諸人美術館 常設展示室 3
百目鬼との通話を終え、誠はスマホの通話終了のアイコンをタップした。
ソファに座っている花織に目を移す。
「美術館の人にはちゃんと話してあるから、あとパーティ会場に戻っていいよ。時間とらせてごめんね」
そう告げてスマホをウエイターの制服のポケットにしまう。
「え? このままおてつだいしますけど」
花織がとうぜんのような顔をして言う。
「なに言ってんの。会場まで送るから。――行くよ」
誠はソファから立ち上がった。
玄関ホールにつづく階段のほうへと足を進めるが、花織は行儀よくソファに座ったままだ。
「何してんの、行くよ」
「ていうか人見さん、このドレスどうですか?」
花織がルビーピンクのドレスがよく見えるように両手を広げる。
そんな話をしている場合なんだろうかと思う。
プラスチック爆弾と思われるものを床にたたきつけて行った男は、いまだ確保されていないのだ。
美術館のなかにまだいるか定かではないが、このさいほぼ無人のような本館のほうにいるよりは、パーティ会場のほうがまだ安全だ。
「人見さん、このドレスがいいって言ったじゃないですか」
「ああ……」
そういえば食堂で画像を見せられたドレスと同じデザインの気がする。
百目鬼が、このドレスがいいと言っておけとメールで指示してきたのだ。
事件に関係あるのかとあとで聞いたら、なぜか複雑な表情で「いや」と返されたが。
「似合ってます?」
花織が問う。
「……ああ、うん。似合う」
そもそも顔立ちがきれいなので、なにを着ても似合うと思うんだが。
「大人っぽく見えます?」
「あ、うん」
てきとうに答える。
襟ぐりが大きくフロント部分がミニなのは、帰るさいに痴漢に遭わないかと心配になるが、上着かなにか持ってきているのか。
「パーティ終わったら気をつけて帰って」
「えっ、送ってくれないんですか?」
花織が意外そうに言う。
「何で送るの」
「だって捜査協力者じゃないですか」
誠はため息をついた。
たしかに送ってあげれば痴漢に遭わずにすむだろうが、パーティの途中で署に戻る可能性もあるのに。
誠は横目で玄関ホールのほうを見た。
似顔絵捜査官が到着していると百目鬼が言っていたが、どのへんに停めた車両にいるんだろう。
「このあと僕、似顔絵の作成のほう行かなきゃならないから」
「人見さんが似顔絵かくんですか?」
花織が目を丸くする。
「ああいうのは絵が得意な署員が描くの」
答えながらインカムを直す。
「似顔絵捜査官って役職があるんだと思ってました」
「そういうわけじゃなくて、通称っていうか」
話しているあいだにも、百目鬼から「はよ行け」と通話が来そうで落ちつかない。
「ほら行くよ」
誠は一階玄関ホールに降りる階段に花織をうながした。
花織がソファから立ち上がり、小走りでついてくる。
誠は、階段を降りかけた。
玄関口の反対方向から来て、ホールを横切っていく人物がいる。
がっしりとした男性だ。
マスカレードマスクに、黒いフォーマルスーツ。
来た方向が業務用入口のほうなので美術館のスタッフかと誠は思ったが、服装からするとパーティの客なのか。
そちらにも大広間に通じる通路があるんだろうかと、誠は階段の手すりから上体を乗りだしてながめた。
「なんですか?」
「いや……パーティの客っぽい人がそこにいたから」
「んー?」
花織が同じように手すりから身を乗りだす。
「あっちからの通用口とかあるの?」
「いえ、大広間は独立した建物なのでたぶんないんじゃないかと」
花織がさらに身を乗りだしてホール内を見回す。
「花織さん、あぶない」
「ああ、あのかたですね?」
薄暗いホール内。
ようやく見つけたのか、花織が指さす。
「迷子さんですかね? 声かけてみましょうか」
「子供じゃないんだから……」
誠は顔をしかめた。
しばらくして花織は目を見開くと、身を乗りだすのをやめてググッと上体を起こしもとの体勢になった。
「やばい。人見さん、こういうときどうしたらいいです? とりあえず美術館から脱出ですか? 百目鬼さんに通報?」
「なに。どうしたの」
誠は立ち止まり階段の上段にいる花織の顔を見上げた。
「下に降りるの、ちょっと待ってください」
花織が一段降りて誠のウエイターの制服を引っぱる。
「あれさっきのお豆腐さんで、病院の待合室にいた人です」




