諸人美術館 常設展示室 4
「待合室にいた人……」
誠は、花織の言葉を復唱した。
あれが三上 徹。
スケルトン階段の下にある玄関ホール。男が歩いていったルートを目でたどる。
いまは手になにも持っていないように見えたが、可塑性爆薬は床にたたきつけたもの一個だけだったのだろうか。
ほかの危険物は。
いずれにしろ、花織を連れていては無茶はできない。
彼女の言うとおり、ひとまずここから出て外に行くのがいちばん安全だろう。
さいわい、玄関口は階段を降りて数メートルだ。
「花織さん」
誠は、花織の手をとり握った。
むこうの死角になりそうな衝立のかげに花織を連れてきて、一階をうかがう。
「見つかってもウエイターとパーティ客で通せばそうそう絡まれる口実にはならないと思うけど……なるべくこっそり。足音を立てないで」
花織がこくこくとうなずく。
誠は制服のベストのポケットからスマホを取りだした。
百目鬼の短縮ダイヤルのアイコンをタップする。
花織が横からのぞきこんだ。
「百目鬼さんのアイコン、ラーメンのイラストなんですね。なんでですか?」
「いいでしょ、べつに」
早口で返す。
「警察関連のものにはできないし、いつも食事が醤油ラーメンだからこれでいいかなって」
「そういえば百目鬼さん、たいてい醤油ラーメンですねー」
花織がまじまじとアイコンを見る。
かまわずにスマホを耳にあてると、すぐに百目鬼が通話に応じた。
「百目鬼さん」
「──おう。いまどこだ。似顔絵さんとこか?」
「すみません。まだ本館二階の常設展示室です」
「──あ゙?!」
百目鬼が声音を落とす。
「なにモタモタしてやがる」というたぐいの言葉を返そうとしたらしかったが、こちらの緊張した声で察してくれたようだ。
「──何した」
やや間をおいてから、百目鬼がそう問うてくる。
「本館一階の玄関ロビーを三上 徹らしき人物が横切っていきました」
百目鬼がしばらく沈黙する。
誠はかさねて告げた。
「服装は黒のフォーマルスーツに黒っぽいマスカレードマスクです。パーティ客に見せかけて何かするつもりかもとも」
百目鬼が黙りこむ。状況をまとめているのか。
背後はさきほどよりもかなり静かだが、厨房はいま一段落というところなのか。
「──嬢ちゃん、まだそこいんのか?」
「いっしょですが」
誠はつい花織を横目で見た。
目が合うと花織が身を乗りだし通話に割りこもうとしたが、右手をふって阻止する。
「──とりあえず本館は出られるようなら出ろ。三上がパーティにまぎれこむようなら、しゃあない。緊急のときは嬢ちゃんの目ぇ借りることにして、おまえウエイター兼ハンドラーやれ」
「えと」
誠は目を泳がせた。
こんどは警察犬の指導手役まで加わった。つまりそのさいは花織の手綱を握る役目とウエイター役を兼任しろということか。
「八十島もいまの三上の顔見てんだよな。──八十島ちっと引っこませて似顔絵さんとこ行かせるから、おまえは嬢ちゃんの安全確保してから似顔絵の確認行け」
「分かりました。いったん切ります」
誠は通話を切った。
「とりあえず、ここ出るよ」
誠は、あらためて花織の手をつかんだ。
「 “お嬢さま、ここは危のうございます。どうぞこちらへ”」
花織がこちらを見上げて人差し指を立てる。
「……お嬢さま、ここは危のうございます」
何のごっこ遊びをしたいんだ。この込み入った状況で。
「 “どうぞこちらへ” 」
「……どうぞこちらへ」
誠はわざと大きくため息をついた。
手すりのついたスケルトン階段から、薄暗い一階玄関ホールをうかがう。
三上の姿は見あたらないが、もうパーティ会場に行ったのか。
何をやるつもりなのか。気持ちが焦る。
「行くよ。さっさとここ出るからね」
誠はホール内をざっと確認してから階段を降りはじめた。
花織が早足でついてくる。
高いヒールの足で、こちらの足に合わせさせるのはかわいそうか。
降りる速度をすこし落とす。
ゆるやかなカーブを描くスケルトン階段を降りて、一階ホールに敷かれた毛足のみじかい絨毯を踏みしめる。
玄関口はすぐ目のまえだ。数メートルさきの大きなガラスドア。
花織の手を引いて、そちらに進む。
絨毯に音が吸収されたにぶい靴音が、しんとしたホール内で耳に届く。
「おい」
背後から、壮年の男性の低い声がした。
心臓が跳ね上がる。
立ち止まりふりむくと、三上が彫像の影から姿をあらわした。
こちらにペンライトのあかりを向ける。
誠は顔をゆがめた。
すでにパーティ会場に行ったと思いこんで、ざっとしか確認しなかった。
自身を咎める。
「何だぁ? 業務中に客の女ナンパしてしけこんでんのかぁ? ウエイターさん」
誠は、花織の手を強く握った。
そういうふうに見られてるならさいわいか。
話を合わせてという合図のつもりで、握った花織の手を自身のほうに引きよせる。
「はは……すみません、かわいかったから。上司には黙っててもらえま……」
花織が両手で腕を組んで、グッと体をよせた。
「おじさん古ーい。わたしからナンパしたんですぅ。この人お金ないけどイケメンだから、連れて歩くとかっこいいでしょ?」
はすっぱな少女という感じで、口調まで変えて言う。
誠は鼻白んだ。
「なにその設定」と口パクで問う。
「人見さんに、チャラいナンパ男のまねはぜったいムリです」
小声でそう返ってくる。
どういう意味、演技くらいはと誠は内心で反論した。
「どっちでもいいんだけどよ。――んまぁ、いまパッと見はな。盛りついた兄ちゃんと姉ちゃんがいるなと思ったんだけどよ」
三上が、ゆっくりとこちらに近づく。
誠の顔をしつこく照らした。
「あんた、余目総合病院の受付に警察手帳だしてたやつだよなあ?」




