警察署四階 署員食堂
「これ、かき氷から食べなきゃですよね」
花織がスプーンを持ち軽く首をかしげる。
「食い合わせ悪そうだな……」
勧めておきながら百目鬼がそうつぶやく。
冷やし中華が運ばれて来たが、百目鬼は申し訳ていどに会釈をしてタブレットを操作していた。
「天ぷらとスイカ的な?」
言いながら花織が小さな器のかき氷を口にする。
しばらくして「冷たー」と言って額を押さえた。
「お先します」
誠は割りばしを割り、冷やし中華の麺をつまんだ。
「おう」と返事をして、百目鬼がタブレットを操作しながら割りばしを割る。
「暗いし、画面揺れてるからな……位置が分かりにくいな」
百目鬼が顔をしかめる。
「被害者の卒業生とは仲良かったの?」
冷やし中華をすすりながら誠は花織に尋ねた。
「わたしはお姉さまが卒業してからの入学ですから、お会いしたことはないです」
花織が答える。
小さくカツッカツッとガラスの器の音をさせて、かき氷を平らげた。
「それでもご実家に訪ねて行ったの?」
花織がスプーンを箸に持ちかえる。
「捜査のためですから」
「捜査はしなくていいのっ。学生なんだからっ」
誠は語気を強めた。
「お線香を上げさせてくださいって言って訪ねました。ちょうど助かった方のお姉さまもいました」
花織が行儀のいい手つきでカツ丼に切れ目を入れる。
「……ちなみに様子はどうだった? 助かった方のお友達はケガはないって資料にはあったけど」
「体調が悪いような感じはありませんでした。お姉さんが看護師さんだそうで、付き添って来てましたけど」
花織がカツ丼の肉を噛む。
「よく似た姉妹らしくて、ご実家の人たちけっこう間違えてて。わたしもいきなり一、二回ほど間違えちゃって」
はむはむと花織がカツ丼の肉を食む。
「ふーん」
百目鬼がタブレットを見ながら箸でつまんだ麺を上げ下げする。
タブレット画面と花織の話、どちらにうなずいたのか。
「花織さんでも間違えるの?」
錦糸卵を口にして誠は問うた。
「見分けなきゃって意識してない人なら少しは間違えますよ、そりゃ。姉妹だと仕草もまあまあ似てることありますし」
花織が唇を尖らせる。
百目鬼を横目で見ると、作りものの目が被害者たちを見つめていたあたりを何度も繰り返している。
「どうですか?」
「場所一致……してんじゃねえかな。暗くてよく分かんねえけど、たぶん」
百目鬼が答える。
「お嬢ちゃん、これ送信はしてもらえるか? スマホは要らんから」
花織が手を伸ばしてスマホを操作した。
タブレットの受信音が鳴る。百目鬼はタブレットの方に表示させて、もういちど動画を見た。
しばらくして、「ん?」とつぶやき動画を指先で拡大する。
「何かありましたか?」
誠は麺をつまんでいた手を止めた。
「……人がいねえか?」
百目鬼が声を強ばらせる。
誠は身体を乗り出し、タブレット画面を見た。
「今度こそ本物の幽霊ですかっ?」
花織が声を上げる。
百目鬼が何度も同じ場面に動画を戻した。
ビルの窓の外、汚れたガラスの向こう側。
県道の車のライトにかすかに照らされて、二、三秒ほどだが人影のようなものが覗いている。
「犯人?!」
誠は声を上げた。
食堂内にいた何人かがゆっくりとこちらを見る。
署内なので怪訝に思った者はいなかったようだが、誠は「すみません」という感じで座ったまま会釈をした。
しばらくのあいだ百目鬼は人影がある画面を繰り返し見ていたが、やがて花織の目の前にタブレットを立てた。
「よし、お嬢ちゃん」
百目鬼がタブレットを操作する。
「こいつの特徴覚えろ」
「らじゃ」
花織が敬礼する。
「ちょっと、百目鬼さん!」
誠は声を上げた。
警察犬じゃないんだからと言いそうになって、いったん口をつぐむ。
「女の子が狙われてる事件なんですよ?! 花織さんを巻きこむなんて!」
「……男性ですね、骨格的に。身長は百七十ていど。やせ形、やや猫背ぎみ」
花織がそう言って少し黙りこむ。
「顔にニキビあと。髪は……汗をかきやすいのか、柔らかい髪質かのどちらかですかね」
「何でそこまで」
誠は問うた。
「ニキビあとは、車のライトで照らされた場面で一瞬ですけど影になって見えます。髪は、ペタッとした感じなんで。何日も洗えない入院患者もこんな風になるんですけど」
そこまで言って、花織が眉をよせる。
「暗いんでこのくらいですね。動きもあまりないし」
「オッケーだ、お嬢ちゃん」
百目鬼がそう言い、タブレットを自身の方に戻す。
「どこかでこいつ見かけたら連絡くれ。あとこの次に現場で会ったら少年課呼ぶからな」
百目鬼はそう続けた。




