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失顔探偵 ᒐᘄがƕ たƕてい 〜失顔症のJKと所轄刑事の捜査チーム〜  作者: 路明(ロア)
第7話 深淵を覗くとき深淵もまたこちらを覗いてたらホラーじゃないですか

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きのし産婦人科医院

 きのし産婦人科医院。

 むかしからある産婦人科医で、ふた昔ほど前にはここの当時中学生の娘が、医院前に捨てられていた乳幼児の面倒をみて地方版の話題になったことがある。

 ところどころ(すす)けたような黒ずみのある白い建物前で、(まこと)は警察車両のワゴン車を徐行させた。

 完全に停車する前に百目鬼(どうめき)がドアを開け飛び降りる。そのままつかつかと医院の玄関口へと向かった。

 駐車場の区画線に合わせて停車させ、誠は急いでシートベルトを外してあとを追う。

 余目(あまるめ)総合病院ほどの広さはない。玄関を入ってすぐの受付で、誠と百目鬼は、そろって警察手帳を開いた。

「看護師の七沢(ななさわ)さんを呼んでいただけますか」

 百目鬼が言う。

 受付の女性が戸惑って周囲を見た。

七沢 沙也香(ななさわ さやか)でしょうか」

 ベテランらしき女性が横から問う。

 誠と百目鬼は、顔を見合わせた。

 事情を聞きたいのは妹の七沢 帆乃香(ななさわ ほのか)だ。

 だが、妹が姉に成りすましている可能性を説明していたら、逃げられてしまうかもしれない。

「……ええ。七沢 沙也香さん。ちょっと聞きたいことが」

 誠は答えた。

「あれ? でも」

 ベテランの女性は診察室と思われる方向を見た。

「七沢さん、今日お休みじゃ……」

「いえ、さっきロッカー室で会いましたよ。忘れ物を取りに来たついでに余目(あまるめ)さんのスタッフさんの応対してたとか」

 受付の女性が言う。

「ロッカー室? 帰るところだった?」

 百目鬼が目を眇める。

「ええ。もう私服でしたし」

人見(ひとみ)

 百目鬼が玄関口の外を(あご)でしゃくる。同時に裏口と思われる方向を指差した。

「はい」

 誠は受付の二人に軽く会釈すると、玄関口から外に出た。

 出た瞬間、ネクタイが熱風になびく。

 左右を見回すと、ちょうど医院の裏手のほうから歩いてくる女性がいた。

 黒髪を結って、バレッタで止めた長身の細面(ほそおもて)の女性。

 事件の資料で見た顔だ。七沢 帆乃香。

「七沢さん」

 誠は駆けより話しかけた。七沢 帆乃香が振り向く。


「七沢 帆乃香さんですね?」


 一瞬、帆乃香(ほのか)はきょとんとした。姉に成りすましている最中だということが頭から抜け落ちていたのだろうか。

 バレずに医院を出られたことでホッとしていたのか。

「警察の者です。事情を聞かせていただけますか」

 ハッと帆乃香は、まずいことに気づいたようだった。

 誠とは反対方向に駆け出す。

 しかし、そこには百目鬼がいた。野太い腕で二の腕をグッとつかまれ、帆乃香が「きゃっ!」と声を上げる。

「帆乃香さんのほうで間違いない?」

 誠は帆乃香の前に歩みより確認した。

「まあ、看護師に成りすまして不法侵入ってだけでもヤバいからな。まずはそっちの話からだ」

 百目鬼がつかんだ手に力をこめた。




「やっぱりわたしの捜査あってこその解決だったじゃないですか」


 一週間後。

 署員食堂の前で鉢合わせした花織(かおり)は、夏限定メニューのミルクかき氷を口にした。

「成りすましの通報はありがたかったけど、捜査とかは要らないからね。危ないところに行かない」

 誠は語気を強めた。

 もはや小学校の先生気分だと眉をよせながら、冷やし中華の麺を(はし)でつまむ。

「結局お姉さまを殺害したのは、一緒にいたお友達だったんですね」

 花織が非常に不愉快そうに顔をしかめる。

 いちど容疑者と会っているのだ。悔しいのだろう。

「ボール紙に描いた目を壁に貼りつけて、驚いて動揺した(すき)をついて首にヒモをかけたって」

 誠は言った。倒れた被害者の服を乱れさせて、産婦人科医から盗んだ精液を市販のシリンダーで……というところまで説明しそうになったが、女子高生の前で「精液」という言葉は言いにくかったので、さりげなくそこで説明を終える。

「被害者に彼氏を取られたと思いこんだんだってさ。実際は違ったみたいだけど」

「当たり前です。わたしの先輩のお姉さまが、そんな端(はした)ないまねするわけないです」

 花織が唇を尖らせる。

「……会ったことはなかったんでしょ?」

 誠は顔を歪めた。

「ほかの二件は?」

「他は、まあ模倣犯。七沢 帆乃香がSNSで “自分たちを見つめる目があって” と書きこんだんで、作り物の目を貼りつけて怯えて固まった女の子を……ってのが数件あった」

 誠は、冷やし中華の麺をすすった。

「そのうち二件が抵抗されて殺害に至った形」

 そう続ける。

「被害者を強く印象づける目的で書きこんだら、模倣犯が出て逆にどんどん大事(おおごと)になったんで、パニクっていちいち警察に通報してたって」

 花織が目を丸くする。

「殺人犯って、ふつう警察避けません?」

「何ていうか……自分の犯行だけはバレないと思いこんだんじゃないかな。模倣犯はさっさと捕まって、事件が沈静化したあと自分のだけは迷宮入りみたいな」

「なんですかその都合がよすぎる思考」

 花織がかき氷を食む。

「素人の犯行なんてそんなもんだ。一貫性がないっていうか、意味不明な行動がごちゃまぜっていうか。後悔も入ると、余計にしっちゃかめっちゃかになる」

 タブレットを見ながら冷やし中華を食べていた百目鬼が口をはさむ。

 「へえ……」と花織がつぶやいた。

「殺してみなきゃ分からないものですね」

 誠と百目鬼はそろって顔をしかめた。

 言っていることは間違っていないが、何だかなと思う。


「成りすましをお嬢ちゃんに見つかったあのときは、前に成りすましたときに証拠を残してなかったか気になったんだとさ」


「あー」

 花織が宙を眺める。

「出かけたあとに鍵をかけたか心配になるあれみたいなのですか」

 まあ、同じ心理なのかなと誠は思った。

「お盆まえに解決して良かったです。被害者のお姉さまも成仏できるかな」

 花織が言う。

 カツ丼が運ばれてくる。花織は割りばしを手にした。

「あ、お二人とも、スープジャーとランチボックスはちゃんと返しにきてくださいね。御園(みその)さんが、ついでにお夕飯を食べていただきたくて楽しみにしてます」

 なぜか誠は、百目鬼の話していた怪談を思い出した。



 終





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