警察署四階 署員食堂 1
「学校は?」
「人見さんて、いつも同じ話から入りますね」
運ばれてきたカツ丼に箸で切れ目を入れつつ、花織はそう答えた。
「平日の昼間に学生を見かけたら、それしか言うことないでしょ」
「終わりました。いま帰りです」
花織がはむはむとカツ丼の肉を食む。
百目鬼が顔を上げ、カウンター奥にあるアナログ時計を見る。「なるほど」という顔をした。
「トロパンアルカロイドが持ち出された病院ってありました?」
花織が問う。
誠は無言で応じた。
「わたしも電話調査してみたんですけど、ないみたいですね」
花織が無料提供のほうじ茶を飲む。
「なに聞いて回ってんの。そういうのはいいの」
誠は顔をしかめた。
「あ、それでなんですけど」
花織が制服のポケットに手を入れて、ごそごそと探る。スマホを取り出した。
誠と百目鬼のほうにスマホを向ける。
「お二人とも、よろしいですか?」
「え?」
誠はラーメンを箸でつまんだまま動作を止めた。
百目鬼がタブレットを操作しながら顔を上げる。
花織のスマホから、写真撮影時のシャッター音がした。
「え? なに」
「あ、食べてていいですよ」
花織がそう言いスマホを操作する。
「何してんの」
「このちゃんへ。今日のお夕食は、お二人なかよく醤油ラーメンです」
花織がそう呟きながら親指を巧みに動かし文字を打つ。
「何してんの」
花織のスマホから受信音がした。
「あ。このちゃん返信、はやっ」
「だから何してんの」
誠はラーメンを箸でつまみ上げたまま眉をよせた。
「 “もしかしてお二人で一つのラーメンですか、ドキドキ” 」
花織が好花からの返信と思われるものを読み上げる。
読み上げてから不意に顔を上げ、誠と百目鬼のそれぞれのラーメンを見た。
「残念。別々のラーメン、このちゃん」
言いながら花織が文字を打つ。
すぐに返信らしき受信音が鳴った。
「 “そんなじれじれなお二人も尊いです” 」
花織が読み上げる。
「すっかりこのちゃんの推しカプですね」
「……頼むから僕らに理解できる言葉と行動をお願いできる?」
誠は眉をよせた。
「このちゃんから、被害者さんについて情報提供があったんです」
花織が言う。
われ関せずという感じでやっとラーメンを食べ始めていた百目鬼が顔を上げた。
「情報提供者さんに、お礼のサービスです」
花織がスマホを手にピースする。
「肖像権って、前に話したよね?」
「だから撮る前に許可取ったじゃないですか。よろしいですかって」
誠は溜め息をついた。
これが裁判なら拗れそうなやり取りだ。今度からは、反社だけじゃなくこの子とのやり取りも気をつけようと思う。
「何の情報だ、お嬢ちゃん」
ラーメンをすすりながら百目鬼が問う。
「被害者の近江 一登さんについてです」
花織は身体を前に乗り出し声をひそめた。
「おんざきコーポレーションと取引のある広告代理店、数社の間で言われていた話だそうです」
「……そういう話ってどうやって聞いてくるの?」
ラーメンを箸で上げ下げしながら誠は尋ねた。
聞き込みの参考になるだろうか。
「簡単ですよお。社員食堂とかに行って、そこに集ってるお姉さまがたに “アルバイトです。エヘッ” ってご挨拶して」
「アルバイトです。エヘ……」
百目鬼が棒読みで復唱する。まるで宇宙人の言語でも聞いたかのような複雑な表情だ。
「自分からは出しゃばって行かないのがポイントです。お姉さまたちがこちらを見て、あら? なにあの子? って顔したら、控えめにエヘッて。そしてお姉さまがたのご教示をあおぐ体で、聞きたいことを切り出す」
誠は何となく眉をよせた。
たぶん参考にはならない。
「このちゃんは、もっとこういうの上手いんです。お偉いさんたちが雑談してる場所にさりげなく紛れて、“間違えてしまいました、ごめんなさい” って」
「女スパイかよ……」
百目鬼が顔をしかめた。
「情報って?」
誠はラーメンを口にした。
「被害者の近江さんは、十年ほど前までとある広告代理店に勤務していたそうです」
花織が話を始める。
百目鬼がラーメンを箸でつまみながら、指を折って数えた。
「十年前までって、在籍してたの四年くらいじゃねえか?」
「取引先とのトラブルが多くて、なおかつそれをたびたび隠したりするので、何度めかにやんわり解雇されたそうです」
「トラブルメーカーだったの?」
誠は眉をよせた。
「なぁにが “いい人でした” だ。さっそく襤褸が出てきやがった」
百目鬼がつぶやく。
「解雇されたあとに、ジャーナリストを名乗り始めたそうです」
「グラフィックデザイナーじゃないの?」
誠はラーメンの麺を箸で上げ下げした。
「はじめはジャーナリストと言ってたそうです。辞めた会社にもトラブルを起こした会社にも名刺を持って現れたんで、当時からいらしたお姉さまはドン引きしたって言ってたそうです」
「お姉さまはドン引き」
百目鬼がつぶやく。
話の要点ではないが、何となくのパワーワードなのは分かる。
「そのお姉さまが、今回ビアガーデンで一緒にお食事をしていた方の一人だそうですけど」
「えっ」
誠はラーメンを口にしようとした手を止めた。
「ん?」
百目鬼がおもむろにテーブルに置いていたタブレットを手に取る。
「え? 友人の一人?」
誠はそう聞き返した。急な話の展開について行けない。身体を横にかたむけ、百目鬼が操作し始めたタブレットを覗きこんだ。
「そのお姉さまは、ドン引きしたくせにビアガーデンご一緒したのか?」
百目鬼が問う。花織につられてか日本語が少々おかしい。
「お姉さま、被害者と同期入社でいまは課長だそうです」
花織がそう言う。
「誰だ。どの友人」
百目鬼がタブレット画面をスクロールする。
「広告代理店勤務で同期で女……これか?」
百目鬼がメモの途中で手を止めた。
「染谷 茉希」




