警察署二階 刑事課 2
誠と百目鬼は同時に花織の顔を見た。
「幽霊が映ってたんか」
百目鬼が頬を掻く。
「え? 幽霊なら映るわけが」
誠は戸惑いつつそう口走ってしまった。
「人見さんって、心霊映像まるっと否定派ですか?」
花織が目を丸くする。
「いや……そういうわけじゃないけど」
誠は答えた。
「ああいうの詳しくないから、フワッとした煙みたいで写らないんじゃないかなって」
何気なく花織が掲げたスマホを覗きこむ。
「ああでも、ありがとう。参考にさせてもらうから」
誠は手を差し出し、スマホを受け取ろうとした。
花織がサッと避ける。
「え? なに。見せてくれるんじゃないの?」
「わたしのスマホですから、押収されるのは困ります」
花織が唇を尖らせる。
「お姉さまのご両親に特別に送信していただいたんですから。警察でスマホごと欲しいなら、お姉さまのご両親にご連絡してください」
百目鬼が宙を見上げて頬を掻く。
誠と花織を身体で押して廊下にうながし、さりげなく刑事課のドアを閉めた。
「つまり俺らだけに見せてくれると」
百目鬼が花織に問う。
「わたしの見解まで聞いてくれるのは、お二人だけですもん」
「成程」
百目鬼がつぶやいた。
「そのJDの撮った動画見て、何か見解があるわけだな、お嬢ちゃん」
「あります」
花織が言った。
「よーし。おじさん達が、かき氷カツ丼奢ってやる」
百目鬼が花織を四階の署員食堂の方へうながす。
「なにっ。なんですかそれっ」
花織がワクワクした表情で百目鬼についていく。
「カツ丼に小さいかき氷が付いた夏限定メニュー」
「やったぁ」
「やったじゃないの! 花織さん!」
あとを追いながら誠は声を上げた。
階段の上段で花織がふりむく。
「御園さんはいいの? 待たせることになるんじゃないの?」
警察署での講習なら三十分ほどで終わるはずだ。
「大丈夫です。ここの近くのスーパーで買い物するって言ってましたから、あとで合流します」
花織が言う。
「かき氷カツ丼、かき氷カツ丼」と歌うように階段を昇るうしろ姿を、誠は見つめた。
「一つだけ! 花織さん、一つだけ条件聞いて!」
誠は声を上げた。
花織がもういちど振り向く。
誠は階段を駆け上がり、花織と目を合わせられる位置に来た。
「犯人が逮捕されるまで絶対に現場には行かないで。約束して。話は聞くから」
花織がこちらを見上げる。
しばらく無言で見上げていたが、ややして目を逸らして階段を上がりはじめた。
「分かりました」
スタスタスタと歩を進める。
「いや……本当に分かってる?」
誠は上段に進んだ花織を見上げた。
署の四階、署員食堂。
まだ明るい時間帯なので、窓からは景色が一望できた。
花織が以前「ムダにいい景色」と評した眺めが、今日は晴れて綺麗に見渡せる。
花織がスマホを操作する。
動画を表示してタップすると、懐中電灯で照らされた暗い廃屋の情景が再生された。
「うわー怖いでーす」と聞こえてくる。
続いて若い女性二人の鈴を転がすような笑い声。
このあとに何があったのか。誠と百目鬼は、身を乗り出してスマホの小さな画面を見た。
「お姉さまたち、怖いから一階しか行かなかったそうです。だからお姉さまたちを見ていた目が出没したのは、一階です」
荒れた屋内を懐中電灯で照らしていく画面が延々と続く。
しばらくしてから、「えっ、なに?」と小声で問う声がした。
はじめに悲鳴を上げたのは、連れの女性のようだ。
つまり生き延びたほう。
「え、なに」と動画を撮影している女性が方向転換する。
カメラ目線よりも上のあたりに白い小さなものが見えたが、撮影しているスマホが動いたので何なのか確認できない。
「もう少しあとです」
花織が画面を指差す。
少しずつ動画を動かし、一コマ一コマを見ていく。
「ここ」
花織が動画を止めた。
誠と百目鬼が、身を乗り出して画面を見る。
暗闇から、二つの目がカメラを見ていた。
百目鬼が眉をよせる。
「わたし変だなって思ってたんです。真っ暗闇なら、人の顔は目の部分も見えません。懐中電灯で照らしたら顔全体が見える。目だけがはっきり見えるなんてないんです」
「そこは俺らも、ちっと変だなって話してた」
百目鬼が言う。
「これ、作りものです。暗闇ってことを抜きにしても生物の目じゃありません」
花織は言った。
「先日わたしが現場検証したときは」
花織が切り出す。
「現場検証って……」と誠は顔をしかめた。
「壁になにかを剥がしたような跡がありました。作りものを貼りつけてたんじゃないかって」
百目鬼が何かを思い出したように目を見開いた。
急いでテーブルに置いたタブレットを手に取る。
「あ……」
誠は短く声を上げた。
「あの剥がした跡!」
「位置のすり合わせしてみるか」
百目鬼が言う。
かき氷カツ丼が運ばれてくる。花織が百目鬼にスマホを渡した。




