グランメゾンやつるぎ玄関前 2
「え……」
誠は、後部座席を振り返り固まった。
「な……何言われたの!」
後部座席の方に身を乗り出す。
「まずは、こんにちはと言われました」
花織が手に持っていたスポーツドリンクの蓋を開けゴクゴクと飲む。
「人見さんにしゃべっちゃだめと言われていたので、黙って会釈だけしました」
誠は額に手を当てた。
しゃべってはいけないのは、そういうことではない。彼らの話すことに対して利用されかねないセリフは返すなという意味だ。
「会釈って……どうだろ」
誠は眉をよせた。
「まあこんな未成年のお嬢ちゃん裁判に引っ張って揚げ足取ったところでたいしたメリットはねえし、そこはそう心配しなくてもいいだろ」
百目鬼が溜め息をつく。
「でも大病院のお嬢さんですよ?」
誠は運転席のシートに座り直した。
「それで。何て」
車の前方を眺めながら誠は問うた。
「あとでSDカードお届けしますって」
「SDカード……」
百目鬼が手にしたタブレットを縦にして側面を見る。
タブレットで見られるよう、あえてSDカードにしたのだろうか。
「わたしに渡してもいいけど、若いほうの刑事さんがムダに警戒しそうだからあとで渡しに行きますって」
花織がそう続ける。
「なんか、すごく面白そうにクククク笑って言ってましたけど」
「面白がられてんだ、お前」
百目鬼がこちらをチラリと見て言う。
誠は眉をよせた。
コンコン、と運転席の窓を叩く音がする。
誠は、少し身を引いて窓の外を見た。
酒々井だ。
前に呼び止めたときと同じように、長身の身体を少しかがませ、もういちどコンッと叩く。
百目鬼が、開けてやれという風に顎をしゃくった。
誠は睨むように酒々井の顔を見ながらパワーウィンドウを数センチほど開けた。
酒々井が運転席の窓から後部座席を覗き見る。
「……ああ、やっぱり彼女さんだった」
花織を見てそう言う。
ここの住人だとウソを返してやりたかったが、十中八九誠にしゃべらせようという手だろう。
誠は無言で酒々井の背後にいる男性たちに目線を移した。
「百目鬼さんも公認かい?」
「あんたらに話しかけられたって怯えてたんで、話聞いてたとこ」
百目鬼が答える。
「むやみやたら一般人のお嬢さんにちょっかい掛けんな」
「気をつけるよ」
酒々井がククッと笑いながら花織を見る。
花織は好奇心にかられたような表情で酒々井の様子を見ている。
怯えているという顔ではないが、まあいいかと誠は思った。
「はい」
酒々井が窓の開いた隙間から封筒を差し出す。
「百目鬼さんにラブレター」
「……あんた俺にゲロ吐かせんのそんなに気に入ったのか」
百目鬼が顔をしかめる。運転席のほうに手を伸ばして、封筒を受け取った。
「SDカードには何入ってる」
「小笠原の会社の社長室と、マンションの玄関先が偶然入ってた防犯カメラ映像」
「……偶然?」
百目鬼は眉をひそめた。
「偶然ですよ。たまたま隣にうちの従業員のマンションの部屋があって」
酒々井が身体を起こす。
「じゃ、俺らはこれから仕事あるから」
酒々井は、おもむろにきびすを返した。
「……何の仕事だか」
百目鬼が低い声でつぶやく。
誠は、パワーウィンドウを閉めた。
「なぁにが偶然だ。小笠原の監視してやがったんじゃねえか」
百目鬼がタブレットに入っていたSDカードを抜き、封筒に入っていたSDカードを入れる。
「大丈夫ですか? ウイルスとか」
「んなもん検知されてみろ。器物破損未遂で即逮捕状請求してやる。指紋採取するから封筒ちゃんと取っとけ」
「はい」
誠は封筒をハンカチでつつみダストボックスからビニール袋を取り出した。
「防犯カメラ映像って言ってたな」
「ええ」
百目鬼がタブレットを操作する。
一つめの映像は小笠原の会社の社長室のようだった。
隣接した部屋のベランダから映したらしく、室内は半分ほどしか見えない。
小笠原がこちらに背中を向け、誰かの応対をしているようだった。
百目鬼が画面を拡大する。
応対している相手の顔は中々画面に出てこない。
「誰だ? いまの時点でこんなもんよこすとしたら、八巻監督か傘井だろうが」
「八巻監督ですね。手の動き方に特徴があります。横のアカンサス模様の服は、あの愛人のお姉さま」
花織が後部座席から画面を指差す。
「アカンサス模様って?」
そういえば花織がいたんだっけと思い、誠はあわてた。
百目鬼のほうを見たが、チラッと花織のほうを見てから、ふたたびタブレット画面に目線を移す。
「横にある葉っぱ模様です」
「カーテンじゃないの? これ」
誠は顔を歪めた。
「ときどき動いてます。呼吸だと思います。胸のあたりなのかな」
花織が言う。
「八巻監督と傘井は、一緒に小笠原を訪ねてた……?」
百目鬼が顔をしかめる。
「何しに」
「金の無心……? 小笠原を脅してたって推測は当たってたって思っていいのか……?」
百目鬼が顎に手を当てる。
「えっ」
後部座席から身を乗り出していた花織が声を上げる。
誠は、百目鬼のほうに向けていた目線をふたたびタブレット画面に移した。
「え」
同じように誠も声を上げた。次の瞬間あわてて後部座席に手を伸ばし、花織の両目を手でふさぐ。
百目鬼は、黙って画面を見つめていた。
画面では、八巻監督と思われる男性がノートパソコンで小笠原 礼司の頭を何度も殴っていた。




