諸人美術館 大広間 3
「どこ見てんですか」
「え」
誠は顔を引きつらせた。
「いや……まえに刺された患部。ごめん」
変な誤解されかねない箇所だったか。誠はジリジリとあとずさった。
花織が不審そうに眉をひそめる。
「わたし、あのとき患部を見せてっていう人見さんになんか言った気がするんですよねー。動揺してて覚えてないんですけど」
「ああ……僕もなんか言い返した気がするけど。必死だったから覚えてないんだけど」
二人でそれぞれの方向を見上げて首をかしげる。
「セクハラとか言ったんですかね」
「そうか。それでセクハラじゃないとか?」
まあ、だいたいそんなところだろう。
それより、こちらをチラチラとうかがっている花織の友人たちが気になる。
「悪いけどパーティのおひらきまで話しかけないでくれる? 捜査でやってるから」
「分かってます。だから人見さんがいるって気づかれないようにお友だちと離れたんです」
花織が声をひそめる。
いや、ぜったい気づいてるでしょ。誠は花織の友人たちの様子を見やった。
「犯人、パーティに潜入してるんですか?」
花織が会場にいる人々を横目で見回す。
「言えない。花織さんは会費払って来てるんでしょ? こっちとは関係なく楽しんで」
誠は、「じゃね」とつづけてきびすを返した。
「あーまって。まってください、ウエイターさん」
花織が誠の腕をつかむ。
「何なの!」
「ノンアルのカクテルください」
誠は会場にいくつかあるテーブルを見回した。
捜査で潜入しているだけなので、そこまで細かい説明は受けていない。
「ノンアルはノンアルって分かるように三角スタンドに書いてあるでしょ。カクテルの名前とかはよく知らない」
「あっちのテーブルにあるオレンジのが “シンデレラ” 、その横にある白いのが “アリス”、コーラが入ってるのが “シャーリーテンプルブラック” だと思います」
花織がノンアルコールのカクテルがならべられたあたりをつぎつぎ指して言う。
「……知ってるのに何で聞くの」
「なんかウエイターさんに配ってほしいじゃないですか」
誠はため息をついた。
非日常な気分を味わいたいって理由で、潜入中の人間をつかうのやめてほしい。
そちらは非日常でも、こちらは日常の真っ最中なのだ。
「どれ。どれがいいの」
誠はノンアルコールのカクテルが置かれているテーブルに早足で向かった。
「 “どちらのカクテルでしょう、お嬢さま” とか言ってほしいなっ」
「……どちらのカクテルでしょう、お嬢さま」
誠は棒読みで復唱した。
花織がうしろからついてくる。
けっこう高いヒールの靴を履いているが、意外とふつうに歩けるんだなといまさらながら気づいた。
いつもはヒールのない学生靴なのに、女の人ってどこでそういうの慣れるんだろと思う。
「シンデレラがいいかなあ」
「オレンジのやつね」
ノンアルコールのカクテルを置いたテーブルに近づくと、誠はグラスにレモンが添えられたオレンジ色のカクテルを手にした。
「はい」
花織に手渡す。
「 “どうぞすてきなお時間をおすごしください” 」
花織がマスカレードマスクからのぞいた大きな目で圧をかける。
「……どうぞすてきなお時間をおすごしください」
誠はふたたび棒読みで復唱した。
「このあとオーケストラが入って、ダンスとか踊りたい人は踊ってもいい感じになるみたいですけど、人見さんて踊れます?」
カクテルを手に花織が問う。
「やるわけないでしょ」
何を聞いてるんだか。誠は眉をよせた。
「犯人がつかまったあとは?」
「署に戻るよ」
そう答える。
「とはいえ苦戦してるっぽくないですか? マスカレードマスク標準装備の現場なんて、ぶっちゃけわたし案件だと思うんですけど」
花織が会場を見回す。
言うと思った。誠は顔をしかめた。
「捜査上の話だからちょっとないしょにしてほしいけど、今回は被疑者の動画とか画像とかないの。証言をもとにした似顔絵だけ。花織さんにはムリだよ」
誠はそう告げた。
「ふむ。顔のない犯人ですか……」
花織が芝居かがった感じで腕を組む。
彼女にとってはぜんぶ顔のない犯人じゃないのか。もしかしてツッコミ待ちなんだろうか。
「だからふつうにお友だちと楽しんで、あとは気をつけて帰って――じゃね」
長々と話をしてしまった。
百目鬼に叱られるだろうかと思いつつその場を離れる。
さきほど連絡があった出入口の付近はとそちらを見た。
四、五十代くらいのスーツの男性が、廊下側から大広間をうかがっている。
パーティ参加者のようなフォーマルスーツの服装ではない。ふだんよく見るオフィススーツ。
捜査員かと思ったが、見覚えのない人だ。
イベント会社のスタッフだろうか。
しかし何か作業をするでもなく、出入口から体半分だけを出して睨むように見るさまは、なにか違和感を覚える。
「人見さん」
さきほど別れたはずの花織が、早足でこちらに近づき腕をとる。
「何してんの。おひらきまで話しかけないでって……」
「あの人、なにかしようと狙ってます、たぶん」
花織が小声で告げた。




