諸人美術館 大広間 2
客たちが二、三人、または数人と大広間に入ってくる。
テーブルには、さきほど酒々井に解説されたニュー・イヤーズ・ミモザとマスカレードの二種類のカクテルと、あとでさらに運ぶようたのまれたスクリュードライバーやカルーアミルクなど飲み口のいいカクテルがならぶ。
正規の従業員がジュースやノンアルコールのカクテルや軽食を運び、会場はカラフルで楽しそうな雰囲気になった。
照明が、やや落とされる。
暗いというほどではないが、準備中にはあかりが煌々とつけられていたので離れた位置にいる人間が見えづらくなって少々あせる。
客は、すべてマスカレードマスクをつけていた。
受付ブースでいくつか用意されてはいたが、ほとんどの客が自前で用意したようだ。
大きな羽根かざりがついたもの、顔の半分や四分の三を覆った形のもの。
目の部分を隠しているだけだろうと考えたのは甘かったかもしれない。
意外ともとの顔が分かりにくい。
誠は目をすがめた。
「──会場、会場、若手」
百目鬼からインカムに通信が入る。
「はい」
誠は小声で応じた。
すこし離れたバックヤード近くにいる八十島も耳に手をあてている。
「──どうだ? それっぽいのいたか?」
百目鬼が問う。
「いえまだ」
誠は答えた。周囲を見回す。
「──けっこう分かりにくいっすよ。さっきより照明ちょっと落とされましたし、仮面つけてるって思ったより分かんなくなるっすね」
八十島が率直にそう訴える。
「──こっちも受付ブースとか駐車場に来るやつとか見てっけどな。なるべく仮面アメリカみたいなアレつけるまえに確認すっけどよ」
仮面アメリカみたいなアレとは、マスカレードマスクのことだろうか。
誠は、会場内を見回した。
この状態では体格を手がかりにするしかないが、平均身長のがっしりとした体格の男性はすでに会場内に複数いる。
「──んで、ちっと新情報なんだけどよ」
百目鬼がそうつづける。
「──工事現場で掘られた跡があったってとこ、どうも会場の出入口のあたりらしいんだな。そこ気にしてるやついたら、ちっと報告してこい」
「はい」
誠はそう返事をした。
顔を上げて出入口のほうを見る。
いまのところ不審な動きをする人物はいない。
八十島も出入口のあたりを見ていた。
「ウエイターさん」
グイッと横から腕を引っぱられる。
「ちょーっと、こっちに来てくれませんか?」
つかんでいるのは、黒髪を結った若い女の子だ。
襟ぐりが大きく開き、フロント部分だけミニになったルビーピンクのロングドレスがちょっとセクシーな感じがする。
誠の腕をグイグイとひっぱり、会場の奥の窓ぎわにつれて行こうとした。
「カクテルいただいちゃおうかと思ったんですけどね」
「えと、すみません。新人なもので。きょう入ったばかりであまりよく分からないので」
誠は早口でそう言い訳をしながら、やんわりと腕をふりほどこうとした。
女の子が会場の奥にかけられたカーテンのかげで手を離す。
「人見さん、わたしです」
声をひそめて女の子が告げる。
ものすごく聞き覚えのある声だ。
「花織さん……?」
誠はつぶやいた。
「意外と分かんない感じですねー。犯人さがしてるんですか? だいじょうぶですか?」
ドレスに合わせたルビーピンクのマスクをつけた花織がこちらを見上げる。
品のいい金のふちどりがついたものだ。
派手なかざりはないが、服装のせいもあってこんな小さなマスクでも彼女だと分からなかった。
花織がいたあたりを見やると、友人らしきドレスの少女たちがチラチラとこちらをうかがっている。
何度か会っている温崎 好花もあの中にいるのだろうが、いつもとはおそらく髪型を変えているのだろう。
分かりづらい。
「……えっ、ていうか未成年でしょ?! カクテルもらおうとしたってなに?!」
誠は花織のほうに向きなおって咎めた。
きょうはメイクをしているのか。
よく見るとマスクの下に見える唇が、いつもよりも大人っぽい色をしていてとまどう。
「目のまえにあるから、もらっちゃえそうーってみんなと話してただけです。――じっさいは受付ブースで年齢確認されて未成年と分かるコサージュをつけるので、ノンアルかジュース以外を手にしたら、たぶんスタッフさんに怒られます」
花織が襟元につけたバラのコサージュを指さす。
ドレスにもともとついているかざりじゃなかったのか。
美術館側は、たぶんヨーロッパのブートニアをイメージしてこれにしたのだろう。
襟ぐりが大きく開いているので、まえに花織が刃物で刺された箇所が一部見える。
きれいに治ってるなと思った。
何ごともなかったような、なめらかな肌になってる。




