駅前ビアガーデン駐車場 1
昼を少しすぎた時間帯。
人見 誠巡査は、事件現場となったビアガーデンの駐車場に警察車両のワゴン車を停めた。
身体を少し助手席がわに乗りだし、先輩刑事の百目鬼が先ほどから見ているタブレット画面の事件資料を確認する。
「被害者は近江 一登、三十六歳。駅前のビアガーデンで友人たちと飲食中、とつぜん嘔吐しだし救急車で運ばれたが病院で死亡確認。司法解剖の結果、体内からトロパンアルカロイドが検出された」
百目鬼がタブレット画面をスクロールする。
「……これにより、殺人と断定」
誠は早口で資料を読み上げた。
「嘔吐する直前、ビアガーデンの店員が近江たちのテーブルに誤ってビールジョッキを落とし、テーブル上の食べかけのロコモコにビールがかかりそうになる。近江があわてて……」
読み上げて、百目鬼が顔をしかめる。
「ロコモコ」
「何か、ハワイの料理でしたっけ」
誠は答えた。
「何べん聞いてもモヤモヤする名前だな……」
そう呟き、百目鬼が画面をさらにスクロールする。
「――近江があわててロコモコの皿を持ち避けた。店員がすぐに台拭きでこぼれたビールを拭きとったが、友人の一人が自身の皿を避けようとしたさいにデミグラスソースをロコモコにこぼし、近江と軽い口論になる……」
「ここまでは被害者は元気だったんですね」
「んだな」
百目鬼が答えつつ画面をスクロールさせる。
「口論を止めに入った別の友人が自身のビールジョッキをこぼし、ビールが食べかけのロコモコにかかった。さらに店員を呼ぼうとした別の友人が立ち上がり、カクテルをこぼす。ここで別のテーブルの客が話しかける。近江はそれに答えたあと、文句を言いつつもビールとカクテルのかかったロコモコの目玉焼きをフォークで刺して食べ、直後に嘔吐……」
百目鬼が渋い表情で眉をよせる。
「何だこのやたらドタバタしてんの……」
「まあ、酔っぱらってたでしょうし」
誠は眉をよせた。
「トロパンアルカロイドが混入されたのは、ロコモコの目玉焼きですか」
「……みたいなんだが、混入されたのいつだ? 食べかけだったんだよな?」
百目鬼が顔をしかめる。
「食べてる途中のどこかの時点でしょうけど」
誠はタブレット画面をスクロールした。
「直前はずいぶんと……ゴチャゴチャしてたっていうか」
「このドタバタコントの登場人物の誰かなのか? 入れたのは」
百目鬼が眉根をよせる。
昼すぎの時間帯のビアガーデンの駐車場は、人も車も少ない。
駅前ということを考えると、もの悲しくすらなるほどガランとしている。
タブレット画面をさらにスクロールすると、事件現場の画像がいくつも続いた。
コンコン、と運転席の窓を叩く音がする。
現場を調べている鑑識係か、捜査中の別の刑事だろうと誠は思った。
「ご苦労さまです」
タブレット画面を見ながら、確認もせずにドアを開ける。
百目鬼がこちらを見て、珍しく動揺した顔をした。
「ヤバい開けんな、人見!」
「え」
誠はドアを半開きにして手を止めた。
「ご苦労さまでぇっす」
殺人現場にはまるで似つかわしくない、明るいソプラノが耳に届く。
「か……」
誠は固まった。
久しぶりの制服姿に、ポニーテールに結ったサラサラの黒髪。
余目 花織。
張り込みで自宅の一角を貸してもらって以降、たびたび捜査に力を貸してもらっている女子高生だ。
好奇心で期待満々という感じの笑顔で敬礼している。
ついついドアを半開きにしたまま誠は固まり続けた。
「捜査ですか? ご用命はありませんか?」
「……ていうか、学校は?」
「今日は始業式だけなのでお昼には終わりました」
花織が答える。
誠は顔をしかめた。
「……殺人現場なんて来ちゃダメでしょ」
「規制テープ張られてるの店内の一部だけですし」
花織がビアガーデンのほうを振り向く。
誠は溜め息をついた。
本来、殺人だの反社絡みだのの事件を日常的に扱っているような仕事に、こんな未成年のお嬢さまを関わらせちゃいけないと思う。
彼女の観察力はありがたいし、何度も事件解決の突破口になってはくれたが。
「学校とは反対方向でしょ」
「でもうちの病院の近くなんですよね」
花織が目線を上げて余目総合病院の方角を見た。
「病院に何か用事だったの? ならこんなところにいないで病院に行ったら……」
「用事は済ませました。そのついでに看護師さんたちからお聞きしたんですけど」
閉めようとした車のドアに、花織が指をかける。
「トロパンアルカロイドが持ち出されてないか、病院に聞き込みして回ってるって本当ですか?」




