警察車両ワゴン車 車内
「厄日か」
警察車両のワゴン車内。
余目家の玄関先で持たされたアイスバーを噛り、百目鬼は顔をしかめた。
夕食にはまだ早いのでお茶でもと言われたが、辞退した。
代わりにどうぞという感じで、一本ずつアイスバーを選ばせられた。
余目家近くのスーパーの駐車場。戸惑いつつも選んだソーダ味のアイスバーを誠は噛った。
「お、当たったか」
食べ終えて二、三度ほど棒をもてあそぶと、百目鬼がそう聞いてくる。
「当たり付いてるんですか? これ」
「知んね。だいたい付いてるもんでねえの?」
百目鬼が答える。
「何も書いてないですね」
誠は棒を裏表にして眺めた。
「クジ運ねえな」
アイスのパッケージに棒を入れ、車のエンジンをかける。
冷房を入れると、徐々に冷たい空気が顔にかかってきた。
「あー涼し」
百目鬼が襟元をパタパタと仰ぎながらシートにもたれる。
「食べてる間ずっとアイドリングしてるわけにもいきませんしね」
誠は開けていた窓を閉めた。
「まずは現場行きますか?」
問いつつギアを入れる。
「んだな」
答えながら百目鬼がシートベルトを肩に引いた。
現場になった小笠原 礼司の住居は、マンションの五階。
すでに遺体は運び出されていたが、遺体を中心に大量にかけられていた血糊はまだ残っていた。
日当たりもよく、できるかぎり仕切りをなくした広々とした間取り。
北欧風の壁の素材と、ムダなく家財道具の配置されたワークスペースはセンスがいい。
「 “おしゃれな部屋は、オンライン会議のさいによく「カフェにいるの?」と言われていた”……」
百目鬼が顔をしかめながらタブレットの資料を読み上げる。
「要らねえわ、そんな証言。誰のだ」
不愉快そうな低い声でつぶやきつつ、タブレット画面を乱暴にスクロールする。
「愛人さんのようです」
誠は苦笑した。
「第一発見者か」
「ええ」と誠は返事をした。
第一発見者は犯人の可能性が高いとされるため非常に厳しく取り調べられるが、彼女の場合どうにも取り乱していて手間がかかっているらしい。
「いやああああああ! 行かない! 行かないいい!」
玄関口の外から女性の悲鳴に似た声が聞こえる。
玄関ドアが開き、制服警官に連れられた三十歳ほどの女性がつんのめるようにして中へと入った。
シースルーの上着に、リネン素材のロングスカート。きのう事情を聞いたときと同じような服装だ。
舞台女優と資料にあった。今はテレビやネットドラマのモブ程度なら出演しているらしい。
無名とはいえ女優が連日同じような服装というのは、よほど精神的に余裕がないのか。
「いやああああああ! あたしまで殺される! ごめんなさい! ごめんなさああい!」
長い髪をぐしゃぐしゃに掻き乱し、女性は廊下に出ようとした。
「あっ、ちょっと」
制服警官に止められる。無理やり中へと促された。
「ご苦労さまです」
誠は敬礼した。
制服警官が敬礼で応じる。百目鬼も敬礼した。
「実況見分ですか」
「ええ。あとから他の人たちも来ますけど……」
そう言葉を交わしている間にも女性が逃げようとする。
「あ、ちょっと」
制服警官が、肩をつかみ中へと引き戻す。
「女性警官とかは」
誠は廊下の方を見た。
「いま来ます」
制服警官が答える。
「今日はだいたい片づけた現場だからいいですけど、この前なんか全裸で暴れてる男三人ほど取り押さえて。“女性の警察官が来るから早く服着てください” って、急いで着せましたよ」
制服警官が声を上げて笑う。
誠は愛想笑いを返した。
「離してええ! ここにいると幽霊に取り殺されるの! バイトの霊に殺されるんだってばあああ!」
女性が腕を捕まれながらもがく。
「どこのバイト」
百目鬼が目を眇める。
「礼司が殺したバイトの人! 一年前に殴って殺したんだってば!」
「は?」
百目鬼が声を上げる。
「え……え?」
誠はつい動作を固まらせた。
「発覚してなかった殺人?!」
誠は女性に問うた。
制服警官も目を見開く。
「酔っ払って殴ったら死んだって! 実家とは疎遠だって言ってたから、埋めればオッケーだって礼司が! そのバイトの霊がこの前からここに出るようになったのおおお!」
女性が玄関ドアにすがるようにして身を縮める。
「まじか、それ!」
百目鬼は女性に向けて声を張った。
「小笠原の野郎、反社登録から解除されて普通にやってんのかと思ったら!」
百目鬼が忌々しげな声を上げる。
「詳しく……聞かせてくれる? そこも」
誠は、縮こまっている女性の目の前に歩みよった。感情を抑えて、女性に話しかけた。




