一之瀬家の庭 1
玄関から出て誠は戸惑った。
どちらに向かったらいいのか。
敷地面積ですら広い余目家は、庭も広い。
建物の陰になっている箇所もあり、見渡しても庭の全貌がつかめないのだ。
「ええっと」
あたりを見回す。
自分たちが張り込みをしていた部屋の窓は。
二階の窓を順に見て行くと、一番東の部屋の窓に百目鬼の姿が見えた。
あそこから見て。
花織の姿があった方向を指でたどり、ユキヤナギの植えこみの向こう側らしいと見当をつける。
胸元ほどの高さに生い茂ったユキヤナギの横を走って通りすぎ、一之瀬家の庭が見えた方角を目で探す。
花織が一之瀬家の敷地の前で立ち止まり、庭を伺っていた。
「待って! 待って待って!」
駆けよって引き止める。
「な、何してんの」
花織が振り向く。
「人見さん?」
目を丸くして見上げる。
誰だか分からないのか。あたりを少し見回してから、誠は警察手帳を取り出し花織にだけ見えるよう開いた。
大麻の売買に関わる人間が近くを歩いているかもしれないのだ。あまりおおっぴらに警察だと示したくない。
「危険なことはしないでって言ったでしょ」
「でも他の人にも分かる証拠がないとでしょ?」
花織がすたすたと一之瀬家の敷地内に入る。
特に門扉があるわけではなく、低い塀で三方を囲まれただけの庭なので入るのは簡単だ。
「い……いや。無理しなくていいから」
花織の背中を追い肩をつかもうとするが、セクハラと言われても困るのでどうしようかと悩む。
女性警官を呼ぼうか。そんなことを考えながらポケットのスマホを探ったとき、妙なものが目に入った。
台所と思われる箇所の上部。換気口が中から塞がれている。
遠目では分からなかった。
とっさに別の通気口をさがす。
トイレの外壁だろうか。通気口も塞がれているようだ。
「花織さん、一之瀬さんって……」
「かおちゃんでいいですよ? 友達はだいたいそう呼んでるから」
誠は無言で眉を寄せた。
「……花織さん」
「はい」
花織が返事をする。いつの間にかスマホを手に持ち操作していた。
「一之瀬さんって料理とかはしないの?」
「ふつうにすると思いますよ? 最近は特に甘ったるい匂いがちょくちょくしてて」
「甘い匂い……」
誠はあちらこちらの窓を見た。
「しませんか? わたし匂いで人の区別つけるときあるから、匂いも人より敏感みたい」
カーテンが閉めてある一角がある。
「これは……」
「御園さんに話したら、ジャム作りにでも凝ってんのかなって。でもハーブみたいな匂いも混じってて」
「ハーブ?! 草の匂い?」
「送信、っと」
「だめだ」
誠は花織の二の腕をつかみ、強引に庭の外に連れ出そうとした。
「とりあえず百目鬼さんに言ってみる。署のほうにも連絡するから」
「セクハラ」
こちらの顔を見上げて花織がそう言ったが、誠は構わずに花織の腕を引っぱった。
「あら? 余目先生のとこの」
背後から声がした。
振り向くと、三十代半ばほどの女性が立っている。
花織が一之瀬さんの偽物と言っていた女性だ。
かたわらには、何度も直していたガーデンプレート。
「こんにちは」
花織がひらひらと手を振る。
「彼氏?」
女性が誠を見てそう言う。
花織が、ガシッと腕を組んだ。
「新しい彼氏のマコくん」
「えっ? は?」
花織の突然の行動に誠は戸惑った。
「イケメンだね。やっぱり花織ちゃんくらいの年だと、イケメンと付き合っちゃうよね」
女性が苦笑とも見える表情をする。
女性のセリフを聞いて、誠は軽く頬をこわばらせた。
顔の区別のつかない花織が、顔で人を選ぶだろうか。
一之瀬さんは花織の失顔症のことを知らないのか。
疑問を感じ花織の顔を見下ろすと、花織はこちらを見ていた。
目が合う。
これが決定的な証拠とでも言いたげな目の表情だ。
「帰ろう。かお……かおちゃん」
「一之瀬さん」
ひとまず退避しようとした誠に構わず、花織が女性に声をかける。
「ね、ね、すっごい甘そうないい匂いするんだけど。お菓子でも作ってるの?」
「かおちゃん、個人情報だよ」
ひきつり笑顔で誠は花織を連れ出そうとした。
「お茶でも飲んでいく?」
女性がそう言う。
「かおちゃん、ご迷惑でしょ」
「まじ? いいんですか? いただきます」
花織が声を上げる。
「かおちゃん!」
女性が玄関を開け屋内に入る。
花織が物怖じする様子もなく付いて行った。
「かおちゃ……花織さん!」
花織の二の腕をつかみ、誠は玄関前で引き止めた。
「だめ。家に戻って」
「あれで分かったでしょ。本物の一之瀬さんは、わたしの失顔症のことは知ってました。わたし回覧板とどけに行くたび確認してたから、説明したの」
花織が一之瀬家の屋内を覗きこむ。
「中に入れば、もっと決定的な証拠あるかもでしょ」
「目張りといい、甘い匂いといい、だめだ」
強引に花織にこちらを向かせる。
「多分、大麻栽培してる」




