお二人に女子高生のふりとか無理じゃないですか」
花織が反論する。
思わず自身のセーラー服姿を想像してしまい、誠は思いきり顔をしかめた。
百目鬼がタブレットを手にしたままかなり複雑な表情をしている。
「そういうの仮にやるとしたら、女性警官だから」
「捜査会議とかやってる間に、女子高生が商店街のどこかでわけの分からない殺され方するかもしれないんですよ?」
花織がくるりとスカートをひるがえして詰めよる。
「警察、責任とれます? ていうかとったことないでしょ」
「それなり取るよ」
誠は眉をよせた。
百目鬼がこちらを見る。無言で目を合わせて、商店街の方向に顎をしゃくった。
「……分かりました」
誠は返事をした。
「ケーキを買ってここに戻るまで付いて行ってあげる。あとはすぐ帰って。これ以上は絶対譲らない」
誠はそう花織に告げた。
花織がじっと商店街の方向を見る。
「いい? ちょっとでも勝手なことしたら、余目先生かお母さんに保護者として来てもらうよ」
「分っかりました」
なぜか歌うような口調でそう返して、花織はうしろに手を組み商店街のほうへと向かう。
本当に分かってんのかなと誠は思った。隙をみて危険なことをされかねないと警戒しつつ後ろについて行った。
商店街のゲートからアーケードの通りに入ると、きのうよりもさらに人出は多かった。
花織のあとについて人混みを歩く。ところどころに私服で張っている警察官を見つけ、小さく会釈をする。
「お友達の分も買うの? ケーキ」
誠は花織のうしろから問いかけた。
「みんなはあした買いに来るって。占いのケーキだから勝手に買って行けないです」
花織が周囲をきょろきょろと見回す。
「もし占いの結果が悪かったら、買ってきた人のせいにしちゃいそうでしょ?」
自身に照らし合わせて、どうだろうと誠は考えた。
あんまり気にしないけどなと思う。
「女の人って本当に占い好きだよね。そのケーキで何占うの」
「ケーキの中にコインとか指輪とか入ってるんです。コインが入ってたらお金持ちになる、指輪が入ってたら結婚できる」
それで。信じるんだろうか、それ。
誠は前を行く花織の揺れる黒髪を見つめた。
富士崎デパートの前まできたが、やはり露店らしきものはない。
「出てないですねえ」
花織が立ち止まってあたりを見回す。
「出てないね」
誠も周囲を見回した。
露店は一つもない。
ピエロやニコニコマークの仮装をした者が何人かいるが、呼びこみというわけではないだろう。
「しょうがないよ、帰ろ……」
「あれ?」
不意に花織が向かいのファーストフード店のほうを見る。
二人のピエロに腕をつかまれ、高校生くらいの女の子が必死で足を踏ん張っていた。
「絡まれてるんでしょうか」
花織が問う。
はっと誠は顔を強ばらせた。
「おいっ、何してる!」
とっさに駆けよる。周囲を張っていた私服の警官たちが反応した。
ピエロの腕をつかむ。力づくで女の子から引き剥がした。
書き込みの犯人か。複数犯ということだろうか。
手近な場所にいた私服警官が駆けつけ、もう一人のピエロを取り押さえた。
「きゃっ!」
別の方向からも悲鳴が聞こえる。
「花織さん?!」
振り払おうと抵抗するピエロを路上に押さえながら、誠はそちらを見た。
「変なことしたら血管に空気入れちゃいますよ!」
花織の声が聞こえる。
また持ってきてたんだ、注射器。誠はピエロを押さえつけながら呆れて眉をよせた。
二、三人ほどの警官が花織のもとに駆けつけるのが人混みの合間から見える。
誠は、とりあえずホッと息を吐いた。




