女優、真船 令奈の楽屋 2
真船 令奈に、付き人六ツ石 杏子の動画があれば提供して欲しいと申し入れたところ、ふたたびスケジュールが合わないからと今度は別の局の楽屋に来て欲しいと言われた。
前に来た楽屋よりは広いが、置いてあるものはだいたい同じようだ。誠と百目鬼は、楽屋内を見回した。
「今日も妖怪メイクですかね……」
誠は呟いた。
「葬式ファッションかもしれないぞ」
タブレットを操作しながら百目鬼が答える。
「本物の真船 令奈さんは、どこに行ってるんでしょう。時々は入れ替わってるんでしょうか」
「そりゃそうだろ」
百目鬼がタブレットをタップする。
「花織さんに彼女のインタビュー特番やら宣伝用に出たバラエティー番組まですべてチェックしてもらうわけにもいかないから、頻繁に入れ替わってるかどうかの確認は難しいかな」
「お嬢ちゃん、バラエティー嫌ってそうじゃなかったか?」
百目鬼が言う。
「そうでしたっけ」
「つまんないのしかないから、どれが潰れてもいいとか何とか」
百目鬼がタブレットをスクロールする。
まあ、これは顔の見分け云々は関係ないんだろうなと誠は思った。
「ぶっちゃけ楽屋に呼び出すのって、実際は変なウワサ立てられないようになんだろうな。スケジュールがどうのこうの言ってるけど」
「あ……そうか」
タブレットを見つめる百目鬼の方を向き、誠はそう返した。
「女優が警察署の玄関口出入りしてたら、たちまちなんとか砲食らっちまいそうだからな」
「刑事さんですか?」
楽屋のドアが少しだけ開き、そこから女性が覗いた。
ややしてドアが大きく開かれ、背の高い、軽くウェーブのついた髪の女性が入室する。
「良かった。この前の刑事さん」
女性が薄い唇の両端を上げてにっこりと笑った。
真船 令奈だ。
今日こそは本人か。
ちゃんと顔を出している。誠は素顔に魅入って一瞬だけ呆けた。
「同じ方が来てくれて良かった。代わる代わる違う人が来るのかと思って緊張してたんです」
真船 令奈が大きな目を細めて笑う。
「椅子をどうぞ。今日は少し時間があるのでお茶でも」
「あ……いえ。すぐに帰りますので」
誠は手を振り断った。
「電話でお話しした通りで。六ツ石 杏子さんの動画とかがあれば、ご提供いただきたいんですが」
「女優志望だったとこの前お話していたので、稽古中かオーディションなんかの動画があるんじゃないかと」
誠の言葉に続けるように、百目鬼が説明する。
一般人、しかも女性に話しかけるなんて珍しいなと思い、誠はチラッと百目鬼の方を見た。
怖がられるので、いつもほとんど誠に喋らせるのだが。
「ええ。杏子ちゃんのスマホにありました」
真船 令奈が、バッグから薄いオレンジ色のカバーに入ったスマホを取り出す。
アプリコットというか、杏子色だろうか。名前に合わせた色なのか。
スマホカバーを開いて、真船 令奈はいちど顔を上げた。
「あ……他人のスマホの動画を勝手に提供したら違法になりますか?」
誠は百目鬼と顔を見合わせた。
「いえ緊急時ですから」
「そうですか」と返事をして、真船 令奈がスマホを操作する。
百目鬼のタブレットに送信した。
タブレットをタップして百目鬼が確認する。
「ありがとうございました」
誠がそう言っている間に、百目鬼が申し訳ていどに会釈してくるりときびすを返す。
誠は会釈して出入口に向かった。
テレビ局の屋内駐車場。
薄暗い場所に停めた警察車両のドアを誠は開けた。
「おかえりなさーい」
花織が後部座席の足元から甲高い声を上げる。
「あんまり大声出さないで。ここの人に見つかったら変だと思われるから」
誠は顔をしかめた。
「補導されてるみたいですねー」
花織がおかしそうに笑う。
「僕たちがいない間、あちこちイタズラしてないよね?」
誠は車内の設備を点検した。
「幼稚園の子供じゃないんですから」
花織が唇を尖らせる。
「定員オーバーの車に乗って警察署の前を通るときみたいに、ひたすら隠れてスマホでユーチューブ見てました」
「……前にも聞いたけど、そういう手口よく使うの?」
誠は眉をよせた。
「今日は香水の残り香あんまり酷くないですね」
後部座席に座り直し、花織が切り出す。
「そういえば」
誠はシートに乗りこみながら自身のスーツの袖を鼻に近づけた。
百目鬼も両方の袖に鼻を近づけ匂いを嗅いでいる。
花織が運転席のシートに顔を乗せ、座った誠の肩に鼻先を近づけた。
「この前と同じヒプノティックプワゾンですね」
女の子に鼻を近づけてられると何か照れるなと思いつつも、誠は違和感に眉をよせた。
「この前と同じ香水なの?」
花織の観察力を信じるのであれば、先日話をしたのはどこかの新人女優の可能性。
今日は確かに本人だったのだが。
「妖怪役の女優と同じ香水なのか?」
百目鬼がしつこく袖の匂いを嗅ぎながら問う。
「ヒプノティックプワゾンってそんなに使ってる人多くないと思いますけど。誰かに影響受けて同じもの使うとかは考えられますけど」
花織が言う。
新人女優が真船 令奈に憧れて同じ香水を使う。あり得なくはなさそうだが。
「ま、いいや。嬢ちゃん、行方不明の付き人さんの稽古中の動画もらってきた」
百目鬼が花織にタブレットを渡す。
「それと、たったいま話してた真船 令奈の動画」
そう百目鬼は続けた。タブレットには、真船 令奈の動画が先に表示されている。
「頑張りますっ」
そう言って花織が敬礼しタブレット画面を見る。
楽屋で話す真船 令奈の動画をしばらくじっと見つめて、花織は眉をよせた。
「これ、妖怪役やってる人ですよ?」




