余目家前
「被害者は小笠原 礼司、四十二歳。自宅マンション玄関で大量の血糊をぶっかけられた状態で失血死。発見したのは愛人」
警察車両のワゴン車の車内。
百目鬼がタブレットに送信された資料を読み上げる。
ワゴン車のサイドブレーキをかけ、人見 誠巡査はハンドルに手をかけた。
昼を少しすぎた時間帯。
台風が近づいているとのことで、どんよりと曇っている。雨や風はまだないが、車から出ればいつも以上に蒸し暑い。
「反社登録から解除されて間もなく会社設立、まあまあ普通にやってたらしいが」
「五年ルールですか」
誠はそう返した。
「愛人は」
「事情聞いたが、パニック起こしてわけ分かんねえってさ。女のほうが血は平気っていうけどな」
百目鬼が眉をよせる。
「現場がいちめん血液でびしゃびしゃ、体内の血液も混じっていたものの、ほとんどが市販されている血糊……」
誠はつぶやいた。
「血液がどうのというより、なぜそんなことをしたかっていうのと、単純に量が気持ち悪いですね」
「服も顔も真っ赤」
百目鬼が、現場の画像をタブレットに表示させる。
「お前、いやいやえんって絵本知ってる?」
「いえ」
誠は答えた。
唐突に何なんだ。
「俺、小学校のころあれ読んで、けっこうトラウマでな……」
「どんな話です」
「赤が嫌いってダダこねたガキが、あやしげな幼稚園に連行される話……かな」
単に赤つながりで思い出しただけという気もするが。
「まあ、いいや。さっさと用事すませて聞き込み行くべ」
百目鬼がタブレットをケースにしまう。
「そうですね」
そう返事をし、誠は後部座席に手を伸ばした。
紙袋を少々無理やりに引っ張り、自身の膝の上に持ってくる。
余目家の家政婦、御園に冷製スープやら冷製パスタやら詰めてもらった容器を返しにきた。
花織は友だちと海に出かける予定と聞いていたので、今日なら絡まれずに済むと判断した。
紙袋を手に、ワゴン車を降りる。
とたんに熱風が全身を襲った。
車内もエンジンを切ったため少し暑くなりかけていたが、まだまだ冷房で冷えた空気が残っていたのだと思った。
「あち……」
ついついネクタイの結び目に手をかける。
これから人に会うのにあまり着くずすこともできないが。
「あっち」
百目鬼も、同じようにつぶやいて顔を手で扇いだ。
余目家の大きな門をくぐり、玄関までの広い通路を通る。
以前、張りこみに来たさいは白いユキヤナギが満開だったが、いまは片隅にある池に蓮の花が咲いている。
玄関の呼び鈴を押すと、落ち着いた女性の声がして玄関ドアが開けられた。
三十代半ばほどの上品そうな女性がこちらを見上げている。
張り込みのときにも何度か食事を運んでくれた人だ。やはりこの人が御園さんかと思う。
「えと……先日は、差し入れありがとうございました。容器をお返しに」
誠はそう言い、紙袋を差し出した。
女性が微笑して受け取る。
「あの、ちゃんと洗ってありますので」
誠は愛想笑いをしてそう付け加えた。
「あら。わざわざよろしかったのに」
女性がそう言い微笑む。
改めて見るとシックな感じの綺麗な人だなと思う。上品そうな女性に笑いかけられると、何となく照れる。
「え、わざわざ洗ったんですか。マメなんですねぇ」
遠慮のない感じのソプラノが横から挟まれる。
つい「え」という形に口を半開きにし、誠は目を見開いた。
髪をお団子に結った花織が横から紙袋を覗いていた。
「か……?」
「人見さんって独身って言ってましたけど、彼女さんとかが洗うの?」
「え? 何で? 海は?」
誠はそう問うた。
「台風が近づいているんですもん、危ないから延期です。友だちの家で映画のDVD見て帰ってきたとこです」
花織が答える。
「台風……」
迂闊だった。天気予報なんかあまり気にして生活していない。
「洗ったの彼女さんとかですか?」
花織が改めて問う。
「え……いや。自分で」
「いないんだ」
「いな……」
そこまで答えて、誠は我に返った。
「僕の個人情報なんかどうでもいいでしょ」
語気を強める。
「さっきネットのニュースで血まみれ真っ赤で発見された殺人事件ってのが載ってましたけど、お二人担当してたりしないですか?」
花織が無邪気に尋ねる。
誠は無言で宙を見上げた。
横目で百目鬼を見ると、さりげなくあさっての方を向いている。
「元反社の人だそうですね。“一敗地にまみれる” に引っかけて、“いっぱい血にまみれる” って見出し付けてたサイトありましたけど」
花織が言う。
「お二人ともどう思います? このタイトルのセンス」




