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失顔探偵 ᒐᘄがƕ たƕてい 〜失顔症のJKと所轄刑事の捜査チーム〜  作者: 路明(ロア)
第9話 黄身の瞳に乾杯

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警察車両ワゴン車 車内

 聞きこみに行く道すがら花織(かおり)を自宅まで送り、誠は最寄りのスーパーの駐車場に警察車両を停めた。

「文筆業か……」

 百目鬼(どうめき)がタブレットを操作しながらつぶやく。

 運転中、ずっとタブレットを見ていた。

「走行中に下見てて酔いませんか?」

 ハンドルに両腕をかけ、誠は何となくそう問いかけた。

 ないとは思うが、嘔吐されたさいの世話はさすがにごめんだと思う。

「子供んときは酔ったな、そういや」

 タブレットをスクロールしつつ百目鬼が答える。

 子供のときがあったんだ。

 当然のことなのだが、誠はつい困惑してしまった。

 駐車場を行き来する買い物客を眺める。

 時間はそろそろ夕方だ。

 買い物客の車が時おり近くに停まる。

 スーパー裏手のあまり使われていない駐車場なのだが、混み出したら動いた方がいいかと誠は考えた。

「文筆業って、つまり一日中なにか書いてる仕事って広義に捉えていいんだよな。この場合」

 百目鬼が言う。

「被害者はグラフィックデザイナーってことだしな。やっぱそっち業界関係の怨恨か?」

「PC使ってたみたいですけど……」

 誠は宙を見上げ、ものを書く仕草をしてみた。

「……ああ、どっちにしろ花織(かおり)さん、そういう人も挙げてましたっけ」

「歩幅が狭い……」

 百目鬼がタブレットを操作し、何度も同じ場面の表示を繰り返す。

 二本指で被害者のテーブルの脚の付近を拡大しては元に戻していた。

「ぜんぶ同じ歩幅にしか見えねえ……」

 げんなりとした表情で言う。

 誠は助手席のほうに身を乗りだし、タブレット画面を覗いた。

「こんな複数の脚だけの動き、よく区別つきますよね、花織さん」

「この動きが顔に見えてんじゃねえの? 例えて言うと」

「ああ、なるほど……」

 百目鬼が何度か画面の一部を指で拡大する。

「葉っぱの隙間から何とか顔見えねえかと思ったんだけどな。無理か」

 顔をしかめる。

「チラッとも見える場面はないですか」

「ねえな」

 百目鬼が答える。

「観葉植物を置いた人は分かりましたか?」

 誠は問うた。

 まだ現場にいた制服警官に、聞いてくれるよう伝言して現場をあとにしてきた。

 走行中に百目鬼に通話が入っていたが。

「店長に聞いたけど、誰も分からないんだってよ」

 百目鬼が舌打ちして答えた。

「室内とは違いますからね。部外者が店員のふりして紛れこんでても、分からないというか目が届きにくいというか」

 誠はシートに背中をあずけた。

「密室殺人も面倒くせえけど、オープンすぎる場所ってのも厄介だよな」

 百目鬼がそう返す。

 しばらく同じ場面を繰り返し見ていたが、やがて、ふぅと息をついて誠と同じようにシートに背中をあずけた。

「聞き込みに行くの、雑誌の編集部だっけ?」

「ええ。被害者が外部ライター契約してたところで」

 誠はスマホを取り出し、時間を確認した。

「夕飯食ってからにするか? どうせああいうとこは徹夜上等で真夜中まで仕事してんだろ?」

「いえ最近は、労働基準監督署にうるさく言われるから、あんがい定時で帰るらしいですよ」

 百目鬼がチッと舌打ちする。

「俺らの仕事も誰か通報しろよ」

 誠は苦笑した。


 コンコン、と運転席の窓がノックされる。


 コンコンのあとに、もう一回コンッ。

 叩き方に特徴があった。

 誠は眉をよせて、窓の外を見た。

 長身の身体を少し屈ませて窓を覗きこんでいたのは、酒々井 令人(すずい りょうと)だった。

 ふたむかし前、かなり警察にマークされていた反社の重要人物。

 現在はいちおう企業の代表取締役ということになっているが。

 百目鬼が窓の外を睨みつけた。

 酒々井(すずい)が、しきりに人差し指を下にさげ「開けて」のジェスチャーをする。

「……ちょこっとだけ開けてやれ」

 百目鬼がそう指示した。

 誠はうなずいて、一センチほどだけ開ける。

「これしか開けてくれないの? イケメンさん」

 酒々井がパワーウィンドウの開いた部分に指をかける。

「そんだけ開いてりゃ、じゅうぶん話は聞こえるだろ」

 百目鬼が答えた。

「何か用か」

「夕飯の買い物に来たらお見かけしたんで、ご挨拶に」

「料理なんてタマか」

 百目鬼が眉をよせる。

「意外と料理うまいんですよ、俺」

 酒々井が肩を揺らして笑う。

 笑みを浮かべながら、誠のほうをチラッと見た。

「このまえお渡ししたSDカード、お役に立ててくれたようで」

 誠はさりげなく酒々井から顔を逸らした。

「わざと顔が映ってない部分だけ渡したのに、よくあんなに早く的確な証拠集めに行けたなってびっくりしちゃって」

 誠は、つい頬を強張(こわば)らせてしまった。

「警察なめんな」

 百目鬼が答える。

「よっぽど勘のいい女性警察官とか女性探偵とかがいるのかなって」

「何で女限定だ」

 百目鬼が顔をしかめる。

「別に。勘がいいのは女って決まってますから」

 そう答えると、酒々井は屈めていた身体を起こした。

「じゃ」

 そう言い「従業員」を引き連れて立ち去る。

 誠は、ふうっと息を吐いた。

 酒々井が去っていく後ろ姿を眺める。

「あの野郎、情報提供の(てい)での嫌がらせだったのか、あれ」

 百目鬼がぼやく。

「……大丈夫ですか? 花織(かおり)さんにこだわってませんか? ずいぶん」 

「お前の弱点だと踏んでるか、本当に弱点なのか(かま)かけてるかだろ。奴がこだわってんのは、お前のほうだよ。いちいち思ってること顔に出すな」

「で、出てましたか」

 誠は口を手でおおった。

「一瞬な」

 百目鬼は答えた。





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