警察車両ワゴン車 車内
「女の子……」
警察車両のワゴン車内。百目鬼がフロントガラスを見上げてつぶやく。
「高校生か大学生くらいの女の子」
「誰でしょうね」
シートに身体をあずけ、誠はそう返した。
小崎 洸に何度質問しても「女の子が殺していた」という答えにブレはなかった。
とりあえずまた事情を聞くさいの連絡先を控えたが、花織とは違うので、“女の子” の特徴については役に立つ証言は出てこなかった。
「身長ふつう、体型ふつう、顔は暗くて見えなかった、服装は女の子の服よく分からなくて。白っぽかったです……」
ふう、と誠は溜め息をついた。
たまたま目撃したものを聞かれたさい、こう答える人間が大半だが。
花織と関わるようになってからは、そこにいたのが花織ならと、もどかしさを感じたりする。
「高校生か大学生ってのも、“若い女”ってくらいの意味だと思った方がいいかもな」
百目鬼がつぶやく。
「成人女性かもしれないってことですか……」
「だとすると乱暴された形跡ってのは何だ?」
百目鬼がタブレットを操作する。事件の資料を表示させ、改めて見始めた。
「共犯の男がいたとかですかね……」
「まあ、違和感あったといやあったのが、この乱暴された遺体、乱暴されたわりにはどことなく違和感あるんだよな……」
百目鬼が事件現場の画像をスクロールする。
何か日本語になってないなと誠は軽く顔をしかめた。
「違和感ねえ? お前」
百目鬼が遺体の画像を目の前に掲げる。
着衣の乱れ、顔のケガ、アザ。とくにおかしな部分は感じられないと誠は思った。
「特には……」
「マニュアルの話はしてねえよ、何となくの直感だ。襲われた女の顔じゃねえっていうか」
誠は眉をよせた。
「いちばん違和感あったのは、これだな」
百目鬼が司法解剖の所見を表示させた。遺体の下半身の様子を書いた部分を拡大する。
「今まで見たことある強姦事件のとは違うんだよな。キズがなくて綺麗すぎる」
誠は目を見開いた。
「どういうことですか」
「女が細工したと考えたら、しっくりくるかもな」
誠はシートから腰を浮かせた。
「女……」
「じゃあ精液はどこから、だよな。旦那とか彼氏のもの使うとも思えんし、毎回違うとなると」
「よほど派手な女性……?」
「どうすっかなあ……」
百目鬼がシートに身体をあずける。
「関係者のうちの女、重点的に当たってみっか……?」
「一人目の被害者と一緒にいた女性から……住所は」
百目鬼がタブレットを操作する。事件関係者の連絡先のメモ一覧を表示させた。
「七沢 帆乃香さん」
「まあ夜分になっちまうし、明日か」
百目鬼が溜め息をついた。
昼過ぎ。
誠と百目鬼は、警察車両のワゴン車で県道をまっすぐに進んでいた。
途中で別の県道に入り、郊外の住宅街の広がる地域に向かう。
軽く事情を聞いたさい、七沢 帆乃香は大学へは実家から通っていると話していたとのことだ。
「たしか花織さんが会ってるんでしたよね? この女性」
ハンドルを握りながら誠はそう百目鬼に話しかけた。
「看護師のお姉ちゃんが付き添って来てたとか話してたやつか」
百目鬼が答える。
誠のスマホの着信音が鳴った。
「えと。誰だろ」
ハンドルを握りつつ、スマホを入れたポケットをチラチラと見る。
百目鬼が身を乗り出し、誠のスーツのポケットに手を突っ込んだ。スマホを取り出し勝手に表示を見ると、顔をしかめる。
「──はい」
スピーカーにして代わりに出た。
「あれ? 百目鬼さん? 人見さんはどうしました?」
花織の声だ。
「花織さん?! 何してんの。また危ない所に行ってないだろうね!」
誠は声を上げた。
「今日は、このちゃんと『BLラブラブ刑事』の撮影見に行くんで、捜査は午前中しかできませんでした」
「午前中って何! 何して来たの!」
というか、どこに最初にツッコむか迷うセリフだなと思う。
「よそ見すんな。ちゃんとスマホ持っててやるから」
百目鬼が眉をよせる。
ついつい目線がスマホに向いていたのに気づく。
「……すみません」
「いったんその辺、停まるか」
百目鬼があたりを見回した。
百目鬼の指示に従い、最寄りのアミューズメント施設の駐車場にワゴン車を停める。
「──はい」
百目鬼に返されたスマホを手に持ち、改めて誠は通話に出た。
「人見さん? この前のお姉さまのお友達ですけど、なんか変なことがあって。事件と関係してるのかどうか分からないですけど」
花織が言う。
「何でもいいよ、何」
「うちの病院スタッフが、市内の産婦人科医に用事で行ったんです。不妊治療とかやってるところなんですけど」
「──うん」
「帰ってきたあと、いつも対応してくれる看護師さんがなんか変で、ぜんぜん話が通じなかったって話してて。よくよく聞いたら、この前の看護師のお姉さまってことなんで」
百目鬼が横で眉をよせる。
「お姉さまが渋滞してんな。どちらのお姉さまだ?」
「七沢 帆乃香さんのお姉さんってことじゃないですか?」
誠は答えた。
「ああ、看護師のほう」
「──わたしちょうど出かけるときの通り道だったので、その産婦人科医院ちょっと外から覗いてみたんです。そうしたら診察室の窓から見えたのが妹さんのほうで」
「え」と声を漏らし、誠は百目鬼と顔を見合わせた。
「思い切って受付に行って、妊娠してるかもしれないから調べてくださいって言って潜入して、その看護師さんを間近で見たんですけど」
「な……何してんの」
誠は顔を歪めた。
「間違いないです。あれ、妹さんのほうです。心霊スポットに行って逃げ延びたお姉さま!」
「つまり、七沢 帆乃香が姉に成りすまして産婦人科医院の中ウロウロしてた……?」
百目鬼が花織の話をまとめる。
「何のために……」
不意に百目鬼が、背中をあずけていたシートからガバッと身体を起こした。
「不妊治療って言ったな! お嬢ちゃん!」
百目鬼が通話口に向けて声を上げる。
「採取した精液が複数ないか?!」
「あると思います!」
花織が断言する。
あんまり女子高生の口から聞きたくない断言だなあと誠は思った。
「人見、その産婦人科医院だ」
「はい」
誠は車のエンジンをかけた。




