余目家二階 5
張り込み七日目。
花織が部屋に出入りするたびに小型カメラと盗聴器と、わざとらしいスマホの置き忘れをいちいち警戒するという変な状況になったが、ともかくも誠は交代で十字路の監視を続けていた。
扉をノックする音がする。
「どうぞ」
そうと返事をすると、花織がトレーを持って入室した。
「百目鬼さんはまた外出ですか?」
部屋を見回す。
「署に戻ってるよ。報告とか、いろいろ」
ややしてから、花織が二人のどちらなのか確認をしないことに気づく。
「……僕だって分かった?」
「もともと体格が違いますし。もう一週間ですもん。声で区別つきます」
そう答え、トレーを猫脚のテーブルに置く。
できることなら片手で食べられるものがいいと三日目に伝えたら、夕方近くに運ばれてくる軽い食事は、決まってサンドイッチかおにぎりか、それに近い軽食になった。
今日はおにぎりの盛り合わせだ。
「三つだけハズレがあります。板チョコおにぎりと、柿ピーおにぎりと、グミ入りおにぎり」
「……何それ」
「ただ外見てるの退屈じゃないかなぁと思って」
言いながら、花織が一つおにぎりを取る。手元で二つに割った。
「別に退屈じゃないよ」
「へえ。宇宙飛行士向いてますよ」
もぐもぐとおにぎりを食べながら、花織が窓際に歩み寄る。
宇宙飛行士って何だ。眉を顰めた誠に構わず、花織が窓の下を見下ろす。
三十坪ほどの土地に建つ平屋の隣家から出てきた女性を目で追う。
「あれが一之瀬さんの偽物さん」
もぐもぐとおにぎりを食べながら花織が言う。
誠は双眼鏡を隣家の庭に移した。
三十代後半ほどの女性が、庭の片隅のガーデンプレートを立て直している。
張り込みを始めてから二、三度同じ光景を見た気がするが、よほど倒れやすいのか。
おとなしそうだが、目のぱっちりとした感じのよさそうな美人だ。
「感じ悪いでしょ。あの目つき」
花織が横で眉を寄せる。
「いや……どうだろ。いい人そうに見えるけど」
「前より細かい小皺が出てる。あと首の皮膚の質が違う。歩くときの脚の出し方、一之瀬さんはもっとまっすぐ脚を踏み出してました」
花織が早口で言う。
「もっと挙げられますよ。言う?」
「百目鬼さんと相談して、ちょっと検討してはみるけど」
そこまで言うならせめてとは思う。
いずれにしても、花織以外の人間が誰も不審に思っていないのならば弱いのではと思う。
「検討検討って言ってる間に防げた事件を最悪の方向に持って行って、隠蔽して記者会見で言い訳するから信用されなんです」
「隠蔽は余計」
誠はそう返した。ほんとハッキリ言うなこの子と思う。
花織が黙りこむ。
口調がキツかったと思い、取り繕う言葉を探した。
「一之瀬さんって……独り暮らし? ご家族は?」
「訳ありみたいなんであんまり聞いてないですけど。家政婦の御園さんが言うには、離婚して職場の近くのあの家に引っ越したとか言ってたって」
誠は再び隣家の庭を双眼鏡で見た。
女性の耳の形状を見ようとしたが、セミロングの髪で隠れている。
「……女性の独り暮らしって、普通はアパートかマンション選びそうだけど。まあ人それぞれか」
花織が目を丸くする。
「そういうものなの?」
うわわわわ、お嬢さまだと誠は苦笑した。
「だいたい小皺って。ストレスとかで一時的に多くなるときもあるでしょ。知らないけど」
「百目鬼さんは、多くなる時期があるんですか?」
「だから知らないよ」
誠は顔を顰めた。
「小さい頃から顔立ち以外の特徴を記憶しまくってきた経験から言います。一之瀬さんの肌質では、ああいった様子の小皺の付き方はしません」
花織がきっぱりと言う。
「そもそも一之瀬さんは、張りがあって厚みがある感じの肌質で、小皺は出にくいはずです」
「コスメ関係の仕事に就けそう……」
誠は思わず呟いた。
「顔の区別がつかないのでショップ店員は無理です」
花織がそう言い、窓の外を見る。
「歩き方や姿勢からして、本物の一之瀬さんとは生活習慣も違うはずです。年齢も六、七歳くらい差があると思う」
「ううん……」
誠は眉を寄せた。
本当であれば大変なことなのだが、未成年一人の証言ではおおっぴらに捜査するわけにもいかない。
「もう少し決定的な何かがあれば、俺も上の人に言いやすいんだけど」
「証拠?」
花織がこちらを向く。
「一之瀬さんと直接話せばもっと特徴の違いをつかめますけど、恐いって言ったでしょ?」
誠は双眼鏡で隣の家の女性を見た。ガーデンプレートだけを直し、家の中へと入る。
手の振り方の大きい歩き方だと思った。
よく見ると靴の底をこするような歩き方。こんなところまで気になるようになったのは花織の影響か。
「いつの間にか別人に掏り替わってるような人ですよ? ふつうに身の危険感じるでしょ」
「ああ……うん」と誠は相槌を打った。
「まあ、検討するから危ないことはしないで」
誠はそうとだけ返した。




