警察車両ワゴン車 車内 2
「えっ」
誠は、後部座席の方を見た。
花織がじっとタブレットを見ている。
地方局の屋内駐車場は薄暗く、ときどき通る人の靴音が響く。
「ここ見てください」
花織がタブレットを差し出し、一点を指差した。
たったいま楽屋で話してきたばかりの真船 令奈の動画が表示されている。
「この歩くときの脚の運び方、妖怪役の人の歩き方そっくりです。一年前にOL役をやってた真船 令奈さんより内股。どちらもけっこう美脚ですけど、たぶん骨格から違うと思います」
「え……うん」
誠はタブレット画面を見つめ、曖昧に返事をした。
チラッと百目鬼の方を見ると、無言で目を泳がせている。
一年前のOL役は膝までのタイトスカートだったが、妖怪役は京劇のような長いゴテゴテとした衣装を身につけていて、脚の形などよく分からない。
「この指の動き」
花織は、楽屋の真船 令奈がスマホを取り出した手を指差した。
「まず、OL役をやっていた真船 令奈さんの指は尖頭形、円錐形、ヘラ型の混合タイプ。楽屋の真船 令奈さんの指は、尖頭形一択です」
「い……一択って言い方するの?! それ」
誠は顔をしかめた。
百目鬼が自身のグローブのような手を裏表にしながら眺める。
「ここまでは手相占いなんかをしてる人は、即座に気づくと思います」
花織がタブレットをトントンとつつき語る。
「う……うん」
誠は戸惑いつつ返事だけをした。
「この、スマホをバッグから出したとき」
花織がタブレットを指差す。
「OL役をやっていた真船 令奈さんは、たしか書類を持ったシーンで指をそろえていました。でも楽屋の真船さんは、スマホを出すとき小指がわずかに上がってる」
「……たまたまじゃないの?」
誠は後部座席の方に身を乗り出した。
「小指が上がるかどうかって、割と直りにくいクセみたいですよ。占いにも使われますから」
花織が言う。
さらに動画をじっと見つめた。
「なにより、確実に声が違います」
「声か……」
誠は呟いた。
「僕には、どうしても同じ声にしか」
百目鬼の方を見る。百目鬼は無言で肩をすくめてみせた。
さっぱりだ、という意味だろうか。
「お二人にはそこは分かりにくいみたいですから、分かりやすそうなところを中心にご説明したんですけど」
花織がタブレットを操作する。
「じゃ、もっと違うところがあるの?」
「あります」
花織は答えた。
「しかし今日会った顔は真船 令奈だったんだよな……」
百目鬼がシートに背をあずけ呟く。
「わたし思ったんですけど」
タブレットを操作しながら花織が切り出す。
「整形手術って、手術の影響で腫れとか内出血が出るダウンタイムってのがあって、手術をしてからふつうの生活が送れるまで一週間から三週間くらいかかるそうなんですよね」
花織がタブレットを操作する。
「その間はマスクなんかをして誤魔化すそうなんですけど、仮に中の人が真船 令奈さんそっくりに整形手術までしていたら」
「……何のために?」
誠は問うた。
「そこを調べるのは、お二人のお仕事でしょ」
花織が唇を尖らせる。
「ただわたし、真船 令奈さんが付き人さんの捜索を始めるまで二週間あったってのが、引っかかっちゃったんですよね」
「どっちも二週間って要素はあるけど、ぜんぜん別じゃないの?」
誠はそう答えた。
花織がタブレットのあちこちをスクロールする。
しばらくして、眉をよせた。
「これ、付き人さんの稽古風景の方はどう出すんですか? わたしのスマホと機種ちがうから、いまいち分かんないんですけど」
そう言い、百目鬼の方を見る。
百目鬼が後部座席の方に手を伸ばして、タブレットを操作した。
どこかの劇団の施設だろうか。
無名の劇団の練習風景が表示される。
「どれが六ツ石さんですか?」
動画には何人もの劇団員が映っていて、入れ替わり立ち代わり画面上を動いている。
「薄オレンジのTシャツ」
百目鬼が答えた。
「薄オレンジ……」
花織がじっと画面を見る。
アプリコットとか杏子色っていうんじゃないのかなと誠は思った。
「休憩を挟んでもいいよ。ジュース買ってくる?」
誠は問うた。
駐車場から局内に入るあたりに自販機があったはず。
「ミルクティーがいいです」
花織が遠慮もなく言う。
「あ、俺、コーヒー」
百目鬼が財布を取り出して小銭をよこす。
「買ってきます」
そう言い、誠は車のドアを開けた。車外に出てドアを閉めようとしたそのとき、花織が顔を上げこちらを見る。
「人見さん、この人が妖怪役を演じてた人で、楽屋にいた真船 令奈さんです」




