警察車両ワゴン車 車内 3
誠は、無言で花織の顔を見た。
「え……っ?」
百目鬼の方を見ると、やはりポカンとして花織を見ている。
「ど……どういうこと?」
「行方不明じゃなかったんですね。中の人だったんです」
花織が言う。
「じゃあ本物の真船 令奈さんは?」
「可能性としては二通りか? ……嬢ちゃんの目を信じるとしたらだが」
百目鬼が二本指を立てる。
「自分から影武者を立てて仕事を放り出して行方をくらました、もう一つは監禁されてるかすでに殺されてる」
ハッと花織が息を呑む。
「うわ、やっば! ヤバいことに気づいちゃった! 人見さん!」
「つか人見、とりあえずコーヒー買って来い」
百目鬼が横からそう言う。
「いや、えと?」
優先順位がよく分からなくなって、誠は車内と自販機の方を交互に見た。
「お嬢ちゃんの言わんとしてること、たぶん俺も気づいた。落ち着いてから話そうや」
花織が買ってきたミルクティーのプルタブを開ける。
「あのすっごい香水の残り香です」
そう話し一口飲む。
「ていうかこれ、人見さんの奢りってことでいいんですか?」
「それくらい奢るから。先話して」
缶コーヒーを飲みつつ誠は答えた。
「今日はさほど酷くないってことは、この前はあえてかけまくってたんですよね。てことは、この前はなにかの匂いを消したかった」
花織が言う。
嫌な予感がして、誠は百目鬼の顔を見た。
「お前がパシッてる間にお嬢ちゃんと話したんだが、単純に考えれば、殺した真船 令奈の遺体の腐乱臭って考えちまうんだが」
「でも、遺体をわざわざ楽屋に持ってくるわけない」
花織が言う。
「パパに聞いたことあるんですけど、死体の腐乱臭を初めて嗅ぐと、中にはその臭いがしばらく鼻に残っている錯覚をおこす人がいるそうですね。一種のトラウマなんでしょうけど」
「ああ……そういえば警察学校でいたような」
誠は記憶をさぐった。
「いるな。何にもない所で腐乱臭がしてる気がするって奴。まあ数日でおさまるらしいけどな」
百目鬼が答える。
「今頃の季節は二、三日もすれば遺体はかなり臭ってきますから、殺した後悔してる暇もないんですよね」
花織が言う。
一般人、しかも制服を着た美少女にあまり言って欲しくないセリフかもと誠は思った。
「蝿の孵化と成長の具合から遺体が死後何日かを季節ごとに見当つけるデータってあるんですけど」
「……そこまではいいから」
誠は顔をしかめた。
「どうします? 六ツ石 杏子の自宅を調べますか?」
誠は百目鬼の方を見た。
「こんな程度で令状出んだろ。二週間も経ってるんじゃ、すっかり後始末されてる可能性が高いしな……」
百目鬼が呟く。
「やっぱり二週間のあいだ顔を隠してたのは、整形のダウンタイムだったんですね」
後部座席から顔を出した花織が言う。
「何か引っかけるか……?」
百目鬼が真船 令奈の楽屋の方向を睨む。
「とりあえず微罪かトラブルで事情聴取して、指紋とDNA採取……そうすれば別人ってのは立証できますね」
低い声で誠は応じた。
「はいはーい! ファンの役やりまぁっす」
花織が手を挙げる。
「まだどういう方法か決めてないから……」
誠は顔をしかめた。
花織が真船 令奈の楽屋のドアをノックする。
中から「どなた」と聞こえると、とたんにモジモジとし始めた。
「あ、あの、わたし真船 令奈さんのファンなんです。サイン欲しくて」
いかにも清楚で純情な少女という感じを演じる。
誠と百目鬼は、廊下の曲がり角にある休憩用のソファに座っていた。観葉植物に身を隠すようにして楽屋の方を伺う。
「……何か怖」
誠は顔をしかめた。
「女って素人でもとっさに演技するから怖えよな」
百目鬼が口元を歪める。
ややしてから、花織の悲鳴が聞こえた。
「花織さん?!」
観葉植物を片手で掻き分けて誠は楽屋の方を見た。
何でもいいから真船 令奈とトラブルを起こしてくれたらとは言ったが、サインの際の口論くらいでいいのだ。何をしたのか。
「百目鬼さん」
誠は百目鬼を振り返った。
百目鬼も中腰になり、楽屋の方を凝視している。
相手は殺人を犯しているかもしれない人間だ。やはり一般人の女の子には危険だったか。
「いやああああああ!」
制服のブラウスの襟を少し乱した花織が、真船 令奈の楽屋から飛び出して来る。
「ちょっと待って! あなた!」
真船 令奈が花織のあとを追うように楽屋から出て来た。
一瞬だけ戸惑ったが、誠は二人の元に駆けつけた。
「ど、どうしました」
「さっきの刑事さん」
真船 令奈が声を上げる。
「まだ局内にいらっしゃったんですか?」
「いや……いろいろと他の聞きこみがありまして」
「助けてください!」
花織が誠に抱きつく。
「あたしサインもらおうとしただけなんです! なのに真船さんが、お洋服ぜんぶ脱いでって!」
「え……お洋服?」
誠はがっしりと抱きつく花織を見下ろした。
「そ、そんなこと言ってません!」
真船 令奈が声を上げる。
「言いました! お姉さまにぜんぶ委ねてって!」
どういう言いがかりつけてんの。誠は呆気に取られた。
「未成年者淫行……とまではいかんだろうけど、最近はこういうのうるせえからな。ちっと話聞かせてもらえますか」
百目鬼が真船 令奈に近づき告げる。
「わ、わたし何も」
「楽屋で構いませんので」
それなら……と真船 令奈が楽屋の方を見る。こんな言いがかり、まして同性同士だ。すぐに話は済むだろうと思ったようだった。
「んじゃ、こっちも出直しますんで」
百目鬼が誠の腕をつかみ方向転換させた。
「鑑識係も一緒にですね」
「ま、いちいち指紋とDNA取るのは批判はされてんだけどな」
百目鬼が答える。
花織が楽屋の前で立ち尽くしシクシクと泣く演技を続けている。
「ハニトラじゃねえか……」
百目鬼が顔を歪めた。




