余目家二階 7
張り込み十一日め。誠は余目家二階の部屋の片付けをしていた。
もともと持ち込んでいたものはそんなに無いので、忘れ物の確認という感じだ。
扉をノックする音がする。
「どうぞ」
返事をすると、花織が入室した。
「昨日は、百目鬼さんに連絡ありがとう。百目鬼さん、スマホここに置き忘れてたんだって」
「どうりで通話に出ないと思った」
花織が唇を尖らせる。
「すぐに帰ればよかったのに。何であのとき一之瀬さん家にまだいたの?」
「バズるような動画が撮れるかなーって思って」
「……やめてね。そういうの」
誠は顔をしかめた。
「パパの診察室からくすねた注射器は、医療廃棄物の容器に突っ込んでおきました。たぶんバレてないと思う」
「いやそういう報告……」
誠は眉を寄せた。
「親御さんは何も言ってないの? 人質にまでされたんだよ?」
「家政婦の御園さんは、大丈夫だった? って言ってくれましたけど」
誠は黙りこんだ。
親がこの子にあまり関心がないのだろうか。
この部屋に出入りして生意気なちょっかいをかけていたのも、構って欲しかったからなのか。
そう思うと、こんなお嬢さまでもあんまり幸せではないのかなどと考えてしまう。
「パパとママにバレるようなことする訳ないでしょ。二人とも過保護だから、外出禁止とか食らっちゃいますもん。御園さんと執事さんにも口止めしときました」
「あ……そ」
誠は、げんなりとうつむいた。
部屋の中央にある猫脚のテーブルに目を落とす。ここに到着してすぐに脱いだ上着を無造作に置いていた。
夕刻の橙色になった空が、テーブルを染める。
「何にしろ、余目家の方々にはずいぶん配慮してもらって。余目先生にもよろしく伝えておいて」
「伝えておきます」
花織がそう応じる。
「大麻を売買してたグループ、お隣の家に集まって吸引もしてたみたいだ。一気に捕まったけど物騒だったね」
「わたしが一之瀬さんの偽者に気づかなければ、物騒なまま人見さんたちは撤退してたと思います」
花織が唇を尖らせる。
「まあ……そだね。ありがと」
誠は顔をしかめた。
「少し前に奴らの同業者が捕まったんで、やはり警戒して売買場所を変えてたみたいだ」
誠は説明した。
「一之瀬さんの偽者がちょくちょく立て直してたガーデンプレート。あれの立て方が、売買の時間帯や在庫の量を示してたらしくて」
花織が一之瀬家の方角を見た。
「主犯の妹が海外で整形して一之瀬さんに成りすましてた。DNA鑑定の結果が出れば、裏づけになると思う」
「一之瀬さんは? やっぱ殺されてた?」
「ああ……それは」
誠は猫脚のテーブルに置いていた上着をはおった。
襟を軽く整える。
「幸いというか、家の中で監禁されて見つかった。始めは殺そうとしてたらしいけど」
ネクタイを軽く直す。
「主犯の妹のことが発覚した場合、同じように整形して替え玉に使おうとしてたんじゃないかって。まあ、今そんなふうにみられてる」
「生きてたんだ」
花織がホッと息を漏らす。
心配してたんだ。可愛いなと誠は思った。
「大麻の肥料でアレルギー起こして咳が酷かったみたいだけど。いま病院にいるよ」
つい口調が優しくなる。
「おとなりが事故物件にならなくてよかった」
「え……問題そこ?」
誠は眉を寄せた。
まあいいかと思いながら、持ち込んだ少々の手荷物を持ち、部屋の出入口に歩みよる。
失顔症というものを初めて知ったが、この小生意気で扱いにくい女子高生と関わるのは、どうせこれきりだろう。
というか、あまり関わりたくない気がする。
「お世話さま。じゃね」
誠はそう挨拶し、扉を開けた。
「人見さん、人見さん」
花織が猫脚のテーブルに寄りかかり、笑顔でヒラヒラと手を振る。
「またねっ」
終




