警察署二階 刑事課
「裏取れた。確かに商店街の組合に許可取ってる」
警察署二階の刑事課。
聞き込みから帰った誠に、百目鬼はそう告げた。
やり取りを終えたところなのだろうか、手にしていたスマホを二、三度左右に振る。
壁のアナログ時計を見ると、昼を少し過ぎたところだ。
刑事課の部屋の中には、それぞれに時間を潰して数名ほどが待機していた。
「十万石って名前の老舗の洋菓子屋で、ここ三年ほど来てるとさ」
「ああ……聞いたことあります」
誠は答えた。
「んで」
スマホをデスクに置き、百目鬼は頬杖をついた。
「ほかにも露店で来てる企業あるらしいな。いちおうリスト送ってもらうことにしたが」
「露店が何か怪しいですか?」
スーツの上着を自身の椅子に掛けながら誠は問うた。
「今のところ何とも。仮装で集まる輩よりは身元と人数が把握しやすいから、とりあえずってだけ」
百目鬼が答える。
かたわらに置いたタブレットの着信音が鳴る。
タブレットを手に取り、百目鬼は操作した。
「お、リスト来た」
そう呟いて少しの間スクロールする。確認だけすると席を立った。
「おまえ、昼飯食ったの?」
「まだですが」
誠は答えた。
「んじゃ、飯食いながらにするべ」
言いながら、百目鬼はタブレットを脇に持ち出入口のドアに向かう。
「結構ある感じですか? 露店の企業」
椅子に掛けた上着を手にして誠は尋ねた。
「二、四……」
百目鬼が画面を指差し数える。
「数日出すとこと、三十一日だけのところとあるけどな。トータルすると三十ちょいくらいか?」
「結構ありますね」
「商店街の外の個人の店もあるらしいな」
それだけ人の出も多くなるだろうなと予想する。
商店街の組合がものものしいのを嫌がったので、警察があまり大きな対策が取れないぶん花織があの書き込みを拡散してくれたら助かるのだが。
「まあ、まずは食ってからだな」
百目鬼が刑事課のドアを開ける。
花織がいた。
「ご苦労さまで……!」
敬礼して声を上げる花織を無視して百目鬼がドアを閉める。
握られたままのドアノブを見つめ、誠と百目鬼は二人で立ち尽くした。
「……何だいまの。古代ケルトの呪いか?」
百目鬼が顔をしかめる。
「花織さん……だったような」
コンコン、コンコンとドアをノックする音がする。
「ご苦労さまでーす。犯罪相談なんですけどー」
チャーハンの出前みたいな口調で言わないで欲しい。
誠は壁のアナログ時計を見上げた。
昼の十二時四十分。
「学校はどうしたの、学校は!」
誠はドア越しに声を上げた。
「職員会議で午後の授業はお休みです」
花織がグッとドアを開ける。
「……この前も職員会議なかった?」
「基本、月いちでありますよ?」
ドアの開いた隙間から顔を出し、花織が答える。
「犯罪相談って何だ、お嬢ちゃん」
百目鬼が問う。
「これなんですけど」
花織が制服のポケットをさぐる。
スマホを取りだし、ドアの隙間から画面をこちらに見せた。
「昨日のエックスか」
百目鬼が上体をかがめて隙間を覗きこむ。
ドアを開けて場所を変えたらいいのになと誠は内心思った。
「あの書き込みの一つだと思うんですけど。こちらで把握してるかと思って」
“朝石ハロウィン終了までに、女子高生を真っ黒にして殺します”。
花織のスマホに表示されたエックスの画面には、そう書き込みがされていた。
百目鬼が目を見開く。
野太い腕をドアの隙間に突っこむと、スマホを持った花織の手首をグッと引っ張る。
「きゃ」
「百目鬼さん、セクハラになりま……!」
「緊急だ。人見が触ったことにしろ、お嬢ちゃん」
どんな理屈、と誠は顔をひきつらせた。
百目鬼がスマホ画面を凝視する。上着のポケットをさぐり自身のスマホを取り出すと、短縮ダイヤルで掛けた。
「──俺だ。変態書き込みの続きあった。今度はエックス。──ツイッターがエックスになったんだと。──エックス括弧して旧ツイッター? 面倒くせえな」
かけた先はサイバー課と思われた。
誠はドアを開け、花織に「廊下で待ってて」とジェスチャーした。
花織が小声で「お手柄」と言ってガッツポーズをする。
百目鬼が通話を切った。
「今日、何日」
不意に百目鬼がスマホのホーム画面を見る。
「三十日です」
誠は答えた。
百目鬼が壁のアナログ時計を見上げる。誠を促して廊下に出るとドアを閉めた。
「続くかもな、書き込み」
そう呟く。
「ええ」と誠は返事をした。
「しかしトイレで吐かせて殺します、死ぬまで踊らせます、真っ黒にして殺します……」
誠は昨日からの書き込みを口にした。
花織が嫌がるだろうかと思いあわてて表情を伺ったが、いつものごとく平気そうな顔をしているのでホッとする。
「一人を? それともいろいろな方法で十人ということかな。そもそも犯人は単独なのか複数なのか……」
誠は呟いた。
百目鬼が背中を押す。とりあえず署員食堂へと続く階段に促された。




